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トランプ氏の習近平・高市両氏への電話目的は「対中ビジネス」 高市政権は未だバイデン政権の対中戦略の中
韓国における米中首脳会談後のトランプ大統領と習近平国家主席(習近平の耳元で「習近平愛」を囁くトランプ)(写真:ロイター/アフロ)

11月24日夜、トランプ大統領が習近平国家主席に電話をして会談した。トランプはトランプ2.0では「習近平愛」を今のところ続けている。バイデン政権の政策を全て覆したいトランプは、バイデン元大統領の対中包囲網的強硬策を撤廃し、どこまでも(今のところ)「習近平愛」に満ちている。

11月5日の論考<トランプが「中国を倒すのではなく協力することでアメリカは強くなる」と発言! これで戦争が避けられる!>でご紹介した米中の笑顔外交の延長線上で、トランプは習近平とギリギリの貿易交渉を続けており、習近平のご機嫌を損ねないようにすることが優先している。

11月25日にトランプが高市総理にも電話してきたことに関して、ウォールストリート・ジャーナルが<トランプは高市に台湾巡り中国を刺激しないよう助言した>とブルームバーグが日本語で報道しているが、日本政府は否定。その真偽は別として、少なくともトランプが対中貿易を優先していることだけは事実だ。

今年7月末、「習近平の嫌がることはやりたくないから」という理由で、台湾の頼清徳総統がニューヨークに立ち寄ることも拒否しているほどである(詳細は7月31日の論考<台湾総統のニューヨーク立ち寄りを拒否したトランプ政権の顛末 「米中台」三角関係を読み解く>)。

高市政権は、アメリカの対中政策に関する「大転換」への認識が不十分で、未だにバイデン政権時代の対中強硬策の中に取り残されたママなのかもしれない。高市総理の11月7日における台湾有事に関する国会答弁は、その意識の欠如の表われではないかと解釈することができる。台湾有事になっても米軍が支援に来るという前提が崩れれば、存立危機事態も成立しない。

したたかなトランプは、習近平に「台湾問題安泰」という「餌」を見せつけて習近平から有利な条件を引き出そうとしている。一方の習近平は米中蜜月に自信を持ち、滅多にないこのチャンスを利用して、徹底して日本を叩く決意で動いている。

◆11月24日夜の習近平・トランプ電話会談に関する中国の発表

11月24日、中国政府の通信社である新華社電子版新華網は、<習近平とトランプの電話会談>に関して、おおむね以下のように報道している。

  • 習近平は、先月韓国釜山で会議を成功裏に開催し、多くの重要な合意に達したことを指摘した。これらは中米関係の巨大な船の着実な進展に方向性を合わせ、推進力を与え、世界にも前向きなメッセージを送った。
  • 習近平は台湾問題に関する中国の原則的立場を明確にし、台湾の中国への帰還が戦後の国際秩序の重要な一部であると強調した。また中国とアメリカはファシズムと軍国主義と共に戦ってきたが、今こそ第二次世界大戦の勝利の成果を守るために共に取り組むべきだと述べた。
  • トランプは習近平主席を偉大な指導者だと表明した。また「釜山での習近平主席との会談は非常に愉快だったし、二国間関係に関するあなたの見解に全面的に同意する。両国は釜山会談で達成された重要な合意を、今まさに全面的に実行しようとしている。中国は第二次世界大戦の勝利に重要な役割を果たし、アメリカは台湾問題が中国にとって重要であることを理解している」と述べた。(新華網からの引用は以上)

◆米中電話会談に関してトランプがTruthで述べた感想

その夜トランプは自分のSNSであるTruthで、おおむね以下のような感想を述べている。

  • 習近平主席と非常に良い電話会談を行った。
  • ウクライナ/ロシア問題、フェンタニル、大豆をはじめとする農産物など、多くの問題について話し合った。私たちは偉大な農民のために、良好かつ非常に重要な合意をまとめることができた。
  • われわれの中国との関係は極めて強固だ!
  • 習近平主席は4月に私を北京に招待し、私はこれを承諾しました。その招待に応じ、来年内に習近平主席をアメリカに国賓として招くことも決まった。
  • われわれは頻繁にコミュニケーションを取ることが重要であることで一致したが、それを楽しみにしている。(Truthからの引用は以上)

