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完璧な嵐?頼清徳政権が直面する三重の課題
緊急対応訓練を視察する頼清徳(写真:ロイター/アフロ)

頼清徳総統が率いる政権は、未曾有の内外の圧力に直面し、岐路に立たされている。世界経済の変動と国内政治の混乱の高まりの中で、頼政権は経済・政治・環境危機の嵐を乗り越えなければならない。本稿では、特に貿易、政治、気候変動の分野で、頼清徳政権がこれらの課題にどのように対応しているかを分析する。

1.外部からの圧力と経済的課題

頼清徳政権が直面する最初の大きな外圧は、世界貿易環境の変化と、グローバルサプライチェーンにおける台湾の競争力に関係している。米中貿易戦争が激化する中、グローバルサプライチェーンの一部である台湾も深刻な影響を受けている。2025年8月、米国の台湾に対する関税は32%から20%に引き下げられた。この引き下げによってある程度の圧力は軽減されたものの、台湾経済の重荷を取り除くには不十分である。特に、台湾が農産物市場の開放や関税撤廃、米国への投資を許可するかどうかといった重要な問題が未解決のままである。これらの未解決の問題は台湾経済に引き続き不確実性をもたらし、内外の政治・経済の安定に影響を及ぼす恐れがある。

注目すべきは、台湾と米国の関税問題は農産物に限らず、台湾のハイテク産業にも関係している。最新データによると、台湾のハイテク製品は対米輸出の68%を占めている。これらの製品には半導体、電子部品、コンピュータ機器、通信機器などが含まれる。現在の貿易交渉の枠組みでは、米国が暫定関税(通商法232条によるハイテク産業関税を除く)を課した場合、台湾のハイテク製品の対米輸出に深刻な影響を与え、台湾の経済的圧力をさらに強める可能性がある。この追加関税により、台湾の輸出品には20%の関税が課される一方、日本や韓国の輸出品は15%の関税にとどまるため、これらの競合国と比べて米国市場での競争が一段と厳しくなる。

この状況下で、台湾ドルは12%も上昇した。この変化は台湾の対外輸出、特に製造業や農産品部門に大きな影響を与えた。台湾ドルの上昇は、国際市場における台湾の価格競争力を低下させ、世界市場における台湾の立場を弱めており、間違いなく台湾の長期的な経済発展にとって脅威となる。

頼清徳政権は、台米貿易交渉の結果を注視するだけでなく、今後の米国との貿易協定で、特にハイテク産業の関税や農産品市場の開放といった重要な問題に確実に取り組む必要がある。台湾は、より複雑な国際貿易紛争に巻き込まれることを回避しつつ、自国の経済的利益を守る必要がある。政府はまた、外部からの経済的圧力に直面しながら、台湾の安定と成長を維持するために緊急措置を講じ、関税や為替レートの変動が産業に及ぼす影響を最小限に抑えなければならない。

2.国内政治の課題と政党間競争

外部からの経済的圧力に加え、頼清徳政権は複雑な国内政治情勢にも直面しており、特に党内の結束を保ちつつ政党間の競争を乗り越えるプレッシャーがある。台湾の政治環境は不確実性に満ちており、特に与党・民進党が二つの大規模なリコール選挙で圧倒的な勝利を収めることができず、有権者が立法院の現状の構成を変えることに消極的であることが明らかになった。

2025年7月26日の大規模リコール選挙では、24議席を対象としたリコールはいずれも成立せず、完全な失敗に終わった。8月23日に予定されている7議席のリコールもさらに大きな挑戦に直面している。頼清徳政権は依然として約40%の支持率を維持しているものの、今回のリコール失敗は、特に立法院の議席に関して有権者の現状容認を示している。有権者は立法院の構成を変えたいと強く望んでいないようだ。しかしこの失敗は、国民党や民衆党にとっての完全な勝利を意味するわけではなく、むしろ有権者が与党を監視するために野党に依存していることを露呈している。有権者は現状維持を好み、政治体制を急激に変えるよりも、野党に与党を牽制・監視させることを望む傾向がある。

