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中国、軍幹部大量逮捕の背後に横たわる真相を暴く
習近平中共中央総書記・中央軍事委員会主席(写真:ロイター/アフロ)

10月17日午後、中国の国防部報道官は9人の軍幹部に関しての処分を発表した。それによれば、中央軍事委員会・規律検査監督委員会は、9名の軍幹部に関して党籍剥奪および軍事検察で審査・起訴することを決定したとのこと。

そのうち8名は中共中央委員会委員なので、10月20日から23日まで北京で開催された「四中全会」(中国共産党中央委員会第四次全体会議)で中央軍事委員会における処置と党籍を剥奪したことに関して審議し、可決した(新華網)。これで最終決定となる。

2024年11月から始まった一連の逮捕劇に関して、巷では「習近平失脚説」が「嬉しそうに」ささやかれていたが、筆者は以下の論考で徹底して斬ってきた。

などで、「習近平失脚説」の虚偽性を徹底して証明したはずだ。

ところが、10月21日にNHKの「みみより!解説」番組が、中国共産党の重要会議「四中全会」に異変? | NHKというタイトルで、「習近平が軍を掌握できなくなったか」とか「張又侠(中央軍事委員会副主席)が軍を掌握か?」として「習近平弱体化説」の可能性を解説していたのを発見した。

「習近平失脚説」もしくは「習近平弱体化説」論者たちの中心をなしていた論理は【「四中全会は前倒しで8月に開催され、習近平の失脚がほぼ決まる」+「代わりに胡春華が昇進する」+「今後、張又侠が軍を掌握する」】というワンセットで展開されてきた。

しかし四中全会は8月には開催されず通常通り10月に開催されたし、胡春華の昇進もなかったことから、基本的にこのワンセットの中の二つが崩れたため、残る一つである「張又侠が軍を掌握する」も同時に消滅したと判断するのが常識的だろう。しかしどうやら「巷」では未練がましく、残り一つの「張又侠が軍を掌握する」に最後の可能性を見出そうとしているらしい。

「巷」の噂はいつでも人心をくすぐるフェイクにまみれているので無視すればいいが、今般はその「巷」の中に、あの権威ある公共放送であるNHKも含まれているとなると、これは日本国民、特にスタートしたばかりの高市政権の国家安全保障問題に非常に大きな影響を与える危険性を孕んでいる。

そこで本稿では「大量逮捕の背後関係」を暴くと同時に、「張又侠が軍を掌握する」という事態になるのか否かに関して考察を深める。

◆苗華(びょうか)が頭領としてうごめいていた旧南京軍区「腐敗の巣窟」

まず、中央軍事委員会および四中全会で起訴と党籍剥奪を最終的に決定された9人の軍幹部の名前と肩書や基本情報などを図表1にお示ししたい。順番は四中全会で決議された8名に関しては新華網発表に準じ、中央委員会委員(図表1では中央委員と略記)でない王厚斌に関しては国防部の発表に基づいて最後に付け加えた。

図表1:処分された9人の基本情報と苗華との関係および習近平福建時代との関わり

公開されている諸情報に基づいて筆者作成

図表1で1~9まで列挙した軍幹部に関しては、逮捕される直前の肩書とともに、「苗華(びょうか)との関係」と、福建省時代(1985年~2002年)の習近平との接触を書いた。

なぜ「苗華との関係」に注目するかというと、9人の履歴を詳細に読み込むと、全てが「苗華」で焦点を結ぶからだ。

苗華は37年間(1969年~2005年)という長きにわたって「旧南京軍区第31集団」に所属し、2005年~2010年までは同じく旧南京軍区の「第12集団」に移ったので、旧南京軍区には合計「42年間」もいたことになる。

そんなに「長期滞在」をすれば、「地縁関係」により「群れ」ができ上がるのが中国の常だ。

特に苗華は1999年~2005年の期間、「第31集団軍・政治部主任」だったので、その権勢たるや尋常ではなかった。「政治部」というのは戦闘ではなく、「政治思想」に関係する部局なので、誰を昇進させるとか、人事などにも深く関与してくる。「群れの頭領」になれば、「ポストをお金で売る」作業に手を付け始めるのがまた、中国の慣わしのようなものである。

