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習近平が描く対露【軍冷経熱】の恐るべきシナリオ
ロシア大統領プーチンと中国国家主席習近平(写真:AP/アフロ)
ロシア大統領プーチンと中国国家主席習近平(写真:AP/アフロ)

習近平はプーチンの軍事行動には同調しない代りに経済的には徹底してロシアを支援する。だから国連での対露経済制裁決議では棄権した。習近平の対露【軍冷経熱】戦略は、アメリカの対中包囲網を弱体化させるか?

◆【経熱】中国は12年連続でロシア最大の貿易相手国

今年2月9日、中国中央行政省庁の一つである商務部は<中国は12年連続でロシア最大の貿易相手国であり、中露経済貿易協力は実りある成果を上げている>という見出しで、「2021年の中露貿易は飛躍的発展を遂げている」として新しいデータを発表した。

それによれば、2021年の中露貿易高は1468億7000万ドルで、前年同期比35.9%増であるという。これはこれまでの中露二国間貿易における最高記録であり、中国は12年連続でロシア最大の貿易相手国であり続けているとのことだ。

2021年には、中露貿易構造の最適化が促進され、輸出入商品貿易だけでなく、インフラ投資や建設などの分野での二国間協力が一層強化された。

まず輸出入方面を見るならば、2021年、中露の機械・電気製品の貿易額は434億ドルに達し、このうち「中国からロシアへの自動車、家電製品、建設機械の輸出」が急速な伸びを遂げている。

たとえば、ハーヴァー、シェリー、吉利(ジーリー)などの中国ブランド車がロシアで記録的な販売台数を記録しており、ファーウェイやシャオミーなどの中国ブランドスマホがロシア国民に好まれている。

電子商取引の分野では、2021年最初の11ヶ月間で187%増加している。

現在、中国とロシアは「中露物品・サービス貿易の質の高い発展のためのロードマップ」を策定し、両国間の貿易額2000億ドルという目標を達成するための計画に基づいて動いている。

昨年11月、中国とロシアの関連部門は、デジタル経済分野における投資協力に関する覚書に署名し、両国の産業間の協力を奨励し、支援し、デジタル・エンパワーメント、グリーン・エンパワーメント、イノベーションを促進した。 双方は、「5G、バイオ医薬品、グリーン低炭素、スマートシティなどの新たな成長ポイントの構築、政策、産業、プロジェクトのドッキングの強化、エネルギー鉱物、農林開発、工業生産、情報通信などの分野における上流・下流協力の一層の深化、機械・電気などの工業団地の相互設置の促進、インフラのハードウェア・ソフトウェア接続のレベルの向上、産業チェーンのサプライチェーンの深化など、科学技術イノベーション協力を一層強化すること」で合意した。

同時に、ますます多くのロシアの農産物が中国人の食卓に並ぶようになったとのことだ。

次にインフラ投資や建設の面で見るならば、 中露国境にある「黒河-ブラゴヴィシェンスク」境界河川道路大橋の開通条件が整い、同江中露・黒龍江鉄道大橋(同江は都市名)との線路が開通した。

最近では、モスクワ地下鉄大環状線では10の地下鉄駅が新しく建設されて稼働し、中国企業が建設した第3の乗り継ぎ環状線の南西区間プロジェクトが正式に開通している。また、モスクワの西部と南部の一部の地域では、交通状況が大幅に改善された。

さらに、シベリアと極東の社会経済開発を加速することは、ロシアの戦略的課題のひとつだ。 ロシアは、中国の投資と技術を誘致し、グローバルな輸送と貿易ルートを拡大するために、地域協力を積極的に推進する計画である。 現在、ロシアはバイカル・アムール鉄道とシベリア横断鉄道の近代化とアップグレードを開始した。 2024年までに、輸送貨物量を増やし、輸送時間を短縮することで、容量を1.5倍に増やす計画である。

◆【経熱】習近平が力を注ぐエネルギー問題

エネルギー協力は、中国とロシアの実務協力において最重要事項であると商務部は表明している。

中国税関総局によると、2021年、中国の、ロシアからのエネルギー資源の輸入額は3342億9000万元で、前年同期比47.4%増加となり、ロシアからの輸入総額の65.3%を占めるに至っている。 ロシアは中国にとって第1位のエネルギー輸入国であると同時に、第2位の原油輸入国でもあり、第1位の電力輸入国の地位を保っている。

