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1940年「台湾軍事機密情報」が日本に与える教訓 「中共軍と日本軍の結託」と「日ソ中立条約の予兆」
國史館臺灣文獻館より転載

1940年2月16日、台湾の国史館にある機密解除された「台湾軍事機密情報」は、華北にある山西省およびさらに北方の綏遠(すいえん)(現在の内モンゴル自治区)における日本軍と中共軍との間の結託を描き、日ソ中立条約締結の可能性を警戒している。旧ソ連コミンテルンの管轄下にある中共軍は日ソ中立条約により堂々と日本軍と結託できるからだ。

事実、1941年に日本はソ連と日ソ中立条約を締結するが、その結果、中共軍が強化されていったのだとすれば、中国共産党によって統治される国家の誕生を「大日本帝国」が助長したことになる。日ソ中立条約は敗戦時の北方四島のソ連による収奪にもつながる。

ということは、毛沢東の真相を追跡することは、「大日本帝国」の別の側面をも解き明かすことになり、日本が再び戦争を招くことから回避できる作業をしていることにつながっていく。日中戦争中の国民党軍の戦場における打電から、日本が学ぶものは多い。

◆【1362号】文献:民国29年(1940年)2月16日(2月17日16:00審査)

9月1日の論考<台湾で機密解除 抗日戦争戦場での手書き極秘報告集が暴く「中共軍と日本軍の生々しい共謀」記録発見>同様、まず、「國史館臺灣文獻館」に所蔵されている【1362号】文献(典藏號:002-090300-00209-144)を図表1に示す。

図表1:【1362号】文献

國史館臺灣文獻館より転載

「國史館臺灣文獻館」が分類した「件名」と実際の「戦場現場からの手書き極秘報告」の内容の和訳を以下に示す。( )内は筆者の説明である。

【件名】蔣鼎文(しょう・ていぶん)(国民党軍・第10戦区司令長官)が蔣中正(蒋介石)へ打電。伝えるところによれば、劉伯承(りゅう・はくしょう)(中共軍・八路軍第129師団長)は「日本軍という強敵を前に、国軍(国民党軍)にはもはや共軍(中共軍)をやっつける余力がない」と述べた。しかも晋(しん)(山西省)東の八路軍と日本軍とは、すでに暗黙の合意に達し、互いに(衝突するのを)避け譲り合っているようだ。中には「日ソ結託の問題まで関わるかもしれない」等の件に関して。

【戦場現場からの手書き極秘報告】特急 重慶 蔣委員長宛て 極秘。
一、朱懷冰(しゅ・かいひょう)(国民党軍第97軍司令官)の電報に基づく谷正鼎(こく・せいてい)(軍事委員会天水行営政治部主任)の口頭報告によれば、概略は以下の通り。劉伯承は、彼(朱懷冰)宛に派遣した連絡員に対し、「かつて中共軍は5万人のみで、(国民党)中央は10年間にわたり全力で(中共軍を)攻撃してきた。いま中共軍はかつての10倍に増え、しかも(日本軍という)強敵が目の前にいる。国民党軍は、もはや、中共軍をどうにもすることはできない」との趣旨を伝えた。その態度は傲慢で横柄だ。

二、範漢傑(国民党軍第27軍司令官)の報告の大意によれば、晋東南(山西省東南部)の八路軍と日本軍とは、すでに互いに(衝突を)避けて譲り合い、暗黙の合意を交わしているようだ。ご確認いただきたい。日本軍はこんにち、内外ともに難題を抱えながら、なお北綏(すい)南桂(「中華民国」時代の綏遠州か)へ遠征して深く侵入することを大胆にも敢行(かんこう)し、中共軍は最近ではそれを意に介さないようになっている。諸々を総合的に照合すると、怪しいことが多く、疑わざるを得ない。日本軍と中共軍はすでに暗黙のうちに契約を交わし妥協しているものと考えられる。ひいては、日ソ結託の問題へと発展する可能性すらあり得るものの、定かではない。拙い推測ではあるが、参考されたし。 職 蔣鼎文 銑午機府印(以上)

