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「台湾問題で対米追従するな!」 マクロン訪中後の機内取材で
中国広州市の中山大学で講演するマクロン大統領(写真:ロイター/アフロ)
中国広州市の中山大学で講演するマクロン大統領(写真:ロイター/アフロ)

訪中帰国時の機内取材でマクロン大統領は台湾問題などに関して語ったが、ロイターやAFPが対米忖度の二次情報記事を発信。そこには欧州の対米追従に温度差がある。フランスの自主独立性と対中関係とともに考察する。

◆マクロン大統領訪中後帰国時の2社独占による機内取材

マクロン大統領は、4月9日のコラム<「習近平・マクロン」蜜月と二人の壮大な狙い>に書いたように、4月7日、北京から広州に向かった。その後、帰国の機内で、フランスのレゼコー(Les Echos)という経済紙とアメリカのポリティコ(POLITICO)という政治に特化したニュースメディアの2社だけが独占取材を許された。

2012年の調査ではあるが、ポリティコはアメリカの民主党にも共和党にも支持されている中立的なメディアだと評価されているので、マクロンはポリティコの取材を許したものと判断される。

さて、レゼコーは日本時間に換算すると4月9日19:00に<エマニュエル・マクロン:「ヨーロッパの戦いは戦略的自治でなければならない」>というタイトルで取材結果を発信している。いまヨーロッパ諸国はアメリカに支配されている傾向にあるので、この「自主独立」は「アメリカに追従してはならない」という意味あいが強く、「ヨーロッパはアメリカと中国に対する第三の極になることができる」とマクロンは主張している。また「最悪なのは台湾問題でヨーロッパが、アメリカのペースや中国の過剰反応に合わせようと考えること」だとマクロンは述べ、ともかく「ヨーロッパは自主独立路線を貫くべきだと強調している。

一方、ポリティコは日本時間で4月9日20:39に<ヨーロッパは「アメリカの追従者」になるという圧力に抵抗しなければならない、とマクロンは言った>という、非常に明確なメッセージのタイトルで、同じ取材結果を報道した。そしてサブタイトルのような形で<ヨーロッパが直面する「大きなリスク」は、「私たちのものではない危機に巻き込まれることだ」とフランス大統領はインタビューで言った>と書いている。記事の骨子を列挙すると以下のようになる。

  • ヨーロッパは米国への依存を減らし、台湾をめぐる中国と米国の対立に引きずり込まれないようにしなければならない。
  • 習近平はマクロンの戦略的自治の概念を熱心に支持している。
  • 私たちはヨーロッパがアメリカの追従者であることを認識しなければならない。
  • 台湾「危機」を加速させることは、私たちの利益にはならない。最悪なのは、ヨーロッパがこのトピックにとらわれることだ。米国の議題と中国の過剰反応からヒントを得なければならない。
  • Gavekal Dragonomicsの地政学アナリストであるYanmei Xieは「ヨーロッパは、中国が地域の覇権国になる世界をより喜んで受け入れる」と述べた。そしてヨーロッパの指導者の何人かは、「そのような世界秩序がヨーロッパにとって、より有利であるかもしれない」とさえ信じている。
  • ヨーロッパは武器とエネルギーをアメリカに依存しているが、対米依存を減らして、ヨーロッパは自分たちの防衛産業を発展させなければならない。
  • ヨーロッパの一部の国は、ワシントンによるドルの「兵器化」について不満を述べている。モスクワと北京の重要な政策目標である「脱米ドル化」同様に、ヨーロッパも米ドルへの依存を減らすべきだ。(筆者注:4月6日のコラム<脱ドル加速と中国仲介後の中東和解外交雪崩現象>の図表3にあるように、フランスは中国と人民元決済によるエネルギー資源取引を決定している。)

以上がレゼコーとポリティコの2社独占取材による結果報道だ。

◆二次情報に見る対米忖度の度合い

この2社のオリジナル情報を基に、多くのメディアが二次情報としてマクロン取材を報道している。

イギリスのロイター社は4月10日2:52に<マクロン:ヨーロッパは台湾に関するアメリカや中国の政策に従ってはいけない>と報道し、フランスのAFPは4月10日10:33に、<マクロン氏「米中追随は最悪」 台湾問題めぐり>と、「米中どちらにも追随するな」というニュアンスで報道している。

マクロンの発想は、習近平との会談やポリティコの報道にもあるように、「ヨーロッパは対米追従から逃れて、自主独立路線を行くべきだ」というのが基軸だ。

しかし、そのようなことを書いたのでは他の欧州諸国からバッシングが来たり、アメリカの逆鱗に触れるかもしれないという、アメリカへの忖度からか、「アメリカ依存から独立すると同時に、中国にも依存してはならない」というトーンに「変調」しているのである。

