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香港特別行政区はすでに香港市である( 出典:香港の抗議団体のテレグラムチャンネルに掲載された作成者不明の画像)
香港特別行政区はすでに香港市である( 出典:香港の抗議団体のテレグラムチャンネルに掲載された作成者不明の画像)
香港特別行政区
香港市
出典:香港の抗議団体のテレグラムチャンネルに掲載された作成者不明の画像

日付が変わる1時間前

2020年6月30日から日付が変わる1時間前、中華人民共和国香港特別行政区国家安全維持法(国家安全維持法、略称NSL)が施行された。 この法律は、全国人民代表大会で最初に提案されてから7週間も経たないうちに、また、草案が林鄭月娥・香港行政長官の目にも触れないまま、香港の高度な自治を保証した一国二制度の枠組みを葬り去った。 一国二制度が終焉を迎えれば、香港は中国国内の他の都市とまったく同様になり、もはや特別な場所ではなくなる。現地の抗議団体のテレグラム(メッセージアプリ)チャンネルに冒頭の画像が掲載された所以である。

林鄭月娥と数名の高級官僚や実業界のエリートたちは何週間にもわたって、香港の人々が中国共産党を信頼すべきであること、この法律がごく少数の人々を対象とし、香港に平穏を取り戻すことを意図しているということを、声高に語ってきた。 しかし、最終的な条文が公表されたときには、香港における国家安全維持法の最も強力な支持者の一部でさえ、予想以上に厳しい内容であると認めざるを得なかった。結局、中国共産党への信頼は、それほどあてになるものではなかったのだ。

すべての国は国家安全保障に関する法律を必要としており、その点では中国と香港も変わりない。香港基本法には、香港はそうした法律を独自に制定すると明記されている。大陸当局の干渉は想定されるとしても、本当に懸念されるのは、中国共産党が大陸でこうした法律を利用していかに反対意見を抑圧しているか、そしてこの先、非常に広範かつ曖昧に定義された国家安全維持法によって、今まで香港の居住者が享受してきた政治的・個人的自由がいかに劇的に損なわれるか、である。この法律は部分的に非常に厳格であるため、オーストラリア政府は香港に渡航するオーストラリア人に対して渡航注意情報を発し、すでに香港に滞在しているオーストラリア人には安全性を見直すよう勧告するに至っている。

先月のGRICI 1442では、抗議の画像は新法の下では違法になる可能性があると示唆されていた。 このようなことが事実上すでに発生している。 香港政府は7月2日付のプレスリリースで次のように述べた。「『光復香港、時代革命(香港を取り戻せ、時代の革命だ)』というスローガンは、現在では『香港の独立』、すなわち香港特別行政区を中華人民共和国から分離し、香港特別行政区の法的地位を変更する、あるいは国家権力を転覆することを暗示するようになっている。」  その後のリリースではさらに踏み込んで、さまざまな政治的表現行為に加えて、香港の抗議運動の「アンセム」として有名な『香港に栄光あれ』を学校で歌うことを禁止した。 図書館は、香港の著名な反体制派や民主活動家の本を、たとえ何年も前に執筆され出版されたものであっても、撤去し始めた。 創意工夫に富んだ香港の抗議活動家は、「光復香港、時代革命」というスローガンの8字分の空白をあけた白紙を掲げ始めたが、白紙であっても警察の怒りを招いている。 この法律は警察の動きを再び活発にし、この法律の施行初日には10人が犯罪者として逮捕された。 警察は、このスローガンが書かれたステッカーを携帯電話に貼っていた少年まで逮捕したのである。

心配する理由

この法律の広範さと厳格さは、香港の北京支持者たちの予想すら超えたものだ。香港市民社会のいかなる側面も見逃されない。学校、大学、メディアを対象とした具体的な条文も存在する。この法律が対象とする4つの主な犯罪は、国家の分離裂、国家の転覆、テロ行為、国家安全保障を脅かす外国または外部勢力との共謀である。これらの犯罪の定義はそもそも非常に広いが、より重大なのは、中国本土の無数の事例が示すように、北京当局が自分たちの目的に合わせて都合よく言葉の意味をねじ曲げ得るということである。党や習近平、当局の政策に対する批判が、このような広い定義の言葉によって捕捉される恐れがある。それどころか、こうした犯罪は香港で行われる必要はなく、香港に影響を及ぼす必要すらない。第38条は効力が全世界に及ぶことを規定しているため、党を批判する者が香港で飛行機の乗り継ぎをすると危険にさらされる恐れがある。香港は、新型コロナウイルスの大流行が起こる前はアジアにおける最大の国際的中継地の1つだったのだが。党は明らかに、党に対するあらゆる形態の抵抗や批判の拠点として香港が利用されることを懸念しており、香港で乗り継ぎをする人の声すらも、すべて追放し鎮めることを望んでいる。世界中の誰もがこの法律に引っかかる可能性があるのでは、この法律の対象となるのは香港のごく少数の人々に限られるという約束はもはや意味を持たない。

