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習近平の「共同富裕」第三次分配と岸田政権の「分配」重視
国会衆院代表質問に答える岸田首相(写真:つのだよしお/アフロ)
国会衆院代表質問に答える岸田首相(写真:つのだよしお/アフロ)

習近平国家主席は鄧小平が唱えた先富論の後半である「共同富裕」に力を入れ「先富者からの第三次分配」を推進しているが、岸田首相の「分配」重視政策が何やら社会主義的なので、比較しながら考察したい。

◆岸田首相の「成長と分配」

岸田首相の所信表明演説を聞いていて、「あれ?これって社会主義国家の国家戦略?」という違和感と、習近平が盛んに言っている「共同富裕」と「分配」に関する既視感を覚えた。

岸田首相は「成長と分配」を唱えてはいるものの、「分配によって中間層を増加させる」方に重きが置かれ、これは習近平の「共同富裕における第三次分配によって中間層を増やす」と類似している。

アメリカでも中国でも、グローバル経済を基本とする資本主義によって、貧富の格差が広がっているのは確かで、これは世界的な現象だ。したがって貧困層に富を分配して中間層を分厚くしていくのは、もちろん非常に結構なことではある。

しかし、その財源をどうするのかに関して、岸田首相は4日の就任記者会見で「金融所得課税の引き上げ」を、その一つとして唱えている。

9月22日のコラム<中国恒大・債務危機の着地点――背景には優良小学入学にさえ不動産証明要求などの社会問題>に書いたように、中国では「不動産を持っているのは一部の富裕層ではなく主として中間層だ。

日本でも株に投資するのは、決して「一部の富裕層」ではなく、2020年11月17日の<投資をしている人が4割突破 反面、老後2000万円問題の功罪も>にあるように、麻生(元)財務大臣が「老後には2000万円必要だ」と言ったことも背中を押して、日本の個人投資家が激増した。銀行に貯金しても利子がつかないどころかマイナスになるという話も出たりして、筆者の周りでも株に手を出す人が増えている。

2021年7月15日の株主レーダーでは個人投資家が5981万人に達したと報じている(日経新聞<個人投資家最多の5981万人 企業、知名度生かし取り込む>)。

すなわち、金融所得課税引き上げは、決して「大富豪からお金をむしり取って貧困層に渡して中間層を増やしていく」ことにはつながらない。

2020年10月21日の日本証券業協会による『個人投資家の証券投資に関する意識調査』によれば、個人投資家の平均年収は「300万円未満」が45.1%で、「500万円未満」が69.8%とのこと。全体の平均年収は423万円。決して裕福なわけではない「中間層」だ。

ということは、金融所得増税は中間層にダメージを与えることになる。

そのためか、岸田内閣発足により株価が急落し、内閣支持率も稀に見るほど低かった。 

もっとも、このコラムを書いている最中に、岸田首相が突如前言を翻し、「金融所得課税の引き上げは、当面しない」と言い始めたらしい(<岸田首相「金融所得課税は当面触れない」 総裁選での発言から後退>)。

「人の話(他人から受ける評価)に左右されて政策をコロコロ変えるような首相」など信じていいはずがない。

総裁選挙期間中も、「森友学園問題に関してさらに調査する」的な発言をしたのに、安倍元首相の逆鱗に触れたようだというのを知ると、突然「政府として説明が必要なら説明する」と前言を翻して、急遽、後退した。

さらに昨日11日の党首討論では「新しい資本主義」の柱を成しているはずの格差是正に対してさえブレ始めている(<岸田政権 薄まる格差是正 野党、首相の「ブレ」批判 衆院代表質問は>

