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「習近平vs.李克強の権力闘争」という夢物語_その2
2020年9月1日
中国人民政治協商会議 第13期第3回会議における習近平国家主席と李克強国務院総理(写真:ロイター/アフロ)
中国人民政治協商会議 第13期第3回会議における習近平国家主席と李克強国務院総理(写真:ロイター/アフロ)

習近平と李克強が権力闘争をしているという主張は、中国政治の仕組みや真相を知らないチャイナ・ウォッチャーによって次から次へと新しく捏造されていくので、日本の国益のために歯止めをかけなければならない。

ここでは「習近平vs.李克強の権力闘争」という夢物語_その1でお約束した通り、「その1」の後半部分として、「3と4」に関してご説明する。

3.習近平主催の企業家座談会に李克強がいなかったことについて

今年7月21日に習近平国家主席が主催した企業家座談会に李克強国務院総理(首相)は出席していなかった。この座談会には9人の企業家や専門家らが出席し、また汪洋や韓正など一部の中共中央政治局常務委員が同席している。

日本の一部のチャイナ・ウォッチャーは、これを以て、「習近平による李克強外しが決定的となった」と燥(はしゃ)ぎまくっている。

それなら、前政権であった胡錦涛時代の座談会ではどうだったのかを見てみよう。

たとえば2007年2月14日に当時の胡錦濤国家主席が主催した「党外人士迎春座談会」には当時の温家宝国務院総理(首相)は出席していないが、当時の他の中共中央政治局常務委員の一部だけが出席している。

また、2011年1月31日に胡錦涛が主催した「迎春座談会」にも温家宝は出席しておらず、中共中央政治局常務委員の一部だけが出席している。ついでに申し上げるなら当時国家副主席だった習近平や国務院副総理だった李克強さえ出席しているというのに、国務院総理である温家宝は出生していないのである。

両方とも、今年7月21日に習近平が開催した企業家座談会と同じ構成だ。

すなわち、オシドリ夫婦のような「胡錦涛―温家宝」ペアでも、「党外人士」のような、つまり「党員幹部」だけの集まりではないような座談会を国家主席が主催する場合は、一般に国務院総理は出席しないのである。

これは中国建国以来の中国政治の習わしだからだ。

権力闘争論者は、胡錦涛政権の事例を以て「権力闘争だ」と主張できるだろうか?

できないはずだ。

中国建国以来、胡錦涛時代ほど「国家主席と国務院総理」が仲良かった時代はなかった。それでも胡錦涛が主催した座談会に温家宝が出席しないで、他の中共中央政治局常務委員が出席している例はいくらでもある。逆に温家宝が主催して胡錦涛が出席していないで、他の中共中央政治局常務委員が出席した座談会の例もいくらでもある。

全てが党員幹部という会議でない限り、企業家や専門家あるいは教育者など、「党外人士」による専門別の「参考意見」を聞くための座談会は、中共中央政治局常務委員会委員全員が出るということは基本的にないのが、中国建国以来の習わしだ。

それを信じることができない人は、江沢民時代の事例を見てみるといい。

たとえば2001年4月29日に江沢民国家主席が主催した「全国労働模範座談会」には国務院総理(首相)である朱鎔基は出席していない。しかし他の中共中央政治局常務委員会委員は一部出席している。これもまた7月21日に習近平が主催した企業家座談会と同じだ。

これは中国政治の基本中の基本で、毛沢東時代においても「党外人士」と座談会を何度も開催しているが、中共中央政治局常務委員が全員出席するなどという例はほとんどない。

これが中国政治の真相だ。

権力闘争論者たちは、もう少し一歩引いて勉強した方がいいのではないだろうか。

4.今年8月の李克強による重慶の水害視察に関して

8月20日から23日にかけて、李克強は重慶における水害の視察に出かけた。

一方、習近平は8月18日から20日にかけて安徽省の視察に出かけた。視察目的は安徽省の改革開放をさらに発展させようというもので、防災活動に従事している者やその犠牲者の家族などを慰問している。

さて、この報道に関して権力闘争論者たちは、以下のように分析している。

――8月20日から23日まで、李克強の重慶視察に関して「人民日報、CCTV、新華社」という三大報道で一切報道しなかった。せいぜい国務院直属の「中国政府網」で報道させたに過ぎない。おまけに李克強は長靴を履いて泥にまみれているのに、習近平は災害が終わった後にのんびりと視察したという風情だ。これこそは「習近平vs.李克強の権力闘争」の決定的な証拠だ!