また、同法第48条に基づいて北京の中央政府直轄の事務所を香港に設置することにも大きな関心が寄せられている。 この事務所は明らかに香港の警察と法制度の管轄外にある。 また、本土の外で活動していることから、中国本土の刑法の管轄外でもあり、文字通り法律を超えて活動しているように見えるのである。 これは香港の人々が期待しているコモンローによる抑制と均衡に完全に反する。 しかし、国家安全維持公署職員のまるでジェームズ・ボンドのような「00」という地位に目を奪われて、すでに確立され完全に稼働している香港警察に対して第43条が与えた広範な権限を忘れてはならない。 この条項は、所有物や電子機器を捜索する際の警察の権限を大幅に強化し、資産の差し押さえや凍結、情報提供の強制、インターネットに掲載された情報の削除や修正を行う権限を規定している。 これらの権限は極めて大きな懸念材料である。 すべての国がテロの脅威に直面しているとか、他の国もそのようなルールを持っているなどと訴えても虚しく響く。なにしろ香港の脅威には、学童が歌を歌うことや白紙の紙を掲げることが含まれているのである。 中央政府が立法をコントロールしている以上、この法律の文言と権限が党や政府の批判者を追い回すために悪用されないなどと信じることはできない。


無言の抗議

この1年間、香港の反政府抗議活動を支持するメッセージを表現する、ポストイットで作られた「レノンウォール」が、香港各地の公共スペースや個人商店に出現した。 新法の施行を受け、一部の店はその撤去を急いでいる。 しかし、オンラインでもオフラインでも抗議スローガンは掲げられ続けている。無言のスローガンという形でだ。

最初の画像は「空白」のレノンウォール、次の3枚の画像は現在禁止されている香港の中心的な抗議スローガン8文字を表している。 1つ目は香港の飲料である維他(VITA)のパック8個で表現したもの、2つ目は練習帳の8文字分のマスで表現したもの、3つ目は落書きを洗い落としたようなスタイルのイメージで、これは昨年落書きがあった場所でよく見られる光景だ。
出典:様々な抗議団体のテレグラムチャンネルから取得した画像

ビジネスは続くが、いつもと違う

香港政府は、この法律によって普段どおりのビジネスが再開でき、香港の安定が回復すると繰り返し唱えており、実際、この法律を陰に陽に歓迎する企業もある。 新法が香港を終わらせると主張する人たちは、現時点では部分的にしか正しいとは言えない。 ビジネスの仕組みと日常の業務は、同法が導入される前と変わらず効率的に進めることができる。 これは特に、香港経済の中で最大かつ唯一の実質成長分野である金融部門に当てはまる。 中国国内市場が外国人投資家に真に開放され、中国企業が米国での上場は難しいと考えるようになるにつれて、香港は次々と行われている企業の新規上場や、香港証券取引所の取引システムを介して本土上場株への注文を転送する「コネクト」フレームワークによる出来高の増加によって恩恵を受けている。 同法が導入されてからの最初の6営業日には、コネクトフレームワークによる総取引高1,380億米ドルのうち、約90億米ドルが中国市場に流入した。 あらゆる懸念にもかかわらず、ビジネスは活況を呈している。

