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中国の新たな不安材料
米、鉄鋼・アルミ製品25%関税発動へ(写真:ロイター/アフロ)
米、鉄鋼・アルミ製品25%関税発動へ(写真:ロイター/アフロ)

下り坂が続く

2期目を開始して2カ月となるドナルド・トランプ氏は、依然としてマスコミを日々賑わせており、新たなドラマや非常識な言動を毎日世に発する様子はまるで昼ドラのようだ。大統領を影で支えるチームは人々を情報の洪水に巻き込む戦略を展開しているが、これは偶然の結果ではなく、憲法違反や大統領の越権行為だと判断されうる行動に反対するだろう人たちを混乱させ、押さえつける企てである。援助プログラムやバイオメディカル研究、政府機関全体の変更や閉鎖であれ、何千名もの連邦政府職員の違法な解雇であれ、トランプ政権がもたらした変化の規模の大きさを考えると、野党の政治家や従来型メディア、裁判所が後れを取り、阻止できなかったことは間違いない。三権分立の一角を担う裁判所が先日ようやく行政府の権力掌握に抵抗し始めたが、メディアコメンテーターだけでなく閣僚の間でも、裁判所の判決を無視するよう求める声が強まっている。またトランプ氏自身も判事の判断に不満を抱き、弾劾されるべきだと判事を非難した。これは米国における法の支配の崩壊にほかならず、米国は民主主義国家から、大統領の意に沿わない法律には従わない独裁国家へと向かっている。米国と同盟を結んでいる国にとってこれは由々しき事態であり、米国は信頼できないパートナーとなりつつある。

大口を叩いていたにもかかわらず、トランプ氏はウクライナ戦争を終わらせることができていない。また大統領就任時には自身の成果だと主張していたガザの停戦すら、イスラエルがガザへの攻撃と軍派遣を再開したことで行き詰まっている。彼がこれまでに実行しうまくいったことといえば、近隣諸国や同盟国を脅して従わせることである。すでにカナダとメキシコ、そしてもちろん中国にも関税を課したほか、鉄鋼・アルミニウムにも関税を課しているが、4月2日には欧州連合を中心とするほぼすべての貿易相手国を対象とした相互関税を発表する予定である。

トランプ氏は自分とヴァンス副大統領がゼレンスキー大統領を公の場で非難すればとても面白いテレビ番組になると冗談めかして言っていたが、そのとおりの展開となった。しかしウクライナに対する今回の裏切りは実のある結果をもたらしていない。ゼレンスキー大統領はこの会談に向けた準備がしっかりできていなかったようだが、最終的に停戦に同意する意欲を示したことで、戦争を終結させるために歩み寄るかどうか、ロシア側にボールが投げられたことになる。ロシアとプーチン氏をよく知る人であれば、彼らがトランプ氏に調子を合わせるはずがないことは明らかであり、実際そのとおりの結果となった。トランプ氏が成し遂げたことといえば、彼の下で米国はまったく信頼できない国になったことを欧州の(元)同盟国に示し、米国に頼らないポストNATOの安全保障秩序への着手を余儀なくさせたこと以外にはない。

トランプ氏が自国の政府を骨抜きにし、同盟関係や友好関係を台無しにする今、中国が不安感を抱く必要などあるのだろうか。米国主導の世界秩序の崩壊は、中国が望んでいることではないのか。

「欧州の戦争」における中国の立場

トランプ氏が条約を破棄したり、グローバルな協定から離脱したりするたびに、自ずと中国が勝者になると考えてしまう人もいるだろう。確かにWHO脱退やパリ協定離脱で米国にメリットはなく、雑な解釈をすれば、空いた席に中国がつくとも考えられる。実際そうなる場合もあるかもしれないが、それは、中国が世界のリーダーとなる態勢を整えていることを前提とする。中国とロシアがこれまで掲げてきたグローバルビジョンの大部分は、自らが世界に何を提案するかではなく、米国の提案を否定することに終始してきた。

