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習近平が発したシグナル「BRICS陣営かG7陣営か」
2017年に開催されたBRICS首脳会談(写真:ロイター/アフロ)
2017年に開催されたBRICS首脳会談(写真:ロイター/アフロ)

中国を議長国として開催したBRICS首脳会議とその拡大会議は非西側陣営である「発展途上国や新興国」を代表し、「BRICS陣営」と称することもできる。そこにはG7陣営との対立構造も見られ、ロシアの扱いに工夫を凝らしている。

◆BRICS首脳会議とその拡大会議の概況

6月23日夜、中国を議長国としてオンライン形式で第14回BRICS首脳会議が開催された。BRICSは「中国、ロシア、インド、ブラジルおよび南アフリカ」の5ヵ国を指すが、24日にはBRICS拡大会議が開催され、以下の13ヵ国が参加した。

アルジェリア、アルゼンチン、エジプト、インドネシア、イラン、
カザフスタン、セネガル、ウズベキスタン、カンボジア、エチオピア、
フィジー、マレーシア、タイ

6月22日にはBRICSビジネスフォーラムも開催しており、習近平はその都度、議長国として開会の挨拶をしているので、計3回にわたってスピーチを行っている。

6月23日のBRICS首脳会談では、まず冒頭に習近平がかなり長いビデオ講演をし、その後に、ロシアのプーチン大統領インドのモディ首相ブラジルのボルソナーロ大統領および南アフリカのラマフォサ大統領のコンパクトな挨拶が続いた。

首脳会談では共同声明が採択されたが、その長いこと、長いこと。何と言っても75項目もあるので、ここからシグナルを読み取るのは至難の業だ。

しかし、6月24日の夜に継続して開催されたBRICS首脳拡大会議を考察すると、習近平がどのようなシグナルを発しようとしているかが見えてくる。

BRICS首脳拡大会議を中国では「全球(グローバル)発展ハイレベル対話」と命名している。ここでも習近平は議長国首脳として、又もや長いスピーチをした

これらを総合的に解読すると、何が見えてくるのかを解読したい。

◆BRICS陣営は人類85%の非西側諸国(発展途上国と新興国)を代表する

習近平はスピーチを通して、以下のように述べている。

  • 一部の国は利己的な安全保障を求めて軍事同盟を拡大し、他国に陣営の対立を強要し、他国の権利と利益を無視しようとする。 この危険な勢いが続けば、世界はより不安定になるだろう。
  • 一部の国は「長い腕の干渉」を通して一方的に他国を制裁し、科学技術の独占、封鎖、障壁を通じて、他国のイノベーションと発展を妨害し、自らの覇権を維持しようとしているが、その試みは機能しない運命にある。
  • BRICS諸国およびその拡大会議諸国は、閉鎖された小さなグループではなく、それ以外の多くの新興国や途上国が協力し合い、共同自立を実現する新たな協力プラットフォームを構築してきた。
  • 新興国と途上国の代表として、われわれは歴史の発展において正しい選択をし、責任ある行動を取る。それが全人類にとって極めて重要な方向性を決めていく。

上記にある「一部の国」はもちろん「アメリカ」を指しており、「長い腕」は「アメリカが遠くからアジアに干渉している腕(ロングアーム法、域外適用管轄法)」を指している。「閉鎖された小さなグループ」はアメリカが主導する日米豪印「クワッド」枠組みや、米英豪「オーカス」軍事戦略など、アメリカが中国の台頭を抑えようとする「対中包囲網」を指していることは明らかだ。

しかし、習近平のこれらの言葉は、以下の人口分布図を作成してみると、もっと大きな狙いを包含しているのが見えてくる。

図1

Worldometerのデータを基に筆者作成

これは「BRICS陣営」と「G7陣営」の人口の比率を示したものだ。

真っ赤で示したのがBRICS5ヵ国の人口比で、ピンクで示したのが今般BRICS拡大会議に参加した13ヵ国の人口比だ。この2つのグループだけでも、すでに世界人口の半分以上を占める。

