
※この論考は8月5日の<Open Doors, Tighter Controls: China’s New Exit–Entry Rules and the Securitisation of Mobility>の翻訳です。
中国が新たに施行する出入国規定により、国境を越えた人の移動は国家・産業・技術安全保障という広範な枠組みに組み込まれることになる。この新規定は外国人には将来的な入国禁止、中国国民には出国制限、台湾人渡航者には法的に特殊でリスクの高い状況をもたらすとともに、日本の企業や研究者にとっては通常の経済活動と国家安全保障の取り締まりの境界が一層曖昧になる。
発展優先の開放から安全保障重視の出入国管理へ
中国で新たに制定され、2026年9月15日から施行される出入国管理に関する国務院規定(国務院令第841号)は、中国の開放政策の大きな節目となるものだ。全19条の同規定により、入国審査、ビザ管理、国境検問と、輸出管理、技術移転ガバナンス、制裁実施、電子データ検査が明確に結び付けられることになる。これにより、国境を越えた人の移動は情報、テクノロジー、所属組織、政治的リスクを管理する広範なシステムに組み込まれる。
この新規定は、ビザなし入国、トランジットの円滑化、インバウンドの旅行と消費の増加を目的とした各種政策が展開される中で施行される。中国の移民管理局は、これらの取り組みを「高度な開放」および広範な国際交流の一環と位置付けている。2つの政策は同時進行で進められ、観光やビジネスなど許可された交流のための入国は促進する一方、機密情報や戦略技術に関わる人、政治的立場が争点となっている人、あるいは制裁リスクを伴う人の移動はより厳格な保安管理下に置かれる。中国の対外開放は従来とは異なり、安全保障を重視した交流モデルへと移行している。
こうした構造は伝統的な隔離ではなく「選択的遮断」と評するのが正確だろう。中国は一部の入国ルートの拡大を進める一方、安全保障上の懸念が生じた場合に国家が出入国を遮断できる能力を強化している。移民管理局は身元や渡航目的の確認時に書類や資料、電子データの提出を要求でき、書類や陳述に虚偽が認められれば書類や出入国の拒否につながるおそれがある。どこまでが「開放」でどこからが「安全保障上の規制」なのかを、行政当局の判断がますます左右するようになっている。
外国人を締め出し、中国国民を国内にとどめる方向へ
この新規定には外国人と中国国民で明確な非対称性がみられる。ビザ申請時または国境での入国申請時に文書や陳述に虚偽が認められた外国人は、中国への入国を1~5年間禁じられるおそれがある。国境管理の妨害、渡航書類の不正入手、不法な出入国を理由として処罰された場合も、処罰後に同様の入国禁止となるおそれがある。中国の対抗措置制度の対象となる個人は書類や入国を拒絶されるおそれもある。
企業幹部、学者、ジャーナリスト、技術専門家は、5年間の入国禁止により工場や提携先、資料、現場、クライアント、国際会議へのアクセスや、家族とのつながりが遮断されるおそれがある。企業戦略や研究課題において中国の重要性は高まっており、そうした入国禁止措置は観光以外にも甚大な影響を及ぼす。
中国国民はより即時的な管理下に置かれることになる。出入国書類の不正取得や不法出入国に対する行政拘禁は6か月~3年間の出国禁止につながるおそれがある。また、国家安全保障および国益に有害とみなされる非合法活動や犯罪に海外で従事していた中国国民は、帰国後に同様の制限を課せられるおそれがある。
もっとも重要な規定は、国家・産業・技術安全保障を危険にさらすおそれがある輸出管理および技術輸出入規定に対する違反だ。商務その他の主管部門は出国禁止の権限を有し、条文には最長期間は明記されていない。そのため、外国人は入国禁止、中国国民は出国禁止を命じられるおそれがある。そうした制限は海外での就職、留学、親族の集まり、転勤、国際ネットワークへの参加に影響を及ぼす。
技術安全保障条項は産業政策を国民管理へと拡大させる。半導体、人工知能、先進製造業、電気通信、航空宇宙、デュアルユーステクノロジー(軍民両用技術)における競争は、技術者や研究機関責任者、企業幹部、サプライチェーンスペシャリストが有する暗黙知に左右される。個人ベースの出国制限は、文書精査だけでは得られない知識を管理する手段となり得る。