概ねこのような内容で分析し、大喜びなのである。

おそらくフランスの国際放送RFI(Radio France Internationale)中文版の8月22日の報道に「中国の三大政府系メディアが李克強の重慶災害視察を報道せず」という記事があるのを見つけて、事実確認もせずに記事の内容を妄信して、そのまま和訳し転載したものと思う。

このRFIの記事には「18日に習近平が安徽省に行ったことに関しては大々的に報道しているのに、李克強に関しては人民日報、中央テレビ局(CCTV)および新華社という中国の三大メディアは一文字たりとも報道していない。ただ国務院管轄下の中国政府網が小さく報道しているのみだ」と書いている。

RFIにそう書いてあったと正直に書くのなら、まだ良心的だが、あたかも自分が調べた結果「確固たる証拠を入手した!」とばかりに、「これぞ権力闘争の証左!」として嬉しそうに書いている。おまけに習近平と李克強の視察目的が異なることにも、どうやら気が付いていないようだ。

しかし、ファクトがどうなっているかを調べれば一瞬で、RFIの報道が間違っていることが分かったはずだ。

それなら事実はどうなっているかというと、習近平の安徽省視察(8月18日~21日)に関しては8月22日の「人民日報」が報道しており、李克強の重慶視察(8月20日~23日)に関しては8月24日の「人民日報」が報道している。

習近平の視察は「視察が終わった翌日」に発表しており、李克強の視察も「視察が終わった翌日」に発表しているので、同じタイミングだと言える。

むしろ李克強の重慶視察に関しては、まだ視察中なのに、8月22日に「中華人民共和国・中央人民政府」の「中国政府網」が報道しただけでなく、「李克強の重慶考察」を特集するウェブサイトまである。

また8月23日には新華網までが報道しており、李克強に関しては逆に実に華々しい報道をしているというのが実態だ。

習近平の職位は比べ物にならないくらい李克強のより上なのだから、習近平の報道の方が多いのは当たり前だし、安徽省の水害は重慶の水害よりもひどかったので、安徽省の報道の方が多いのは当然だ。報道の多寡を以て権力闘争と言い騒ぐこと自体がおかしいが、それにしても李克強の重慶視察の報道が決して引けを取ってないのは、重慶のいわゆる「水害」は突発的なものではなく、長年にわたって下流の洪水被害を減らすために、意図的に溜め込んで、計画的に開放しているからという要素が影響しているかもしれない。

実は今年、重慶にとっては100年来の高い水位になってはいるが、しかし重慶はそもそも標高が高いため、この程度の高い水位でも大したことはなく、庶民が余裕で物見遊山をしているほどなのである。

8月21日付けの「今日頭条(今日のヘッドライン)」は「重慶洪水の真相と観光化した様子」を報道している。

この記事の内容を全て説明するとなると、、あまりに長文になるので、リンク先の庶民の写真でご説明したい。写真をご覧になると、重慶の「洪水」が「一種のお祭り」のような盛り上がりを見せ、物見遊山客で溢れかえっている様子が見て取れるだろう。

記事の中にある年代別の水位図を見ると、今回の水位は結構高いという感覚ではあるものの、しかし、下図のようになっているため、実際に被災する庶民はほとんどいないのが現状だ。下図にある「城」というのは「町」とか「都市」という意味である。全員が「高地」に居住していることがわかる。

だから重慶は今回突発的に注目を浴びたわけでなく、日頃からこの山城(山の高地にある都市)と水位の関係において物見遊山的な好奇心という要素があるのである。そのため李克強に関する報道も習近平に劣らず多かった。

◆日本の国益に適うのか?

習近平と李克強が権力闘争をしていると騒げば、日本の一部の国民は喜ぶかもしれない。しかし事実ではないことを書いて日本国民を喜ばせることに、いかなる価値があるというのだろう?

そういった権力闘争論者の記事を読む読者が増えるという利己的効果はあるかもしれないが、事実を知らない日本国民を騙し、「なんだ、中国はそんな権力闘争ばかりしているんなら、どうせ大したことはないよ」と日本国民を安心させ、中国が一致団結して強国として邁進していくことを可能ならしめてしまう。それを阻止しようとしているアメリカの努力を削ぎ、米中間のパワーバランスを中国に有利な方向に持って行くことに貢献するだけではないのだろうか?

事実ならばいいが、これは権力闘争論者の「夢物語」でしかない。

中国の脅威を軽視させ、国益を損ねるだけであることに注目しなければならない。

その罪は重い。

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、北京大学アジア・アフリカ研究所特約研究員、上海交通大学客員教授などを歴任。著書に『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗 1月末出版、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文版・英文版もあり)、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Chinese Issue Global Research Institute, Professor Emeritus, Doctor of Science at the University of Tsukuba. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Chazu Chugoku Kenkoku no Zanka (Japanese Girl at the Siege of Changchun) (including Chinese and English versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chaina jajji — Motakuto ni narenakatta otoko (China Judge: The Man Who Couldn’t Become Mao Zedong),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.