中国はSARSが流行した2003年から救急治療に携わる医療関係者への特別手当を規定し、2016年に給金を平常の3倍にする条例を出している。封鎖中、防護服や人工呼吸器の製造も24時間体制で行った。
◆2003年に制定された「突発公共衛生事件応急条例」
2002年11月に中国の広東省で発生したSARS(サーズ=コロナウイルスに感染して発症する重症急性呼吸器症候群)は2003年7月まで中国を中心とした世界32ヵ国を巻き込んで猛威を振るった。
2003年3月で任期を終えることになっていた当時の江沢民国家主席は、何とかこの責任を次期国家主席・胡錦涛のせいにしようと、SARSの発生を隠蔽しようとした。
そこで敢然と抵抗したのが広東省にいた鍾南山で、国家の隠蔽を暴き、このままでは中華民族を滅亡させ全人類の命を危険にさらすとして伝染病の危険性と隠蔽の罪悪性を告発した。それにより当時のWHOはすぐに動いた。だから犠牲者は今般の新型コロナウイルス肺炎ほどは増えず、世界への感染拡大も一定程度で収まっている。
その時の最前線における奮闘ぶりにより、鍾南山は「民族の英雄」として多くの人民に慕われ尊敬されただけでなく、胡錦濤国家主席(2003年3月着任)も江沢民の隠蔽に怒っていたので、鍾南山側に立った。
そこで2003年5月9日に「中華人民共和国国務院令」(第376号)として国務院総理・温家宝の名において「突発公共衛生事件応急条例」を発布した。
その中の第九条には「緊急的な突発事件の応急処置に当たりその救助に従事した医療関係者にはそれ相当の補償をしなければならず、万一にも病気・障害・犠牲などになった場合はさらなる補償をしなければならない」という趣旨のことが書いてある。
◆2015年、具体的な補償額の規定を政令で指示
しかし、その補償額の数値に関しては具体的には書かれていなかった。
そこで習近平が国家主席になった(2013年3月)以降「伝染病が起きた時の医療従事者に対する安全防護と特別手当」が検討されるようになった。
中国には1989年2月21日に制定された「中華人民共和国伝染病防治(予防治療)法」があるが、SARSが大流行した翌年の2004年12月1日に改定され、さらに習近平政権に入った2013年6月29日改定されている。その直接的原因は2013年3月に流行った鳥インフルエンザ(H7N9)がきっかけだと考えていいだろう。
2015年1月6日、国務院は李克強国務院総理の名において「伝染病防治人員安全防護を強化することに関する国務院弁公庁の意見」(国弁発〔2015〕1号)を発表した。
この意見の「六」では、上述の条例(2003年5月7日)と改正された法律(2013年6月29日)に基づき、一刻も早く伝染病医療従事者に対する補償制度を具体的に決定せよという趣旨の指令を出している。危険度(自分自身が感染するかもしれないというリスクの大きさ)や従事時間の長さなどに応じた具体的な数値を出すように命じたわけだ。
◆2016年、最前線医療従事者の補償金額などを決定
こういった流れを受けて、2016年に当時の中央行政省庁の一つであった「人力資源と社会保障部」が「伝染病流行防治人員臨時業務補助を決定することに関する通知」(人社部規[2016]4号)を発出した。この人社部の法規[2016]4号により、ようやく具体的な補償金額が明示された。
但し、2018年3月の全人代(全国人民代表大会)で国務院機構改革が承認され、全ての中央行政省庁に対して編集替えを行った。そのときに「人力資源と社会保障部」の業務を再編し、「退役軍人事務部」(一部の退役軍人に関する業務)や「国家医療保障局」(医療保障制度を管轄)などに業務の一部を移管し、別途「国家衛生健康委員会」を設立した。
これ以降、伝染病の予防治療に関する司令塔は「国家衛生健康委員会」が担当することとなった。
最前線の現場で命を懸けて患者の治療に当たっている医療従事者に対する保証は、「平常の給金の3倍」を与えることを基本として、「全ての医療従事者への一日当たり300元から200元の補助金を2倍にして別途与える」(1人民元=15.18日本円)こととなった。
さらに第一線で働いた医療関係者はみな一律に「英雄」として位置づけることとなっている。そんな、何にもならない「名誉」などもらっても役に立たないと思うかもしれないが、実は「英雄」として位置づけられれば、その後の人生における「年金」や「福祉」などに関して、さまざまな優遇策があり、「実益」を伴っていることは注目に値する。
もっとも、全世界の第一線でコロナ患者の治療に当たっている医療関係者は誰もが「自分が助けなければならない」という使命感に燃えており、そこには無私の信念があり、心から敬意を抱く。
中国でも武漢の最前線で働き続けた若い女医が、武漢の封鎖解除によりようやく故郷に戻り14日間の隔離を終えて幼子に再開しようとしたのだが、過労がたたって隔離から解除される前に心臓マヒを起こして死亡したという例もある。
