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恒大救済企業の裏に習近平の大恩人の影が
債務危機にある恒大集団(写真:ロイター/アフロ)
債務危機にある恒大集団(写真:ロイター/アフロ)

債務危機に陥っている恒大集団傘下の恒大物業を購入することになった企業は、かつて習近平父子を助けた葉剣英系列が関係していた。恒大を救済しないがソフトランディングさせたい習近平の狙いが水面下で動いている。

◆香港証券取引所での取引を一時停止した恒大集団と恒大物業

10月4日、債務危機に陥っている不動産大手の恒大集団とその傘下の恒大物業が香港証券取引所での取引を一時停止した。恒大物業の51%以上の株を、同じく不動産大手の合生創展が買収する方向で交渉を始めたからだ。したがって合生創展を含めた3社の取引が一時止まっている。

物業というのは不動産の管理を行う業務のことで、最初に報じたのは第一財経だ。同時に合生創展自身も取引の一時停止公告を出したので、この事実は間違いのないものと判断される。

広東省には「合生創展(00754.HK)、碧桂園(02007.HK)、中国恒大(03333.HK)、富力地産(02777.HK)、雅居楽(03383.HK)」という五大不動産開発企業(ディベロッパー)があって、これを「華南の五虎」と称する。

10月12日の中国情報においても、同様のことが報道されているので、まだ交渉中のようだ。恒大物業の株の60%を恒大集団が持っているので、それをどこまで手放すのか、またどれくらいの値引きをするのかなどに関して交渉しているものと思われる。

第一財経の報道では、なぜ、よりにもよって「華南の五虎」のうちの、最も低調な合生創展が「火中の栗を拾ったのか」という疑問を呈しているが、筆者は、合生創展の持ち主の朱孟依という人物が、習近平父子の大恩人であった葉剣英と関係しているからではないかと思っている。

実は、朱孟依氏は合生創展以外にも、珠江投資集団の創始者で、この珠江投資集団はもともと、法人代表が朱孟依であった「韓江公司」と「葉剣英研究会」が創った企業だ。葉剣英研究会の副会長も朱孟依が務めていた。

つまり、今般恒大を救済しようとしているのは葉剣英に関係する企業だということに注目したい。本稿では、その関係に焦点を絞って、習近平が水面下でどう動いているのか、そして恒大問題を、どのようにしてソフトランディングさせようとしているのかを考察する。

◆葉剣英と習近平父子

では、葉剣英とはどういう人物で、習近平父子とはどういう関係にあったのかを見てみよう。

葉剣英はもともと毛沢東時代末期の軍事委員会主席で建国元帥の一人だった。

習近平父子との関係は、拙著『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』の<第五章 習仲勲と広東省「経済特区」>の「一 北京に戻ってきた習仲勲」や「四 習仲勲・葉剣英父子の物語と習近平の登竜門」で詳細に分析したように、習近平父子の大恩人だ。

鄧小平の陰謀により1962年9月に反党分子という捏造された事実により失脚した習仲勲(習近平の父)は、1978年2月までの16年間におよび、投獄、軟禁生活などを続け、文化大革命が1976年10月に終わってもなお、自由の身になれなかった。

その習仲勲を何としても政治復帰させなければならないと陰で動いたのは葉剣英だ。

葉剣英は広東省の出身で、広東省は古くからの葉家の地盤だった。

そこで葉剣英は、政治復帰した習仲勲を広東省に派遣してはどうかと提案した。  なぜならその代わりに、先妻の子である長男の葉選平を広東省に派遣して広東省の地盤を継がせたいと願っていたからだ。

習仲勲は1978年4月から広東省へ副書記として赴任し、のちに書記になっているが、1979年になると葉剣英は習仲勲に互いの息子に関する話をした。

この年、習近平は清華大学を卒業することになっており、本来ならば当時まだ残っていた卒業後の就職先を国が決める「分配制度」によって文革時代の下放先である陝西省延安市に戻らなければならないことになっていた。

しかし軍に力を持っていた葉剣英は、「軍歴」が重要だとして、習近平の就職先を中央軍事委員会常務委員兼秘書長である耿飈(こうひょう)の秘書室に決めてあげたのである。葉剣英は水面下で力を発揮して、1979年1月に耿飈を中央軍事委員会常務委員兼秘書長に昇進させていた。

この瞬間に現在の習近平の中共中央総書記、中央軍事委員会主席そして国家主席としての道が決まったと言っても過言ではない。

葉剣英と習仲勲は、習仲勲が築いた延安のある陝西省の革命根拠で1930年代に会い、ともに革命の事業を戦っている。耿飈もまた1936年頃、陝西省で習仲勲の世話になった経験があるので、習仲勲の息子を秘書にすることを喜んで同意した。