ロシアがウクライナに侵攻した際、ロシアが戦争を遂行できるかどうかの鍵を握っていたのは中国の反応である。おそらくプーチン氏は事前にこの特別な軍事行動を習近平氏に知らせていたはずだが、プーチン氏同様、習氏も数日か数週間で決着がつくと考えていた。3年が経っても中国は相変わらずロシア側につき、対ロシア貿易を大幅に増やし、軍事以外の技術と物資の主要な提供国であり続け、ロシア産炭化水素の最大の購入国となっている。他国の問題に介入しないという中国の神聖な理念は、ウクライナの主権問題になると都合よく忘れ去られてしまうようだ。

プーチン氏の世界観では、ウクライナは正式な国家ではなく、ロシアを弱体化させる手段として米国が支えるある種の傀儡政権であった。そのため、ロシアは表面的にはウクライナ国民と闘いながら、実際には米国と戦争をしているのである。この歪んだロジックが、まずイランがロシアにドローン技術を積極的に提供し、北朝鮮がロシアの軍事行動に兵士を派遣するという流れを生んだ。そしてこの歪んだ世界秩序は、CRINK(中国、ロシア、イラン、北朝鮮)が、ウクライナへのいわれのない攻撃の支援というより米国への間接的な攻撃としてこれらの行動を正当化することにつながっている。直接的な攻撃は狂気の沙汰としか言えないが、米国がウクライナ問題にかかりきりになれば、それ以外の地域から米国の注意をそらすことができる。だが、トランプ氏のせいでこうした計算全体に狂いが生じた。トランプ氏が実質的にウクライナ側からロシア側へと寝返る中、EUなど欧州諸国は、自分たちが中心となって戦時下と戦後のウクライナを支えなければならないこと、またウクライナ戦争は今もこれまでも米国に対する代理戦争ではないということを徐々に受け入れつつある。欧州の国であるウクライナへの攻撃であり、欧州諸国がウクライナの主たる支援者となるのである。そうなると、中国は欧州諸国との関係で極めて好ましくない立場に立たされてしまう。米国第一主義の貿易政策を取る米国への対抗勢力としてアピールし、欧州諸国との協力の緊密化を図る一方で、欧州の国への攻撃を認め実質的に支援していることになるからだ。

グリーンエネルギー化で欧州と連携する安定した確かな貿易相手国として、欧州にとって信頼できるパートナーとなる準備を万全に整えていると中国が自認していることは間違いない。そうしたナラティブがいまだに響く相手がいるかもしれないが、トランプ政権発足前には欧中貿易関係が非常に不均等かつ不平等であることにEUは気づき始めていた。

トランプ氏がウクライナに背に向けたことで、他の国々は自国の防衛について今まで以上に真剣に考えることを余儀なくされており、中国の脅威に対抗するため、新たな同盟関係やパートナーシップの構築を目指しているはずだ。アジアでは韓国と日本がその顕著な例である。米軍が駐留し、歴史的に米国と強固な同盟関係にある両国も、米国が向かう先と、安全保障を米国に依存することの現実的なリスクを憂慮しているに違いない。

また忘れてならないのは、米国は欧州との同盟関係や約束を台無しにしているが、中国に神経を集中させたいというのもその理由の一つだという点だ。それが何を意味するのか、現時点では誰にも分からない。トランプ氏のチームの中国に関する発言は驚くほど少なく、追加関税を課したとはいえ、具体的な対中政策のようなものは一切打ち出されていない。トランプ氏は習氏が訪米すると述べているものの、詳細についてはまったく触れていない。中国と取引(ディール)すると話しているが、現在までのところ彼の取引は概ね期待外れの結果に終わっている。戦争は終結せず、平和は実現せず、経済成長も見られない。