習近平は、2021年11月に開催された「第3回中露エネルギービジネスフォーラム」にプーチンと共にオンラインで参加してエネルギー協力は中露両国の実務協力の最も重要な方向である」とした上で祝辞を述べている。その書簡の要点だけを以下に記す。

  • 両国のエネルギー協力の顕著な成果は、中露新時代における包括的な戦略的協力パートナーシップの広範な発展の可能性を証明している。中国は、ロシアと協力して、エネルギー安全保障を維持し、地球規模の気候変動の課題に取り組むために、より緊密なエネルギーパートナーシップを構築する用意がある。
  • この1年間で、中露原油パイプライン、中露東部天然ガスパイプライン、ヤマル液化天然ガス(LNG)、田湾原子力発電所1号機から4号機にわたる主要協力プロジェクトが安定的に稼働している。中露東部天然ガスパイプラインの南区間プロジェクトや、田湾原子力発電所7号機と8号機、徐大堡原子力発電所の3号機と4号機の建設など、新たな着工プロジェクトが順調に進んでいる。
  • 一連の実用的な協力の成果は、中露のエネルギー貿易に十分な刺激を与えるだけでなく、両国が脱炭素・カーボンニュートラル目標を達成し、地球規模の気候変動課題に共同で対処し、人類の持続可能な開発を達成するための新たな刺激を注入するのに役立っている。
  • 中露は、低炭素エネルギー協力の巨大な可能性を秘めており、ロシア企業は、両国のエネルギー開発の長期的なビジョンに沿って、消費者に低炭素グリーンエネルギーを提供することに重点を置いている。

(商務部報道からの引用はここまで。)

◆【経熱】2月4日、中露が約束した経済交流

2月4日、プーチンは北京冬季五輪に出席することを兼ねて訪中し、習近平と会談した。会談後、中露両国は共同声明を出し、15の協力協定に署名した

協定は多岐にわたっているので、ここではロシアの経済制裁に関して、中国が今後補完支援すると思われる最も大きなエリアのエネルギー資源に焦点を当てて考察する。

先ず協定では第12項から14項にかけて、以下のように書いてある。

  1. 「中国石油・天然ガス集団有限公司とロシア天然ガス工業株式会社(ガスプロム)極東ガス売買協議」
  2. 「中国西部の製油所の石油供給と原油購入・販売を保障する補足協議」
  3. 「中国石油・天然ガス集団有限公司とロシア石油株式会社の低炭素開発分野協力に関する覚書」

しかし、これだけでは何のことか分からないので、具体的に何を指しているのか、中国の「国際天然ガス網(ウェブサイト)」にある<1億トンの石油!100億立方メートル天然ガス!ペテロチャイナは超大型契約に署名した>に基づいた情報をご紹介する。以下、その概略を示す。

ペトロチャイナは1億トンの石油輸入という大型契約を獲得しただけでなく、ロシアから輸入される天然ガス総量を、380億立方メートル(1㎥=1000リットル)から480億立方メートルに増やした。大まかな見積もりによると、ペトロチャイナ、ガスプロム、ロスネフチが署名した2つの協定には、1,000億元(約1.8兆円)以上が含まれる。

  天然ガスの輸入に関しては、2月3日、ペテロチャイナとガスプロムが中露極東天然ガスの売買契約を締結した。これは、2019年12月に中露東部の天然ガスパイプラインが生産投資されガス供給された後の、パイプライン天然ガス貿易における中露間のもう1つの重要な協力成果だ。中露は2014年に30年間の天然ガス供給協定に署名して以来、毎年380億立方メートルの天然ガスを中国に供給していると報告されている。

長期天然ガス供給協定によると、ロシアのガスプロムは中露極東ラインを経由して100億立方メートルの天然ガスをパイプラインによりペテロチャイナに供給することになっている。

中露極東ラインの生産開始後、ロシアから中国へのパイプライン天然ガスの年間総供給量は、380億立方メートルから480億立方メートルに増加し、現在の供給量よりも約26%増加させることになっている。

石油輸入に関しては、2月4日、ペテロチャイナとロスネフチは中国西部の製油所からの石油供給を確保するための原油の売買に関する補足協定に署名した。それによると、ロスネフチはカザフスタンを経由して中国に1億トンの石油を契約期間10年として供給する。

