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中国大陸ミサイル砲撃想定避難訓練中の台湾は、国共内戦時の長春の惨劇「チャーズ」に屈折した思い
台湾にある蔣介石記念館の前で(写真:ロイター/アフロ)
台湾にある蔣介石記念館の前で(写真:ロイター/アフロ)

中国大陸ミサイル砲撃を想定した避難訓練をしている台湾の民進党政権下で、日本敗戦後の国共内戦で起きた長春の惨劇「チャーズ」を位置付けるのは難しい。正史を伝えられるのは日本だけかもしれない。

◆中国軍の侵攻想定し、台湾で大規模軍事演習

7月25日、台湾の中央通信社のウェブサイトの一つ「フォーカス台湾」は、<台湾、大規模実動演習始まる 中国軍の侵攻想定>というタイトルで台湾における軍事演習の模様を報道した。

それによれば、中国軍の台湾侵攻を想定した定例演習「漢光38号」の実動演習が7月25日に始まったそうだ。漢光演習は(中華民国の)国軍が行う1年で最大規模の演習で、年々訓練の強度を高め、練度の向上を図っているとのこと。29日まで行われる。

事実、24日にも中国の軍用機4機が台湾南西の防空識別圏に進入しており、また25日には中国軍の無人機が沖縄本島と宮古島の間を通過して太平洋に出た後、台湾方面へ飛び去ったと日本の防衛省が発表している。ただ領空侵犯はなく、無人機は哨戒機などを伴わず単独で飛行した。

7月25日の報道<中国軍無人機、沖縄本島・宮古島間を通過 台湾方面へ>によれば、日本の航空自衛隊は25日午前から午後にかけて、中国製の偵察・攻撃型無人機「TB001」1機が東シナ海方面から飛来し、沖縄本島と宮古島の間を通過して太平洋に抜けたのを確認しているという。その後、無人機は太平洋上で旋回した後、台湾とフィリピンの間のバシー海峡方面へ飛行したとのことだ。

◆中国大陸からのミサイル攻撃を想定し、台湾で避難訓練

7月25日に台湾では中国大陸からのミサイル攻撃を想定した避難訓練を一般市民に行わせていると、台湾の国防関係研究所で研究に従事している筑波大学時代の教え子から連絡があった。

4月20日のコラム<台湾の世論調査「アメリカは台湾を中国大陸の武力攻撃から守ってくれるか」――ウクライナ戦争による影響>で述べたように、台湾ではウクライナ戦争が始まって以来、台湾も中国大陸からいつなんどき急襲を受けるか分からないという不安が高まり、急襲された時にアメリカは助けてくれないだろうという絶望的な気持ちに陥っているという。

ウクライナに対するのと同じように、武器だけ売りつけて軍隊は出さないという形を取るだろうから台湾人は自ら戦うしかないが、どんなに軍事訓練をしたところで、台湾の国軍だけで勝てるはずはないので、果たして民進党でいいのか否かという声も出てきているとのこと。

民進党は独立傾向が強いので大陸から攻撃される可能性が高いが、国民党は親中なので、国民党が政権を取れば中国は台湾を攻撃することはないだろうという考え方が、少しずつ広がっているというのである。

一般庶民は平和で豊かに暮らせる方がいいので、ウクライナを見ていると、バイデン大統領が副大統領だった時に、「NATOに対して中立」という立場を保ってきたウクライナのヤヌーコヴィチ政権を打倒するクーデターを起こさせて、バイデンの言う通りに動くポロシェンコ政権を誕生させたのと同じことを、台湾で扇動してほしくないというのを、台湾の知識人は学ぼうとし始めていると教え子は言った。そのために日本語が分かる彼は拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』を購入して読み、p.150からp.155にある年表を中国語訳して知人友人に配っているという。

筆者の「チャーズ」体験を知っている教え子は、国共内戦における長春の惨劇に関しては、もっと複雑な思いが台湾にはあると教えてくれた。

◆国共内戦における長春の惨劇「チャーズ」

日本敗戦後の中国においては、「中華民国」の国民党軍と、「中華民国」を倒そうとする共産党軍が天下分け目の戦いである「国共内戦」を展開していた。

筆者がいた中国吉林省長春市では1947年晩秋から1948年10月にかけて、共産党軍による食糧封鎖があり、数十万の一般市民が餓死している。

このときにくり広げられた、文字にもしにくいほどの惨劇に関しては、拙著『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』で詳述し、その概要は6月27日のコラム<許せない習近平の歴史改ざん_もう一つのジェノサイド「チャーズ」>でご紹介した。

