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習近平の対米パンダ外交から見えてくるイラン情勢
スミソニアン動物園でパンダを愛するアメリカ人参観者(写真:ロイター/アフロ)

習近平国家主席がやっと動いた。

習近平は、友好国イランを米イスラエルに攻撃されて、トランプ大統領を北京に迎えることが困難になっていた。しかし今パンダ2頭をアメリカに貸与することになったということは、トランプを北京に迎えても大丈夫な状況が見通せたということではないのか?それはすなわち、イラン情勢が好転することを習近平がつかんでいるということを意味する可能性が高い。

 

◆表立って動かなかった習近平が対米パンダ外交に

イラン攻撃が始まったその日から、習近平は王毅(外交部長兼中共中央政治局委員)に全ての中東関係国と接触させ、ひたすら即時停戦を呼び掛けさせてきた。何と言ってもトランプ訪中が約束されていた中で突然、中国の友好国イランが攻撃されたのである。

本来なら友好国イランを守りたいところだが、昨年まで続いてきたトランプとの「蜜月」を壊すことはできない。だから習近平は全ての関係国に即時停戦を求めるよう王毅を動かししたが、トランプを表立って批判することはしていない。

その板挟みから、4月9日の論考<トランプ「中国がイランを停戦交渉の場に引き込んだ」 習近平の思惑は?>に書いたように、停戦仲介という大きな仕事をしながら、「中国に功労があったわけではない」という種類の、それを否定するような事さえ、その後中国では発信する者が現れている。

しかしここに来て、突如、アメリカにパンダを2頭貸与することを決定したのは、イラン情勢に好転がみられていることを把握しているからではないのだろうか。イラン情勢の内部事情を一番よく知っているのは中国だからだ。

もちろん現在アメリカにいるヤンヤンというパンダがかなり衰弱していて返還の時期も来ているという要素もあるかもしれないが、それにしてもタイミングが絶妙だ。

 

◆イラン代表がパキスタン、オマーンとロシアを歴訪 

何かあると思っていたところ、案の定、4月24日、中国の中央テレビ局CCTVは<イラン外相がイスラマバードとモスクワを歴訪>という見出しの報道をした。それによれば、イランの情報筋として「イランのアラグチ外相は現地時間4月24日夜からイスラマバード、マスカット(オマーンの首都)、モスクワへの歴訪を開始する予定だ」とのこと。

CCTVは同日、<情報筋:アメリカとイランが第二回会談をする見込み>と報道した。しかし、これはあくまでも「見込み」で、その後、アメリカによってもイランによっても否定され、アメリカはウィトコフ代表などが行く予定はあるが、バンス副大統領はワシントンで待機しているというアメリカ側のニュースが流れた。もっとも、アラグチ外相が同日夜にイラン代表団を率いてパキスタン入りする予定だというのは確かなようだ。ここはあくまでも流動的である。

それでもCCTVは同日、<米代表団が明日(4月25日)、イスラマバードに到着するかもしれない>という、パキスタン情報筋の新しい情報を流した。

中国は、兄弟国パキスタンとの関係をますます緊密にしており、4月22日に新華網は<中国の有人宇宙計画への最初の外国人宇宙飛行士の選抜が無事に完了 最終的に2名のパキスタン人候補者が選ばれた>と報道している。天宮宇宙ステーションに外国人が選ばれたのは初めての出来事で、それがパキスタン宇宙飛行士だったというのは注目に値する。

つまり事実上、中国はパキスタンとペアになって動いており、4月9日の論考<トランプ「中国がイランを停戦交渉の場に引き込んだ」 習近平の思惑は?>に書いた事実は真実であった判断していいだろう。

一方、2023年4月6日の論考<脱ドル加速と中国仲介後の中東和解外交雪崩現象>にも書いたように、習近平はイランとサウジアラビアを和解に持ち込み、その後「中東和解雪崩現象」を招いたという実績を持っている。

そのイランが、いくら米イスラエルによる奇襲を受け、ハメネイ師を含む数十名の指導層をいきなり爆殺されたからと言って、米軍基地のあるすべての中東諸国を爆撃したというのは、習近平にとっては、この上なく頭が痛いことだったにちがいない。

しかし、イランに攻撃を受けた中東諸国が、イランに対して怒ってはいても「米イスラエルが、オマーンが仲介してイランとアメリカの和平交渉をしている最中に、突如イラン爆撃を始めた」ということに対する憤りの方が大きいという事実には注目しなければならない。

中東の平和を乱したアメリカに強い憤りを持ち、常にイスラム国家を破壊しようとするイスラエルのネタニエフ首相を「絶対に許さない」という、激しい怒りをイスラム国家として抱いているということは重要だ。