1999年に政治部主任になったということは、そこにはすでに習近平がいたことになるが、当時の習近平には、「軍区の人事を決定する権限」などは全くなかった。それが分かるようにするために、習近平の福建省時代の肩書を図表2に示す。

図表2:習近平の福建省時代のプロフィール

中国で公表されている情報に基づき筆者作成

図表2では軍事に関係する肩書を黄色マーカーで染めたが、1996年まではせいぜい福州軍分区止まりで、1999年からようやく南京軍区という名前が出てくるものの、「国防動員委員会」という、軍区そのものとは異なる、やや「脇役」的存在に過ぎない。1994年に設立されたばかりの、地方政府に対する協力機構のようなものだ。したがって旧南京軍区における骨幹の人事権とは無関係のポジションでしかなかった。

それでも当時の南京軍区の第31集団軍の駐屯先が、福建省最初の勤務地であった厦門(アモイ)にあったことから、習近平はこの第31集団軍と非常に親しくしていたのは事実である。仲が良かったと言っていいだろう。 

したがって図表1では、あくまでも「習近平の福建省時代と重なる」という表現しかしていない。とは言え、習近平が福建省を離れたあとも含めて、合計「14回」も旧南京軍区・第31集団軍を視察しているのは、やはり注目すべきだろう。

だからこそ、図表1の9人の逮捕直前の肩書は、軍のトップである「中央軍事委員会」関係者が多い結果を招いている。習近平が福建省時代の第31集団軍を重視していた証拠だと言っていい。習近平としては彼らを重視し、信頼しきっていたにちがいない。その彼らが、他の軍部と同じように「腐敗の巣窟」を形成していたということは、習近平にとってどれだけ無念で衝撃的であったかは想像に難くない。

しかも図表3に示すように、「腐敗の巣窟」は、まさに習近平が最も信頼していた第31集団軍の苗華を頭領として「ギャング」のように水面下で縦横無尽に形成されていたのである。

図表3:旧南京軍区の苗華を中心に形成されていった腐敗の巣窟

筆者作成

図表3において黄色で染めた部分は、習近平の福建省時代と重なるときの事象だ。「2の苗華」に関しては、旧南京軍区にいたときの肩書を赤文字で、2010年に南京軍区を出たあとの肩書は黒文字で示した。

苗華と「1の何衛東」および「5の林向陽」は全員第31集団軍に所属していたが、明確な上下関係は1999-2005年、苗華が第31集団軍の政治部主任をしていた時期である。

「1の何衛東」は2022年10月に中央軍事委員会副主席になっており、苗華は2017年から中央軍事委員会の政治工作部主任で、ここでは上下関係が逆転している。これは「1の何衛東」は司令官など、部隊の実戦を指揮する系統にいたからだ。先に中央軍事委員会の政治工作部主任になった苗華が、中央軍事委員会の主席である習近平に、何衛東を副主席として推薦したものと考えることができる。

福建省時代に親しくしていた苗華が推薦するなら、同じく親しくしていた何衛東を副主席に迎え入れることに、習近平は躊躇しなかったにちがいない。何かもめたというような噂も特になく、すんなりと副主席の座に収まった。

その分だけ、尋常ではない「謝礼金」が苗華の懐に入っていった。

 

「4の王秀斌」と「6の秦樹桐」は、苗華が2005年に第31集団軍から離れたあと、それぞれ2013年~2015年の間、第31集団軍の副軍長と政治部主任になっている。このポストを「買う」ために、二人とも莫大な「謝礼金」を苗華に支払った。

「8の王春寧」は2016年まで旧南京軍区におり、2010年まで同軍区にいた苗華が彼の昇進に関わり続けた。苗華が2017年に中央軍事委員会・政治工作部主任になった後も王春寧やその他の関係者の昇進決定に関わってきた。

その他、図表3に書いた全ての軍関係者の昇進人事に苗華が関わり(経緯を詳述すると長くなるので省略)、そのたびに巨額の「謝礼」をポケットに入れ、苗華は巨万の富を築くに至った。

