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棘は刺さったまま:米中貿易第一段階合意
2019年12月15日
米中貿易交渉
ワシントンでの米中貿易交渉(提供:AP/アフロ)

米中貿易協議「第一段階」の合意が発表されたが、これはあくまでも一時的な休戦で、ハイテク領域における覇権争いは残ったままだ。かてて加えて合意文書に刺さっている「棘」は、偽善的表現で覆い隠されている。

◆合意文書の概要

12月13日23時を過ぎたころ、中国の国務院新聞弁公室は新聞発布会(記者会見)を開き、中米貿易協議「第一段階」合意に関して発表し、記者からの質問に応じた。

発布者側として列席していたのは「国家発展改革委員会の寧副主任、 中央財形委員会弁公室副主任で財政部の寥副部長、外交部の鄭副部長、農業農村部の韓副部長、商務部副部長で国際貿易談判の王副代表」などである(簡体字で日本語ネットでは表現できない文字が多いので、姓名に関しては「名」を省いて「姓」だけを書いた)。

米中が合意した追加関税に関わる部分だけを客観的情報としてまとめるなら、概ね以下のようになる。

  • 今年12月15日に予定していたアメリカの制裁関税と中国の報復関税の発動を見送る。
  • アメリカが制裁関税を上乗せしていた中国からの輸入品計3700億ドル分のうち、2500億ドル分(昨年の第1~3弾)に課した25%は据え置く。
  • 残りの1200億ドル分は現行の15%から7.5%に引き下げる。

中国側の発布会では、先ず以下のようなことが説明された。

  1. 合意文書は「序、知的財産権、技術移転、食品と農産品、金融サービス、為替と透明度、貿易拡大、双方による評価と紛争処理」など9項目から成る。
  2. 米中双方は「アメリカが段階的に中国製品に対して課していた追加関税を引き下げていく(中国語では段階的「取消」)。
  3. 今後、追加関税を「増加から減少」に転換していく(筆者注:中国側の元々の要求は追加関税をゼロにすること)。
  4. 米中双方は各自法律的審査を迅速に完成させ、翻訳校正などの手続きを経て、正式に署名するプロセスに入る。

発布会における説明は概括的で大雑把なものだったが、質疑応答の中で、仔細が明らかにされ、また明確に回答しない「棘」が刺さっているのが浮き彫りになった。

◆質疑応答から見えた米中農産品問題

まず、質疑応答から見えた米中の農産品問題に関して考察してみよう。

質問A:経済日報記者。この合意書が署名された後、中国はアメリカから輸入する農産品が大幅に増加するんですよね。これは中国国内に衝撃を与えるのではないか、教えて下さい。

回答A:農業農村部の韓副部長。この合意は米中が平等になっています。アメリカは中国産の調理済み家禽やナマズ製品を輸入することに合意しています。また梨、ミカン、ナツメなども輸入することにアメリカは同意しています。

もちろん、疑いなく、アメリカからの農産品輸入が大幅に増大するのは確かです。WTOに加盟して以来、中国の農産品貿易規模は拡大の一途をたどっている。2018年の農産品貿易総額は2168.1億米ドルですが、そのうち輸入額は1371億米ドルで、2018年は125億米ドル増加しています。中国の農産品輸入高は世界最大で、全世界の10分の1にも達しているのです。

米中は両国とも農業大国で、互いの農業を補い合っている。

たとえば貿易摩擦が生じる前の2015年から2017年では、中国はアメリカから毎年242億米ドルの農産品を輸入していた。しかし追加(制裁)関税が始まった2018年以降、中国がアメリカから輸入した農産品は162.3億米ドルにまで減少しました。32.7%の下落なのです。

今年、1月から10月までの統計では、中国がアメリカから輸入している農産品は104億米ドルで、同期比30.8%減となっています。

したがって合意書が署名された後にアメリカから大量の農産品を輸入することになっても、これは我が国(中国)における欠損部分を補填するだけで、決して我が国の国内産業に衝撃を与えるものとはなりません。たとえば、我が国の大豆の輸入量は9000万トンで、(大豆の全体消費量の)85%は輸入に依存しています(筆者注:全体の年間消費量は10588万トン程度になるということに相当する)。だから国内のニーズを満たす急務があり、かつ国内生産者には影響を与えないのです。

以上、農産品に関する概ねの回答をご紹介したが、具体的な数値目標に関して、中国側は言明していない。ホワイトハウスは、農産品の規模は今後2年間で平均400億米ドルから500億米ドル相当としているので、回答の「貿易摩擦が生じる前の2015年から2017年では、中国はアメリカから毎年242億米ドルの農産品を輸入していた」を基準にすれば、これまでの「2倍」を中国はアメリカから輸入することになる。

もし上記回答の「今年、1月から10月までの統計では、中国がアメリカから輸入している農産品は104億米ドルで」を基準に考えると、今より「4倍から5倍」の農産品をアメリカから輸入することになる。

これでは、中国政府側が、どんなに国内生産者に影響は与えないとして、(85%が輸入に依存しているとする)大豆の極端な例を引いてきても、国民を説得できるかどうかは疑問だ。