国内政治の複雑さは、政党内部の権力闘争にも表れている。国民党の若手世代は希望を抱いているものの、党内の伝統的な派閥を揺るがすには至っておらず、選挙では依然として古参や地方派閥の支持に依存している。一方、民進党はリコール選挙で敗北したものの、党に参加する若手リーダーが増え、内部の活性化につながっている。民衆党は今後、政治的な存在感を失う可能性があり、特に資源を効果的に統合できなければ、政界での足場を失うことになりかねない。

頼清徳政権がこの複雑な政党間競争をどのように乗り越え、内部の結束を保ち、さまざまな利害を調整して政策を実行していくかは大きな課題となる。特に今後の地方選挙では、党内の異なる派閥の利益を調整しつつ若い有権者を引きつけることが、民進党の選挙での成績を左右するだろう。

3.気候変動とグリーンガバナンスへの圧力

気候変動は、頼清徳政権のグリーンガバナンスにとって重大な課題であり、特に頻発する自然災害により、政府の効果的な対応力と統治能力が試されている。最近、台湾中部と南部で発生した豪雨は、気候変動が台湾社会に与える深刻な影響を浮き彫りにしている。特に環境志向の有権者が多い南部地域では、これらの災害が地方自治体に大きな政治的圧力をかけている。これまで頼清徳政権はグリーン政策によって台湾南部で幅広い支持を得てきたが、気候変動により自然災害の頻度と深刻さが増す中、地方自治体は特に災害復旧と緊急対応において深刻な統治上の課題に直面している。

しかし、問題の複雑さはこれだけにとどまらない。気候変動が悪化するにつれ、台湾南部や他の被災地域は、2026年に予定されている地方選挙で重大な政治的影響に直面する可能性がある。民進党が気候災害後の復旧を効果的に進められなければ、有権者の不満が募り、南部地域での同党の選挙見通しに影響を与える恐れがある。民進党はこれらの被災地域に注目し、復旧作業が遅滞なく進むことを確保しなければならない。さもなければ、南部での選挙において重大な挑戦に直面することになるだろう。

さらに、頼清徳政権は農業政策をめぐり、国際社会からの、特に米国からの圧力にも対処しなければならない。米国は台湾に対して農産品市場のさらなる開放を要求するかもしれない。頼清徳政権にとって、これは経済的な好機であると同時に、政治的なリスクでもある。民進党が農業政策で妥協すれば、特に台湾南部の農業地帯における農家の支持を失う可能性がある。これらの地域は長年民進党を支持してきたが、政府が農民の利益を守れなければ、国民党は農産品流通システムでの影響力を強化する機会を捉え、これらの有権者の支持を取り戻す可能性がある。資源を拡大し、より広い支援ネットワークを構築することにより、国民党は将来の選挙で台湾南部の議席を奪還できるかもしれない。

したがって、頼清徳政権はこれら一連の課題に対処するために、緊急の措置を講じなければならない。第一に、気候災害への対応と復旧作業を強化し、有権者の不満を緩和すると同時に、台湾南部における民進党の選挙上の優位を維持する必要がある。第二に、政府は農業市場の開放に関して、農民の利益が損なわないように慎重に判断し、選挙期間中に重要な支持層を失わないように、これらの政策を効果的に伝える必要がある。これらの分野でタイムリーな調整を行うことによってのみ、民進党は国政と地方の両方で敗北するという「二正面作戦」のジレンマを回避することができる。

結論と展望

頼清徳政権は、政治、経済、社会の厳しい課題に直面している。外的経済圧力は、国際経済における台湾の競争力を維持するため、政府に世界のパートナーとの経済連携を一層強化することを求めている。一方、党内の結束や有権者の支持維持などの内政上の課題は、政府に内部の対立を柔軟に調整し、リコール圧力を緩和するとともに、各派閥間の協力を促進することを求めている。同時に、気候変動とそれに伴う自然災害は政府に大きな統治上の課題を突きつけており、特に台湾南部の有権者の支持を確保する面では、政府の対応とリーダーシップは選挙の見通しに直接影響を及ぼすであろう。

