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ウクライナを巡る「中露米印パ」相関図――際立つ露印の軍事的緊密さ
握手するインドのモディ首相と中国の習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)
握手するインドのモディ首相と中国の習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

国連安保理の対露制裁も国連総会緊急特別会議での対露非難決議も、中国とインドは棄権した。インドはロシアから武器を購入し、露印は軍事的に緊密だからだ。「日米豪印」対中包囲網クワッドの危うさが表れている。

◆対露非難決議を棄権したインドと上海協力機構

2月26日(アメリカ時間25日)、国連安全保障理事会(国連安保理)(15ヵ国)は「ウクライナに侵攻したロシアを非難し即時撤退を求める決議案」を否決した。ロシアが拒否権を行使したからだが、注目すべきは「中国、インド、アラブ首長国連邦(UAE)」の3ヵ国が棄権したことだ。

3月2日になると、国連総会は緊急特別会合を開き、「ロシアによるウクライナ侵攻に最も強い言葉で遺憾の意を表し、ロシア軍の即時かつ無条件の撤退とウクライナ東部の親ロシア派支配地域の独立承認の撤回も要請する決議」を141ヵ国の賛成多数で採択した。ロシアをはじめベラルーシ、シリア、北朝鮮、エリトリアの5ヵ国が反対し、中国やインドあるいはパキスタンなど35ヵ国が棄権した。

2月26日の棄権国の中にUAEが入っている理由に関しては、3月3日の論考<習近平が描く対露【軍冷経熱】の恐るべきシナリオ>や2021年3月31日のコラム<王毅中東歴訪の狙いは「エネルギー安全保障」と「ドル基軸崩し」>で述べたように、イラクをはじめサウジアラビアやアラブ首長国聯盟など中東諸国は、アメリカと石油の供給などを巡って争っており、特にトランプが約束したサウジアラビアやアラブ首長国連邦への武器輸出を、バイデンは一時凍結すると宣言したので、反バイデンの傾向が強くなっているからだ。

3月2日の国連非難決議ではアラブ首長国連邦は棄権しなかったが、インドは棄権した。

インドはアメリカが対中包囲網のコアの一つに置いている日米豪印から成る「クワッド」の主要メンバーの一員なのだから、ここで棄権されるのはバイデン大統領にとっては非常にまずいことだろうが、前々から何度も言っているようにインドは旧ソ連にもロシアにも近く、モディ首相とプーチン大統領とは特に仲が良い。

だから2014年のクリミア併合の時も、インドは対露非難決議には棄権している。

さらに「ロシア、中国、インド」だけでなく、今般棄権したパキスタンも、「上海協力機構」のメンバーだ。上海協力機構は、ソ連崩壊後の1996年に中国が、ロシアや中央アジア諸国に呼び掛けて設立させたもので、基本的に「反NATO」という色彩を帯びている。2000年に、アメリカの一極支配やNATOの東方拡大への抵抗を前面に打ち出している。インドやパキスタンは2017年に同時加盟した。

そんなインドをクワッドに誘い込んで、インド太平洋戦略を対中包囲網の中心に据えるのは最初からあり得ないような構築なのである。

3月3日夜も、日米豪印クワッドの首脳がオンライン会談をしたが、テーマは「ロシアが軍事侵攻したウクライナ情勢について」だったというのに、会談後の共同発表では「ロシアに対する直接の言及はなかった」とのこと。クワッドの危うさを浮き彫りにしただけだ。

そこで本稿では、ウクライナ問題をめぐる周辺諸国である「中露米印パ」(パ:パキスタン)の相関図を以下のように作成してみた。

図表1:ウクライナを巡る「中露米印パ」相関図

筆者作成

各国の利害関係を俯瞰する中で、特にインドに関して考察を深めたいと思う。

◆【露印】は軍事的緊密国――インドは1960年代から旧ソ連&ロシアから武器を購入

インドは1960年代初頭から旧ソ連から武器を輸入してきた国で、ロシアになってからも、その傾向は変わらなかった。その推移をストックホルム国際平和研究所の武器の売買に関するデータベースに基づいて以下に示したい。図表2は、1950年から2020年までに至る、インドの武器輸入先の中から「旧ソ連とロシア」から購入したパーセンテージを拾い上げて作成したものだ。

図表2;インドの武器輸入先における旧ソ連&ロシアの割合

情報源:ストックホルム国際平和研究所

1960年代に入ると突然増えているのは、1962年10月20日から11月21日にかけて、中国とインドの間で「中印戦争」があったからで、このころ中国と旧ソ連は激しく対立していたので、ソ連はインドを支援して、インドに武器を送り始めた。中ソ紛争中、ソ連としてはインドに武器を売って中国を挟み撃ちにしようという考えもあった。