◆2020年1月20日
今般の新型コロナウイルス肺炎に関して習近平は1月20日になって、ようやく「重要指示」を出した。おまけにその出し方は「国家衛生健康管理委員会」の指名を受けたハイレベル専門家チームのトップである鍾南山の警告を受けた李克強からの強い要求があった結果だ。その論拠に関しては1月24日のコラム<新型コロナウイルス肺炎、習近平の指示はなぜ遅れたのか?>や2月10日のコラム<新型肺炎以来、なぜ李克強が習近平より目立つのか?>あるいは3月18日のコラム<中国はなぜコロナ大拡散から抜け出せたのか?>をご覧いただければ明白だろう。
今回の分析の線上で言うならば、更に歴然とした証拠がある。それは習近平が雲南で春節巡りなどをしていた1月20日、「重要指示」を出したその日に、国家衛生健康委員会は「中華人民共和国伝染防治法に基づいて法定伝染病と指定する」という公告を出しているという事実からも読み取ることができる。鍾南山の警告に基づき、習近平が雲南で春節巡りをしている最中に、既に緊急対応が実行に入ったということだ。
◆封鎖中の医療物資や生活インフラは国有企業が担当
その医療従事者たちが潤滑に救護活動を遂行するためには、医療従事者が用いる防護服やマスクあるいはアルコール消毒液などが不可欠だし、また患者に用いる人口呼吸器なども欠くことができない。
武漢が完全封鎖に入り、湖北のほとんどの地域をはじめとした中国全土が外出禁止にある中、こういった医療物資を誰が生産するのか、また生産されたものをどのような手段で誰が運搬するのかなども問題となる。
それだけではない。食糧問題や電力などのエネルギー供給をどうするのかは死活問題だ。電気など、一秒間たりとも止めるわけにはいかない。
そこで中国では一般の民間企業の活動停止などの指示を出すと同時に、こういった基本的な救助および生活インフラ問題の解決を国有企業が負担し、間断なく提供するという施策を実行した。たとえば3組のローテーションで8時間労働を保ち、体力の限界が来ないようにする一方、こういった業務の従事者にも特別の手当てを給付している。
封鎖中、どの分野の産業領域に関して、どういった国有企業が生産を継続していたかに関しては4月21日発売の雑誌『FISCO 株・企業報 Vol.9』の特集記事「新型コロナウイルスとデジタル人民元の野望」で詳述した。
◆医療崩壊を防ぐか否かは日頃の「危機管理」の問題
世界で一、二を競う高いレベルの医療技術を持っているはずの日本が今、医療崩壊を防ぐために検査数を抑えるか否かという「あり得ない」議論をしたり、あるいは現場の医療従事者の防護服が足りなくてゴミ袋を使うなど、武漢の初期のような状態を呈している。コロナ対策も二転三転して、ようやく全戸に配り始めた2枚の布マスクは虫や毛髪が入っていたりカビが生えていたりと不良品が続出しているようだ。
4月21日の毎日新聞<虫混入、カビ付着…全戸配布用の布マスクでも不良品 政府、公表せず>の報道には、カビだらけになったマスクの写真が掲載されている。しかも政府はこの事実を公表しようとしなかったとのこと。
日本の「危機管理体制」の決定的な欠如が、今回ほど露呈したことはなかった言っていいだろう。
休業補償もなく「自粛」により「自己責任を押し付けるやり方」はあまりに日本国民にとっては残酷で、日本経済を逆に崩壊させ、日本国民を不安と疲弊のどん底に追い込んでいる。
4月6日のコラム<緊急事態宣言と医療崩壊の日中比較>でも述べたように、昨年(2019年)10月28日、安倍首相は「病院再編と過剰なベッド数の削減など指示」している。「一刻も早くベッド数を減らせ!」と指示しているのである。緊急事態があった時に病院のベッド数を確保しておかなければならないという長期的視野など微塵もない。あるのは、営利重視の政府の姿勢だ。そもそもコロナ対策の総司令塔が(西村)経済再生担当大臣であるということからも推して知るべし。「国家の精神」が如実に表れている。
◆それでもコロナの責任は習近平とWHOにある
それでもなお、全人類を絶望と存亡の危機に追いやっている最大の犯人は習近平と、習近平に忖度したWHO事務局長であることに変わりはない。二人は人類に対する償い切れない罪を犯した。この罪は必ず償わなければならないし、いかなる事態になろうとも直視すべきだ。
特にアフターコロナで中国が一人勝ちして世界新秩序を形成するかもしれない現状において、私たちは中国の真相から、それがどんなに不愉快であっても、目を逸らしてはならないのである。そのために、中国の伝染病対応に関する危機管理体制の一部を考察した。
一方では、このような危機管理体制にあっても、野生動物に関する規制遵守を監視していなかったという中国の指導体制の脆弱性と無責任さも見逃してはならないだろう。
(本論はYahooニュース個人からの転載である)
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