◆トランプは対中貿易で政治生命をかけた交渉に没頭している最中

トランプのTruthに書いている通り、11月25日、VOA中文は<米・農務長官は、米中大豆購入協定がまもなく最終決定されると述べた>という見出しで、米中が今まさに大豆の具体的な協議をしている最中である状況を報道している。それによれば、農務長官ブルック・ローリンズは11月24日、米政府が今後2週間以内に(米国内の)農家支援と中国による米国産大豆調達に関する合意を発表すると述べ、北京は「今週か来週」に購入計画を最終決定する可能性があると述べたとのこと。

中国は先週158万4,000トンの米国産大豆を購入したが、10月末の米中首脳会談以来、中国のアメリカ産大豆総購入量は200万トンから300万トンに達する可能性があると米側は見積もっているようだ。農務省のデータによると、中国の国有穀物購入者である中糧集団(COFCO)は、10月下旬以降、米国産大豆を100万トン以上注文している。

しかし、ホワイトハウスの年間購入目標である1200万トンを大きく下回っている。トランプ関税を回避するため、中国は大豆購入を既にアメリカから南米へとシフトしてしまっているからだ。そこを何とかしようと、トランプは必死だ。だから習近平にわざわざ電話して、新華網の発表にあるように「アメリカは台湾問題が中国にとって重要であることを理解している」と表明して、なんとか習近平のご機嫌を取ろうと試みている最中なのである。

その台湾問題を、同盟国である日本が「突っついては困る」というのがトランプの本音だろう。関税政策が正しくなかったとか、票田である農家の不満が蓄積し、中間選挙で共和党が負けるかもしれない。この農業問題を解決させて、トランプ関税は正しかったと米国民に納得させ、農家の票田を獲得しなければならない。トランプの政治生命に関わる重大な分岐点なのである。

だからトランプは高市総理にも電話したものと解釈される。電話ではどういう表現を用いたかは別として、「どうか、対中ビジネスの邪魔をしないでくれ…」というのがトランプの本音だろう。

◆中国に歩み寄るトランプ政権:米中蜜月状態

中国は韓国での米中首脳会談以降、レアアースに関しても不十分ながら米国に対して緩和策を実施し始めており、中国全体の10月のレアアース磁石の輸出は2ヵ月連続で減少しているが、米国の出荷だけは急増している

そこで11月26日、米通商代表部は「2025年11月29日に関税猶予期限切れ予定だった178件の中国製品に関して、有効期限を2026年11月10日まで延長することを決定した」と発表している。

また同じ11月26日、米国商務長官ラトニックが「トランプがNVIDIAの最先端AIチップH200を中国に販売することを認めるか否かを、いま正に検討中だ」と表明している。2年前に発売されたH200は、前世代のH100よりも大きな高帯域幅ストレージを備え、高速なデータ処理を実現している。中国にとっては喉から手が出るほど欲しい最先端AIチップだ。NVIDIAにとって中国は世界一の巨大市場だが、一部の米議会議員は反対している。しかし、ラトニックは「全ての情報と方向性に関する決断はトランプ大統領が掌握している」と述べている。

トランプはこの決断をするか否かの最終的な瞬間の中にいる。それを高市総理の「台湾有事に関する国会答弁」で邪魔されたくないと考えているだろう。それは研ぎ澄まさなければならない判断と決断にとって「雑音」となる。

さらに驚くべきは11月22日に新華網が<11月18日から22日にかけて中国軍と米軍は海上軍事安全協議メカニズムの第二回作業部会年度会議をハワイで開催した>と報道したことだ。

加えて11月25日、米メディアのCNBCはベッセント米財務長官が11月24日の米中首脳電話会談のあと取材に対して「来年は4月のトランプ訪中、その後は習近平の訪米、さらに11月深圳でのAPECサミットおよび12月米ドラールでのG20があるので、習近平とトランプは来年4回も会うかもしれない」と発言し、米中の蜜月をアピールしている。

