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ウクライナ危機を生んだのは誰か? 露ウに民主化運動を仕掛け続けた全米民主主義基金NED PartⅠ
ロシアがウクライナ侵攻(写真:ロイター/アフロ)
ロシアがウクライナ侵攻(写真:ロイター/アフロ)

PartⅠ:1991-1999年の基本情況。

ソ連崩壊とベルリンの壁崩壊などに関して全米民主主義基金NED(National Endowment for Democracy)が関与していたことはNEDの「年次報告書」のデータから判明したが(参照:8月21日のコラム<遂につかんだ! ベルリンの壁崩壊もソ連崩壊も、背後にNED(全米民主主義基金)が!>)、崩壊後からこんにちに至るまで、ロシアを徹底して潰そうとNEDが暗躍し続けてきたことが、同じくNEDの年次報告書から判明した。

ここからNEDが計画的に台湾有事を招き日本を戦争に巻き込む戦略が見えてくる。その経緯はあまりに長いので、ソ連崩壊からこんにちまでを、いくつかのパートに分けて分析する。今回はまず、1991年から1999年までを対象とする。

ソ連崩壊時同様、そこには並外れた戦略家・ブレジンスキーの存在があった。

 

◆NEDの対露&対ウ民主化支援の全体像

1983年から2021年までのNEDの「年次報告書」を見つけたので、NED関連はすべて、その「年次報告書」に載っているデータに基づいて情報提供をする。

まず、年代を区切らずにNEDのロシアおよびウクライナに対する民主化運動支援の金額と件数を図表1に示す。「件数」とあるのは「NEDの大枠のプロジェクト件数」のことである。チェチェンに関してのみ、NEDの年次報告書では「ロシア(チェチェン)」と区別して書いてあるので、報告書通りにチェチェンだけロシアとは別枠で記す。

 

図表1:NEDのロシア&ウクライナに対する民主化運動のための支援金額と件数

NEDの「年次報告書」に基づき筆者作成

NEDの「年次報告書」に基づき筆者作成


 

2017年に関しては、なぜかウクライナだけデータが書いてないので、やむなくブランクにしてある。これらの金額の推移を視覚的に見やすいようにしたのが図表2に示した推移図だ。

 

図表2:NEDのロシア&ウクライナに対する民主化運動のための支援金推移図

NEDの「年次報告書」に基づき筆者作成

NEDの「年次報告書」に基づき筆者作成


 

◆ロシアを潰すために発揮されたブレジンスキーの天才的頭脳

  ――「ユーラシア大陸を制する者が世界を制する」戦略

冒頭に書いた8月21日のコラム<遂につかんだ! ベルリンの壁崩壊もソ連崩壊も、背後にNED(全米民主主義基金)が!>でも強調したように、ソ連崩壊やベルリンの壁崩壊を招いた東欧革命に関して、圧倒的に天才的な戦略で動いたのはズビグネフ・ブレジンスキー(1928-2017年)元米大統領補佐官(カーター政権時代、国家安全保障問題担当)(1988年から1997年の間はNEDの理事)だった。

彼は1997年に“The Grand Chessboard”という本を著し、その中で概ね以下のような趣旨のことを書いている。

1.ユーラシア大陸を誰が制覇するか。ユーラシア大陸を制する者が世界を制する。アメリカはソ連崩壊までは、唯一ユーラシア大陸に対してだけは直接的な影響力を持っていなかった。

2.しかし、(アメリカの力によって)ソ連が崩壊した今、アメリカが世界で唯一の世界全体を勢力圏に置く大国になった(=ソ連を崩壊させるという大事業を通して、アメリカはユーラシア大陸で力を発揮した)。

3.したがって、ユーラシア大陸で、アメリカの力を凌(しの)ぐような大国が成長してはならない(=新生ロシアを潰さなければならない→筆者注:この論理に従えば次は中国を潰さなければならないことになる。それは拙著『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』の論拠と軌を一にしている)。

4.そのためには国際金融機関の世界ネットワークも重要で、IMF(国際通貨基金)や世界銀行は世界の利益を代表していると言えるが、実際はアメリカの絶大な影響力の下にあり、アメリカの戦略の下で誕生したと言える(1944年のブレトン・ウッズ会議)。それらをも活用しなければならない。

5.ウクライナがNATOやEUに加盟するか否かは、ロシアにとっては重大な脅威になり分岐点となり得る。したがって「ウクライナの存在」を最大限に重視(利用?)しなければならない(筆者注:1997年出版の本を執筆する時点で、これを見抜いているのだから、ブレジンスキーの頭脳の明晰さは尋常ではない)。

 

一方、ワルシャワ大学政治科学研究所のSylwia Gorlicka氏は、2020年に発表した<Selected Western Countries’ stance on the Chechen conflict(チェチェン紛争に対するいくつかの西側諸国の立場)>という論文の中で、ブレジンスキーが1990年代の初期から個別にチェチェン独立派と連携し、ロシアを窮地に追いやったことを詳細に考察している。

これらの大枠を理解した上で、次のステップに進もう。

 

◆1990年から1999年までのロシアとウクライナの政治情勢に関する時系列

ソ連が正式に崩壊したのは1991年12月25日だが、ソ連崩壊の前提となる「ワルシャワ条約機構(ソ連を盟主とした東欧諸国が結成していた軍事同盟)の解体」は、1990年2月のベーカー元米国務長官の発言があったからなので、ここでは1990年からのロシアとウクライナおよびその関連周辺国の政治情勢に関する時系列(図表3)を作成し、考察することとした。

