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習近平とプーチンを喜ばせた「トランプ・ゼレンスキー会談決裂」
2月28日、ホワイトハウスにおけるトランプ・ゼレンスキー会談(写真:ロイター/アフロ)
2月28日、ホワイトハウスにおけるトランプ・ゼレンスキー会談(写真:ロイター/アフロ)

日本時間2月28日夜、ホワイトハウスにおけるゼレンスキー大統領とトランプ大統領の会談が決裂に終わったことは、中露をこの上なく喜ばせた。会談が決裂する数時間前の同じ日、ロシアのショイグ安全保障会議書記は北京詣でをして習近平国家主席と会っていた

し、27日には米露代表団がトルコのイスタンブールでウクライナ戦争の停戦交渉をしていた。中露と米露は、それぞれホワイトハウスにおける米ウ(ウクライナ)会談の「リスク」を回避するかのように、着々と別行動で緊密度をアピールしていたのである。

 その「リスク」というのは、「米ウ首脳がうまく行った場合」の安全弁を予め用意しておいたということだ。どちらに転んでも、「中露+米露」は緊密であることを確認し合うための会合であったとみなすことができる。それくらい分岐点となるかもしれしれなかった米ウ首脳会談が決裂したのだ。

 中共中央宣伝部の管轄下にある中央テレビ局CCTVは、ロシア外交部のザハロワ報道官が「トランプがゼレンスキーを殴らなかったのは奇跡だ」と言ったことを伝え、メドヴェージェフ安全保障会議副議長の「トランプのゼレンスキーへの叱責は不十分だった」という言葉を引用して、完全にロシア側に立った報道をしまくっている。この時点ですでに、中露側の喜びがにじみ出ている。

 一方、ゼレンスキーは、バイデン(当時副大統領)が主導するNED(全米民主主義基金)が2013年末から2014年にかけて親露政権を転覆させ親米政権を樹立させた事実を本当に認識していないことを露呈した。その報復のためにプーチンが(住民の投票を得て)クリミア半島を占拠した(習近平はそのやり方を認めていないが黙っている)。バイデンは息子ハンター・バイデンの利権を守るために、NEDを使ってポロシェンコ政権を傀儡化していた。その事実も認識せずに、トランプやバンス(副大統領)に「ロシアによるクリミア併合後に、アメリカは何をしてくれたか!」と歯向かっていったゼレンスキーは、トランプを激怒させてしまった。

 おまけにトランプにとっては、どんなに憎んでも憎み切れない政敵バイデンがロシアを煽り、1990年2月9日にベーカー国務長官が旧ソ連のゴルバチョフ書記長に誓った「NATOの東方非拡大」という世紀の大約束を破って「何としてもウクライナをNATO加盟させる」と叫び、それに乗っかったゼレンスキーを批判しているのに、ゼレンスキーはトランプの言葉を遮りながら激高してアメリカが外交的に何もしてくれなかったと、トランプとバンス(副大統領)を責めまくった。

 極めつけは、「いずれアメリカも(ロシアから攻撃される苦痛を)思い知る日が来るだろう」と上から目線でトランプに説教したことだ。トランプは顔を真っ赤にして激怒し、会談は決裂した。

 何といってもトランプはNEDを資金的に支えるUSAID(米国国際開発局)を解体しようとしているほどNEDの動き方を嫌っている「80年ぶりに現れた大統領」だ(詳細は2月12日のコラム<習近平驚喜か? トランプ&マスクによるUSAID解体は中国の大敵NED瓦解に等しい>)。この認識なしにトランプ劇場を正確に解読することはできない。

◆中国はトランプ・ゼレンスキー会談決裂をどう受け止めているのか?

 CCTVは冒頭で述べた報道<米ウ大喧嘩のあと、メドヴェージェフとザハロワは相次いで態度を表明>以外にも、次から次へと関連情報を報道した。その中にはたとえば<激しい口論鉱物協定は締結されず なぜトランプ・ゼレンスキー会談は不愉快な中決裂したのか>などがある。ここに掲載されている写真を何枚かお示しし、中国がどのように米ウ首脳会談を捉えているかをご覧に入れたいと思う。

図表1:中国が捉えた米ウ首脳会談の様子_その1

 

出典:CCTV

出典:CCTV

 

 図表1にある「吵作一团」は「取っ組み合い」の意味である。「取っ組み合いの大喧嘩をしている」ということを表現している。トランプがゼレンスキーを嫌っているのが、中国には嬉しそうだということが伝わってくる。

図表2:中国が捉えた米ウ首脳会談の様子_その2

出典:CCTV

出典:CCTV

 図表2の表題に書いてあるのは「ゼレンスキー:停戦を論じるなら、安全保障が前提だ」という意味だ。トランプが真っ赤になって怒っている様子が明確に見て取れる。にもかかわらずゼレンスキーはトランプの声を遮りながら、「停戦後の安全保障をどうしてくれるんだ」とトランプを責めた。ゼレンスキーの表情から、とてもアメリカに感謝している姿勢は見て取れない。アメリカの武器支援がなかったら3日も抗戦できなかったのに、そのお礼を言うどころか、「クリミア半島がロシアに占拠されたあと、アメリカは何もしなかったではないか」とアメリカを非難した。やはり極めつけは「アメリカもいつかは(ロシアによる)侵略の苦痛を味わうだろう」とトランプを説教したことだろう。「トランプは、あなたにわれわれがどう感じるかを言う資格はない!」と怒り頂点に達していた。そして「もう十分だ」とトランプに言わせてしまったのである。

