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トランプ2.0 イーロン・マスクが対中高関税の緩衝材になるか
ドナルド・トランプ前大統領を応援するテスラのイーロン・マスクCEO(写真:REX/アフロ)
ドナルド・トランプ前大統領を応援するテスラのイーロン・マスクCEO(写真:REX/アフロ)

大統領選に圧勝したドナルド・トランプ前大統領は、選挙運動中に「全ての国に10~20%、中国からの全輸入品に60%の関税を課す」と表明している。しかし最大のトランプ支援者となったテスラCEOのイーロン・マスクは、EVの上海工場で莫大なビジネス権益を有しているだけでなく、中国政府に特別な厚遇を受け、習近平国家主席がトップを務める清華大学経済管理学院顧問委員会(海外大手企業トップが集まり中国経済発展を助ける委員会)のメンバーの一人だ。李強国務院総理(首相)が上海市の書記だったころに上海工場を設立したため、李強首相とも特別に仲がいい。母親のメイ・マスクともども、大の「中国ファン」なのである。

 そのため昨年は「台湾は北京政府の統治下にあるべきだ」として台湾の平和統一を支持する発言をしたり、バイデン政権が対中高関税をかけることに対して反対の表明をしたりしている。

 そんなイーロン・マスクが来年1月から始まる第二次トランプ政権「トランプ2.0」で発令されるであろう対中高関税政策を黙って見ているだろうか。おそらくイーロン・マスクが対中高関税の緩衝材になるのではないかと思われる。

 イーロン・マスクはまた「戦争屋ネオコンに反対!」とXに投稿しており、アメリカ・ファーストのトランプはそのネオコンの下で動く「第二のCIA」であるNED(全米民主主義基金)が嫌いだ。

 習近平にとって、トランプ2.0は、心地悪くはないものとなる可能性がある。

◆テスラEVの利益のほとんどは上海工場から

 

世界一の大富豪として知られるイーロン・マスクは、EV(電動自動車)の製造工場をアメリカのカリフォルニアとテキサスに持っているが、2023年の生産台数はそれぞれ55.5万台と14.6万台で、あまり多くはない。一方、上海工場での2023年の生産台数は95.8万台に上り、全生産能力の半分以上を占めるに至っている。また今年9月には、上海工場から100万台目の中国製EVを輸出したと発表した。

 それが可能になったのは、習近平が上海工場設立に対して、独資企業としてスタートしてもいいという特別の厚遇をしたからだ。外国企業に対する独資認可は、テスラ上海工場が初めてのケースである。

 2019年1月7日に上海工場が着工し、同年12月30日には最初の車が納車された。着工から納車まで1年もかからなかったというこの生産スピードは、サプライチェーンが中国内に全て揃っているお陰でもある。

 習近平は2015年にハイテク国家戦略「中国製造2025」を発布したが、イーロン・マスクの登場は、その戦略にぴったりと当てはまった。

 拙著『嗤う習近平の白い牙 イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』で詳述したように、習近平は「中国製造2025」達成を可能ならしめるためにも、テスラ上海工場をそのバネにする必要があったのだ。事実、これをきっかけに中国のEV製造は一気に成長して世界一になった。

 習近平にとってイーロン・マスクは無くてはならない存在だし、イーロン・マスクにとっても中国は欠かすことのできないビジネス・パートナーだ。したがってイーロン・マスクが対中高関税の緩衝材となるのではないかと推測されるのである。

◆中国のネット:イーロン・マスクが対中高関税の潤滑油になる

 たとえば11月8日の新浪財経網には<トランプがホワイトハウスに戻ってくるが、マスクが中米間の潤滑油になるのではないか?>という見出しで、筆者と同様の観測をしている。

 またシンガポールの聯合早報も11月7日、<トランプの高関税は中国にどの程度の打撃を与えるか? 学者はマスクの立ち位置留意すべきと>という見出しで北京特派員の見解を報道している。それによれば「中国で莫大なビジネス権益を持つ起業家であるイーロン・マスクは、米中貿易摩擦の緩衝材になる可能性がある」と学者が述べているとのこと。