中国のグローバルカンパニーか否か

トランプ氏の怒りの矛先は当初、パナマ運河の支配権に向けられた。彼はこの運河を中国が支配し、米国の船舶に法外な運航料を課していると間違った主張をしていた。後者の部分は完全な勘違いだが、前者の部分にはわずかながら根拠がある。香港に本拠を置くCKハチソンが運河沿いの2つの港を支配していたため、これを中国国家による支配ととらえたのである。CKハチソンは香港で最も著名な実業家の李嘉誠氏が所有する企業である。李嘉誠は世界で最も目端の利く実業家の一人だ。香港の大物実業家の多くがそうであるように、李も香港の不動産業でまず財を成し、江沢民元国家主席と親密な間柄になったが、江が退任し香港で緊張が高まると、香港や中国関連の資産を売却し、海外のインフラや電気通信分野へと進出し始めた。パナマ運河についてのトランプの脅しを受けて、李が23カ国にまたがる43カ所の港湾を、米国の資産運用大手ブラックロックが率いる投資家連合に売却することに同意したのは、現在の世界的な緊張の高まりと、国際貿易が打撃を受ける可能性を認識してのことに違いない。中国政府は激怒し、中国政府寄りの香港紙も解説記事でこの合意を厳しく非難した。香港の中国行政機関がこれをリポストしており、この解説記事に正式なお墨付きが与えられたことは明らかである。

香港政府もこの合意に対して、すべての法令に従う必要があると公に警鐘を鳴らしたが、少なくとも書面上は企業同士の単純な国際資産取引であるこの合意にいかなる法令の違反があったのかについては、一切触れてない。

トランプ氏により中国企業が港湾の売却を余儀なくされ、中国政府が激怒していることは間違いないが、それはすなわち、中国がCKハチソンを実質的に中国国家の出先機関とみなしているということだ。CKハチソンは国営企業ではなく民間企業であり、国際的な資産を幅広く保有する李嘉誠氏が株式の過半数を所有している。中国は、同社が民間企業ではないと言おうとしているのであろうか。それとも、民間企業ではあるが、必要に応じて中国共産党の意向に従い行動すると言おうとしているのか。他国は今後、李嘉誠氏による投資を実質的に共産党のフロント企業としての活動としてとらえるべきなのか。そしてそれはすべての香港企業のみならず、中国国民が創業したあらゆる企業に当てはまるのか。

自国企業に対する規制や監視を激しく非難する際、中国はおそらく米国を模倣しているにすぎない。欧州の訴訟での米国系IT企業に対する制裁金と規制について、これら企業が国営企業ではないにもかかわらず、ヴァンス副大統領が欧州の規制当局を激しく非難したのはほんの数週間前のことである。中国はこれと同じことをしているだけではないだろうか。

CKハチソンが保有していたというだけで、中国が実際にパナマ運河や他の港湾の支配権を有していたと言えるのか。公開されている情報からは真偽が定かではない。ただ、トランプ氏が世界の舞台から撤退することで生じた隙間に中国が入り込もうとしている今、こうした中国の反応が香港企業を難しい立場に立たせ、国営と民営の区別をさらに混乱させたことは明らかである。

米国の失点が必ずしも中国の得点にはならない

平和の維持に大きな役割を果たし、過去80年間にわたり領土戦争を確実に抑えてきた国内外の枠組みや制度を廃止しようと、トランプ氏とそのチームは日々取り組んでいる。冷戦終結と約30年にわたる中国の隆盛で、従来の秩序のもろさが露わになっているとはいえ、新しい秩序を考えずに古い秩序を破壊することは愚の骨頂である。

中国は米国主導の秩序をしばしば激しく非難し、異なる秩序を求めてきたが、それがどのような秩序で、自らがそこでどのような役割を果たすかについては明言してこなかった。トランプ氏が世界の舞台から降りたからといって、中国が入り込むのは容易ではない。トランプ政権は依然として中国製品に関税を課し、中国企業を対象とした新たな制裁措置を導入しつつあり、政権の閣僚の多くが対中強硬派だ。米国が失点しても、中国が労せずして利益を得る状況にはなっていない。多くの国々は、トランプ氏の行動を受けて自国の問題の統制を強化し始めたが、同時に、中国の世界的な影響力の強まりにも懸念を抱いている。安全保障上の懸念が著しく高まり、中国が国営企業と民間企業の境界線を相変わらず曖昧にするなか、中国は、古い秩序が崩壊しても求めていたような秩序が新たに生まれるわけではないことに気づくかもしれない。

フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.