だから今は、数値を明言しないのだろうと邪推もしたくなるわけである。

因みに、2018年12月に商務部対外貿易司が発表した『中国進出口月度統計報告(中国輸出入月別統計報告) 農産品』によれば、農産品の主な輸入先は、以下のようになっている(単位:万米ドル)。

アジア 2,581,819.5
アフリカ 347,531.4
欧州 2,175,840.6
南米 4,361,983.1
(ブラジル) 3,301,322.7
北米 2,436,401.5
(アメリカ) 1,619,354.3
大洋州 1,810,899.4
  (オーストラリア) 1,083,754.1

となっている。つまり、世界全体を見ると、中国がアメリカから輸入する農産品の割合は大きくないのである。となると、アメリカから300億ドル~400億ドルも、昨年より多く輸入しなければならないのだから、中国にとっては非常に大きな負担となるはずである。

その負担を、どこに負わせるか?

つまり、どの国からの農産品の輸入を減らすかということを考えてみると、上記の数値から「頼むよ、ね!」と言える国は「オーストラリア」か「ブラジル」ということになろうか。

その代わりに「~をしてあげるからね……!」という埋め合わせをするであろうことも又、それとなく予測が付くのである。

その動向を見る必要があろう。

◆記者会見の質疑応答から見えてきた「棘」

質問B:アメリカのCNNの記者。実は先ほど、ほんの数分前なのですが、トランプ大統領がツイッターを発信して、「中国は多くの構造改革を行うことに同意した」と書いています。(中略)また、米側は「このたびの合意の中には、非常に厳しい監督執行メカニズムが含まれており、もし中国側が承諾したことを実行しない場合は、米側は追加関税緩和を取り消すか、もしくは引き下げる割合を減らすか等の措置を取ることになっている」と言っています。これに関してお答え下さい。

回答B:中央財形委員会弁公室副主任で財政部の寥副部長。最初にご紹介したように、米中両国は同一時間に記者発表を行っている。第二段階の協議は、第一段階合意の執行状況を見てから行われる。皆さんご存じのように、たった今、ようやく第一段階の合意がなされたばかりだ。いま直ぐにやらなければならない事は、まずこの合意書に署名して、三つの役割を果たすことだ。すなわち、一:双方の経済貿易協力を促進する、二:中米両国と全世界の人民の福祉を促進する、三:世界の市場の期待を安定化させること。

今後、いつごろ継続的に協議を始めるか等に関しては、目下、双方の業務担当者たちが継続的に協議しているので、その結果を待つしかない。ありがとう。

えっ?

これで終わり?

あ、逃げた――!

逃げたではないか。CNNの質問には、何も答えていない!

2019年5月10日だったと思うが、劉鶴副首相が感情を露わにして協議結果に激怒したのは、まさに、この「中国が約束を実行したか否かを、アメリカが監督する」という文言だった。だから決裂したのに、今回は、それがどうやら入っているらしいが、そのことには答えていない。

構造改革に関しては、中国は承諾するはずもないので、それはまた論じるとしても、この「監視体制」と言うか「監督メカニズム」に関して、中国はイエスと言うはずがないのである。

しかし、たとえばアメリカ時間12月12日付のウォール・ストリート・ジャーナルはTrump Agrees to Limited Trade Deal With Chinaという見出しで、“Should Beijing fail to make the purchases it has agreed to, original tariff rates would be reimposed. Trade experts call that a “snapback” provision, though the president didn’t use that term, Mr. Pillsbury said.”(概訳:北京が約束された購入をしていなければ、関税は元通りに戻す。貿易の専門家はそれを「スナップバック」条項と呼んでいる。もっとも、大統領はこの言葉を使っていないが。ピルズベリー氏が言った)と書いてある(ピルズベリー氏=大統領顧問)。

つまり、監督メカニズムは存在するということになる。

この「棘」が隠されているのだ。

中国はかつて、「国家の尊厳にかかわる問題だ」と激怒していた。これが解決されているとは思いにくい。

◆一時的な休戦に過ぎない「第一段階」合意

このことからも分かるように、ひと息ついたからと言って、喜ぶのは早い。

トランプ大統領としては、来年秋の大統領選のためのポーズであって、こんなことで米中貿易戦争あるいは米中貿易覇権競争が終わるはずもない。まだファーウェイの問題も棘が刺さったままだし、ハイテク戦争に至っては、今後さらに激しくなるだろうことが考えられる。

11月5日のコラム<習近平「ブロックチェーンとデジタル人民元」国家戦略の本気度>に書いたように、今後は「デジタル人民元」の領域においても、熾烈な米中競争が待っていることだろう。この戦いに入ったら、アメリカは中国打倒に死力を尽くすはずだ。暗号競争は5Gどころの騒ぎではない。その戦いは目の前に迫っている。

遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、北京大学アジア・アフリカ研究所特約研究員、上海交通大学客員教授などを歴任。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗 1月末出版、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文版・英文版もあり)、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Chinese Issue Global Research Institute, Professor Emeritus, Doctor of Science at the University of Tsukuba. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Chazu Chugoku Kenkoku no Zanka (Japanese Girl at the Siege of Changchun) (including Chinese and English versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chaina jajji — Motakuto ni narenakatta otoko (China Judge: The Man Who Couldn’t Become Mao Zedong),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.