さらに残りの発展途上国等は黄色の「BRICS及びその拡大会議参加国以外の非西側諸国」だが、これは6月19日のコラム<ロシアが「新世界G8」を提唱_日本人には見えてない世界>に書いた「対露制裁をしていない非西側諸国」で、これを「BRICS陣営」に入れると、「BRICS陣営」は「人類の約85%」を占めることになる。

一方、青色で示したのがG7の人口比で、緑色で示したのがG7以外の「対露制裁をしている国」だ。G7という7ヵ国を引くと、<ロシアが「新世界G8」を提唱_日本人には見えてない世界>に書いたように41ヵ国・地域ということになる。

この「青色+緑色」陣営を黒い線で枠を示したが、この黒線で囲んだ部分を「G7陣営」と称すれば、習近平はそれに対峙する形で位置付けることができる。

「G7陣営」はアメリカのバイデン大統領が強烈に進めるNATOの強大化という「戦争ビジネス」で儲けようとしている陣営だと「BRICS陣営」には映るだろう。   

それに対して、「BRICS陣営」は今から経済成長をする潜在力が高いので、労働人口が多いことは国力の一つになるし、また「戦争ビジネス」ではなく、「経済力の成長」で協力し一つになりたいと思っている。

◆BRICS陣営とG7陣営の経済力の比較

では、その経済力において、「BRICS陣営」と「G7陣営」ではどのような比率になっているだろうか?

6月19日のコラム<ロシアが「新世界G8」を提唱_日本人には見えてない世界>でも、また6月24日のコラム<安倍元総理の経済ブレインで米ノーベル賞学者が「アメリカは新冷戦に負ける」>で取り上げたノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ博士も「購買力平価GDP」で国力を算出しているので、ここでも「購買力平価GDP」における「BRICS陣営」と「G7陣営」の比較を試みてみる。

図2

IMFデータを基に筆者作成

図2にある通り、G7が30.81%であるのに対して、BRICS5ヵ国では31.64%と、ほぼ同じ値だ。それに対して

  • 「G7陣営」(=対露制裁をしている国・地域)の合計は「43.7%」
  • 「BRICS陣営」(=対露制裁をしていない国)の合計は「56.3%」

と、「BRICS陣営」の方が勝っている。

ハイテクのレベルから言えば、明らかに「G7陣営」が強く勝負にならないが、それでも成長のポテンシャルから言えば、「BRICS陣営」の方が大きいだろう。

アメリカや日本を含めて、中国を最大貿易相手国としている国は128ヵ国あるので、中国は経済貿易において世界のトップを行く。

アメリカは「戦争ビジネス」で、世界中に戦争を仕掛けて、アメリカ人以外の「人類の命」を駒として使い、アメリカの武器商人が儲かるという論理の中で動いている。

ウクライナを侵略したロシアは許せないものの、ロシアをそうするしかない方向に追い込んでいったのはアメリカでありバイデン大統領だ。

そこで習近平はBRICS首脳会談において、ある工夫を潜ませている。

◆ロシアも参画している共同声明で「化学兵器・核兵器使用抑制」を謳った

プーチンがウクライナを侵略している現実は、その理由が何であれ、BRICS陣営にとっては不利になる。ましてや核戦争などを起こされたら、BRICS陣営はお終いだ。対露制裁をしない中国を信用して中国についてきてくれたBRICS陣営諸国を裏切ることになる。そうなったら習近平は完全に敗北する。

そこで工夫されたのがBRICS首脳会議の共同声明だ。

共同声明の「21」には「我々は、国家の主権と領土の一体性を尊重することを約束し、対話と協議を通じて、国家間の相違と紛争を平和的に解決し、危機の平和的解決に資するすべての努力を支持する必要性を強調する」とあり、「22」には「我々は、ウクライナ情勢について議論し、国連安全保障理事会、国連総会等において、ウクライナ問題に関して表明された国別立場を配慮し、ロシアとウクライナの交渉を支持する」とした上で、以下の項目を共同宣言で採択している。

29. 我々は、生物兵器禁止条約や化学兵器禁止条約などの国際軍備管理、軍縮及び不拡散体制の強化、その完全性と有効性の維持、世界の戦略的安定及び世界平和及び安全保障の維持を求める(以下省略)。

