15日、上海協力機構会議を開催したウズベキスタンで中露首脳会談があったが、習近平はその前にカザフスタンを訪問し、ウズベキスタンでは多くの参加国と対談した。プーチンと会談した時のみ笑顔を見せなかった。その裏で動く中露の戦略を読み解く。
◆習近平がコロナ後初めて外国を訪問した理由
そもそも習近平国家主席は新型コロナ感染拡大後、中華人民共和国特別行政区である香港以外は一度も外遊していないのに、なぜ今回は出国したのかに関して明確にしておかなければならない。
その理由には主として以下のようなことが考えられる。
- 中央アジア諸国とは、ソ連崩壊直後の1992年1月に国交を樹立しているため、今年はすべての中央アジア諸国と「国交樹立30周年記念」の年に相当する。
- ウクライナ戦争に入り、これまで上海協力機構の中でロシアと何とか友好的にしてきた中央アジア諸国が、プーチンによるウクライナ侵攻に賛成できないため、そこに欧米が入り込む隙間が生まれていた。しかしアメリカによる制裁に反対するという立場においてプーチンと連携していた習近平にとっては、中央アジア諸国(のうちのいくつか)が欧米寄りになるのは対米対抗上、非常に困る。それを何とか食い止めなければならない。
- その対応に関しては、中露間ですでに調整済みで、今回の習近平の中央アジア訪問は、プーチンとの間で了解し合った、一種の「演義」であったとも言える。その詳細な証拠は後述するが、習近平が全ての国に対して必ず「外部勢力による干渉に反対する」と言っているのは、台湾の事のみを指しているのではなく、むしろ欧米勢力が中央アジアに介入してくることを指していると判断される。中露共に、この陣地を失いたくない。
- 習近平三期目は、9月12日のコラム<第20回党大会 習近平はなぜ三期目を目指すのか>で述べたように、中国国内では既定路線になっているが、国際社会、特に西側諸国に対して「決して独裁ではない」というシグナルを発したいという強い願望があったものと考えられる。なぜなら対談をした全ての相手国(友好国)首脳は、口をそろえて第20回党大会を祝い、「習近平の指導の下で中国が発展する」という趣旨の賛辞を述べているからだ。対談内容は一般に互いに事前に調整しているので、この全ての国に共通している賛辞に、習近平の目的の一つを見て取ることができる。
◆習近平はなぜカザフスタンを訪問したのか?
9月14日、習近平はカザフスタンを訪問しているが、この理由は、まさに上述の「2」に相当すると言っていいだろう。
カザフスタンのトカエフ大統領は公然とプーチンによるウクライナ侵略に反対の意思を表明していた。トカエフ大統領は今年1月に前大統領だったナザルバエフ一派が起こしたクーデター鎮圧に関してプーチンの軍事支援を得ているのに、6月20日にプーチンが主催するサンクトペテルブルク経済フォーラムに出席した際にウクライナ侵略の正当性を否定している。またトカエフ大統領はアゼルバイジャンを訪問して、ロシアを迂回するパイプライン建設やカスピ海を経由した輸送ルートを提案し、協力を求めるなどしている。
そうでなくとも、6月12日のコラム<ウクライナ戦争で乱舞する中央アジア米中露「三国演義」>に書いたように、アメリカは「中央アジア5ヵ国+アメリカ」(C5+1)構想を2015年から立ち上げており、今年5月23日から27日にかけては、バイデン政権の中央アジア担当のドナルド・ルー国務次官補を代表とする部門横断的な代表団がキルギス、ウズベキスタン、タジキスタンおよびカザフスタンを訪問している。
さらに今年9月2日にトカエフはアメリカ議会の議員代表団を接待したばかりだ。
プーチンとしては、カザフスタンが欧米寄りになってしまうよりは中国寄りになった方が好ましいので、中露間で、水面下で話し合い、習近平のカザフスタン訪問となったものと判断される。
トカエフ大統領は2019年9月11日に訪中して習近平と会っており、もともと北京語言大学に留学したこともあるため中国語も話せる。今年2月4日の北京冬季五輪開幕式にも出席している。
このたび習近平がカザフスタンを訪問した時には、普通ではない盛大な歓迎で習近平を迎えている。トカエフは、まるで皇帝にでもかしずかんばかりの鄭重さと熱烈さでもてなし、習近平に遊牧民族最高の栄誉賞である「金鷹」勲章を授与した。
15日には習近平は上海協力機構会議に参加するためウズベキスタンのサマルカンドに到着したが、ウズベキスタンのミルジヨエフ大統領は、トカエフに劣らず習近平を熱烈歓迎し、やはり「最高友誼」勲章を習近平に授与している。
習近平も、これ以上の笑みは表せないと言っていいほどの満面の笑みを二人の大統領に向けた。
習近平はほかにも「カザフスタン、ウズベキスタン、キルギスタン、トルクメニスタン、タジキスタン、ロシア、モンゴル、ベラルーシ、アゼルバイジャン、イラン、トルコ、パキスタン」など多くの参加国の首脳と会っているが、いずれの場合も満面の笑みを振りまいた。
◆プーチンに笑顔を見せなかった習近平
