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和服コスプレ女子拘留 習近平政権は反日を煽っているのか? 日経新聞が中国ネットを炎上させた大連京都街
アニメ、漫画、ゲームのACG展(2012年、香港)(写真:ロイター/アフロ)
アニメ、漫画、ゲームのACG展(2012年、香港)(写真:ロイター/アフロ)

蘇州で和服コスプレ女子が警察に連行され、大連の京都再現街はネットの力で閉鎖に追い込まれた。それでいて岸田首相がクシャミをしただけで習近平・李克強がお見舞いの電報を打つ。そこには思わぬ落とし穴があった。

◆和服コスプレ女子が警察に5時間拘留

今年8月10日、蘇州の淮河町にある和風レストランなどが並ぶ日本情緒街で日本アニメの登場人物の真似をして和服姿で写真を撮っていたコスプレ女子が、いきなり地元警察の尋問を受け警察に連行された。署では5時間にわたる怒声による尋問の末、携帯の中身をすべてチェックされたり、着物や履物を奪われたり、500字の反省文を書かされたりして、ようやく釈放された。

なぜ自分を捕まえるのかと反抗するコスプレ女子に対して、警官は「秩序騒乱罪だ」と言ってのけ、和服を着るのがなぜ罪に当たるのかと反抗したら「お前が漢の服(中国伝統の服)を着ていたら、こんなことにはなってない」と脅したという。

憤懣やる方ないコスプレ女子は8月14日、中国のSNSであるウェイボー(微博、Weibo)に一連の出来事を書いて投稿した。

するとネットは燃え上がり、目撃者が撮影した動画もネットを賑わせ、日本でも報道されたため、中国はそんなに「反日」なのかと話題になった。

ところが、つぶさに考察してみると、少々事情が違う。

この町内の規定では、もし、どこかの企業や団体が営利目的で撮影する時には、予め申請をしなければならないが、個人が(コスプレなどで)写真を撮る場合は、その限りではないことになっている。

したがって彼女はいかなる罪も犯してないし、そもそも、なぜそこに警官がいたかということが問題だ。派出所は至るところにあるとしても、誰かが通報でもしない限り、ピタッとそのコスプレ女子の前に「予めいる」ことはあり得ない。

そこで中国のネットでは、誰かが(嫌がらせで)通報したのだろうという憶測が流れているが、何と言っても再生回数が9000万回を超えるほどネットが燃え上がり、激しい批難を受けたものだから、結局のところ8月19日には当局が謝罪して、着物など、取り上げた全てをコスプレ女子に返したということで、一応、一件落着はしている。

1980年以降に生まれた中国の若者が日本のアニメ(動画)や漫画に魅了されて育った事情は『中国動漫新人類 日本のアニメや漫画が中国を動かす』(2008年)に書いたが、彼らは同時に1994年から江沢民が始めた愛国主義教育によって反日教育も受けている。そのダブルスタンダードの中で揺れる若者の複雑な心理は、異様にまで発展したネットの世界では、思わぬ落とし穴を作っている。

それを理解せずに報道したのが日本の日経新聞中文版だ。

◆大連「京都再現街」を潰すきっかけを作ったのは日経新聞のウェイボーだった

昨年8月23日、日本の日経新聞中文網(中国のネットで公開が許されている日経新聞の中国語版)が<中国最大の日本風情街が大連で開業>という見出しで、大連で2021年8月21日からオープンした大連の日本風情街の「京都再現街」を報道した。以下に示すのは、その冒頭部分である(赤線は筆者)。

出典:2021年8月23日の日経新聞中文網

そもそも「中国最大」などと、「最大」という言葉を見出しに使っただけで、「何を―!」というライバル心を中国のネットユーザーに芽生えさせる。総工費「60億人民元(約1200億円)」という数値も、ネットユーザーを刺激したことだろう。

最もいけなかったのは、上掲記事の赤線を引いた部分である。そこには

     大連と日本の関係は密接だ。しかし中長期的に見ると、運営上、

     政治的なリスクも考慮に入れなければならないだろう。

という文言が入っている。こんな言葉を書いたから、一瞬でダブルスタンダードを持つネットユーザーの「反日感情の方」を強く刺激することは目に見えている。

おまけになんと、日経新聞はこの記事を、若者が最も気楽にアクセスしているウェイボーに載せたのである

こんなことをしたら、一瞬でネットに火が着くに決まっている。

案の定、ウェイボーに上げた瞬間から、凄まじい勢いでネットが炎上し始めた。   

その勢いたるや億を超えるコメント数に至り、遂に大連の経営者を「京都再現街」の「閉鎖宣言」にまで追い込んだのである。

日経新聞中文版がネット炎上のきっかけを作ったことは、中国ネットのウイキペディアに相当する「百度百科」の説明を読んでも明らかだ。

もともと大連「京都再現街」の企画者は、中国のネット文化を知っているので、そう大々的に宣伝していなかったし、そもそも「政治的なリスク」などという「導火線」のような表現など「絶対に!!!」しないので(それを考えるのなら、そもそもこういう企画をしないので)、こういった宣伝を打ってこなかった。中国の多くのネットユーザーが大連「京都再現街」の存在を知ったのは、8月23日の日経新聞中文網の報道があってからのことだ

