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「日本学術会議と中国科学技術協会」協力の陰に中国ハイテク国家戦略「中国製造2025」
2020年10月9日
日本学術会議(写真:西村尚己/アフロ)
日本学術会議(写真:西村尚己/アフロ)

日本学術会議の新会員候補6人の任命拒否が問題となっている。本稿ではその可否よりも、日本学術会議が覚書を結んでいる中国科学技術協会の正体を明確にし、習近平の狙いが潜んでいることに関して注意を喚起したい。

◆2015年、日本学術会議は中国科学技術協会と覚書を交わした

日本学術会議のHPをご覧になると、そこに国際活動というバナーがあり、それをクリックし、さらに「その他の二国間交流」を辿っていくと、「中国科学技術協会との協力覚書署名式」というのがある。そこには

――平成27年9月7日、中国科学技術協会(中国・北京)において、大西隆日本学術会議会長と韓啓徳中国科学技術協会会長との間で、両機関における協力の促進を図ることを目的とした覚書が締結されました。

と書いてある。

平成27年は西暦で2015年だ。

この2015年に中国で何が起きたのかを見てみよう。

◆2015年、中国ハイテク国家戦略「中国製造2025」発布

2015年は中国のハイテク国家戦略「中国製造2025」が発布された年だ。

習近平は2012年11月に第18回党大会で中共中央総書記に選ばれると、すぐさま「中国のハイテク産業を緊急に促進させよ!」という号令を出して、その年の年末から2013年の年明けにかけて、中国工程院の院士たちを中心に諮問委員会を立ち上げた。

中国工程院というのは国務院(中国政府)直属のアカデミーの一つで、中国科学院から分離独立したものである。中国にはほかに中国社会科学院や中国医学院、中国農学院など、多くのアカデミーがある。「院士」というのは「学士、修士、博士」などの教育機関におけるアカデミックな称号とは別系列の、中国の学問界で最高の学術的権威のある称号である。

2013年、中国工程院の院士たちを中心に最高レベルの頭脳が集まり、「中国製造2025」の基本枠を構築した。2013年末にその答申を受けて中国政府の関係者が実行可能性や予算などを検討し、互いに討議を繰り返した末に、2015年5月、李克強国務院総理が発表したのがハイテク国家戦略「中国製造2025」である。

それまでの組み立てプラットフォーム国家から抜け出して、半導体製造や宇宙開発あるいは5GやAIによる軍事技術も含めた「スマート化」を図ることなどが目的だ。

米中覇権競争時代がやってくるのは目に見えていたので、アメリカに追いつき追い越さなければ中国が滅びる。だから「中華民族の偉大なる復興」を目指し、国家運命を賭けて漕ぎ出したのが「中国製造2025」だった(詳細は拙著『「中国製造2025」の衝撃  習近平はいま何を目論んでいるのか』)。

もちろん「中国製造2025」では「軍民融合」も謳われており、そのためには国家直轄でない民間の科学技術団体も統合していく必要があった。

◆2013年、中国工程院と中国科学技術協会が提携

習近平が国家主席に選ばれた2013年3月15日、中国工程院は中国科学技術協会と戦略的提携枠組み合意書の調印式を開いた。中国科学技術協会は430万人ほどの会員を擁する科学技術者の民間組織だ。

自分が国家主席に選ばれた日に「中国工程院と中国科学技術協会の提携」を発表するというのは、習近平の「中国製造2025」完遂への決意のほどを窺(うかが)わせる。

逆に言えば、この提携は中国のハイテク国家戦略「中国製造2025」を完遂するための一環であったということが言える。

アメリカと対立する可能性が大きければ、国家戦略的に先ず惹きつけておかなければならないのは日本だ。日本経済は減衰しても、日本にはまだ高い技術力がある。十分に利用できると中国は考えていた。

こうして、2015年9月に日本学術会議と協力するための覚書を結んだのである。

実にきれいな時系列が出来上がっているではないか。

中国の国家戦略の流れの中に、「日本学術会議と中国科学技術協会の覚書」がピッタリはまり込んでいるのが鮮明に見えてきたものと思う。

◆中国工程院と軍事科学院との人的交流と情報交換

2017年9月、中国人民解放軍・軍事科学院はその傘下に国防工程研究院を新設した。軍事科学院は中央軍事委員会および中国人民解放軍の管轄下にあるアカデミーである。

問題は、中国工程院と軍事科学院国防工程研究院の主要な研究員(教授)(中には院士)は、互いに人的交流が盛んで、中には兼任している者もいることだ。その結果、研究成果に関する情報交換も盛んとなっている。

