言語別アーカイブ
基本操作
AUKUS
米英豪がオンライン共同会見 安全保障の新枠組み構築を発表(写真:AAP/アフロ)
米英豪がオンライン共同会見 安全保障の新枠組み構築を発表(写真:AAP/アフロ)

地政学再び

新型コロナが世界を席巻して18カ月たった現在、それを背景に、9月には地政学が再び主役に返り咲いた。アメリカのアフガニスタン撤退による混乱は、歴史家たちに多くの検討材料を与えてくれるであろうし、単に軍隊の物理的な撤退というだけでなく、アメリカの衰えつつある力と世界への関与を葬る棺桶にさらに釘を打つものとして歓迎された。しかし、アメリカは終わったと考えるのは愚か者だけだろう。アメリカは自らを蘇らせて前進する力を持っているし、アメリカでは誰もが2度目のチャンスを得る。バイデンはアメリカによる世界への関与に終止符を打とうとしておらず、世界への関与を再定義し、20年前のスローガンを乗り越えようとしていたのである。AUKUS同盟の発表には、誰もが驚き、特にフランスには不意打ちだったようだが、この世紀がヨーロッパ諸国やテロ攻撃によって定義づけられるのではなく(そう望まれている)、中国の台頭とアジア各地における中国の領土的主張、経済的影響力、そして世界のどこであっても自らの管轄下にあると見なすものに対して自らが唯一の権威者であることを要求する姿勢によって定義づけられる世紀になろうとしている以上、至極当然の動きであろう。

AUKUS協定では、アメリカ、イギリス、オーストラリアが長期的な同盟関係を結び、アメリカが極めて機密性の高い原子力潜水艦技術をオーストラリアと共有することになる。これはアメリカが軽々しく行っていることではない。そのような技術を持っている国はほんの一握りであり、そのすべてが核兵器を保有する大国でもある。オーストラリアは核兵器の保有を目指さないと主張している。この協定が完全に機能し、オーストラリアに原子力潜水艦を配備させるには何十年もかかるだろうが、より近い将来には、英米両国がある程度の潜水艦能力をオーストラリアに配備することが予想される。オーストラリアは既に数年前から、保有する潜水艦の増強でフランスと合意していたが、フランスに早期に通知することなく合意を反故にしたため、フランスは立腹し、あるフランスの政治家は「裏切り行為」と呼んでいる。フランスはアメリカとオーストラリアの大使を召還したが、彼らは協定について早期に通知を受けなかったために不必要にひどい扱いを受けたものの、協定に対して拒否権を持つなどと期待していたわけではない。彼らの怒りは、国内政治や、フランスとEUが今日の世界で戦略的自律性を見いだすことを求めるマクロン大統領の姿勢による部分もある。その「戦略的自律性」という言葉が何を意味しているのかは、疑問が残る。フランスはアメリカの単なる衛星国や追随者と見られたくないのは確かであり、自らをアングロサクソン世界とは異なるアプローチの提供者(この多文化社会ではその用語がどんなに時代遅れであっても)と見なしている。しかしAUKUSの発表はフランスの話ではなく中国の話である。

今回の合意で手を結んだのは、すでに長年の同盟国である3カ国であり、インテリジェンスネットワーク「ファイブ・アイズ」のメンバーである3カ国であり、そして多かれ少なかれ中国を野放しにすることの危険性を理解している3カ国である。その意味で、これは明らかに同盟国同士の同盟であり、共通の考えを持つ同盟国同士が新たな課題に対処するために新たな同盟を結成した一例である。これが、アメリカ、日本、オーストラリア、インドのQuadと似て非なる同盟であることは容易にわかる。Quadは、共通の懸念材料である中国を想定して結成されたという点でAUKUSと同じである。そこで、AUKUSに驚かされた後の次なる疑問は、今後何が起きるのか、誰が相手なのか、である。