そのようなことを全く知らずにいた習近平は、国家主席になった後の2014年8月にも第31集団軍を視察している。そして中央軍事委員会を、苗華の推薦を信じて旧南京軍区で固めてしまったのである。これを世間では「南京系」と称することもあるくらい、習近平は気が付けば「旧南京軍区の腐敗の巣窟」によって身の回りを固めていたことになる。

それに気が付いて、隠蔽することなく、激怒して激しく処分していったことは評価していいだろうが、しかし「軍の腐敗」を甘く見てはいけない。筆者は2014年に『中国人が選んだワースト中国人番付――やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』という本を著したことがあるが、習近平の反腐敗運動を「権力闘争」などと主張し続けている人々は、中国の土壌に染み込んだ「腐敗の深さ」を知らないと断言してもいい。

◆腐敗撲滅部局の中央紀律検査委員会副書記を中央軍事委員会副主席に

空席となった「中央軍事委員会副主席」の座は、これまで「中央紀律検査委員会・副書記、中央軍事委員会規律検査委員会・書記、中央軍事委員会監察委員会・主任」という、腐敗撲滅関連の業務を一身に担ってきた「張昇民」を充てることにすると、四中全会で決定した。

ここに習近平の「軍の腐敗」に対する決意のほどがうかがえる。

その新旧組織図を図表4に示す。

図表4:新旧中央軍事員会組織図

筆者作成

したがって、NHKが解説している「張又侠が軍を掌握か?」というような現象は起きていないと考えていいのではないだろうか。

習近平は気持ちの上ではきっと「腐敗の酷さに気が付かなかった自分」に参っているだろう。ここまで信用してきた旧南京軍区の幹部たちが、「軍部最大の腐敗の巣窟だったこと」を見抜けなかったのだから。それ以上に、激怒もしていることだろう。

いずれにしても、怖くて新たな中央軍事委員会委員を抜擢することもできないにちがいない。平の「委員」は今までいた劉振立一人だ。

なお、本稿は高市新政権にマイナスの影響を与えないようにするために、できるだけ正確な中国関連情報を提供したいという気持ちから書いているが、高市政権が連立を組んでいる日本維新の会の議員になった中国問題評論家の石平氏が、10月23日に<習近平の側近「9人の人民解放軍幹部」粛清発表で全貌が明らかに~これは軍による「習念願の台湾侵攻」の軍事体制を覆すクーデターだ>というコラムを発表している。そこでは、この逮捕劇が「国防相=軍によってのみ発表され、中国共産党による発表がない」ということを理由に、「これは軍による党に対するクーデターだ」としているのだが、石平氏のコラムが公開されたのは10月23日。中国共産党中央委員会の第四次全体会議である「四中全会」は10月20日に開幕し、23日には閉幕している。党による発表がないどころの騒ぎではない。中国問題研究者なら、世界のどの国においても注目してきた大きな会議であり、どの国のメディアも、四中全会閉幕後の中国メディアの大々的な発表を大きく報道している。もちろん中国国内ではCCTVも人民日報も大きく取り上げた。

石平氏は、ご自分がコラムを発表した段階で、既に中国共産党による全体会議が閉幕していることをご存じないのだろうか?この大々的な「党による発表」を見逃していたというのだろうか?

おまけに石平氏は、国防部の発表はCCTVでも人民日報でも報道されていないと書き、それ故にこれは「軍の党に対するクーデターだ」と結論付けている。しかし、CCTVでは<10月17日 21:29に大々的に報道>しているし、人民日報でも<2025年10月18日 第 06 版>で大きく扱っている。

石平氏はこれさえも見落としていたことになる。

このような、習近平を貶(けな)しさえすれば日本人に喜ばれるという誤情報をこれまでも流し続けてきた中国問題評論家が、高市政権連立の相手の党の中にいることに、非常に危ないものを覚える。

高市政権が中国問題に関してまちがった方向に動かないように、微力ながら本稿が参考になれば幸いである。

 

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『米中新産業WAR』(ビジネス社)(中国語版『2025 中国凭实力说“不”』)、『嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』(ビジネス社)、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “2025 China Restored the Power to Say 'NO!'”, “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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