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習近平三期目を否定するための根拠のまちがい
習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

習近平三期目を否定する根拠として頻出しているのが5月25日に李克強が主催した10万人参加の国務院オンライン会議で、これを反習近平会議とし、国防部長が参加したのは軍が習近平から離れているという論理だ。

あまりに奇想天外で中国政治のイロハを知らな過ぎ、このような論理が流布するのは日本人のために適切ではないと思われるので、そのまちがいを指摘し、正確な情報を提供したい。

◆5月25日の国務院会議における李克強・国務院総理の演説内容

5月25日、新華社電は<李克強はオンライン会議で全国の経済安定化に関する重要な演説を行った>ことを伝えた。国務院が招集した会議なので、国務院総理の李克強が演説し、司会は国務院副総理である韓正が務めた。

演説の主たる内容は以下のようなものである。

  1. 今年は、習近平同志を核心とする党中央委員会の強いリーダーシップの下、党中央委員会と国務院の配備をあらゆる面で実施し、困難な課題、特に予想を上回る要因の影響に力強く対処し、多くの実りある仕事をしてきた。
  2. しかし、3月以降、特に4月以降、雇用、工業生産、電気貨物輸送などの指標は著しく低下しており、2020年のコロナ流行の時に受けた影響よりも、深刻な側面がある。コロナの大流行を予め防御しコントロールするためには、財政的・物的保障が必要で、雇用・民生を保護しリスクを予防するためには、開発支援が必要だ。
  3. コロナ流行の徹底した予防管理と経済・社会開発を効率的に調整し、信頼を固め、困難に立ち向かい、安定的な成長を図らなければならない。
  4. 国務院のすべての部門は、この安定的経済成長に対して責任があり、緊迫感を以て中央経済作業会議と政府活動報告で特定された政策措置を上半期までに基本的に完了させなければならない。
  5. 中央と地方の2つの積極性を発揮しなければならない。困難な問題を継続的に解決することは、あらゆるレベルの政府の行政能力のテストを行っているに等しい。コロナ流行の予防と管理をうまく行いながら、経済・社会開発の任務を完成しなければならない。大規模な貧困への逆戻りが起きないように各レベルの政府は留意せよ。
  6. 国務院は26日、12の省に監査チームを派遣し、政策の実施を貫徹しているか否かに関する特別監査を実施する。各地方各レベルの政府の 第2四半期における経済指標は、国家統計局が法律に基づいて真実の結果を公布し、国務院に報告すること。
  7. 習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想を指導の軸として、党中央委員会と国務院の配備に従い、経済・社会の円滑かつ健全な発展を促進すること。           

(李克強の演説概要はここまで)

◆この会議のどこに「反習近平色」があるのか?

日本の少なからぬメディアでは、5月25日に李克強が主催した国務院会議は、習近平のゼロコロナ政策を否定したものであり、したがって「反習近平」の狼煙(のろし)をあげたようなものだという解説が散見される。

そもそも、国務院総理が国務院会議を開く時には、その前に必ず中共中央政治局常務委員会(今はチャイナ・セブン)会議で協議し、そこで合意した上で、チャイナ・セブンの一人である国務院総理・李克強に「指示」を出す。

すなわち国務院会議の方向性も内容も規模も、すべて予め習近平をトップとしたチャイナ・セブンで協議決定しているのである。その決定に従って国務院総理である李克強が開催するのである。

こうして開催された国務院会議で李克強が行った演説の要旨を、見やすいように「1」~「7」に分けて略記したわけだが、このどの項目から「習近平のゼロコロナ政策を否定する」要素を見い出すことができるのか、読者も実際に考察してみていただきたい。

明らかに上記の「2」と「3」と「5」に、「コロナ感染の予防と管理」を厳しく守りながら、「同時に経済発展できる道」を模索しようという努力目標を確認し合っている。「5」では習近平のスローガンの一つである「共同富裕」を守るべきだということまでが書いてある。

また冒頭の「1」に「習近平同志を核心とする」という、極めつけの言葉があり、演説の最後も「7」にあるように「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想を指導の軸として」という言葉を盛り込んで締めくくっている。

習近平礼賛で始まり、習近平礼賛で締めくくった演説で、「習近平のゼロコロナ政策を否定した反習近平集会」などという要素は微塵もない。

そもそも武漢でコロナ患者が最初に発症した時、すぐさま武漢封鎖に踏み切らせたのは李克強だ。習近平がミャンマーに外遊しており、コロナが発生したという緊急連絡を李克強から受けても、なおのんびりと雲南で春節巡りをしていたことは執拗なほど追いかけてコラムを書いてきた(たとえば、2020年2月10日のコラム<新型肺炎以来、なぜ李克強が習近平より目立つのか?>などを参照)。