イギリスにとって今回の合意は、EUを離脱した今も世界的な役割を果たせることを示すチャンスである。実際、ボリス・ジョンソン政権は「グローバル・ブリテン」に言及し、アジアでより積極的な役割を果たすことを既に示唆しており、6月には日本主導のCPTPP貿易枠組みへの参加を申請している。AUKUS協定はイギリスとアメリカの関係をさらに緊密化させ、中国の台頭を受けた世界再編の中心にイギリスを据えるものだ。イギリスは中国に対処するための総合的な政策をまだ完全には策定も発表もしていないが、AUKUSを通じてその意図は明らかになった。中国との貿易や投資は継続し、拡大する可能性が高いものの、少なくとも中国人からは中国の台頭に反対していると見なされるだろう。

中国の公式の反応は比較的控えめで、この協定を「冷戦思考」と呼んでこれに反対し、それが将来の関係性にいかに悪影響を及ぼすかを主張しているが、中国は自らが苦境に立たされていると感じている。東南アジアのほとんどは、中国と同地域における中国の思惑を基本的に信用していないため、この協定を広く支持している。中国のそれ以外の反応ははるかに攻撃的であった。故鄧小平氏の元通訳で北京に拠点を置くシンクタンク全球化智庫の高志凱氏は、オーストラリアのABCテレビの番組で、この協定のためにオーストラリアは核兵器の標的にされないという特権を失うだろうと主張する驚くべきパフォーマンスを見せた。彼は原子力潜水艦と核兵器で武装した艦艇とを区別せず、現在どの国がそうした兵器でオーストラリアを標的にしているのか明言しようとしなかった。北京から辛辣な声が出ているとすれば、習近平の攻撃的な対外姿勢が完全に裏目に出たという現実に中国が目覚めつつあることも一因である。中国の戦狼外交は尊敬も友人も得ておらず、中国の地政学的計算はほんの数カ月前よりもはるかに複雑化している、ということだ。中国は地政学的に、国境を接する失敗国家アフガニスタンに対処しなければならなくなっている。新たな軍事同盟にはほとんど反応せず、他国の支持がほとんど集まらず、その一方で同国最大の不動産開発業者の1つが倒産寸前となるなど、国内経済は依然として低迷している。習近平の抱える課題はかつてなく複雑化している。イエスマンに囲まれ、イデオロギーに駆り立てられる彼の思考によって、複雑化の一途をたどっているのだ。

経済的対応

AUKUSの発表から1日も経たないうちに、中国はCPTPPに参加する意向を正式に表明した。もちろんオーストラリアは創立メンバーの1つとして加盟している。そして1週間も経たないうちに、台湾も正式に加盟を申請した。イギリスは前述のように、現在加盟のための交渉中である。経済と地政学の複雑な相互作用は、中国への対処において各国が直面するジレンマを非常に明確に示している。彼らは貿易を望み、貿易に依存さえしているが、中国が出し抜いたり、いじめたりするのはお断りだ。

中国のCPTPP参加計画は改革のためのトロイの木馬だという意見もある。WTOへの加盟は20年以上も前のことだが、それ以来、世界も中国も前進しているからである。CPTPPは、特に国有産業と国家による支援に関して高い基準を採用することが特記されており、中国はこれらをまず遵守できないだろう。習近平の経済政策は、彼の新たな中国の輝かしい未来における国有企業の役割と重要性に疑いを持っていない。WTOでの経験や、中国が現在進んでいる道筋を考えれば、中国が何を約束しようと、CPTPP加盟国が中国の加盟を承認するとは信じがたい。中国の動きが、軍事的なこん棒を準備しているパートナーの目の前に経済的なニンジンをぶら下げるための短期的な政治にほかならない、などということがあり得るだろうか。AUKUS協定があろうとなかろうと、中国がファーウェイの扱いをめぐってカナダ人2人を人質にしており(カナダはCPTPPの加盟国である)、新型コロナウイルスの中国国内の発生源に関する適切な調査を行うようオーストラリアが早くから要求していたことで中国が幅広いオーストラリア製品をボイコットしている中で、CPTPPの現在の加盟国は中国とのいかなる話し合いもすべきではない。