30. 我々は、核兵器のない世界へのコミットメントを再確認し、核軍縮への強いコミットメントを強調し、2022年のジュネーブ軍縮会議の作業を支持する。 我々は、2022年1月3日に中国、フランス、ロシア、英国、米国の首脳が発表した「核戦争の防止と軍拡競争の回避に関する共同声明」に留意し、特に「核戦争では勝つことはできないし戦うこともできない」(=「核戦争は起こしてはならない」=「核戦争が起きれば人類は滅びる」という意味)と指摘した。(共同声明の引用はここまで)

このように、習近平はロシアのために制裁を行っていない、「プーチンの唯一の味方である組織」と言っても過言ではないBRICS首脳会談の共同声明の中で、「生物兵器・化学兵器・核兵器」の使用禁止を明文化して、ロシアを「束縛した」のである。

もしプーチンがこれに違反すれば、プーチンはBRICSを脱退しなければならなくなるだろう。それはプーチンにとって致命的であり、絶対に共同声明における「誓い」を破ることはできないだろう。プーチンにとってBRICSは最後で最大の砦のはずだ。

プーチン自身、前述の挨拶で、「世界がBRICS諸国のリーダーシップを必要としていると確信している」と述べている。

つまりプーチンは<ロシアが「新世界G8」を提唱_日本人には見えてない世界>に書いた「新世界G8」の基盤として、経済規模が最も大きい中国が率いる「BRICS陣営」を最大限の頼りにしているはずだ。

だから、その共同声明に盛り込まれた内容に関しては守らなければならないという「束縛」を受けてしまった。

これにより、人類の85%の非西側諸国のトップに立つ習近平は、プーチンのこれ以上の暴走を止めながら、「BRICS陣営」を強固にしていくことが可能になるわけだ。プーチンが現在の程度であるならば、「アメリカのバイデン政権とNATOがプーチンを追い込んだ」ことは、非西側諸国は共通認識として持っているので、プーチンを責めない。

プーチンがアメリカに負けることは習近平にとっても痛手なので、プーチンが負けないようにしながら、これ以上の致命的な非難を受けないよう歯止めを掛けたのである。

この微妙なタイトロープを渡るような曲芸をやって見せたのが、今般のBRICS首脳会談共同声明だ。

◆問題はインドの動き

インドのジャイシャンカール外相は6月3日、GLOBSECブラチスラヴァ フォーラム2022で<ヨーロッパの主張を「あまり賢くない」>という発言をしている。また中国とインドの関係は自分たちで管理し解決するので他国は余計な口出しをするなという趣旨のことも言っている。

YouTubeの収録もあり、<ヨーロッパはウクライナ戦争(が長引くように)資金を提供しているのではないか>という趣旨のタイトルで報道されている。インドがロシア石油の購入量を増やしているという非難に対する激しい反撃だ。どっちつかずのウジウジした姿勢ではなく激しい姿勢で反論している。確固たる自信があるのが表情と話しっぷりから見て取れる。

その意味でインドは完全にロシアと、ロシアへの経済協力を惜しまない中国と同じ側に立っている。

中国とインドとの関係においては中印国境問題があるが、これは拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』のp.194~p.202で列挙したように、習近平・モディ会談が15回以上(インド側発表では18回)行われ、2017年には遂にインドの希望通りに反NATO色の強い上海協力機構の正式メンバー国となった。

いまアメリカは、そのインドを、なんとか西側陣営に引き込もうと必死だ。

◆戦争ビジネスか経済成長か

今月26日からドイツで開催されるG7首脳会議にアルゼンチン、インド、インドネシア、セネガルおよび南アフリカを招待してBRICS陣営を切り崩そうとしている。

またその後に開催されるNATO首脳会議には日本と韓国の首脳を招聘している。

一部の人間が儲かる戦争ビジネスか、それとも人類全体の経済発展か

いま世界はその分岐点に立っている。日本政府にはその分岐点が見えてない。

なお、アメリカは戦争ビジネスで世界中に戦争を仕掛けているが、一方、中国には言論弾圧があり、筆者はそのことのために闘っている。その思いは『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』に込めた。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。7月初旬に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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