また、人の移動は中国の報復制裁戦略の一部ともなっている。日本、米国、欧州連合が課す輸出管理に従う企業は中国の対抗措置の対象となりうる。その従業員は相反する法体制の下に置かれる可能性があり、個人が移動する際の地理経済学的紛争リスクは増大している。
統制の手段に潜む不確実性
この新規定がもたらす最大の影響は、正式な出入国措置が下される前に生じるかもしれない。国家安全保障、国益、産業安全保障、技術安全保障、潜在的有害性といった用語には、行政当局による解釈の余地がかなり残されている。「虚偽陳述」も同様に実務上かなり広く解釈されうる。偽造文書や虚偽の身元情報が絡む案件は明確な対象だと分かるが、勤務先、所属組織、研究活動、政府とのつながり、技術へのアクセスなどについての説明が不完全だった場合などは曖昧だ。
通常、当局は出国禁止に関する事実、理由、法的根拠、救済手段に関して書面で通知を行うが、国家安全保障上の懸念や犯罪捜査への影響が考えられる場合は事前通知を行わないことが認められている。そのため渡航者は実際に出国しようとして初めて出国禁止を知る可能性があり、そのときにはすでに利用航空便、仕事の予定、家族の計画、業務上の約束などに問題が生じているかもしれないのだ。
開放政策が機能するには予測可能でなくてはならない。法的な境界が分かりにくいと、企業や個人は予防策で対応することになる。経営幹部の渡航回数は減るかもしれない。極秘データは中国以外で管理され、スタッフはアクセス制限付きの専用端末を利用し、会議は地域拠点で行われ、中国の現地子会社はグローバル情報システムから切り離され、大学は実地調査やインタビュー、共同研究を縮小するだろう。
2025年のウェルズ・ファーゴ事件は、一社員の出国禁止が企業全体の行動を変えうることを実証している。ウェルズ・ファーゴ社のマネージングディレクター、チェンユエ・マオが中国からの出国を禁じられると、同社は従業員の中国渡航を一時停止した。中国当局がその後発表した声明によれば、マオは犯罪捜査への協力を求められていたという。この出国制限は2025年9月に解除され、マオは数か月ぶりに米国に戻ることができた。一時的な出来事だったとはいえ、本件は個人に対する出国制限が組織全体の渡航に影響を及ぼし、中国への渡航リスクに関し企業が懸念を増大させたことを示している。実際の取り締まりが限定的なままであっても、規定に潜む不確実性によって、人の移動は安定して確保されるものではなく、いつでも取り消されうる許可へと変わってしまう。
台湾人渡航者:法的位置付けの曖昧さと限定的な保護
台湾人渡航者は特にリスクの高い立場に置かれることになる。台湾の憲法および法律では、台湾人は中華人民共和国の国民ではなく、中華民国の国民であるが、中国当局の認識は異なる。海峡両岸の移動に関する中国の規制によれば、台湾住民は「台湾地域に居住する中国国民」と定義されており、台湾住民の入国、は台湾居民来往大陸通行証に基づき、国内移動として扱われる特別な枠組みの下で管理されている。
こうした一方的分類はこの新規定の下で不確実性をもたらす。いくつかの出国制限は「中国国民」に明示的に適用されるが、条文には台湾住民への出国制限の適用は明記されていない。中国政府は台湾向けの特別制度を使うことも、自らの主権主張に基づいて中国国民に分類することも、国家安全保障や犯罪などに関する別の法律を適用することもできる。
重大なリスクが生じるのは入国後である。入国拒否は渡航者を中国の管轄権外に留めるが、出国制限は渡航者を中国の管轄権内に留めることになる。しかも外交的保護は依然として厳しく制限されている。台湾は中国本土に正式な大使館や領事館を置いていないため、支援は準公式ルートや事務担当者、中台関係の状態次第となる。台湾を国内問題として扱う中国政府の姿勢も、外部からの働きかけの余地を狭めている。
台湾の企業人、研究者、ジャーナリスト、元官僚、政党関係者、市民活動家、退役軍人は幾重ものリスクに直面することになる。台湾では保護されていた政治的発言は、中国の国家安全保障の枠組みの下では法的な意味を持つおそれがある。中国政治、人民解放軍、統一戦線活動、人権、中台関係に関する研究は審査の対象となるおそれがある。さらに、外国政府、メディア、シンクタンクとの接触も、本来の目的とは関係なく安全保障上の問題として解釈される可能性がある。