そのため「百度百科」では、「プロジェクト概略」の冒頭に「2021年8月23日の日経新聞中文網の情報によれば、日本をテーマとした中国最大規模の総合商業施設が8月1日に遼寧省の大連市でオープンしたそうだ」と、「概略紹介」に「日経新聞中文網の情報」を取り上げているのだ。つまり、日経新聞の報道が無かったら、そもそもネット上ではあまり知られていなかったことになる。

それでも日本の動漫や日本料理が好きな人たちの間では十分に広がるので、企画当局者はひっそりとオープンして、たっぷり金儲けをするつもりでいただろう。

閉鎖に追い込まれただけでは、総工費60億人民元が全て吹き飛んでしまう。そこでやむなく、さらにお金をかけて「日本風情」を完璧に無くし「ロシア+モンゴル+韓国+中国」風情に改修したのだが、中国で「中国風情」などの街を作って、誰が行くかということになる。今では下に示した写真にあるように、たしかに日本に関係する文字は一文字も無くなったが、その代わりに「人もいなくなった寂れた閑散さ」と、中国では自嘲気味だ(記事の執筆者:ハンドルネーム江湖小舞)。

下に示したのは江湖小舞さんの記事にある写真で、写真に書いてあるのは「あのバカな日本の文字さえ全て無くなった」という意味である。

出典:Sohuに掲載されたハンドルネーム江湖小舞さんの記事

注目すべきは、この記事でも「2021年8月23日の日経新聞中文網の報道が決定的だった」ことを示唆しているということだ。

記事は「大連日本風情街を罵倒して死滅させてしまい、気が済んだかい?思いっきり罵倒しまくるだけが痛快なんだよね?」と結んでいる。

このような中国ネットの群集心理を全く理解していない日本のメディアの報道が、どれだけの「惨事」をもたらしているか、日本のメディア、特に日経新聞中文網は猛省すべきだろう。日本自身が導火線を引き、自ら火をつけるというオウンゴールのようなことをやっているのだ。出店することになっていた日本企業にも、取り返しのつかないくらいの損害を与えている。

何よりも猛省すべきは、中国ネットの「反日情緒」を、日本が煽ったのだということである。

◆習近平国家主席と李克強首相が岸田首相にお見舞い電

8月21日、岸田首相がコロナに罹ったというニュースが流れた。すると、すかさず、習近平国家主席と李克強首相が8月22日に少し時間をずらして岸田首相にお見舞いの電報を打った。習近平は特に電文の中で、「岸田首相がコロナに感染したことを知り、心からお見舞い申し上げます。一日も早いご回復をお祈りしています。今年は中日国交正常化50周年記念です。私はあなたと共に、新時代の要求に合致する中日関係の構築を推進していきたいと思っています」と書いている。

おお!

何ということだ!

習近平はしっかり来月末(9月29日)に迎える日中国交正常化50周年記念を祝賀するつもりでいるではないか。

アメリカから制裁を受け、ハイテク製品を製造するのに不可欠な半導体や半導体製造装置などを日本から輸入するために、日本を中国側に引き付けようとしている習近平は、「反日を煽る」どころの騒ぎではない。

それどころか、なんとかネットにおける「反日情緒」に基づく炎上を防ごうと必死だ。

たとえば今年8月9日のコラム<中国ネットの軍事オタク動画「4線1点」日本攻略に引っかかるな>や、2021年7月17日のコラム<「日本が台湾有事に武力介入すれば、中国は日本を核攻撃すべき」という動画がアメリカで拡散>でも書いたように、中国のネットには軍事オタクなどがいて、できるだけ刺激的な動画を発信してはアクセス数とそれに伴う収入を荒稼ぎする輩(やから)がいる。

できるだけ反日的であればあるほどアクセス数を稼げるので、実に過激だ。

しかし、1994年から愛国主義教育を実施してきた中国では、「反日」に関して、政府の方からは一歩たりとも「後退する」わけにはいかないのである。少しでも抑制すれば「現在の李鴻章!」などとして政府がバッシングを受ける。

中国政府としては、それ以上に怖いことはない。

だから、反日情緒によって炎上した中国ネット上の「事件」は、できるだけ速やかに「火消し」をすることに、習近平政権は追い込まれている。

こういった複雑に絡み合い歪んでしまった中国のネット空間を、日本は深く理解しないと、中国を読み間違えることになる。

注意を喚起したい。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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