
習近平国家主席が訪米する2週間ほど前のタイミングで、米シンクタンク「Defense Priorities(防衛優先)」(非政府機関)は9月10日、<アジアにおける第二列島線戦略>という見出しの報告書(以下「報告書」)を公開した。そこには「台湾問題不介入、日米同盟解消…」などの衝撃的な将来的戦略が書かれている。当該シンクタンクのOBは現トランプ政権のヘグセス戦争(元国防)長官に召し抱えられており、一民間シンクタンクの報告書とは言え、トランプ政権の方針と完全に無関係とも言いにくい。
これに対し中国大陸は大きく反応しておらず、台湾は相当な衝撃を受けている。
万一にもこの方向に米国が動いたとき、日本、高市政権はどうするのだろうか?
そして日中関係はどう変化するのか?
その包括的な分析は非常に長くなるので、一回の論考では網羅しきれないため、本稿ではまず「その1」として当該戦略の「実現性に関してのみ考察し、その影響などに関しては「その2」で考察するつもりだ。
◆米シンクタンクDefense Prioritiesの報告書概要
「報告書」の冒頭には、おおむね以下のようなことが書いてある。
- 米国はアジアにおいて、軍事力で守るべき二つの重要な国益を有している。一つは米国本土の防衛、もう一つは主要な経済市場と貿易ルートへのアクセス確保である。前者の防衛には前線への軍事展開はほとんど必要ないが、後者の防衛には、米国の国益を脅かす事態に備えるため、適度な空軍力と海軍力の展開が有益となる。
- 米軍の関与と駐留を、脆弱な「第一列島線」から、より防御しやすい「第二列島線」へと移行させる戦略は、米国の国益を守りつつ、米軍の必要戦力と中国との戦争リスクを軽減するだろう。
- 米国は、この地域における防衛上の関与を縮小し、台湾問題に関して明確な不干渉の立場を取り、韓国、オーストラリア、フィリピン、日本との相互防衛同盟を解消し、それらに代わる、より限定的で柔軟な安全保障パートナーシップを交渉すべきである。米国の軍事態勢もそれに合わせて変更されるべきである。
- 米国は、陸軍と海兵隊のアジアにおける展開部隊の大部分を撤退させ、空軍と海軍の戦力を大幅に削減すべきである。残りの米軍部隊は、中国沿岸からより離れた、生存性の高い基地に集約し、米国の経済的利益の確保と、太平洋地域における米国の継続的な関与を示す任務に就かせるべきである。
- 米国は、自国の意図を明確に示す計画を提示し、同盟国および中国と慎重に意思疎通を図るべきである。変更は3年から8年の期間をかけて段階的に実施し、2030年までに大部分の変更を完了させ、2035年までにすべての変更を最終決定すべきである。(「報告書」冒頭概要からの引用は以上)
2番にある「中国との戦争リスクを軽減する」という意味では、トランプが昨年10月の米中首脳会談の後に言った「中国を倒すのではなく協力することによって米国は強くなる」という言葉と一致する。これに関しては昨年11月5日の論考<トランプが「中国を倒すのではなく協力することでアメリカは強くなる」と発言! これで戦争が避けられる!>で考察したし、拙著『G2構想 勝つのは米国か中国か』でも詳細に分析した。
したがってこの「報告書」は、やはりトランプの考え方に一定程度だが、沿っているということになろう。
その結果、3番に書いた「台湾問題に関して明確な不干渉の立場を取り、韓国、オーストラリア、フィリピン、日本との相互防衛同盟を解消」という事態が訪れるのだとすれば、日本にとって、こんなに深刻な話はない。
「そんな可能性、あるわけないじゃないか!」と思いたいが、Defense Prioritiesのメンバーが、それなりにトランプ政権と接点を持っているのは気になる。
◆トランプ政権とDefense Prioritiesの接点
そこで、元Defense Prioritiesのメンバーだった人で、トランプ2.0と関係している人物を何名か列挙してみたいと思う。
●マイケル・ディミノ(Michael DiMino)(トランプ2.0の現職)
元Defense Prioritiesの公共政策マネージャーおよびフェロー。トランプ2.0では、2024~25年のトランプ政権移行チームでODNI(国家情報長官室)担当の政策アドバイザーを務め、2025年1月に国防総省(戦争省)の中東政策責任者に就任。現在は近東・中央アジアを担当。2026年8月21日にも米・クウェート合同軍事委員会を共同議長として主宰。
●ダン・コールドウェル(Dan Caldwell)(トランプ2.0の現職)