いつまでも原稿を終えることが出来ず支障をきたすほどだ。

◆習近平の「共同富裕」戦略

さて、では当の社会主義国家、中国における「中間層を増やす手段」を見てみよう。

中国では1970年代末から改革開放が始まったが、人民は「また騙されて投獄される」と恐れて、思うようには進まなかった。そこで鄧小平は「先に富める者から先に富め。富んだ者は、まだ富んでない者を助けて率い、ともに豊かになれ」という「先富(せんぷ)論」を唱えたため、人民はようやく少しずつ金儲けをし始めた。

ところが北京に権力基盤がない江沢民政権になると、「金によるネットワーク」で権力の構図を築いたために腐敗が蔓延し、貧富の格差が激しくなっていった。

胡錦涛政権時代には「未富先老(まだ豊かになってないのに、先に老いてしまった)」という言葉が流行ったように、「権力と金」による底なしの腐敗が貧富の格差をさらに激化させていった。

そこで習近平政権では、反腐敗運動とともに、鄧小平がやり残した「先富論の後半部分」であるところの「共同富裕」に力を入れ、何としても建党100周年までに貧困層を無くしたいとして2020年11月の時点で500万人にまで減らすことに成功している。政権発足時の貧困人口は約1億人(9,899万人)だった。

習近平は、今年8月17日に開催した、自らが主任を務める中央財経委員会第十次会議で、「質的にハイレベルの発展を遂げる中で、共同富裕を促進せよ」と指示している。

「質的にハイレベルの発展」とは何を指しているかというと、ハイテク国家戦略「中国製造2025」に象徴されるような、ハイテクを中心として研究開発やイノベーションを重視する戦略を意味する。量的なGDP成長を目指すのではなく、質的に高い内容の成長を目指すのでGDPの量的成長はしばらく抑制されるが、将来大きな発展が見込まれるポテンシャルの高い質的成長を目指すという意味だ。それを新常態(ニューノーマル)と称する。

そのためには人材の育成が最も重要なので、今年9月27日から28日、習近平は北京で「中央人材工作会議」を開催した

これは2010年の胡錦涛時代に国務院が開催した「全国人材工作会議」を中共中央に移して引き揚げた最高レベルの人材開発会議だ。

習近平は2016年2月、「人材育成制度・機構の改革」に関する初の包括的な文書「人材育成制度・機構の改革の深化に関する意見」を発表したが、9月27日の中央人材工作会議はその流れの一環である。つまりハイレベル人材を充実させイノベーションを促進するという流れの中での「共同富裕」だ。

今年8月17日に開催した中央財経委員会第十次会議で習近平は、「共同富裕」に関して以下のように述べている。

  • 富裕は少数の者の富裕であってはならず、かといって誰もが一律に同じ収入になるという平均主義的なものであってもならず、段階的に共同富裕を促進していかなればならない。
  • かつて一部分の者が先に富むことを許したが、それは先に富んだ者がまだ富んでない者を必ず率いて助け、ともに富んでいかなければならない。
  • 効率性と公平性の関係を正しく処理し、第一次分配、再分配、第三次分配が協調的かつ補完的に行われる基本的な制度配置を構築し、課税、社会保障など、中間所得層の割合を拡大し、低所得層の所得を増加させ、高所得を合理的に規制し、不法収入を取り締まらなければならない。(引用ここまで)

ここで言う第一次分配と再分配および第三次分配は、中国共産党新聞網や、中共中央紀律検査委員会のウェブサイトなどに詳細に書いてあるが、あまりに詳細すぎてわかりにくいので、大雑把に言うと

第一次分配:市場を通じた企業、組織や個人(給料など)への分配。

第二次分配:政府が税制や社会保障制度などにより徴収した資源を再度国民や企業などに還元する再分配。

第三次分配:(先富者である)企業や個人が自ら志願して慈善活動や寄付などを行う分配。

などと分けられている。

◆第三次分配とは

ここで最も大きな問題となるのは「第三次分配」で、これは「中間層を増やすための手段」である。そういう関係があるので、岸田首相が「中間層を増やすための手段」の一つとして「金融所得増税」を挙げたことに興味を持った。

