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脱ドル加速と中国仲介後の中東和解外交雪崩現象
習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

中国がイラン・サウジの和睦を仲介して以来、中東における和解外交雪崩現象が起き、同時に中東やASEAN、BRICSなどが中国と提携しながら脱ドル現象を加速させている。背景にあるのは何か?

◆中国が仲介したイラン・サウジ和睦後、中東で和解外交雪崩現象

今年3月10日、習近平が国家主席に三選したその日に合わせて、中国の仲介により北京でイランとサウジアラビア(以下、サウジ)が和睦したことを発表した。この事に関しては3月12日のコラム<中国、イラン・サウジ関係修復を仲介 その先には台湾平和統一と石油人民元>で詳述した通りだ。

それをきっかけに、中東では雪崩を打ったように和解外交が突然加速している。

その時系列を図表1として以下に示す。

図表1

筆者作成

イランやイラクは言うまでもないが、中東諸国のほとんどはアメリカの内政干渉やアメリカが仕掛けた正義なき戦争により、多くの人命を失いながら混乱と戦争に明け暮れる日々に追い込まれてきた。

3月25日のコラム<中露首脳会談で頻出した「多極化」は「中露+グローバルサウス」新秩序形成のシグナル>にも書いたが、「他国の民主化を支援する」という名目で設立された全米民主主義基金会(National Endowment for Democracy=NED)はアフリカの一部をも含む中東全域の民を、「民主化させる」ことを名目に「アラブの春」(カラー革命)と言われる民主化運動に駆り立てた。民主化するのは良いことのように見えるが、実は中東の秩序を乱し、果てしない混乱と災禍の連鎖をもたらしただけだった。 NEDはアメリカの戦争ビジネスを操るネオコンの根城でもあるので、当然の結果かもしれない。

事実、中東の国々には、「アメリカは内政干渉して中東を混乱に陥れるが、中国は内政干渉せずに中東各国に安定と経済的メリットをもたらす」と映ったのだろう。

その結果が図表1に現れている。

◆各国・地域・組織の要人が訪中ラッシュ

図表2に示すのは、中国がウクライナ戦争に関する「和平案」を発表したあとに訪中した各国・地域・組織の要人の一覧表である。もっとも、3月28日から31日にかけて海南島でボアオ・アジアフォーラム(以下、ボアオ)が開催されたので、それに出席したケースもある。ボアオに出席したあと北京に呼ばれて北京で中国の指導者と会談した人もいれば、そうでない人もいるので、図表2では、ボアオで会談した場合にのみ、( )の中に「ボアオ」と書いた。また、3月13日前まではまだ李克強が首相だったので、李克強や栗戦書など、前期のチャイナ・セブンの名前もある。中国の指導者の肩書は省略してあるが、李強は首相、王毅は外交トップ、秦剛は外交部長(外相)だ。

図表2

筆者作成

日本の「超親中系」の要人の名前も、ファクトなので入れてあるが、そこは無視して頂いて、やはり3月27日のASEAN事務総長、3月28日のマレーシア外相、あるいは3月31日のマレーシアのアンワル首相の訪中は、「脱ドル」の真相を解くカギとなる。

3月31日にシンガポールのリー・シェンロン首相が訪中して習近平と会談しただけでなく共同声明まで出したことは、バイデン大統領の神経に障(さわ)ったのだろうか。民主主義の代表であるようなアジアの国家の一つ、シンガポールが、3月29日にバイデンが主催した民主主義サミット・オンライン会議から排除されるという、怪奇現象が起きている。

IMFのゲオルギエバ専務理事や、フランスのマクロン首相およびEUのフォンデアライエン委員長の訪中も注目すべき点だ。(コラム執筆時では、マクロンは北京に着いたばかりなので、面会相手は空欄にした。)

◆加速する脱ドル

図表1で示した中東における和解外交雪崩現象を受けて、「脱ドル」現象が加速している。その脱ドルの動きを図表3に示した。

図表3

筆者作成

脱ドルの流れは大きく分けて3つある。

【流れ1】 中東との関係において石油人民元で取引

【流れ2】 ASEAN域内での自国通貨取引アジア通貨基金

【流れ3】 BRICS諸国内での共通通貨構想

【流れ1】に関しては、拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』の【第二章 習近平が描く対露「軍冷経熱」の恐るべきシナリオ】で詳述したように、中東とは早くから「石油人民元」取引に関して検討してきた。特に今般の図表1で示した雪崩現象が起きて、その実現の広がりは一気に加速している。