 

◆中東イスラム諸国8人の外相が「イスラエルに非難声明」

現に、4月24日には、中東イスラム国家<8人の外相が共同声明を発表し、イスラエルのアル=アクサー・モスクへの入植者侵攻を非難した>とCCTVは報道している。

アル=アクサー・モスクというのはエルサレム旧市街の「神殿の丘」と呼ばれる聖域の南にあるモスクで、イスラム最初期に建てられたモスクの一つである。当初はイスラム教の最高聖地だったが、立地がイスラエルの実行支配下にあるが、管理はイスラム国であるヨルダン宗教省が行っている。

このたびの中東イスラム諸国8人の外相による共同声明は以下のようなものだとCCTVは報道している。

――パキスタン外務省によると、現地時間4月23日、「パキスタン、エジプト、トルコ、インドネシア、ヨルダン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦」の外相は共同声明を発表し、エルサレムにおけるイスラム教およびキリスト教の聖地の歴史的かつ法的現状を繰り返し侵害していることを非難しました。声明は、イスラエル入植者や過激派によるアル=アクサー・モスクへの継続的な侵攻と、モスクの中庭でのイスラエル国旗掲揚を強く非難した。(CCTVの報道は以上)

このように中国はパキスタンを介して、イスラム国という関係からも、中東イスラム諸国と緊密な連携を維持している。

 

◆トランプによるホルムズ海峡逆封鎖は中国に影響を与えるか?

4月11日から12日にかけて開催された第一回のイランとアメリカの停戦会談は、12日には決裂したが、その後中国は「ホルムズ海峡の開放だけはするように」とイランを説得した。そこでイランは「ホルムズ海峡を開放する」と宣言したのだが、間髪を入れずにトランプが「アメリカがホルムズ海峡を封鎖する」と逆封鎖を宣言し実行し始めている。

これは一種の戦争行為であるとしてイランは猛反発をしているが、日本の一部には「アメリカによる逆封鎖は中国を窮地に追い込むためだ」という分析をする専門家やメディアがある。

しかし、これは正しい分析だろうか?

まず、3月3日の論考<イラン爆撃により中国はダメージを受けるのか?> に書いたように、そもそも中国のエネルギー源の石油依存度は「18.6%」に過ぎない。さらにその石油に関しては、3月25日の論考<ホルムズ危機を予測してか、ロシア石油輸入を40.9%も増やしていた習近平>に書いたように、中国は「陸続きの利」を最大限に活かして、ロシアや中央アジアとの間に巨大な石油パイプラインや天然ガスパイプラインを建設し、増やそうと思えば、いくらでも増やすことができる。

さらにイランからの石油はマレーシア近海上で浮遊してタンカーに満タンに積まれており、そのタンカーは列をなして中国の港へと突き進み、すでに次々と陸揚げされている。これは、今後100日間くらいは中国への石油提供を続けることができる量だ。

またトランプが逆封鎖して通航できないようにしているのはイラン関連の船舶だが、上掲の論考に書いたように、イランの原油が中国のエネルギー供給に占める比率は「1.6%」でしかない。加えて、中国はホルムズ海峡経由の輸入7ヵ月分を賄えるだけの石油を備蓄している

イラン自身でさえ、すでに海上で待機しているタンカーから得られる収入によって、今後数ヵ月間は収入を得続けることができる。ほかにも多くの要素があるが、トランプ自身が、今年11月には中間選挙があるというのに、このような長期にわたってホルムズ海峡を逆封鎖などしていられるだろうか?

本当は一刻も早く、この「失敗したイラン攻撃の泥沼から抜け出したい」と思っているのは、実はトランプ自身ではないかと思うのである。そこから抜け出せていないと、習近平はトランプを北京に迎え入れることはできない。

イラン攻撃をしている状態のトランプが北京入りするということは、習近平の立場上、許せないことなのである。

しかしトランプだけでなく、習近平もまたトランプの訪中と米中首脳会談を待ち望んでいる。なぜなら習近平はその会談で、台湾統一に関する譲歩を、トランプから引き出したいと思っているからだ。

だから何としても停戦に持っていきたいというのが習近平の本音だということだけは、少なくとも断言することができる。

 

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『台湾軍事機密文書が語る中国「抗日戦争」の真相』(4月17日出版予定)、『米中新産業WAR』(ビジネス社)(中国語版『2025 中国凭实力说“不”』)、『嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』(ビジネス社)、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “2025 China Restored the Power to Say 'NO!'”, “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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Homare Endo (著), Michael Brase (翻訳)
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(遠藤誉著、毎日新聞出版)
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