日本で「金融所得課税」が問題になったように、日本では逆に、習近平の「第三次分配」を「民間企業虐め」として位置づけ問題視する傾向にあるようだ。

そこで、「第三次分配とは何か」を少し考察してみたい。

中国には「中華人民共和国企業所得税法」「中華人民共和国個人所得税法」があって、一応それぞれに「寄付金控除制度」がある。これは「富裕層が貧困や教育などの慈善事業をした場合には税の優遇策がある」ことを謳ったもので、言うなら第三次分配に近い概念だ。

ところが、この「寄付金控除制度」というのは、西側諸国から来た概念で、どうも社会主義国家にあまりなじまない。したがって税法はあるが運用はあまりされていないという状況にあった。

そこで習近平は2013年に国家主席になるとすぐ「所得分配制度の改革深化に関する意見」を発表し、所得分配に「慈善活動」を正式に盛り込んだ。

2016 年に『慈善法』を制定し、2019年10月に開催された第19回党大会四中全会で、慈善事業を「第三次分配」へと正式に引き上げ、2020年10月の第19回党大会五中全会で決議された第14回五ヵ年計画の中に「共同富裕」を国家目標として推進し、第三次分配の役割と慈善事業の発展、所得と富の分配構造を明確にした。

習近平が今年8月17日に言ったところの第三次分配は8年間にわたる検討の末に出てきた結果である。

この時期がたまたま、アリババやテンセントなどが小売業の中小企業を潰してしまうほど一人勝ちしていたので、独占禁止法を適用して罰を与えた時期と一致していたため、第三次分配は「中国の民間企業を虐める習近平の独裁」として日本で位置付けられた。

しかし実際は「いかにして中間層を分厚くするか」という、岸田首相の「分配重視」と目標は同じである。

◆日本に野党はいるのだけれど

ただ中国の場合は一党独裁なので長期的戦略が立てやすいのに対して、日本は民主主義国家だから、国民の支持率が低くなると与党内で内閣が変わり、また総選挙となれば野党が政権を取る可能性も出てくる。

「分配」をめぐって、「それは立憲民主党が4年前から主張していたことだ」と枝野党首は声を張り上げている。

自民党は実は媚中から反中、あるいは右から左まで思想性も政策も異なる議員を幅広く擁している。これが一つの政党なのかというほど意見が異なるのを自民党の総裁選で国民は知ったと思う。特に河野太郎氏など、別の党派を立ち上げればいいのではないかと思ったほどだ。

それに対して野党は、少しの意見の違いだけで細かく分かれ、「われこそがお山の大将」と野心を燃やしているから「一強多弱」の構図が出来上がってしまった。

最近は野党が連携して自公与党を倒すという傾向が地方における選挙で現れ始めているが、二大政党で動かない限り、自民党自身も劣化していくだけだろう。

せっかく民主主義国家なのだから、衆議院選挙に期待したい。

なおジャーナリストの木村太郎氏が<習近平氏が鄧小平氏の「先富論」を否定…「共同富裕」で進む“文化大革命2.0”>という論評の中で、拙著『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』で書いた視点を引用してくださっており、そのことには心から感謝したい。ただ、習近平は「先富論」を否定するというより、鄧小平がやり残し中国に多大な災禍をもたらした貧富の格差に関して、「先富論」の後半部分を遂行しようとしていることを、最後に付け加えておきたい。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、北京大学アジア・アフリカ研究所特約研究員、上海交通大学客員教授などを歴任。著書に『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文版・英文版もあり)、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Chinese Issue Global Research Institute, Professor Emeritus, Doctor of Science at the University of Tsukuba. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Chazu Chugoku Kenkoku no Zanka (Japanese Girl at the Siege of Changchun) (including Chinese and English versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chaina jajji — Motakuto ni narenakatta otoko (China Judge: The Man Who Couldn’t Become Mao Zedong),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.