問題は【流れ2】だ。

なぜ、ASEANが「脱ドル」方向に動き出したのか、不思議に思う方もおられるかもしれないので、少し詳細に見てみよう。

実は現在のマレーシアのアンワル・イブラヒム首相は、1997年のアジア金融危機のときにマレーシアの副首相兼財政部長だった人だ。アジア金融危機の対応に際し、ドル依存のために苦労したため、当時もアジア通貨基金を提案したが、却下されたという経緯がある。そのため当時のマハティール・ビン・モハマド首相との関係が悪くなり、挙句の果てに汚職と同性愛の罪で逮捕されるに至った。

2022年11月24日に首相に当選した彼は、脱ドルに対して強い執念を抱いたようだ。中国の観察者網は、4月4日、<マレーシアのアンワル首相:アジア通貨基金組織はすでに中国に対して提議した。米ドルに依存し続ける理由はもはやない>という記事の中で、アンワル首相の「脱米ドル」に対する強烈な思いを報道している。

【流れ3】に関しても、深い考察が必要とされる。

提案したのがロシアの国家院副議長だからだ。拙著『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』の【第七章 習近平外交とロシア・リスク】で【プーチンの「核使用」を束縛した習近平】(p.246)に書いたように、習近平はプーチンをBRICS共同声明の中で束縛し、核兵器や化学兵器あるいは生物兵器を使用しないよう約束させている。プーチンにとってBRICSは、上海協力機構とともに最後の砦なので、その約束は守るしかないだろう。その上でロシアがBRICS共通通貨構想を提案しているのだが、ここでもサウジが大きな役割を果たしている。

図表3にあるように、サウジが正式に上海協力機構への加盟を決議した。上海協力機構は中露が主導し、「反NATO」で意思統一されている。すなわち、サウジの絡みで、非米陣営が「脱ドル」を基軸として強化されつつあるということだ。そしてそのサウジを味方に付けたのが中国だという、複雑に絡み合った連鎖が爆発しつつある。そのマグマは実に長期間にわたって形成されてきたが、これが中国のイラン・サウジ和睦仲介によって噴き出し始めたのである。

◆OPECプラスが原油の生産量削減を決定

このような流れの中で、4月2日、OPEC(石油輸出国機構)加盟国(イラン、イラク、クウェート、サウジアラビア、ベネズエラ、リビア、アルジェリア、ナイジェリア、アラブ首長国連邦、ガボン、アンゴラ、赤道ギニア、コンゴ)とその他の産油国(アゼルバイジャン、バーレーン、ブルネイ、カザフスタン、マレーシア、メキシコ、オマーン、ロシア、スーダン、南スーダン)で構成される「OPECプラス」は、日量100万バレル以上の減産を実施すると発表した。

この中にイランやサウジだけでなく、「ロシア」が入っていることが注目点だ。

ロシアのウクライナ侵攻と、アメリカのロシアに対する制裁により、西側諸国はロシアから安価な石油や天然ガスを購入することができなくなったので、原油価格は高騰を続けている。特にアメリカでは金融政策のまずさも加わり、異常なまでにインフレ率が高くなっているため、今回のOPECプラスによる原油減産措置は、アメリカにとって手痛い。原油減産は原油価格のさらなる高騰を招くので、産油国であるロシアにとっては非常に有利になるため、バイデン政権は激しい反対の姿勢を示した。この塊は、脱ドルを加速させることも分かっているにちがいない。

しかし、それを含めて、この流れは変わらないだろう。

◆習近平が狙う「世界新秩序」構築

3月25日のコラム<中露首脳会談で頻出した「多極化」は「中露+グローバルサウス」新秩序形成のシグナル>で書き、また週刊エコノミストでも書いたように、習近平三期目以降の一連の動きは、アメリカによる世界一極支配から抜け出て、「多極化」による「新世界秩序」を構築することにあるからだ。

アメリカは台頭する中国を潰そうと、制裁や対中包囲網形成、あるいは日本に命じてNATOのアジア化を実現しようとしている。このまま行けば、「アジアはアメリカが仕掛けている戦争の災禍にまみれるだけでなく、中国はアメリカに潰される」と習近平は警戒している。

ここは、生きるか死ぬかの闘いなのである。

したがって習近平は一歩も退かないし、また今となっては中東を惹きつけ、グローバルサウスを惹きつけているので、このまま脱ドルを加速させ、多極化による世界新秩序を構築して、アメリカによる一極支配の抑え込みに入るだろう。

日本政府はこの地殻変動に注意すべきだ。

筆者は言論弾圧をする中国を肯定はしない。それは筆者の基本だ。その決意は『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』で明確にしている。

しかし、だからといって、「民主」の名のもとに「アメリカ脳」を染みこませては戦争を仕掛け続けるアメリカの手法に賛同するわけにはいかない。

戦争だけは、絶対に反対を主張し続ける。

そして戦争の元凶を徹底して見極めるのが筆者の使命でもある。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。7月初旬に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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