このように、ゼロコロナ政策をスタートさせたのは李克強自身なのである。

それを今になって、あたかも習近平が言い始めたゼロコロナ政策であるかのように勘違いしてしまっているとしたら、習近平の目論見(もくろみ)は大成功を収めているという皮肉な結果を招いていることになる。

習近平の政策だという「勘違い」を生ませたのは、アメリカがコロナを制御できず、トランプ大統領が「チャイナ・ウィルス」と言い始めたため、その頃ほぼ完全にコロナから脱却していた中国に関して、習近平が「社会主義制度の優位性」を主張したことから始まっているだけだ。騙されてはいけない。

◆出席した幹部:国防部長・魏鳳和は国務委員なので必ず出席

5月25日に李克強が招集したのは「国務院会議」なので、当然のことながら「国務院副総理」や「国務委員」が出席していなければならない。さらに国務院管轄下の中国政府の中央行政省庁の長もまた、必ず出席を要求される。

さて、国務院副総理には誰がいるだろうか。

韓正、孫春蘭、故春華、劉鶴だ。この4人は全員出席していた。

では国務委員には誰がいるのか。

魏鳳和、王勇、肖捷、趙克志そして王毅だ。

この日、王毅はソロモン諸島に出張していたので、王毅だけは欠席しているが、その他の国務委員は全員出席している。その中に国防部長の魏鳳和がいた。

国防部長は、外交部長や教育部長など、すべての中国人民政府の中央行政省庁の長(部長=大臣)なので、その意味でも必ず出席しなければならない。

ところが、中国の政治構造のイロハを知らない一部の「中国研究者」は、なんと「経済に関係ない国防部長の魏鳳和が出席していたということは、軍までが反習近平に回った何よりの証拠だ」と結論付けている。

だから、「習近平は軍を掌握していない」ので、「習近平の三期目続投はない」というのが、そういった「中国研究者」たちが導く結論だ。

いやはや、これを見た時は、さすがに度肝を抜かれた。

ここまで中国政治の基本を知らないで、習近平三期目の可能性を論議するのは、いくら何でも適切ではないだろう。日本の一般の読者の方々にまちがった情報を叩き込み、まちがった憶測を呼ぶと、政治にも経済にも良い影響は与えない。

三期目の可能性がどうなのかを論じるのは、もちろん大変結構なことだ。

誰にでも、それを考察する権利はある。

ただ、考察する際に、その根拠となる事実がまちがっていたら、推論は成立しない。

◆10万人規模の参加者など何十年も前から

オンライン会議の参加者が10万人と大規模なので、これも反習近平派が習近平に圧力をかけるための李克強の計算だというようなことまでが、実(まこと)しやかに書かれているのを見ると、これも同様に「度肝を抜かれるほど」驚いてしまうのである。

なぜなら、何十万人規模の会議というのは、中国建国以来続いているもので、昔はラジオ一台を壇上の机の上に載せて、省・直轄市・自治区レベルから村レベルに至るまで、全関係者が講堂や大きな会議室にキチンと着席して聞いたものである。

全中国人民に対して行う毛沢東のスピーチなどもあり、小学校の講堂に集められたり、街角に備えてある巨大なスピーカーから毛沢東の声が流れたりして、誰もが「ありがたく」、そして「尊崇の念」を以て聞いたものだ。

中国共産党の思想統一のためのピラミッドは、尋常ではないことを知るべきだろう。今ではテレビもあればパソコンもあり、どんなことでもできる。

しかし会議に参加して視聴していいのは限られている場合が多いから、やはり一ヵ所に集まって整列して視聴するのである。

たとえば、このような県政府レベルの通達もあり、服装までが決められている。なぜならテレビが普及してからは、視聴している村レベルの委員たちの場面を撮影して全国放送する場合があり、また服装まで統一させれば紀律性を保ち、遠隔会議においても権威性を高める効果もあるからだ。

習近平三期目がどうなるかは興味深いが、推測の基本となる情報は信頼性のあるものを根拠にしなければ意味がない。

まちがった根拠の多くはアメリカに移り住んだ中国大陸の者が、アメリカで生きていく手段としてアクセス数を増やすため、「注目を浴びる」という目的だけで、ネットユーザーが喜びそうなデタラメな情報を流すことが原因であることが多い。

日本の中国研究者は、そういった情報にすぐに飛びつく。

その典型的な例に関しては、追ってまた、機会を見てご披露したい。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。7月初旬に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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