以上が、中国の「国際天然ガス網」に基づいたエネルギー資源に関する中国の対露経済協力の具体的内容だ。

このように中国はロシアに関して「経済的には熱い」すなわち【経熱】なのである。

◆【経熱】対露SWIFT制裁に関する影響

国連における対露制裁に関して中国は「棄権」したが、【経熱】は貿易に留まらない。金融取引に関しても欧米の対露制裁を、習近平は「しめた!」と考えている節(ふし)がある。

それはSWIFTを経由しないデジタル人民元の実体経済への応用を加速させようという目論見と、もう一つは非ドル経済圏の拡大化を狙おうという戦略だ。

2021年3月31日のコラム<王毅中東歴訪の狙いは「エネルギー安全保障」と「ドル基軸崩し」>にも書いたように、中国はアメリカから制裁を受けている国々を仲間に引き込み、人民元の強化とデジタル人民元の実体経済への移行の可能性を模索している。あのとき国営石油会社サウジアラムコのナセルCEOは「今後50年間以上にわたり、中国のエネルギー安全保障を確保することが最優先事項だ」とし、また2020年11月には「将来的に中国人民元建ての社債発行の可能性がある」とさえ表明している。

今般、ロシアの経済制裁に関する国連安保理決議にUAE(アラブ首長国連邦)が棄権したのも、そういった流れからだ。 

2016年1月に、習近平はイランやサウジアラビアおよびエジプトなどを歴訪しているが、実は2015年にすでにSWIFTからの離脱を想定した決済システムのシミュレーションを試みている。「SWIFT、中国人民銀行清算センター、クロスボーダーインターバンク決済有限責任会社(CIPS)、中国決済協会、中国人民銀行デジタル通貨研究所」が共同で「金融ゲートウェイ情報サービス有限公司」を設立し、北京に本社を置いて、少しずつSWIFTシステムから逃れようと試みているのだ。

もちろん二国間の通貨スワップ(交換)協定も強化しており、中国の中央銀行と税務署の統計によれば、人民元決済の中露貿易にける比率は17%と低いものの、今後は人民元と相手国通貨による取引の割合を増加させていくと新華網は報じている。

◆【軍冷】ウクライナ外相が王毅外相に停戦仲介を依頼

中露間の 【軍冷】に関しては、2月28日のコラム<中露間に隙間風――ロシアの軍事侵攻に賛同を表明しない習近平>に書いた通りだが、3月1日、ウクライナのクレバ外相は中国の王毅外相に「停戦実現のため中国の仲裁を期待する」と述べていると中国の外交部が大々的に報道している

このことから見ても【軍冷】は明らかで、中国の対露姿勢は、まちがいなく【軍冷経熱】だということが言える。

◆【軍冷経熱】でも、習近平が恐れるのは「ロシアの民主化」

アメリカのバイデン大統領は、先ずロシアをやっつけてから中国包囲網を強化すると言っているが、したたかな習近平は、【軍冷経熱】によって、中国経済の一人勝ちを決めていくかもしれない。

対露制裁にインドも棄権していることから、インド太平洋戦略による対中包囲網、特にクワッド(米日豪印)構想は崩れていく可能性を孕んでいる。

ただ、そんな習近平にも、最も恐れていることが一つある。

それはロシアの民衆が立ち上がって、プーチンを大統領の座から引きずり降ろすことだ。そのようなことになったら、それこそ中国共産党の一党支配体制を揺るがす。

2月4日の中露共同声明の中にも「ビロード革命を許さない」という言葉が盛り込んである。ここに注目しなければならない。

二人とも「民衆の声」が怖いのだ。

ならば、私たちにやれることが一つある。

それはロシア以外の国にいるロシア人と連帯し、ロシアの民衆に「戦争反対」を呼びかけ「プーチン政権打倒」に向かってくれるように働きかけることだ。また血を流すのかもしれないが、今はネットの時代。ネットで呼びかけて、ロシアの民衆が立ち上がって欲しい。プーチンが下野し、他の民主的な人物がロシア大統領になれば、習近平との関係は弱体化し、中国の一人勝ちは消えていく可能性は否定できない。この可能性に期待したい。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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