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「一つの中国」への挑戦か:アザール厚生長官訪台
2020年8月11日
米厚生長官が台湾訪問 断交以来最高位の訪台(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
米厚生長官が台湾訪問 断交以来最高位の訪台(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

コロナ対策を理由に訪台しているアメリカのアザール厚生長官が10日、蔡英文総統と会談した。中国は「一つの中国」に対する最も激しい裏切りであると抗議。アザールは蔡総統を習主席と言い間違える一幕も。

◆蔡英文総統と会談したアザール厚生長官

8月9日、アメリカのアレックス・アザール厚生長官が台北を訪問し、10日に蔡英文総統と会談した。1979年の米台断交以来、台湾を訪問したアメリカの現役閣僚の中では最高ランクとなる。

訪問目的は新型コロナウイルス(以下コロナ)の世界的な感染拡大を踏まえ、衛生分野における協力を軸として、防疫を含む各分野における米台間協力を強化していくことだ。

会談はコロナ感染を防ぐために、テーブルを挟んだ向かい合わせの形ではなく、それぞれがスピーチテーブルの前でスピーチをし、他の出席者は米台各側に半円形で着席するという形を取った

蔡英文は「トランプ大統領やポンペオ国務長官の温かな支持の下アザール厚生長官一行が台湾を訪問してくださったことを大変ありがたく思う」と前置きした上で「中国の圧力により台湾がWHOから排除され続けているのは非常に残念だ。台湾は既に国内の防疫を守っただけでなく、他の国の防疫にも協力できることを証明している。政治的要素が健康や人権の上に立つべきではない。WHOが台湾の参加を認めないのは、医学や健康管理という普遍的人権の原則に違反している」と強調した。

それに対してアザールは「ドナルド・トランプ大統領の台湾に対する強力な支持と友誼を、ここでお伝えすることができるのは、私にとって非常に光栄なことだ」、「蔡総統との会談と私のこのたびの台湾訪問の最大の目的は、台湾が公共衛生およびコロナとの闘いにおいて実に卓越した成果を収めたことを強調するためであり、さらに台湾とアメリカが疫病に対する予防と発見と対応を共有して共に協力をしていくためでもある」と述べた。

◆中国がアメリカに抗議

予想された通り、8月10日、中国外交部の趙立堅報道官は定例記者会見で「中国は一貫して米台の公的往来に断固反対する」と抗議した。 

趙立堅は以下のように強調した。

――台湾問題は米中関係の中で最も重要で最もデリケートな問題だ。「一つの中国」という原則は、米中関係の政治的基礎である。アメリカのやり方は台湾問題に関してアメリカがこれまで承諾してきた内容に著しく違反する。われわれはアメリカが「一つの中国」原則と「米中三つのコミュニケ」を厳重に守り、台湾との如何なる形の公的往来をも禁止する。

なお、米中三つのコミュニケとは、以下の三つである。

 ●1972年2月28日「米中共同コミュニケ」(上海コミュニケ)

 ●1978年12月16日「中華人民共和国とアメリカ合衆国の外交関係樹立に関する共同コミュニケ」

 ●1982年8月17日「中米共同コミュニケ」(八・一七コミュニケ)

◆アザールがPresident Cai(蔡総統)をPresident Xi(習主席)と言い間違える

冒頭に示した動画をご覧になると、アザールは開口一番“Thank you very much for President Xi for welcoming me to Taiwan today.”と言っているのが分かる。

XiとはXi Jinping(習近平、シー・ジンピン)のことで、蔡英文は中国語のピンイン(発音記号)ではCai(又はTsai) Yingwen(ツァイ・インウェン)となる。

したがって「蔡総統」と言うつもりならば、「President Cai(プレジデント・ツァイ)」と言わなければならない。しかし、何をどう聞いても、「President Xi(プレジデント・シー)」と言ったとしか聞こえない。台湾流に翻訳すれば「習総統」と言ったことになる。

大変な問題になり台湾のネットは大騒動

しかし、台湾の総統府は「これは発音の問題だ」として切り抜けようとした

すると、野党の国民党が「アメリカに抗議すべきだ」と声明を出したりなどしたので、総統府は、「いや、あれはPresident Xiと言ったのではなく、Presidency(総統職)と言ったのだ」と弁明したりなどしたので、騒動はさらに大きく発展した