今後数か月、頼清徳政権は複雑な政治・経済情勢の中で茨の道を歩むことになる。災害復旧、党内結束、国際貿易交渉といった課題に、政府がどれだけ上手く対処できるかが、台湾の将来の政治情勢を左右するだろう。これらの問題に効果的に対処できなければ、民進党は地方選挙で敗北し、国政と地方両方の議会で支配を失い、最終的に民進党の長期政権に危機をもたらす可能性がある。こうした複雑な課題を切り抜け、台湾の安定と国民の信頼を守るためには、頼清徳政権はより繊細な先見的な戦略を採用しなければならない。

 

 

 

陳建甫博士、淡江大学中国大陸研究所所長(2020年~)(副教授)、新南向及び一帯一路研究センター所長(2018年~)。 研究テーマは、中国の一帯一路インフラ建設、中国のシャープパワー、中国社会問題、ASEAN諸国・南アジア研究、新南向政策、アジア選挙・議会研究など。オハイオ州立大学で博士号を取得し、2006年から2008年まで淡江大学未来学研究所所長を務めた。 台湾アジア自由選挙観測協会(TANFREL)の創設者及び名誉会長であり、2010年フィリピン(ANFREL)、2011年タイ(ANFREL)、2012年モンゴル(Women for Social Progress WSP)、2013年マレーシア(Bersih)、2013年カンボジア(COMFREL)、2013年ネパール(ANFREL)、2015年スリランカ、2016年香港、2017年東ティモール、2018年マレーシア(TANFREL)、2019年インドネシア(TANFREL)、2019年フィリピン(TANFREL)など数多くのアジア諸国の選挙観測任務に参加した。 台湾の市民社会問題に積極的に関与し、公民監督国会連盟の常務理事(2007年~2012年)、議会のインターネットビデオ中継チャネルを提唱するグループ(VOD)の招集者(2012年~)、台湾平和草の根連合の理事長(2008年~2013年)、台湾世代教育基金会の理事(2014年~2019年)などを歴任した。現在は、台湾民主化基金会理事(2018年~)、台湾2050教育基金会理事(2020年~)、台湾中国一帯一路研究会理事長(2020年~)、『淡江国際・地域研究季刊』共同発行人などを務めている。 // Chien-Fu Chen(陳建甫) is an associate professor, currently serves as the Chair, Graduate Institute of China Studies, Tamkang University, TAIWAN (2020-). Dr. Chen has worked the Director, the Center of New Southbound Policy and Belt Road Initiative (NSPBRI) since 2018. Dr. Chen focuses on China’s RRI infrastructure construction, sharp power, and social problems, Indo-Pacific strategies, and Asian election and parliamentary studies. Prior to that, Dr. Chen served as the Chair, Graduate Institute of Future Studies, Tamkang University (2006-2008) and earned the Ph.D. from the Ohio State University, USA. Parallel to his academic works, Dr. Chen has been actively involved in many civil society organizations and activities. He has been as the co-founder, president, Honorary president, Taiwan Asian Network for Free Elections(TANFREL) and attended many elections observation mission in Asia countries, including Philippine (2010), Thailand (2011), Mongolian (2012), Malaysia (2013 and 2018), Cambodian (2013), Nepal (2013), Sri Lanka (2015), Hong Kong (2016), Timor-Leste (2017), Indonesia (2019) and Philippine (2019). Prior to election mission, Dr. Chen served as the Standing Director of the Citizen Congress Watch (2007-2012) and the President of Taiwan Grassroots Alliance for Peace (2008-2013) and Taiwan Next Generation Educational Foundation (2014-2019). Dr. Chen works for the co-founders, president of China Belt Road Studies Association(CBRSA) and co-publisher Tamkang Journal of International and Regional Studies Quarterly (Chinese Journal). He also serves as the trustee board of Taiwan Foundation for Democracy(TFD) and Taiwan 2050 Educational Foundation.