しかし、この新しい法律に居心地の良さを感じている個人も企業もいないはずだ。 ビジネスと政治を完全に分離できると考える人には、大企業キャセイパシフィックとHSBCの経験が警告となるだろう。 企業も究極的には香港で表現の自由の権利を持つ個人で構成されている。ならば、国家安全保障を脅かすものと定義されている平和的な抗議活動に従業員が参加した場合、企業はどう対応するのだろうか。 第43条に定められている前述の権限はすでにテクノロジー企業の背筋を凍らせており、すでに複数の企業が、法律の施行状況がもっと明確になるまで香港当局との情報共有を停止すると述べている。 人気のショートビデオアプリTikTokは、香港市場からの撤退と、銅鑼湾にあるオフィスの複数年賃貸契約の解消をすでに発表している。もっとも同社のオーナーである中国企業のバイトダンスは、TikTokアプリを事実上の中国版である「抖音」アプリに置き換えるだけかもしれないが。 これらの根底にある問題は、グレート・ファイアウォールが香港にも築かれるのか、ということである。 中国とまったく同じように露骨なやり方ではないが、香港では検閲が強化され始めており、その第一歩がすでに踏み出されている。

海外の反応

国家安全維持法の導入によって、米国、英国、オーストラリア、カナダはいずれも、中国に圧力をかけるため、あるいは少なくとも約束を破ると目に見える代償を払うことになると示すために、いくつかの措置を敢行している。 共同宣言の当事国である英国は、英国のBNO(英国海外市民)パスポートの資格を持つ香港の居住者を300万人まで英国に受け入れること、完全な市民権の取得が可能であることを約束した。 中国がBNO保有者の香港からの出国を認めるかどうかすら現段階では不明である。国家安全維持法が香港からの出国制限を規定しているためだ。 オーストラリアとカナダはいずれも香港との犯罪人引渡し条約を停止しているが、これは国家安全維持法が容疑者を中国に引き渡して中国の法律の下で裁判にかけることができると定めているためである。 米国は香港への貿易上の優遇措置を停止しており、香港政府の特定の個人に対して制裁を発動するか、もしくは香港ドルの米ドルペッグ制を標的にする可能性もある。 こうした制裁の脅威は香港のビジネス界の中心を直撃している。米国が制裁の対象として名指しした個人と取引を行っている銀行に罰則を適用しようとしているのだ。そうなれば、中国の大手銀行の一部や、さらには世界的な銀行までもが、ドル決済システムから切り捨てられることになり、世界的なビジネスを展開しているどの企業にとっても大きな影響が及ぶ可能性がある。 こうしたリスクは無視するわけにはいかない。なぜなら、中国が何百万人もの自国民を違法に拘束している新疆ウイグル自治区を担当する中国高官に対する制裁措置が発表されたばかりだからである。トランプ政権は、時に不安なほど予測がつかず、信頼できないこともあるが、こうした動きをしたときは完全に信用に値する。

国家安全維持法の第29条は、香港特別行政区や中国に対する制裁措置を支援した企業や個人は同法に基づき犯罪者とみなされると明確に定めている。 このため、銀行などの企業は、中国の法律に従うか、米国の法律に従うかの選択を迫られることになる。 香港では、企業はどちらの側につくかを決定しなければならないのだ。

「調和」

ひとつ確かなことがあるとすれば、香港の未来は過去とは大きく異なるものになるだろうということだ。 中国世界の大部分におけるリーダーでありトレンドセッターだった、あの開放的で活気に満ちた都市は、最悪の方向に変わっていくだろう。 香港は今後数年のうちに、1年続いた抗議運動や新型コロナウイルスの経済的影響からは立ち直るかもしれない。しかし香港を中国とは異なる特別なものにしていた多くのものは根こそぎ取り除かれるだろう。 香港は中国の特性と「調和」させられようとしている。 党に服従することが、成功を望む人々の第一の目標になるだろう。 ビジネスは続くだろう。いずれにしろ中国では、同様に政治的・社会的に厳しい制約の下で多くのビジネスが行われている。しかし、香港のグローバルな役割と地域的な役割は低下するだろう。 この新法は香港の人々を恐怖によって服従させることを意図したもので、多くの人に対しては効果があるだろう。しかし戦いと抵抗を続ける人もいるはずだ。 政府に抗議するために何百万人もの人々が再び街頭に繰り出すとは今は考えにくいが、香港の将来は非常に不透明なままである。 今後数週間から数カ月のうちに、中国共産党は香港がかえって本土を不安定化させる大きな影響力を持っていることに気づくかもしれない。しかし、それは香港を通じて行動を起こしている外国勢力によるものではなく、何百万人もの香港市民の夢と希望を押しつぶそうとしている中国共産党自身の失策と過剰な介入によりもたらされたものなのだ。

フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.