技術専門職はさらなるリスクに直面することになる。台湾は先端半導体だけでなく、人工知能、精密機械、電子機器、通信、防衛関連サプライチェーンなどの広範なエコシステムで中核的役割を担っている。技術者や管理職は暗黙知、サプライヤー情報、加工の専門知識、商業データを有していることが多い。産業・技術安全保障に損害を与えるおそれと出国制限が結び付けられたことで、そうした人物の戦略的重要性が高まっている。
企業は重要な社員の渡航制限、機密性の高い部門の中国本土からの切り離し、技術データ管理の厳格化で対応する可能性が高い。大学は実地調査を削減するかもしれず、中国本土で長年活動してきた企業は重要部門を移転させるかもしれない。中台交流は続くだろうが、参加する人々の構成は限定的になり、取り扱うテーマもより慎重なものになって、政治的判断に左右されるようになるだろう。
日本:ビジネス情報が安全保障情報として扱われるおそれ
日本人が「外国人」に分類されることは明らかであり、ビザ申請や入国申請で虚偽申告があったと判断された場合は1~5年間の入国禁止条項が直接関係してくる。しかし、より大きな懸念は、この新規定と中国の既存の国家安全保障執行体制との相互作用から生じる。
日本の外交青書2025によれば、2015年5月以来17名の日本人が国家安全保障関連容疑で中国当局に拘束され、2024年末時点でまだ5名が拘束されているという。これらの事例は日中外交における継続的問題であり、日本企業にとって大きな懸念事項となっている。
日本が直面しているリスクは日中経済の結び付きの深さを反映している。商社、銀行、自動車メーカー、機械メーカー、化学薬品会社、製薬会社、電子機器メーカー、物流企業などが中国で幅広く事業を展開している。従業員は日常的に製造データやサプライヤーリスト、工場レイアウト、技術仕様書、地理データ、地質情報、市場調査データを扱っている。
それらは大半の企業環境において日常の業務情報だが、中国の安全保障体制の下では、商業情報は国家安全保障上の重要情報とみなされるおそれがある。産業政策、経済安全保障、反スパイ法の運用が相互に結び付く中で、市場調査と諜報活動の境界が分かりにくくなっている。
この新規定は両者の重なりをさらに強めることになる。ビザ申請時の説明や申告した渡航目的は詳しく審査され、対抗措置リストに載れば入国に影響し、輸出管理や技術安全保障に関する懸念が人の移動そのものに影響を及ぼす可能性がある。日本企業が日本の輸出管理制度に従って機密性の高い設備や技術の移転を制限した場合、中国から政治的または法的な反応を受けるおそれがある。
そのため、企業の技術者や管理職は2つの規制体系が衝突する接点となる可能性がある。本社の意思決定が、中国の子会社やサプライヤー、クライアントを訪れている従業員の移動リスクを生むおそれがある。日本の大学も同様の圧力に直面するだろう。実地調査ではインタビューやアンケート、地図作成、文書調査、現地データ収集を行うことが多いからだ。社会・経済・環境に関する通常の研究であっても行政当局の関心を引くおそれがある。
企業は対応策として、第三国で会議を開くことを増やし、専用デバイスを使用し、データアクセスを厳格化し、機密性の高い部門を東京や台北、シンガポール、その他の地域拠点に移転するだろう。こうした予防策は、個人の直接的リスクを減らす一方で、組織を分断し、これまで業務上の信頼を支えてきた濃密な交流を弱めてしまう。
萎縮効果の拡大
この新規定は国際的な往来を国家安全保障の管理下に置くものだ。資本、観光、貿易、一部の専門人材は歓迎される一方、技術流出、制裁圧力、政治的敵対勢力、越境犯罪、他国干渉と結び付く動きはより厳格な管理の対象となる。
その影響は出入国管理に留まらない。今後、企業は自由に移動できないかもしれないリスクを投資判断に織り込むだろう。各国政府は渡航勧告を見直すかもしれないし、大学は実地調査を縮小するかもしれない。また台湾と日本の企業は重要な社員や先端技術、機密データに関して地域分散を進める可能性が高い。
中国の主要空港の国際ターミナルに多くの人が行き交い、ビザ免除制度が拡大していることは、開放の証のように見える。しかし国際交流の実態は変化している。外国との関わりは取引中心になり、企業活動はより分断され、研究活動への制限は厳格化し、人と人との信頼関係は脆くなっていく。中国と世界の深い結び付きは今後も変わらないが、その結び付きは以前よりも選別的で、厳格に管理されたルートを通じて行われるようになるだろう。
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