電文に関しては、できるだけ忠実に和訳したつもりだが、なんと言っても戦場での手書き。判読しにくい文字が多く、句読点もないので、推測するしかない部分もある。たとえば「北綏南桂」の前にある一文字が読み取れないため、ここは中華民国時代にあった「綏遠州」を指しているのであろうと推測した。

【1362号】文献時代前後の華北・東北における地図

【1362号】文献が具体的に何を指しているかを理解するために、【1362号】が打電された時代の華北・東北一帯における地図を図表2に示す。

図表2:【1362号】文献時代前後の華北・東北における地図

筆者作成

【1362号】文献の戦場となっている場所は、図表2において濃い赤で示した山西省(晋)である。日本軍がここからさらに北上して綏遠州まで遠征しているが、国民党とは激しい戦いを交わすのに、中共軍を攻撃しようとしないと、他の打電同様のことを訴えている。しかも強大化した中共軍が国民党軍を攻撃するが日本軍を攻撃しようとはしない。これは日本軍と中共軍の間の「暗黙の合意」があるからだろうが、それ以上に懸念されるのが、「ひょっとしたら、日ソが結託するのではないか」という可能性だと暗示しているのである。

「日ソが結託する」とは「日ソ中立条約」が締結されることで、それが現実になるのではないかという国民党側の懸念は尋常ではない。

なぜなら、中国共産党はソ連のスターリンが率いるコミンテルンの指導の下で誕生した党だからだ。日ソ中立条約が締結されたら、日本軍と中共軍の結託は、ますます進んでいくだろうというのが、蒋介石・国民党側の最大の恐怖だった。

◆「日ソ中立条約」締結と「毛沢東と日本軍の共謀」の深化を年表で考察

しかし、その日ソ中立条約は1941年4月13日に締結されてしまった。

なぜ、そのようなことになったのかを図表3で年表を作成して考察したい。

図表3:「日ソ中立条約」をめぐる中ソ日の相互関係

筆者作成

図表3の「1」や「2」にあるように、日本軍は盧溝橋事件や第二次上海事件などを起こして、日中全面戦争へと突入していった。

ソ連のスターリンは「日本は物凄く強い」と恐れていた。なぜなら、1904年から1905年にかけて大日本帝国とロシア帝国の間で戦われた日露戦争で、日本側が圧勝したからだ。したがって日本が日中戦争において「北進」しないように、なんとしても中国大陸で日本軍を押しとどめて、日中戦争で日本が消耗してロシアに攻め込んでこないようにさせたいと思った。

そこで日本と戦っている「中華民国」である「中国」と「中ソ不可侵条約」を素早く締結するのである。そして「中華民国」に膨大な金銭的支援や武器支援をした。「中華民国」を統治しているのは国民党・蒋介石なので、蒋介石にとってはありがたいことだったにちがいない。

なぜなら、蒋介石・国民党軍に追われて延安に辿り着いた毛沢東は、今度は延安を革命根拠地として「中華民国」蒋介石を打倒するための革命に邁進し始めたからだ。

毛沢東は「天下を取るために」革命を起こしているのだから、どのような状況に置かれようとも蒋介石を倒そうと懸命に頭を巡らす。それは自然なことで、中国は何千年にも及ぶ歴史の中で、絶えずこのような「勇士」が現れて天下を取るということをくり返してきた。

しかし、それでは日本軍の力を喰い止めることができないので、スターリンは毛沢東に命じて西安事変を起こさせ、「4」にある第二次国共合作を進めさせた。

ところが図表2の地図をご覧いただければ分かるように、日本が1932年に樹立した(旧)「満州国」の国境はソ連に接しており、国境線が不安定で、常にいざこざを起こしていた。そのため図表3の「5」にあるように豆満江河口で「張鼓峰事件」を起こしたり、「7」の「ノモンハン事件」を起こしたりして、結局のところソ連は日本の攻撃を避けることが困難になってきた。

一方、西を見ればナチス・ドイツが活発になり、ナチスとの衝突を避けるために「8」にある「独ソ不可侵条約」を締結するのだが、結局ナチスはポーランドを侵攻して第二次世界大戦が始まってしまう。ドイツを敵に回すのはほぼ確実になってきた。その流れの中で「10」にある「日独伊三国同盟」が出来上がってしまった。

