
※この論考は7月27日の< Mechanisms Advance, Strategy Stays Restrained: ASEAN’s Manila Meeting and the Institutionalisation of South China Sea Competition>の翻訳です。
ASEANが海洋協力メカニズムを強化する一方で、中国は海上での圧力を強め続けている。日本はフィリピンの対応力と持久力を強化しつつ、ASEANの自主性に沿った形で地域関与を続ける必要がある。
第59回ASEAN外相会議を巡る最も重要な動きは、マニラの会議場の外で起きた。ASEANの外相たちが国際法、航行の自由、南シナ海の行動規範について議論する中、セカンド・トーマス礁では中国とフィリピンの要員が衝突し、中国の海警局船がスカボロー礁付近でフィリピン船に放水砲を使用した。この2つの状況から見えてくるのは、外交が制度化しつつある一方で、海上での威圧行為はますます執拗になっているという、地域海洋政治の新たな実態だ。ASEANの議題に真に新しいものはほとんどなかった。その意義はむしろ、通常の共同声明から、交渉手続き、海洋制度、実務協力へと歩みを進めた点にある。
声明から海洋制度づくりへ
その最も明らかな例が行動規範の交渉だ。共同声明では、国連海洋法条約(UNCLOS)などの国際法に合致した具体的で実効性のある合意を求め、2026年中に交渉を妥結させる目標を掲げた。ASEANはまた、交渉プロセスを信頼醸成や予防措置、事故・誤解・誤算を減らすための実践的な措置と結びつけた。期限を設けずに早期完了を目指すのではなく、期限を明示する形に転換したことで、政治的・実務的圧力が生じる。とはいえ今後の合意設計には、地理的適用範囲、法的拘束力、紛争解決手続き、非係争国による軍事活動の取り扱い、違反に対する措置など、重要な問題が残されている。文書が完成しただけでは行動を実効的に制限することにはならない。議長国フィリピンの外交的成果は海洋秩序の確立ではなく、手続きを加速させたことにある。
より持続的な変化は、行動規範策定プロセスの周辺に見い出せるかもしれない。ASEAN各国の外相は、ASEAN機関同士の技術協力、情報共有、研究、能力構築を支援するため、フィリピンにASEAN海洋センターを設立する計画を承認した。共同声明ではまた、ASEAN沿岸警備隊フォーラムの構想文書と活動範囲策定が完了したことを歓迎し、同フォーラムをASEAN高級実務者会合の下部機関として組み入れることを提案した。フォーラムの当初の任務は、合同訓練、捜索救助、海洋汚染への対応、人道支援、越境犯罪に対する協力で構成される。こうした取り決めは共同宣言ほど注目されないが、海洋協力を日常的な公務に組み込むことになる。沿岸警備隊、海事機関、文民当局者の間で繰り返し連絡を取り合うことで、公式の外交声明だけでは難しい連携を常態化できる可能性がある。
ルールを交渉しながらも海上での現実を作り変える中国
マニラでの会合における中国政府の振る舞いは、制度的アプローチの限界を露呈した。中国の王毅外相は、フィリピンのマリア・テレサ・ラザロ外相に対し、二国間関係は「岐路」に立っていると述べ、フィリピン政府が「正しく合理的な」選択をするよう求めた。王毅はまた、フィリピンの軍や警察の一部が外部勢力からの指示を受けて対立を引き起こしていると非難した。このやり取りは、セカンド・トーマス礁での衝突を受けたものだ。フィリピン政府は中国海警局員がフィリピン人船員を木製の警棒で殴ったと主張し、一方の中国政府はフィリピンの船員が先に手を出し、中国船に体当たりしてきたと非難した。衝突はスカボロー礁付近でさらに激化し、放水や至近距離での操船が行われ、中国側はフィリピン船に対して「管制措置」を講じたと主張した。