習仲勲が広東省に赴任し、再び北京に戻ってくる時に葉剣英の息子の葉選平も広東省に派遣され、葉剣英の地盤を受け継いだ。

◆葉家と朱孟依との関係

葉剣英は広東省梅州市生まれで、その息子の葉選平や葉選寧も朱孟依もまた同じ広東省梅州市生まれ。つまり葉家も朱孟依も「同郷」なのである。

中国は国土が広いので、どこの生まれかによって「同郷意識」による結束が強く、政治家として広東省の省長や中央の政治協商会議の主席にまで上り詰めていた葉選平と実業家として名を成した朱孟依は何かにつけて協力し合っている。

たとえば梅州市豊順県にある東留中学に対して、1998年に朱孟依が1200万元(約19億円)を寄付して改装した時には、校名を葉選平が書いている

また1992年に広東葉剣英研究会が設立されたときには、まだ33歳だった朱孟依が副会長を務めている。会員はほとんどが広東省政治協商会議や中国共産党広東省委員会や党校経験者によって占められていた。

研究会は学術団体なので資金を持っているわけではないが、前述の珠江投資集団を設立するときには「名義」を貸すことによって50%の株を所有している。それくらい広東では「葉剣英」の名前の価値は大きい。

2011年には「広東客家(はっか)商会」が設立されたが、名誉顧問に葉選平と葉選寧が、名誉会長に朱孟依が就任していることからも、朱孟依と葉家の結びつきが如何に大きいかがわかる。

◆恒大集団問題のソフトランディングに苦心する習近平

習近平は葉剣英亡きあとの葉家(葉選平や葉選寧)に関しては感謝の念を忘れなかったのだろうか、わりあい頻繁に連絡を取ってきたという情報がある。

朱孟依と習近平との直接の接触があるか否かに関する情報はないが、葉家と習家の関係を知らない者は広東の上層部にはいないと言っていい。

したがって、このたび朱孟依の合生創展が恒大集団傘下の恒大物業の株を買い取ることによって債務危機にあえぐ恒大集団の一部救済に当たったことは、習近平からの(葉家を介した)何らかの連携があったものと考えることができる。

一方、広東省の国有不動産企業である広州城投が恒大集団の一部のプロジェクトを購入するといった噂は絶えないが、確実な情報ではない。

確かなのは、9月29日に遼寧省瀋陽市の盛京銀行が香港証券取引所で公告を出した内容だ

それによれば、恒大集団は盛京銀行の最大の株主だったのだが、その株の一部を瀋陽市国資委(瀋陽市人民政府国有資産監督管理委員会)に売り、その管轄下にある国有の瀋陽盛京金控投資集団が盛京銀行の20.79%の株(瀋陽市国有株全体としては29.54%)を占有し、筆頭株主になったとのこと。こうすれば、債務を抱える恒大集団の問題が民営の銀行にリスクを与える可能性が低まるので、いくらか安泰となる。

なぜ広東省の恒大集団が瀋陽市の国資委になのかという疑問が湧くかもしれないが、恒大集団は全国に手を広げており、たまたま盛京銀行に関しては株を持っており、おまけに筆頭株主だったので、それは良質な資産であるため売ることにもリスクがなかったことが理由の一つとして挙げられる。おまけに恒大集団は盛京銀行に債務もあったので、売却した利益で借金を返すこともできて、いくから安定したということができよう。

小さな一歩だが、こういった試みがあちこちで起きており、習近平としては何としてもソフトランディングをさせたいというところだろう。

恒大集団に限らず、不動産開発企業に対しては「救済しないが殺さない」を基本ルールにして、マンション購入者の大部分を占める中間層への打撃を最小限にし、暴動を起こさないように苦心しているのが習近平の現状だろう。

なお、中国の不動産バブルが「もう弾(はじ)けて、明日にも中国経済は崩壊する」と日本人が期待してから、すでに20年以上が経っている。

それでも不動産バブルが弾けないのは、ディベロッパーが融資を受ける銀行のほとんどが国有の商業銀行だからだ。国家が崩壊しない限り、ここはなかなか傾かない。それ以外には、至るところで「国資委」がセイフティネットとして受け皿になっているからである。

社会主義国家の強みと、それでも「人民の声」は怖い習近平という、二つの面を持ちながら、今日も中国の時間は動いている。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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