だというのに、「11」から「13」にあるように、中国国内では国民党軍と中共軍の争いが絶えず、遂に「14」にあるように蒋介石が中共軍への軍費や武器の支援をするのを止めてしまった。このことは9月3日の論考<抗日戦争中、中共軍は日本軍と水面下で「不可侵条約」を結んでいた 解除された台湾の機密軍事情報が暴露>で詳述した通りだ。

結果、スターリンは「いっそのこと日本と中立条約を締結しよう」という方向に急転換し、「15」にある通り、1941年4月13日に「日ソ中立条約」を締結してしまうのである。「日ソ不可侵条約」としなかったのは、さすがに「中ソ不可侵条約」という軍事条約があるため、軍事色を少し薄めて「日ソ中立条約」にしたそうだ。当然のことながら、「中ソ不可侵条約」は事実上、消滅してしまう。

となれば、スターリンは蒋介石側に軍事支援金を送る必要が無くなり、しかも中国共産党はスターリンが君臨するコミンテルンが育てあげたようなものだから、スターリンが日本と手を結んだからには、毛沢東も日本軍と結託しても、そうおかしなことではない。

◆毛沢東は天下を取りたかっただけ それに手を貸した日本

毛沢東は天下を取りたいだけで、そこに日中戦争が勃発したのだから、それを「天下を取るために利用した」ことは「罪悪」ではなく、「賢明な戦略家」として、むしろ礼賛されてもいいくらいだと思う。日本は徹底して「中国共産党を育てあげ発展させてあげることに貢献した」というだけのことだという見方もできる。

「4」の国共合作が始まると、周恩来は常に重慶にいて国民党軍の対日軍事作戦を共有する立場になった。その情報を日本軍側に高値で売ったのは「天下を取るための戦略」であって、「6」に書いたスパイ活動は、「日ソ中立条約」が締結されると、一気にその真価を発揮しはじめたというに過ぎない。詳細は拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』に書いたが、コラムでは、たとえば<毛沢東は日本軍と共謀していた――中共スパイ相関図>など、至るところで書いてきた通りだ。

7月10日の論考<習近平、BRICS欠席して抗日戦争「七七事変」を重視 百団大戦跡地訪問し「日本軍との共謀」否定か>で書いた「百団大戦」は中共軍が日本軍と戦った戦争の中で最大規模のものだったが、それは1940年8月から12月にかけた戦争であったことは注目に値する。すなわち、「日ソ中立条約」が締結される前のものだったということだ。「日ソ中立条約」が成立したからには、もうスターリンに「ほらね、中共軍も、ちゃんと日本軍と戦っているよ」というところを見せなくても良くなった。だからその後は、中共軍にはもう目立った日本軍との戦いはなくなっていく。スターリンが日本と仲良くしているんだから、何もその弟子である中国共産党が日本軍と戦う必要はなくなる。天下を取るために、思い切り、国民党・蒋介石を打倒することに力を注いでも良い状況になった。

しかし「大日本帝国」は、「日ソ中立条約」があったにも関わらず、北方四島をソ連に奪われてしまった。おまけに毛沢東に勝たせてあげたのだから、日本はこの側面からの反省も大いに必要となる。

筆者が驚いているのは、拙著では扱えなかった、戦場におけるリアルな証拠が、解除された台湾の軍事機密情報に満載だということである。まるで拙著で書いたことを証拠づけてくれているような「宝の山」だ。今後も、「國史館臺灣文獻館」で興味深いテーマを見つけたら、その都度分析していきたいと思っている。

なお、毛沢東の真相を追究することを極端に嫌う読者がおられる。

よほど中国共産党のプロパガンダに洗脳されてしまったためだと考えられるが、毛沢東の真相から目を背(そむ)けることは、「大日本帝国が何をやったか」から目を背けることに等しい。そのことに気が付いておられるだろうか?

それは再び戦争を招く思想傾向を助長することにほかならないのである。

警鐘を鳴らし続けていく所存だ。

 

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『米中新産業WAR』(ビジネス社)(中国語版『2025 中国凭实力说“不”』)、『嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』(ビジネス社)、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “2025 China Restored the Power to Say 'NO!'”, “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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