元Defense Prioritiesの公共政策アドバイザー。2024~25年の政権移行時に国防総省の人事を担当するトランプ移行チームを主導し、その後ヘグセス戦争長官のシニア・アドバイザーに就任。ヘグセスの側近。2026年にはODNI(国家情報長官室)に採用された。
●ウィリアム・ルーガー(William Ruger)(元トランプ政権)
元Defense Prioritiesの非常勤上級フェロー、理事経験。トランプ2.0ではODNI(国家情報長官室)のミッション統合担当国家情報副長官。2026年6月に同ポストから離職。
そのほかにもいるが、これくらいに留めておこう。この結果言えるのは、今般の「報告書」は、決してトランプ政権の考え方と大きく乖離したものではなく、「荒唐無稽で考えられないバカげた話だ」と片づけるわけにはいかなということだ。
現に今般の「アジアの第二列島線戦略」の主著者であるジェニファー・カヴァナ(Jennifer Kavanagh)氏は、上記のダン・コールドウェルが戦争省(国防総省)を離れた後の2025年7月、コールドウェルと共同で、<米軍の世界的な配置縮小、同盟国への防衛負担移転、東アジアにおける中国沿岸からの米軍後退>などを提言した。
但し、今般の報告書の提言そのものがトランプ2.0の正式方針になっているわけではない。トランプの方針は昨年12月5日に発布されたNSS(国家安全戦略)に書いてある通り第一列島線を一応重視することになっている。それでもNSSでは、台湾に関して中国の脅威を感じるなら、自国で防衛することにも努めよといった趣旨の事も書いている。
そもそもNSSはニュアンスとして「オレ(トランプ)は西半球、オマエ(習近平)は東半球」という、トランプのG2構想が滲み出ている。詳細は拙著『G2構想 勝つのは米国か中国か』の【第Ⅱ部 G2を生き抜くのはトランプか習近平か】で考察した。
◆これまでのアメリカにおける台湾有事に関する論調
(1)2025年2月:Foreign Affairs<台湾への執着>で、カヴァナと歴史学者のスティーヴン・ワートハイム(Stephen Wertheim)が、台湾有事では米国が「遠距離から支援し、直接参戦を避ける」方向を提言した。この時点ではまだ、公けには戦略的曖昧性を維持する立場だった。
(2)2025年7月:Defense Prioritiesは<世界の軍事態勢を米国の国益に合致させる>という論考を発表した。これは今回の「報告書」にかなり近い内容だ。カヴァナと、上述の元ヘグセス国防長官顧問ダン・コールドウェル(Dan Caldwell)との共著で、「駐台米軍訓練要員500人を全員撤収、沖縄海兵隊約9000人削減、米軍の重心を第一列島線からグアムなど第二列島線へ移すこと」を明確に提言している。
(3)2025年9月:Quincy Institute(クインシー研究所) のマイケル・スウェイン(Michael Swaine)が<台湾は米国にとって重要だが、戦争をしてまで守る“死活的利益”ではない>という趣旨の論考を発表し、さらに「戦略的曖昧性から【台湾を支援するが、米軍は直接参戦しない政策】へと段階的に移るべきだ」と提言している。今般の「報告書」とかなり近い提言だ。
(4)2026年3月:ランド中国研究センターとブルッキングス研究所が共同で、台湾政策プロジェクト<海峡の交差点>を実施。 その中の5つの政策案の一つが、カヴァナの「遠征を控えるための戦略」だった。カヴァナはその戦略で以下のような提言をしている。
- 台湾は米国の死活的利益ではない。
- 台湾有事への明確な不介入。
- 米軍の第二列島線への後退。
- 米国の台湾半導体依存の低減。
ここでカヴァナはさらに「戦略的曖昧性を明確な不介入政策に置き換える」と明言している。これは今般の「報告書」の
- 駐台米軍撤収。
- 沖縄など中国沿岸の米軍を第二列島線へ移す。
- 半導体の米国内回帰を進める。
という骨格とほぼ同一であるとみなしていいだろう。
以上が、今般の「報告書」の実態と経緯で、これらを見る限りこの「報告書」の実現性は、それほど低くはないと見ていいのかもしれない。
それらが中台日に与える影響と、それぞれの覚悟に関しては、「その2」などで考察するつもりだが、9月24日にワシントンで行われることになっている米中首脳会談にも多少を影響を及ぼす可能性があるので、その結果と絡みながら考察する必要性が出てくるかもしれない。柔軟的に分析を続けたい。
この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。
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