ところが、である。
その笑顔は、プーチンに会ったときにのみ、完全に消えた。
プーチンに笑顔を見せたが最後、「お前はウクライナ侵略に賛同しているのか!」と責められはしないかと警戒しているようで、実に不自然な「笑顔の消失」だった。これまで、あんなにまで「熱い蜜月」を演じてきた中露首脳が、笑顔なしの対面など、あり得ないという印象を受けた。その動画はこちらで確認できる。
9月15日午後、サマルカンド迎賓館で中露首脳が対面で会談した内容は、中国政府の通信社である新華網が文字化している。それによれば、二人は概ね以下のような会話をしている。
習近平:今年来、中露は効果的な戦略的コミュニケーションを維持し、さまざまな分野で連携してきた。中国はロシアと協力して大国の責任を示し、主導的な役割を果たし、激動の世界に安定をもたらすことを望んでいる(他は省略)。
プーチン:中国共産党第20日回党大会のご成功を祈る。習近平主席の指導の下に中国経済は絶えず発展していくだろう。世界には多くの変化が生じているが、ただ一つ変化しないのは露中友好と信頼関係だ。ロシアは「一つの中国」原則を堅持し、他国が中国の核心的利益に対して扇動挑発することを非難する。ロシアは中国との経済貿易やエネルギー資源など多くの領域で協力していきたい。(概略引用ここまで)
中国側の発表にはないが、ロシア側の発表にはプーチンが「中国の友人たちがウクライナ危機に対してバランスの取れた姿勢を保っていることに感謝している。あなた方がこの問題(ウクライナ危機)に関して疑問や懸念を抱いていることも理解している」という発言があったことが記されている。
中国側は、ただの一言たりとも「ウクライナ」という言葉が出てこないように工夫しているが、習近平外遊前に中国共産党系新聞「環球時報」が「中国は絶対にウクライナ戦争に巻き込まれない」という趣旨の社評を出している。
それでいながら注目すべきは党内序列ナンバー3の栗戦書が全人代委員長として9月7日から9日までロシアを訪問し、ウラジオストックで東方経済フォーラムに参加したり、モスクワでロシア議会代表と会談したりしたが、ロシア議会代表と会談した際、栗戦書は「中国はウクライナの状況について、ロシアを理解し、支持している」と述べているのだ。「NATOがいかにしてロシアを重要な選択(ウクライナ侵攻)をせざるを得ないところに追い込んだかを理解している」とも付け加えた。これが中国の本心だろう。
しかし、水面下でのさまざまな交渉の末に、中露首脳対面対談では「笑わない」という「演技をする」ことに決めたものと判断する。
その何よりの証拠に公開の対面対談後、駐中国ロシア大使館はウェイボーで「二人は別途、非公式に単独で会った」と書いている。登録してないと読めないので、以下にその画面をキャプチャーしたものを貼り付ける。
謎を解き明かすには、このウェイボーが決定打となっている!
かかる一連の動きが、冒頭の「3」で書いた「証拠」である。
つまり表面上「習近平とプーチン」は仲良くないことにして中央アジア諸国を安心させ、習近平を礼賛し習近平に集中することによって、習近平を介して上海協力機構を団結させ、欧米諸国に寄って行かないようにするというのが、習近平とプーチンの戦略だ。
◆上海協力機構共同声明
上海協力機構の会議は、日本時間16日午後遅くに閉幕しが、そこでは新たにイランの加盟が正式に合意され、共同声明「サマルカンド宣言」には「国連安保理の承認がない一方的な経済制裁は他国や国際経済に悪影響を引き起こす」という言葉が盛り込まれた。参加国は全て「アメリカによる制裁」と「アメリカに同調する西側諸国の制裁」に反対し、「ロシアへの制裁に加わっていない」国々だ。上海協力機構に加盟している国々の総人口は、全世界人口の半分を占めるので、「人類全体」として考えるなら、相当な国際社会の力になっている。
6月19日のコラム<ロシアが「新世界G8」を提唱_日本人には見えてない世界>でも述べたように、世界全人口の85%がロシアに対して制裁していないという事実を無視しない方が良いだろう。
なお日本では9月17日、<印首相、ウクライナ侵攻を公に批判 「今は戦争の時でない」>という見出しの日本語記事が出たが、ロイターの原文を読むと多少ニュアンスが違い、インド政府の報道では、単に「ウクライナで進行中の紛争の文脈において、首相は、敵対行為の早期停止及び対話及び外交の必要性を改めて求めた」としか書いてない。
どれが正しいのかは、モディ首相自身のオフィシャルサイトにある動画を見れば歴然としている。インド政府の報道通りだ。
ロイター電をさらに「日本人が喜ぶ言葉」を選んで粉飾した日本語報道とは、相当な乖離があることが確認できるだろう。
国際情勢を判断する時には、このように多角的にファクトを積み重ねていかないと読み誤り、日本国民にとって利益をもたらさない。
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