しかし、図表2で示したように、1991年12月にソ連が崩壊し、ロシアになってからも、インドのロシアからの武器購入傾向はあまり大きくは変わっていない。武器は高価なだけでなく故障もするため、部品の補給や修繕などのメインテナンスを考えると、そうたやすく購入先を変えることもできないのだろう。

インドのモディ首相とロシアのプーチン大統領の緊密なむつまじさが影響していると中国メディアは解説している。

2019年にロシアからの輸入量が突然減っているのは、パキスタンのテロ組織がインドでテロ事件を起こした時に、トランプ政権で国家安全保障問題担当だったボルトン補佐官が、2019年2月に15日にインドのカウンターパートに電話して、「アメリカはインドの集団的自衛権を支持する」と伝えて、インドにアメリカから武器を購入する方向に持っていったからだ集団的自衛権を認めたということは、国連決議を経なくても、「一方的にパキスタンに侵攻しても国際法違反にならないように国連安保理でしてあげる」ということを意味する。

たとえば1971年の印パ戦争の時に、旧ソ連が国連安保理理事国としてインドへの制裁に関して拒否権を使ってくれていたので、インドは今もロシア頼みなのだが、ボルトンは「ロシアが拒否権を使わなくても、アメリカが拒否権を使ってあげるから、武器はロシアから買わずにアメリカから買おうね」というシグナルをインドに発したのである。

インドはパキスタンとの間の戦争で苦しんでいた。だからボルトンの話に、この時は乗った。

しかし、何と言っても2021年12月には、インドがロシアから購入した地対空ミサイルS-400がインドに到着し、インドのパンジャブ州でロシアでの訓練を受けた地対空ミサイルS-400部隊が今年2月から創設されることに(という予定に)なったことだ。もっとも、ミサイルの矛先は中国に向けているのではなく、宿敵パキスタンに向けているとのこと。

3月2日、次期駐ロシアのインド大使デニス・アリポフ氏は「インドへのS-400ミサイル部隊(5個連隊)の引き渡しは、ロシアのウクライナ侵攻に対する制裁の影響を受ける可能性は低い」と言っている

そんなわけで、【露印】の軍事的結びつきは、やはり切り離せないのである。

アメリカはインドをロシアから引き離し、アメリカ側に引き寄せようとしているが、今般、インドはまた棄権してしまったのだから、うまくいっているとは思えない。

◆【印パ】は互いに宿敵

インドとパキスタンの間では、第一次(1947年)、第二次(1965年)、第三次(1971年)と、これまでに3度の印パ戦争が行われており、今も火種はくすぶっているが、あまりに有名な話なので、ここでは省略する。

◆【中露】は【軍冷経熱】

中露関係に関しては3月3日のコラム<習近平が描く対露【軍冷経熱】の恐るべきシナリオ>で詳述したので省略するが、インドと同じく地対空ミサイルS-400に関して少し触れたい。

中国は2014年にロシアから地対空ミサイルS-400購入契約をし、引き渡し期日よりも早い2017年10月に納入された。なぜなら、2017年2月に中国は「紅旗-19」や「紅旗-26」などの長距離高高度ミサイル防衛迎撃機製造に成功していたので、ロシアが慌てて納品したからだ。

これに対して2018年9月アメリカは、Su-35とともにS-400をロシアから購入した中国の中央軍事委員会装備発展部に対して、ロシアなどに適用している「対敵対者制裁措置法」を発動した。中国共産党の機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」は、2018年12月25日、48N6E型による極超音速ミサイル迎撃試射が成功したと報道している。つまり中国は自力でミサイル製造に成功しているのである。

インドは武器製造能力には長けてないので、旧ソ連やロシアから武器を輸入することが多いが、中国は一台購入すればすぐに構造を研究して新たに自分で創り上げる「コピー術」に長けている。

アメリカは中国には制裁を加えインドには制裁を科さなかったが、このたびのロシア制裁・非難決議にインドが棄権したことから、アメリカはこれからインドに制裁を科すか否かに関して検討すると、3月3日のニューデリーTVは報道している

◆【中印】関係は微妙

中印は、何しろ1962年に中印戦争をしているだけでなく、ヒマラヤ山頂での国境紛争がいつまでもくすぶっているので、中印関係は良いとは言えない。特にインド国民の中国に対する感情は非常に良くない。