 トランプ勝利が判明する前の11月4日、中国のネットの観察者網は<マスクは極端な親中派なので、米中間の重要な対話者として機能するのでは?>という趣旨の分析をしている。こういった視点からの分析は枚挙にいとまがないほど中国語のネット空間に溢れている。

◆イーロン・マスク:北京が台湾を統治すべきと表明

 2023年9月13日、ロサンゼルス(のRoyce Hall on UCLA’s campus)で開催されたAll-In Summit 2023にリモートで参加したイーロン・マスクは、「台湾と中国の関係」を「ハワイと米国の関係」にたとえた。凄いスピードで話しているので、喋っている言葉を逐語訳すると何を言っているかわからなくなる。そこで彼の言わんとするところを要約してピックアップすると、以下のようになる。

 ●台湾の再統一は中国の根本的な問題だ。半世紀以上にわたり、台湾を中国に返還させる政策をとってきた。

 ●彼らの視点から見ると、中国にとっての台湾は、アメリカのハワイのようなものかもしれない。

 ●ただ、中国の再統一の試みを、米国の太平洋艦隊が武力で阻止したために中国の一部ではないようにしてしまっているだけだ。

 ●台湾は中国の不可欠な部分であるが、台湾は「故意に中国の所有物であることを否定し」、米国が、いかなる形の再統一努力をも妨害している。

 (2023年9月のイーロン・マスクの発言要旨は以上)

 すると、9月14日、台湾外交部がマスク発言に対して激しく抗議した

 それでもなお、イーロン・マスクは2023年11月になると、また台湾に関して言及した。2023年11月10日、レックス・フリードマンが主催するポッドキャストにオンラインで取材に応じ、以下のように回答している。

 ●中国は台湾に対して強い感情を抱いている。その点については、長い間、非常に明確にしてきました。この観点から言えば、ハワイのような国ではなく、ハワイよりも重要な国の一つということになる。

 ●中国は台湾を、中国の基本的な一部、台湾ではなく「中国の台湾島」と見なしています。今は台湾は中国の一部になってないが、そうあるべきだ。それが実現していない唯一の理由は、米国の太平洋艦隊のためだ。

 ●中国は平和的もしくは軍事的に台湾を併合すると明言していますが、中国の立場からすれば、台湾を統一する可能性は100%だ。

 (2023年11月のイーロン・マスクの発言要旨は以上)

 ここまでの踏み込んだ発言を断言的に表明したイーロン・マスクという人物が、習近平にとって、どれだけ重要か想像がつくだろう。

 そうでなくともトランプは大統領選挙中に何度も「もし中国が台湾を武力攻撃したら、あなたならどう反応するか?」という複数のメディアの問いに、毎回回答をはぐらかしてきた。それはバイデン大統領が何度も「米国は介入する」と明言した意思決定と歴然たる対比を成していた。

 ましてやイーロン・マスクがトランプ側に立った今、トランプ2.0における対台湾の認識は習近平にとって何よりも重要なものだ。

 トランプは11月6日の勝利宣言演説で、イーロン・マスクを「超天才」と呼び、「われわれの天才を守らなければならない」とまで述べている。きっとイーロン・マスクの意見を政権運営に取り入れていくことだろう。

 このこと一つをとっても、トランプ2.0における米中関係がイーロン・マスクの存在によりどれだけ悪化を防ぐか、その効果は計り知れない。

◆イーロン・マスク:(バイデン政権における)対中関税反対を表明

 イーロン・マスクは今年5月23日にパリで開催された大手テクノロジー企業の経営者などが集まる毎年恒例のビバテック会議に登壇し、「現在、中国のEVに対する米国の関税に反対する」と表明した。バイデン政権が、トランプ前大統領が導入した多くの関税を維持しながら、中国のEVに対する関税を4倍の100%以上に引き上げることに関して、イーロン・マスクは「市場を歪めるような措置は好ましくない」と述べている。