当時、長春市内にいたのは国民党軍で、長春市を丸ごと鉄条網で包囲して食糧封鎖をしたのは共産党軍だ。

その国民党軍は国共内戦で敗退し、台湾に逃げたが、いまその台湾では、国民党は野党であって、政権を握っている与党ではない。政権与党は民進党だ。

◆台湾の民進党から見ると国民党は「にっくき政敵」

民進党から見ると、国民党は「政敵」なので、国民党が国共内戦に敗けたことも、長春の食糧封鎖で苦しんだことも、「政敵」を責める材料にはなっても、現在の中国共産党を批判する材料にはならない。

かと言って国民党を批判すれば、共産党軍が正しかったことになり、それは先述のコラム<許せない習近平の歴史改ざん_もう一つのジェノサイド「チャーズ」>に書いた習近平政権の主張と同じになる。

民進党は反中であり反共だ。

「台湾独立」が党の信条である。ただ戦略上、いま独立を前面に出してはいないが、本当の敵は中国共産党だ。しかし台湾内での「政敵」は国民党なのだから、「国民党が正しくなかった」と、国民党を批判することには賛成なのである。

◆現在は「親中」の国民党

教え子は、5月12日のコラム<ウクライナの次に「餌食」になるのは台湾と日本か?―米政府HPから「台湾独立を支持しない」が消えた!>に書いた、台湾のネット番組【頭條開講】が報道した【台湾海峡は煉獄になったのか? ホワイトハウスはどうしても北京を怒らせたい(北京を怒らせるためには手段を択ばない)! 「台湾の独立を支持するか否か」がカードになってしまった! 】を見たという。

その番組に出ていた元ニュージーランドの「中華民国」代表(大使級)の介文汲の「アメリカは中国大陸が台湾を攻撃するよう中国大陸を誘い込むためのシナリオを描いている」というコメントに賛成だとのこと。

だから、「台湾人自身が自分たちの未来を決定する道を選ばなければならない」のだが、その結果選挙で国民党を選ぶのかと言えば、そこも微妙だと嘆く。

中国共産党と戦った国民党が今は最も親中で、少なくとも「台湾独立」を唱えることはない。「一つの中国」を信条としていて、その「一つの中国」は「中華民国を頭に描いてもいい」という「九二コンセンサス」に賛同しているからだ。

しかし「九二コンセンサス」は過渡的な妥協案で、いま習近平は台湾にも「一国二制度」を適用しようとしている。その標本となるはずだった香港統治が国安法で落ち着いたので、たしかに国民党政権になれば中国が台湾を武力攻撃することだけはしないが、二つ目の香港になるのは目に見えているので悩ましいと教え子は言う。

◆長春の惨劇「チャーズ」を伝えていけるのは日本のみ

教え子は筆者の本の愛読者の一人でもあるので、早速『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』を台湾からネットで購入して読んでくれたという。

そして嘆いた。

――残念ながら長春での餓死者に対して、国民党軍が長春市民を守るという正しいことをしたのかというと、そうではない。もちろん共産党軍が食糧封鎖をして一般市民を餓死させたのは確実ですが、国民党がそれに対して必死で戦ったかというと、そうではないので、国民党にとっても、あの「チャーズ」は名誉なことではないんです。特に蒋介石直系の新七軍が雲南から来た第六十軍を虐めるというような内部分裂をしていたので、六十軍が反旗を翻して共産党軍に寝返ってしまった。ですから、台湾では、民進党にとっても国民党にとっても「チャーズ」は避けたい話題になっています。

それはある意味、習近平の思惑と一致している。まるで共謀しているようなものです。

ですから、先生は唯一の生存者で一番信頼できる証言者なので、如何に凄惨なことが起きたかを人類に伝えていけるのは先生しかなく、むしろ日本しかないということになります。日本が、中国共産党が如何に非人道的なことをしたかを世界に知らしめていく唯一の国になるのかもしれません。日本の民主主義に感謝し、期待しています。

中国大陸からのミサイル攻撃に対する避難訓練の話から、思いもかけない日本の役割に関する言葉をもらった。

今年もまた「終戦の日」(日本敗戦の日)が、哀しくやってくる。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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