また中国側から見れば、チベットのダライ・ラマ問題が横たわっているので、中国国民の対インド感情は良くはない。

しかし、習近平とインドのモディ首相は頻繁に会っており、少なくとも2014年7月から2019年11月までの間だけでも、対面で13回も会談している。もちろん、ビデオ会談や電話会談などは、この13回以外にも頻繁に行われているので、中印首脳同士は、なんとか改善の方向に持っていこうという意思は持っていると言えよう。

会談のすべてを説明すると長文になり過ぎるので、ここでは日時だけを列挙する。

2014-07-15/2014-09-18/2015-05-14/2015-07-09/2016-06-24/

2016-09-04/2016-10-15/2017-06-09/2018-04-27/2018-06-09/

2018-12-01/2019-06-13/2019-11-14

その結果、何がどうなったのかはデータで見ないと分からない。そこで一例として、中印貿易がどのように推移したかを、インド側のデータから考察すると、以下のようになる。

図表3:インド貿易総額における中国との貿易額の割合の推移

出典:インド政府(商務部)

習近平政権になてから、やや増加傾向にあり、データで見る限り、「習近平モディ会談」は、無駄にはなっていないようだ。

◆【中パ】はパキスタン回廊で緊密

パキスタンは中国と仲が良い。一帯一路における「パキスタン回廊」を持ち出すまでもなく、1962年に中印戦争が起きたときに中国とパキスタンの関係は一気に縮まった。パキスタンにしてみれば、「宿敵」インドと戦ってくれたので、中国を応援しようという方向に動いたのだ。その関係はパキスタンの武器輸入先におけるパーセンテージにも表れている。

インドの場合と同じく、ストックホルム国際平和研究所にある武器の売買に関するデータベースから中国と米国のみを拾い上げてグラフ化してみた(図表4)。

1962年までは、ほぼ100%アメリカから武器を輸入していたパキスタンだったが、1962年から中国に代わり、その後紆余曲折を経て、習近平政権以降は圧倒的多数の武器を中国から輸入するようになった。

図表4:パキスタンの武器輸入先における米中の割合

したがって、中国がロシア制裁や非難決議に棄権するのなら、パキスタンも棄権に回るわけだ。

特に習近平が一帯一路を呼びかけパキスタンが熱烈に応じた頃から、パキスタンはなんと、インドの向こうを張って、2014年11月にロシアとの軍事技術協力関係を持つことを約束し、ロシアのミルMi-35ヘリコプターを購入することになった。アメリカからの武器輸入が激減した背景には、そういう事情もある(これに関しては防衛研究所・アフリカ研究室研究員である栗田真広氏が2018年9月にNIDSコメンタリーで発表した<パキスタン・ロシア関係の発展と限界>に詳述しておられる)。

だからパキスタンはロシア非難決議に棄権したのだが、宿敵同士のインドとパキスタンを「NATOに対抗する上海協力機構」に加盟させた中露の策略も見逃してはならない。

◆【米ウ】関係は蜜月?――ウクライナは古くからのバイデンの地盤

これに関しては何度も書いてきたので、ここでは繰り返さない。強いて言うなら、2月25日のコラム<バイデンに利用され捨てられたウクライナの悲痛>で引用させて頂いた拓殖大学海外事情研究所の名越健郎教授の<「次男は月収500万円」バイデン父子がウクライナから破格報酬を引き出せたワケ安倍政権の対ロシア外交を妨害も>を熟読なさることをお勧めしたい。素晴らしい分析だと再び高く評価したい。

◆【中ウ】関係はソ連崩壊後から蜜月

これも何度も書いてきたので、省略する。中国のミサイルや空母の技術は、ほとんどがソ連崩壊後のウクライナの技術者を中国に呼び込んで発展したものである。ウクライナの最大貿易相手国は中国だ。

以上の考察から「武器商人アメリカと、冷戦時代の過剰な自己安全保障意識に狂奔する狂人・プーチンに加え、経済を睨みながらニンマリする習近平の姿勢」が浮かびがってくる。すなわち、

  • アメリカとロシアは、米ソ冷戦時代から、どの国が相手に武器を多く売るかで「パワーバランス」を形成してきた。
  • 中国は経済的結びつきで、如何にして相手国を中国に引き寄せるかに力を注いで動いている国だ。
  • だからこそ日本は、「政冷経熱」などと言い逃れをして、中国に甘い顔をして中国との交易を野放しにしてはならない。

といったことが言えようか。

然るに、日本の最大貿易国は中国。

林外務大臣も大の日中友好議員だ。中国に呑まれないよう、注意を喚起したい。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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