中国のやり方は、制度への参加と現場での威圧を組み合わせたものだ。中国政府は、行動規範の交渉に参加し、信頼構築に賛同し、外交ルートの維持を図る一方で、中国海警局を自由に行動させている。地域交渉に参加すれば対外的なイメージ悪化を抑えられ、中国がASEAN主導の外交に公然と反対しているようには見えない。そして海上で圧力をかけ続ければ、最終的なルールが法的または政治的な効力を持つ前に、現場環境を変えられる。中国はルールの交渉を進めつつ、それらのルールが機能する条件を書き換えようとしている。
フィリピンは耐え続けられるのか
フィリピン政府にとって大きな問題は、争う意思よりも持久力にある。フィリピンは2016年の仲裁判断によって法的権利を得ている上、米国と防衛協力を結び、日本やオーストラリアといった海洋大国との安全保障協力も拡大させている。これらが有利に働いて国外からの支持が高まり、中国側の行動も注視されている。しかし、物的格差は依然として顕著だ。中国は沿岸警備隊をより大規模に展開し、艦船の交代頻度を高めることで、フィリピンの補給、哨戒、漁業保護任務にかかる維持費増額を強いることができる。外交的な正当性だけでは、船舶の修理、監視態勢の維持、海上での任務継続を実現できない。
フィリピンが耐えられるかどうかは、整備能力、兵站、通信、海洋状況の把握、人員運用、そして政権交代に影響されない政策の継続性に左右される。ASEANの枠組みはフィリピン政府の外交的正当性を強化することはできても、放水攻撃を阻止したり、補給任務を維持したりはできない。同盟国の関与は事態の悪化に伴う代償を引き上げることはできても、フィリピンの現場能力を代替することはできない。戦略上の勝負は積み重なっていくものだ。中国政府は一度の対決でフィリピンを打ち負かす必要はない。小規模な圧力をかけ続けることで資源を枯渇させ、制度に負荷をかけ、政治的分断を露呈させればよい。
台湾問題に深入りしないASEAN
マニラでの共同声明は、ASEANが依然として戦略的に一歩引いていることを示した。文書では、国際航路に使われている海峡の通過通航権を含め、UNCLOSに基づく航行権を再確認し、南シナ海における航行の自由と上空飛行の自由を支持している。台湾海峡については言及されなかった。米国政府は関連会合でさらに広範な視点を打ち出した。マルコ・ルビオ米国務長官は、国際水路を支配すれば他の地域での威圧行為の先例になり得ると警告し、米国は声明で、南シナ海における中国の圧力と台湾周辺の威圧行為を関連づけた。ASEAN加盟国は、このように戦略的にひとくくりにされることに抵抗している。米国と日本の戦略ではこれら3つの海域を同じ海洋バランスを構成する関連要素として扱っているが、東南アジア諸国の政府の大半は外交上、南シナ海・台湾海峡・東シナ海を分けて考えている。
戦略的に慎重だからといって、海峡両岸の安定に無関心というわけではない。台湾に直接言及すれば、ASEAN加盟国は主権、国家承認、外交的立ち位置を巡る論争に巻き込まれ、すでに制約のある合意形成を崩壊させる恐れがある。だがUNCLOSの尊重、航行の自由、紛争の平和的解決の支持、そして海洋での強制的な現状変更への反対は、より間接的な形で地域を守ることになる。こうした原則は、台湾防衛に対するASEANのコミットメントではないが、国際水路を一方的に制限しようとすれば外交上の代償が高くつくことになるような地域環境を強化するものだ。
台湾の活路は実務協力にある
台湾は、こうした制度的な観点からマニラでの会合を評価すべきだ。台湾海峡についてASEANから明確な声明を引き出そうとすれば、東南アジア諸国が「一つの中国」政策とぶつかることになり、海洋協力が反中連合になりつつあるという中国政府の主張を強めることになる。台湾には、捜索救助、漁業管理、環境保護、災害対応、海洋技術、沿岸警備の専門性を活かすという有望な手段がある。台湾は実務での参画を通じて、外交的承認や集団安全保障宣言がなくとも、地域の新たな海洋体制と連携できる。共同声明に台湾への言及がなければ公式に政治的関与をする余地は狭まるが、実務的な海洋協力の機会がなくなるわけではない。