たしかに発音の問題とするのには無理があり、事実アザールは最初に言い間違えたことに気が付いたのか、次のPresidentの時は「プレジデント・ツァイ」と、「ツァイ」の部分を意識的に物凄く強く言っている。

誰からも指摘されずに気が付いただけでも「えらい!」と褒めてやりたいくらいだ。うっかり言い間違えてしまうと、そのことに気が付かないことが多いので、「よくぞ気が付いてくれた」とホッとしている。

◆アメリカの本気度

中国大陸のネットではアザールの訪台を「以疫謀独(疫病を以て独立を謀る)」と批判し、本当にコロナ問題を解決するためなら台湾でなく北京に行くべきで、アザールはそれを知っているから蔡総統ではなく、習主席と言ってしまったのだと揶揄している。

そしてコロナ感染者が世界中で最も多い国であるアメリカから飛行場に着いた者を、検査と14日間の隔離を行わずに台北市中に放ったことを台湾の住民は激怒していると扇動しているが、アザール一行は出発前に全てコロナ感染に関する検査を受けており、全員陰性という結果が出ている。

一方、中国のネットはアメリカの本気度を示す情報も同時に報道している。

8月9日の観察者という中国のサイトは「この敏感な時期に東シナ海の人工衛星がレーガン号の姿を捕えていた」という見出しでアメリカの空母レーガン号を映し出している。

それによれば米海軍第7艦隊に配属されている空母打撃大隊「レーガン号」は、目下、日本海を出港し、東シナ海での巡航行動に入っているとのこと。

アメリカのエスパー国防長官は8月6日、中国の魏鳳和国防部長と電話会談し、「今年以内に訪中する」と宣言したばかりだが、ここで一つ奇妙な現象に気づく。

エスパーは白人警察による黒人男性絞殺で起きた抗議デモに対してトランプが「場合によっては軍を導入する」と言ったことを批判した。危うくエスパー更迭かとなった経緯がある。

アザールはトランプの独善的コロナ対策やコロナに関する発言を批判したことにより、やはり危うく更迭かという状況に陥った。

仮にエスパーを極左(親中)と位置づけ、アザールを極右(反中)と位置付けたなら、アメリカの大統領選が終わり、トランプが仮に再選したとして舵を切り直すとき、「あれは親中分子が中国にすり寄った」とアメリカ国民に弁明することもできれば、「反中分子が極端な道に走った」と習近平に対して「釈明」することもできる。どちらにでも軌道修正をすることができるのだ。

だから、ボルトン暴露本が暴露しているように、トランプの頭には大統領再選しかないので、今はそのためのパフォーマンスという側面があるかもしれない可能性も、頭の隅には置いておく必要もあるだろう。

もっとも、アメリカ国民の対中嫌悪感情は相当に高いので、共和党も民主党も対中強硬策を貫くとは思うが、それでもなお、大統領選が終わるまでアメリカの本気度を静観する必要があるかもしれない。

少なくともトランプ大統領が香港国家安全維持法の施行に向けて、それに関わった香港と大陸の関係者に制裁を与えると宣言したのに対抗して、8月10日、中国政府は11人のアメリカ政府高官などに対する制裁を行うと実名を公開した。

その11人とは「米上院議員マルコ・ルビオ、テッド・クルーズ、ジョシュ・ホーリー、トム・コットン、パット・トゥーミー、米下院議員クリス・スミス、全米民主主義基金代表カール・ジャーシュマン、全米民主国際研究所所長デレック・ミッチェル(Derek Mitchell)、共和党国際研究所所長ダニエル・トワイニング、ヒューマン・ライツ・ウォッチのエグゼクティブディレクターケネス・ロス、フリーダム・ハウス総裁アブラモビッツ(Michael J. Abramowitz)」である。

アメリカが「一つの中国」を崩すところまで持って行けるのか否か、注目したいところだ。

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、北京大学アジア・アフリカ研究所特約研究員、上海交通大学客員教授などを歴任。著書に『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗 1月末出版、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文版・英文版もあり)、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Chinese Issue Global Research Institute, Professor Emeritus, Doctor of Science at the University of Tsukuba. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Chazu Chugoku Kenkoku no Zanka (Japanese Girl at the Siege of Changchun) (including Chinese and English versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chaina jajji — Motakuto ni narenakatta otoko (China Judge: The Man Who Couldn’t Become Mao Zedong),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.