このように米中は今、かつてないほどの「蜜月状況」にあることを見落としてはならない。そこにはトランプの命運がかかっている。

◆高市政権は未だバイデン政権の対中戦略観の中にいる

こういった現状に立っ日米中を眺めてみると、わが国で起きている「存立危機事態」論議自体が、トランプにとっては「存立危機状況」に相当するにちがいない。トランプはきっと、「親愛なる高市総理よ、あなたと私の友情は変わらないが、しかし頼むから習近平の神経を逆なでするような言動をしないでほしい」と切に願っていることだろう。「日中関係の悪化が、その兄弟姉妹国である私のビジネスを巻き込まないでほしい」という声が聞こえるようだ。

そもそも今年8月15日、トランプは習近平が自分に対して「あなたが大統領である限り、台湾に対する武力侵攻はしない」と言ったと主張しているとCNNが報道している

10月20日にはトランプは、オーストラリア首相との会談後の記者会見で「中国は台湾侵攻を望んでいない」と発言している。

高市発言後の11月20日のFox Newsの取材で、司会者がトランプに対して、高市発言に関する薛剣の発言をどう思うかと質問したが、トランプは「多くの同盟国もわれわれの友達ではない」と躱(かわ)し、直接の回答を避けた。

つまり、高市総理が台湾有事に関して「存立危機事態」になり得る場合もあると発言したその前提として述べた「たとえば海上封鎖を解くために米軍が来援をする、それを防ぐために何らかの他の武力行使が行われる。こういった事態も想定される」という事態は、「現在のトランプ政権では基本的に起きない」ということだ。

トランプ政権の現状においては「米軍の来援」ということは基本的に存在しない。

バイデン政権の場合は、2014年6月11日の論考<台湾有事に関するバイデン&トランプの発言と中国大陸&台湾の反応>に書いたように、バイデンは台湾有事に関して5回も「米軍が出動する可能性がある」と発言している。

つまり高市発言は、あくまでもバイデン政権における対中包囲網形成を前提とした発想である。

おまけに台湾独立を必死になって煽ってきたのは第二のCIAと呼ばれているNED(全米民主主義基金)であることは拙著『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』で詳述したし、一部は論考でも書いてきた。それを主導してきたのはバイデン前大統領系列だ。

ところがトランプは、そのNEDの活動を潰してしまっているのである(詳細は今年2月21日の論考<習近平驚喜か? トランプ&マスクによるUSAID解体は中国の大敵NED瓦解に等しい>)。

高市政権はこの現実を認識しきれていない。未だバイデン政権時代のアメリカの思考回路の中に取り残されたママであることを危惧する。

習近平はそこを狙い、徹底して高市政権を叩くことに余念がない

事実、11月23日の論考<中国の「高市非難風刺画」は「吉田茂・岸信介」非難風刺画と同じ――そこから見える中国の本気度>にある風刺画をよくご覧になっていただきたい。吉田茂や岸信介の風刺画の背後にはいつも米国がいるが、高市総理の風刺画には「米国の影は皆無」である。

いま日中米の間で起きている事態の全てが、この風刺画に象徴されている。

かかる事態が起きることを避けるために筆者は、たとえば10月23日の論考<高市総理に「日米首脳会談」までに認識してほしい、トランプ大統領の対中姿勢(対習近平愛?)>などを書いて、高市政権および日本国民を守るために必死になって警告を発し続けてきた。しかし残念ながら、その声は政権運営には反映されなかったようだ。

高市政権がバイデン政権時代の思考回路から脱却し、国際社会の現実を認識して、トランプ政権の現状に即応した政権運営をしてくれることを期待したい。

 

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『米中新産業WAR』(ビジネス社)(中国語版『2025 中国凭实力说“不”』)、『嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』(ビジネス社)、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “2025 China Restored the Power to Say 'NO!'”, “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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