ということは、日本学術会議が中国科学技術協会と連携しているなら、それは中国工程院と連携していることになり、最終的には軍事科学院・国防工程研究院と提携していることにつながるということである。

日本の一部のメディア(あるいは国会議員)は、中国工程院が国防部の管轄下にあるなどと書いていたり発言したりしているのを散見するが、それは間違いだ。

国防部というのは国務院の中の中央行政の一つに過ぎず、ほとんど力を持っていない。そんな末端の管轄下にあるのではなくて、中国工程院は国務院直轄だし、軍事科学院は中央軍事委員会の直轄下にある。そのトップにいるのは習近平・中央軍事委員会主席である。

◆日本学術会議と中国科学技術協会との人的交流

自民党の某国会議員の発言(ツイッター)に、日本学術会議は中国の「千人計画」とタイアップしているようなことが書いてあったが、日本学術会議のHPを見る限り、そういうことは書いていない。中国には今「千人計画」どころか「万人計画」もあるので、そのような細かなことを突っついて「どこに書いてあるんですか?」という反撃材料を提供するのは賢明ではないだろう。

それよりも冒頭に例示した「その他の二国間交流」の中の「中国科学技術協会との協力覚書署名式」の説明文の下にあるPDFをクリックして頂くと、そこに概ね以下のような文言がある。

――両機関は、本覚書の範囲内で推薦された研究者を、通常の慣行に従って受入れ、研究プログラムの調整や、現地サポートの対応を行う。

すなわち「日本学術会議と中国科学技術協会」は「必要に応じて推薦された研究者を受け入れる」ことが可能なように作られている。 

そして2013年3月15日の提携書で、中国工程院もまた、中国科学技術協会と「科学技術サービス・人材育成などの面で提携を深化する」と謳っているのだ。

◆日本学術会議は政府から独立した機関なのか?

日本学術会議は菅総理による任命拒否に対して「学問の自由が侵された」と主張しているようだが、日本学術会議は日本政府が毎年10億円以上の経費を注ぎ込んで運営されている機関だ。会員が自腹で会費を支払って成り立っている「政府とはいかなる関係もない、独立した学会」とは違う。国民の税金で「食わせてもらっている組織」ではないのだろうか?

もちろん学問の自由は絶対に保障されなければならないし、発言の自由も民主主義国家の大原則として保障されていなければならない。

しかし、国民の税金で生きている以上、一定程度の日本政府による監督権は働くのが自然ではないのだろうか。つまり「日本国民による監督」が必要だということだ。

国民がいちいち「私たちの税金が正しく使われているか否か」を直接監督する訳にはいかないので、選挙で選ばれた国会議員に委託する以外にない。任命権が総理にあるとすれば、ある意味、総理に委任するしかないことになる。

だからこそ、菅総理や内閣関係者は、「総合的俯瞰的に判断した結果」などという「禅問答」のような訳の分からない弁明をせずに、むしろ明確に「国民の誰にでも分かる言葉」で毅然として説明すべきだろう。

そうすれば、むしろ、日本学術会議の在り方を根本から考え直すことができる。その意味では菅総理は、国民に「考える」ための良いチャンスを与えてくれたという解釈もできよう。

日本人の多くは、自民党の二階幹事長を筆頭として、中国の「シャープパワー」にやられてしまっており、魔法をかけられているので、自分が「中国の操り人形」になっていることさえ自覚できないでいる。

日本国民よ、「現実を直視しようではないか」と言いたい。

知識層も、高い思考力を持っているはずなので、どうか中国の老獪な戦略とシャープパワーに気が付いて欲しいと切望する。

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、北京大学アジア・アフリカ研究所特約研究員、上海交通大学客員教授などを歴任。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗 1月末出版、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文版・英文版もあり)、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Chinese Issue Global Research Institute, Professor Emeritus, Doctor of Science at the University of Tsukuba. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Chazu Chugoku Kenkoku no Zanka (Japanese Girl at the Siege of Changchun) (including Chinese and English versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chaina jajji — Motakuto ni narenakatta otoko (China Judge: The Man Who Couldn’t Become Mao Zedong),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.