台湾は、地域の海洋ガバナンスに貢献することを政策目標にすべきだろう。海洋科学、人道支援、漁業管理、緊急対応で協力できれば、政治の変動に左右されない実務的な関係を構築できる。こうした形の関与では、公式の共同声明に伴う象徴的な承認は得られないとしても、開かれた水路を維持するためのルール、能力、実務者同士のネットワークを強化できる。台湾にとっては、ASEAN加盟国に期待できそうもない言葉での承認よりも、制度に参加できることの方が重要だ。
日本の選択:同盟の拡大か、それとも海洋での公共的利益か
日本はこの新たな枠組みの中で、より直接的な立場にある。2025年9月に発効した日比円滑化協定により、すでに共同演習の円滑化が進んでいる。2026年1月に署名された物品役務相互提供協定は、自衛隊とフィリピン軍の相互物流・サービスに関する取り決めを定めている。日本はまた、政府安全保障能力強化支援(OSA)を活用してフィリピン海軍の複合艇格納施設および進水路(スロープ)の建設資金を提供しており、以前のOSAプロジェクトで供与が決まった沿岸レーダーシステムもすでにフィリピンに引き渡している。二国間協力は今や機密軍事情報や航空監視レーダーから、あぶくま型護衛艦やTC-90航空機の移転に関する協議にまで及ぶ。バリカタン26演習中、自衛隊は海外で初めて88式地対艦誘導弾を用いた実弾射撃訓練を実施した。
日本の支援は、個別の装備移転から、地域への立ち入り、訓練、後方支援、監視、情報保護、作戦時の相互運用からなる相互連携の枠組みへと発展しつつある。このような枠組みはフィリピンの抑止力を強化するとはいえ、抑止力だけでは持続可能な地域戦略は構築できない。ミサイル、軍艦、同盟演習を中心とした政策では、日本が東南アジアに封じ込め戦略を拡大していると印象づけたい中国政府に格好の口実を与えてしまう。だが海上保安、船舶の整備、通信、海洋状況の把握、捜索救助、危機管理の実務を支援すれば、ASEAN内での支持を広げられるだろう。こうした能力は、各国の主権を守りつつ海洋での公共的利益を生み出すことにつながる。
したがって、日本には二重のアプローチが必要だ。フィリピン政府との二国間防衛協力では、威圧行為の代償を引き上げ、係争海域におけるフィリピンの防衛力を高める。地域への関与では、ASEAN主導の制度に貢献することで、あからさまな均衡策への参加を望まない国々の参画を促す。日本の支援がフィリピンの能力を強化し、かつ地域の海洋ガバナンスの実務的基盤を強化するのであれば、この2つのアプローチは相互に補完しうる。一方、あらゆる取り組みを、東シナ海から台湾を経て南シナ海に至る統一戦線の一環として示すなら、両者は乖離してしまうだろう。
マニラの会合では、ASEANとしての画期的な成果はなかったが、外交が行き詰まったわけでもない。海洋での競争はいくつかの面で制度化されつつある。ASEANは対応手順、沿岸警備のネットワーク、法的枠組みを構築している。中国は沿岸警備隊の活動、公式見解、計算された威圧行為を練り上げている。日本と米国は、フィリピンを中心に地域への立ち入り、後方支援、能力構築の取り決めを整備している。台湾は、台湾の安全保障上の役割を明示的には認めない地域秩序に対し、実務的な面で参画することを模索している。
「枠組みは前進するも、慎重な戦略」という言葉は、こうした環境へのASEANの対応を表している。制度が着実に前進している一方で、それが地域同盟への動きに発展しているわけではない。日本の影響力は、日本政府がこの点を踏まえて行動できるかにかかっている。日本の政策が効果を発揮するには、フィリピンが継続的な圧力に耐えられるよう支援するとともに、ASEANの海洋制度強化に貢献することで、東南アジア諸国が公式にはいずれかに肩入れすることなく協力できる政治的余地を残す必要がある。地域秩序を持続できるかどうかは、共同声明の文言よりも、次の放水事件が発生したときにどの制度が実際に機能するかどうかにかかっている。
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