ソ連崩壊に至るプロセスの中で最も重要なのは、図表3の第1行にあるように、アメリカがソ連に「NATO軍の管轄は1インチたりとも東に拡大しない」と約束したことだ。

 

図表3:1990-1999年のロシア&ウクライナ周辺国の政治情勢に関する時系列

筆者作成

筆者作成


 

しかし、その舌の根も乾かぬうちにアメリカは約束を破り、早くも1999年3月には、旧ソ連圏あるいは衛星国の中の「チェコ、ハンガリー、ポーランド」などをNATOに加盟させ、その後も雪崩を打ったように「NATOの東方拡大」は続いていく。

1997年5月に「NATO・ロシア基本議定書」が締結されているが、これはNATOの意図表明を弁解的に展開しているだけで、ロシアの同意を必要とするという性格のものでなく、最初からブレジンスキーの計画通り、むしろNATO加盟国を増やしていって東方拡大し、ロシアに脅威を与えるファクターが内在している(これに関しては<NATO・ロシア基本議定書の亡霊――3つの論点>が平易な言葉で解説している)。

ブレジンスキーの本の概要の「」にも記したように、アメリカはエリツィン大統領を取り込み、IMFの意見に従い「ショック療法」と呼ばれる急激な市場経済化を採用させ、国家資源を管轄する国営企業を民営化するに当たり株を超安値で売るなどして「オリガルヒ」という大富豪(新興財閥)を生んだ。

主たる7大新興財閥は巨万の富を得て政治を動かすようになり、中には銀行を設立してロシア政府に融資する形になったり、メディアを独占するようになったりなどして、1996年のエリツィン二期目の大統領選挙の時には、人気がなくなったエリツィンが、オリガルヒを頼りにしたくらいだ。エリツィン政権はアメリカのコントロールのままに動き、1998年には財政危機に陥って、ブレジンスキーの思い通りに、崩壊寸前のところまで行っていた。

一方、チェチェンに関してもロシアは窮地に追い込まれた。

図表3にある通り、1991年11月に、ソ連邦の構成主体の一つになっていたチェチェン共和国は独立宣言をしたのだが、ソ連邦は認めず、また新生ロシアになってもロシア連邦はチェチェン共和国の独立を認めないだけでなく、むしろロシア憲法で、チェチェン共和国をロシア連邦構成主体の中にある10の共和国の中の一つに位置付けてしまった(ロシア連邦の中には共和国や自治区なども含めると全体では90近い構成主体がある。したがって「連邦構成国」と呼ばないで「主体」と称するようだ)。

チェチェン共和国の中には、連邦残留を希望する一派と、何としても独立を主張する分離独立派の二つの勢力があり、内紛を起こしていた。分離独立派の勢力が強くなった1994年12月にエリツィン政権がロシア連邦軍をチェチェンに侵攻させるという「第一次チェチェン紛争」が起きた。

図表3にあるように、実は1992年5月には、クリミア半島がクリミア共和国としてウクライナからの独立宣言をし、ロシアもそれを支援していたのだが、94年に起きた第一次チェチェン紛争で、それどころではなくなり、ロシアはクリミア独立支援を諦めてしまった。そのため1995年3月にウクライナがクリミア共和国を併合する結果となった。

ということは、チェチェン紛争が起きていると、アメリカには有利だということになる。

当然のことながら、アメリカは(ブレジンスキーを中心として)チェチェンの独立派を応援した。その詳細が前述のワルシャワ大学の論文に書いてあるわけだ。

1999年の第二次チェチェン紛争が起きると、ブレジンスキーを中心としてAmerican Committee for Peace in Chechnya(チェチェンの平和のためのアメリカ委員会)が設立された。このとき図表1にあるようにNEDが表面に出て支援金や(ブレジンスキーが90年代初期から始めていた)連絡のための電子機器提供を増強している。

チェチェン紛争はロシアにとって非常に手痛い問題だが、1999年末にエリツィンが退陣し、プーチン政権が現れると、やがて独立派を過激な「テロ」と位置付け、様相を変えていく。

 

◆NEDは民主化運動のための支援金で具体的には何をしたのか?

ブレジンスキーはNEDの理事だったのだから、NEDが何を目的として、具体的に何をしたのかは、おおむね想像がつくものとは思うが、現在のウクライナ危機の遠因を考察するためにも、詳細を明示したいと思い、NEDの年次報告書から主たるものを選んで一覧表を作成した。実際は全てを合計すると1000以上の、細かく分岐したプロジェクトが動いているが、それらは省略した。

 

図表4:NEDがロシアとウクライナで行った民主化運動のための活動(1991-99)

NEDの「年次報告書」に基づき筆者作成

 

図表4をざっと眺めると、エリツィン政権のロシアとウクライナは、まるでNEDの傀儡政権のようではないか。この時すでに、こんにちのウクライナ戦争の結晶成長核が埋め込まれていた事実は一目瞭然だろう。

長くなり過ぎたので、続きは次回以降に譲る。

 

追記:9月18日のコラムの追記に書いたように、加療のため、しばらくお休みしました。申し訳ありません。今後も少しずつ回復させていきますので、よろしくお願いいたします。

この論考はYahooから転載しました。

 
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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