台湾の加盟申請は、人口2400万人の繁栄した民主主義国である台湾に対して中国がとり続けている姿勢が中国に対する懸念の1つであることを、すべての当事者に思い出させている。あらゆる実際的な意味において台湾は、中国本土とはまったく異なる政治・経済・社会制度を持つ、独立した主体である。中華人民共和国の一部になったことは一度もなく、そうなりたいという意思を示したこともないが、習近平は中国本土との統一にまつわるレトリックをひたすら強めている。それが侵略や武力行使を意味するとしても、である。そもそもQuadとAUKUSの結成へと駆り立てたのは、他のよく知られた多くの懸念の中でも、まさにこの脅威なのだ。しかし、中国の指導者たちはどこ吹く風である。台湾も中国もWTOとAPECの加盟国であるため、理論的には両国が同時に加盟する可能性はあるが、すぐには実現しそうにない。中国の場合、加盟交渉が開始されるとしても、何年もかかるだろう。

AUKUSから1週間

先週の発表によって、何かがすぐに変わる訳ではない。AUKUSは細部を詰める必要があり、CPTPPへの加入には何年もの交渉が必要となる。しかし、いくつかの明確な断層線も描かれている。中国の台頭に呼応して同盟関係が変化している。古いヨーロッパ中心的思考は今後数十年の間に重要性を低下させる。ロシアがヨーロッパにとって直接の脅威ではないとしても、混乱を起こそうと隙を窺うトラブルメーカーである限り、NATOが消滅することはないだろう。フランス、ひいてはEUは、長年の同盟国による不必要に冷淡な扱いで明らかに傷つけられたが、おそらくそれもまた、新たな世界秩序においてEUが果たすべき役割をEUが考えるきっかけになるだろう。フランスはインド太平洋地域にかなりの数の(小さな)領土を持っており、オーストラリアとの潜水艦協定はフランスの世界戦略の一環だったが、米国が現在持ち、今後も持ち続けるであろう影響力を、フランスもEUもまったく持ち合わせていない。EUには軍隊がなく、加盟国の個々の軍隊はほとんどの国にとって最小限であり、NATO加盟国の中で十分な金額を防衛に費やしている国はほとんどない。EUは依然として中国を競争相手というよりパートナーと見ているが、これは変わるかもしれない。EUとフランスは、単にアメリカに追随するのではなく、戦略的自律性を求めているかもしれないが、主要な敵は同じであることに気付くだろう。

彼らの間には現在、QuadとAUKUSという2つのインド太平洋地域に特化したグループがあり、日本、インド、オーストラリア、イギリス、アメリカが結集している。フランスは既に海軍演習のためにQuadに参加しており、国家間の協力が増加することは理にかなっている。韓国やベトナムと同じく、日本も大きな役割を果たせるはずだ。国家間の協力の拡大は強固な軍事同盟を意味するものではない。Quadはそれにはまったく及ばないが、AUKUSの方が結束力と相互のコミットメントが強いことは明らかだ。この地域には、単一の加盟国が攻撃された場合の共同防衛に関するNATO第5条のような約束を果たす準備が整っている国はほとんどない。しかし、それは必要ではない。中国は、少なくとも今のところは、第二次世界大戦の終結時のソ連のような脅威ではない。その当時の軍事同盟はその当時のためのものであり、新たに結成する軍事同盟は現在のためのものであり、異なる種類の敵を想定したものである。

もっとも外交は諸国にとって第一の選択であり続けなければならないが、唯一の選択ではあり得ない。中国は包囲されている、あるいは封じ込められていると考えるかもしれないが、それが事実だとしたら、なぜ同じ国々が中国とこれほど互恵的な貿易を行うのだろうか。中国は、中国の成長によってアジアと世界は長年恩恵を受けてきたのに、なぜ自分たちには一握りの破綻寸前の国を除いてグローバルな友好国も同盟国もいないのか、と考えた方がよいだろう。習近平は、世界との対立という危険な道に中国を導いてきたが、世界は今、それに対応しようとしている。過去数週間の行動によって紛争が近づいたということは一切なく、中国との戦争は避けられない訳ではなく、決して歓迎されるものでもないが、中国は事態がなぜ急速に悪化したかを省みる必要がある。


この文章は9月23日の文章の和訳です。

フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.