 イーロン・マスクはもともと民主党を支持する傾向にあったが、2021年8月5日にバイデンが呼び掛けたEVサミットにイーロン・マスクだけが招待されなかったことがあった。バイデンはホワイトハウスにゼネラルモーターズ、フォード、(フィアット・クライスラーとフランスのPSAが合併して設立された)ステランティスのCEOたちを招待しながら、世界最大のEVメーカーであるテスラのCEOイーロン・マスクを招待しなかったのだ。

 イーロン・マスクは当日Ⅹに「いやー、テスラが招待されなかったのは奇妙じゃないかな」と投稿し、不満を漏らした。

 以来、バイデンから心が離れていき、2024年7月14日に起きたトランプ銃撃事件により、一気に強烈なトランプ支持に変わっていったようだ。翌日の7月15日にコラム<中国ネット民 トランプの「突き上げた拳」を熱狂絶賛――「これぞ強いリーダー!」>を書いたが、なんだか筆者には、中国のネット民とイーロン・マスクには一脈通じるものがあるように感ぜられる。

◆イーロン・マスク:戦争屋ネオコンに反対と投稿

 トランプが勝利宣言をすると、イーロン・マスクは11月6日にXで<ネオコンの戦争屋に力を与えるべきではないことに賛同する>と投稿した。

 ご存じのようにネオコン(Neoconservatism、新保守主義者)は自由主義や民主主義を重視して「民主」を輸出し、世界各地の親米的でない政権を転覆させて武力介入も辞さない政治思想集団だ。いうまでもなくNED(全米民主主義基金)は、このネオコンのもと世界各地で暗躍し、「民主」を輸出して戦争を仕掛ける組織である。トランプが米国の利益を最重要視するのに対して、ネオコンはグローバリゼーションを広げて世界における米一極支配を目指す。

 トランプがNEDを嫌うことは11月5日のコラム<トランプは実は習近平やプーチンが好きで、民主の輸出機関NEDが嫌い>で書いた。ネオコンはトランプ1.0政権ではジョン・ボルトン(大統領補佐官)などが一部入り込んでいたため、たとえばトランプが金正恩と会談して朝鮮半島における第二次世界大戦以降の紛争を解決しようとしたことを阻止してしまった。トランプはどれだけこの事を後悔しているかしれないと推測する。トランプは朝鮮半島問題を解決して、ノーベル平和賞をもらいたかったのだ。2016年5月に、ベトナム戦争終結に寄与したとしてノーベル平和賞を受賞したキッシンジャー元国務長官から外交に関する手ほどきを受けた時から、トランプはノーベル平和賞受賞を目指していた。

 そのトランプが嫌う「戦争屋ネオコン(→NEDの暗躍)」をイーロン・マスクも嫌っていることを知ったのは、筆者にとっても大きい。

◆トランプ2.0は、習近平にとっては悪くない

 以上さまざまな側面から、イーロン・マスクはトランプ2.0の対中高関税に対する緩衝材になるだけでなく、何よりもNEDの暗躍を一定程度は抑え込むだろうということによって、習近平にとっては非常に悪くない政権になるのではないかと思うのである。

 中国は米国から高関税などの制裁を受けることに関しては、少しも恐れていない。むしろ、その制裁があったからこそ自力更生を加速強化させてくれたし、結果ハイテク国家戦略「中国製造2025」は、その目標年である来年2025年までにほぼ完遂する。最先端の半導体製造装置に関しては未達成だが、他の新産業のほとんどの分野において中国は今や世界一になっている。

 また、仮に高関税をかけられても、中国はBRICS+という非米側陣営を拡大することによって経済的な結びつきを強化し、米一極支配から抜け出そうとしている。そのことは10月30日のコラム<中露を軸とした「BRICS+」の狙い G7を超えて「米一極支配からの脱出」を図る>で書いたとおりだ。

 実際にどうなるか、未知数はあるものの、少なくともトランプ2.0は習近平にとって決して悪いものではないと考えていいだろう。

 この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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