それに比べると日本のメディアでは、時事通信が2023年4月10日5:26に<台湾問題、米に追従せず 訪中で厚遇の仏大統領>という見出しで書いているのには驚いた。対米忖度がないからだ。

日本の報道は、中にはロイターやAFPによる二次情報に基づいているものもあるが、基本的に時事通信のトーンに基づいているものが多い。

これだけ対米忖度が激しい日本の報道が、対米忖度の度合いが低いと見えるほどイギリスやフランスの大手メディアが対米忖度をしている事実は、ヨーロッパの対米姿勢の不統一さを示していて、非常に興味深い。

◆フランスが対米依存をせず、自主独立を貫く理由

フランスには、たとえばフランス革命にも見られるように自主独立の精神が強く、現在の「アメリカの一極化」に対しても「ヨーロッパの自主独立」を唱え、「多極化」を主張する精神がある。そもそもEU(欧州連合)があり、米ドルではなくユーロという通貨を使うこと自体、ある意味での「全面的対米依存」からの脱却を図り、「多極化」を目指すものだ。

したがってアメリカの一極支配を抑制するには、ヨーロッパにとっては「中国の台頭」は悪いことではないとマクロンは思っているのも理解できなくはない。  

この「多極化」は3月25日のコラム<中露首脳会談で頻出した「多極化」は「中露+グローバルサウス」新秩序形成のシグナル>にも通じるものがある。

それ以外にも、フランスが特に「自主独立」を唱える理由には以下のような背景も考えられる。

1.フランスには駐留米軍がいない

2022年9月時点のアメリカ国防総省統計に基づいてヨーロッパ諸国の米軍配備人数を考察すると、以下のようになる。但し、100人以下は省略した。というのは、大使館の警備要員など、国交を結んでいるどの国にも少数は配備されているので、そういう米軍は別扱いだからだ。その意味ではフランスにも75人ほどの大使館警備要員などはいる。

図表:ヨーロッパ各国における米軍配備人数

アメリカ国防総省統計を基に筆者作成

ドイツに多いのは第二次世界大戦でナチス・ドイツが敗戦したからで、イタリアにも多いのは日独伊三国同盟の中の一国だからだ。日本には世界一多い、53,973人の米軍が駐留している。イギリスに多いのは、アングロサクソン系の同盟国だからだが、それはフランスが自主独立を主張する所以(ゆえん)の一つにもなっている。

2.エネルギー資源の対米依存がない

フランスはエネルギー資源の70~80%を自国の原子力発電に頼っているので、他国から干渉される度合いが低いのである。

その点ドイツは、ロシアからの安価な石油・天然ガスに頼ってきたので、ウクライナ戦争により、これまでEUを率いてきたドイツの地位は下がり、フランスのリーダーシップが強まりつつある。少なくともGDP成長率に関してはEUが発表したデータによれば2022年ではフランスが2.6%であるのに対して、ドイツは1.8%に留まるとのこと。

それ以外にも数多くの自主独立路線の要素がフランスにはあるが、原子力発電に関して、最後に中国とのつながりに触れておこう。

◆原子力発電における中仏のつながり

中仏は1964年に国交を結んでいる。ヨーロッパの先進諸国ではフランスが最も早い。その理由は、中国の原爆実験成功と深く関係している。毛沢東は朝鮮戦争の時にアメリカから中国に原爆を落とす可能性を示唆されて以来、どんなことがあっても原爆を持とうとした。そこでフランスのパリにあるキューリー研究所に留学していた銭三強博士に帰国を命じ、原爆実験に着手させた。このとき多くの中国人研究者がキューリー研究所から戻っているが、2回もノーベル物理学賞を受賞したマリー・キューリーの娘であるイレーヌ・ジョリオ・キュリーは毛沢東にエクサイティングな言葉をプレゼントしている。すなわち「もし原爆に反対するのなら、自分自身の原爆を持ちなさい」という名言だ。そして彼女は「中国が原爆実験に成功したら、そのときフランスは中国と国交を結ぶでしょう」と約束した。

こうして、中国が原爆実験に成功した1964年にフランスは中国と国交を樹立した(この詳細は『「中国製造2025」の衝撃』のp.126~p.133に書いた)。

駐中国フランス大使館によれば、1982年フランス原子力委員会(CEA)と中国核工業部が契約し、中国最初の原子力発電所、大亜湾原子力発電所を設立。以降、中国のほとんどの原子力発電所はフランスの技術に基づいているほどだ。

なお、筆者は日本国民が広い視野を持って日本国を客観的に位置づけることができるように、あくまでも中国にまつわるファクトを書いているだけで、筆者の基本的立場は『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』に書いた通りだ。チャーズの経験に関して、来たる4月17日深夜1時(18日午前1時)と18日深夜1時に、NHKラジオ深夜便でお話しすることになっている(再放送)。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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