図表3:中国が捉えた米ウ首脳会談の様子_その3

出典:CCTV

出典:CCTV


 図表3の表題に書いてあるのは「大喧嘩が暴発 共同記者会見は取り消し 鉱物協議はサインせず」という意味で、写真の下に書いてあるのは「会議は予定より先に終わり、ゼレンスキーはホワイトハウスを去った」である。

 米メディア、たとえばAxiosなどによれば、会談決裂後、アメリカ側とウクライナ側に分かれて別室に入り協議し、ゼレンスキーをホワイトハウスから一刻も早く追い出せという意見で全員が一致したらしい。したがって写真下の注釈「离开白宫(ホワイトハウスを去った)」は不正確で「ホワイトハウスを追われた」が現実を反映している。

 なお、CCTVのこの記事は、BBCの報道を引用して、鉱物資源に関して以下のように位置付けている。

 ――主要鉱物は21世紀の経済の基盤であり、地政学上重要な戦略的意味を持つ。ウクライナとの鉱物協定は、米国が将来の産業的優位性を競うための戦略的な計画である。(CCTVの引用はここまで)

 これはまさに拙著『米中新産業WAR トランプは習近平に勝てるのか?』の観点と一致しており、CCTVがこの観点を特に取り上げているのは興味深い。真実は思わぬところに転がっているものだ。

 中国のネット民に人気があるビリビリ(哔哩哔哩、bilibili)には<トランプ・ゼレンスキー ホワイトハウスにおける喧嘩大会>という動画があり、画面には中国語の解説が賑々しく載っている。そこにネット民のコメントが湧き出るように書かれているので、中国庶民の受け止めを見ることができる。膨大なので、ご覧いただいた方が早いかもしれない。

◆隠しきれない習近平とプーチンの喜び

 習近平やプーチンの喜びは、国営報道番組の組み方や外交部報道官のメッセージなどにも十分に現れており、首脳自身が感想を口にするものではない。

 習近平の喜びに関してはアメリカの国政放送VOA中文網が3月1日、<トランプ・ゼレンスキー会談決裂:中国が最大の受益者か?>という見出しで分析している。

 プーチンの喜びに関しては3月2日、中国評論通訊社(China Review News、香港)がイギリスの報道を引用して<イギリスのメディア:プーチンは密かに大ドラマを楽しんでいる トランプに電話をかけるかもしれない>という論説を張った。そこには主として以下のようなことが書いてある。

 ●プーチンはこれまで沈黙を守ってきたが、イギリスのメディアは、ロシアの当局者とモスクワのメディアがこの展開に非常に興奮していると指摘している。 一部の情報筋は、プーチン大統領が数日中にトランプに電話をかける可能性が高いと予測し、ゼレンスキーは理性的なコミュニケーションができないリーダーであり、交代させなければならないと強調するだろう。

 ●ガーディアン紙は、ウクライナへの軍事事支援を止める必要があるとロシア関係者が言っていると報道している(実際、トランプはウクライナへの軍事支援をやめる可能性があると米メディアは報道している)。

 ●米ウ首脳会談前まで、モスクワは「トランプがゼレンスキーに好意を寄せるのではないか」と心配していた。しかし会談を見てモスクワの恐怖は一瞬で消えた。

 ●プーチンは「これ以上何も言うことはない」と満足しているとモスクワの情報筋が漏らしている。

 ●ロシアの人気テレグラムアカウントは、「ゼレンスキーは恩知らずの子供でしかない」と書いている。

 ●クレムリンのインサイダーは「この事件は、ホワイトハウスがもはやクレムリンの敵ではなく、むしろ最良のパートナーであり、世界秩序の根本的な変化を象徴している」と報道している。

 ●ロシアの外交専門家は「ゼレンスキーは、トランプ政権になってからのアメリカ政治の大きな変革を過小評価している」と述べた。

 ●ウクライナはトランプによるアメリカからの軍事支援を失う可能性が大きく、ロシアは攻撃をエスカレートして停戦条件を有利に持って行く可能性が大きい。

◆ゼレンスキー弾劾案をウクライナ最高議会議員が呼びかけ

 そのような中、中国の観察網は、ウクライナのアレクサンダー・ドゥビンスキー議員による「ゼレンスキー弾劾案」を伝えている

 それによれば、ドゥビンスキーは3月1日、以下のようにXに投稿している

 ――ゼレンスキーは外交政策で失敗しただけではなく、彼の方針に反対する者は誰でも弾圧を受けるような状態に国を陥れた私が刑務所に入れられたのは、犯罪のためではなく、真実を語ったためである。トランプ大統領が述べた真実は、ゼレンスキーは負けたということである。彼にはもう使えるカードがなく、兵士が不足しており、彼の頑固さのせいで国は行き詰まっている。私は緊急議会会議の即時招集を要求し、議会はゼレンスキーに対する弾劾手続きを開始しなければならない。

 野党への弾圧、反対派の迫害、独裁的な統治として現れた市民の権利の侵害と権力の簒奪。私はウクライナ議会のすべての議員に訴える。ゼレンスキーを裁判にかける時が来た。ゼレンスキーは、力でウクライナ国民を統治できると考えていた。今、彼は負けた。ウクライナは決断しなければならない。奈落の底への自由落下を続けるのか、それとも(ゼレンスキーの独裁から逃れるための)真の独立のための戦いを始めるのか?(ドゥビンスキーのXからの引用は以上)

 日本はこのような声は拾わない。ゼレンスキーが自分と反対意見を持つ者を反逆罪として投獄している事実は、たとえ戦時中であったとしても、「独裁者」と国内の反対派からみなされている事実にも目を向けなければならないだろう。

 もちろんプーチンがウクライナに軍事侵攻したのは許せない。しかし戦時中だからという理由で大統領選挙を延期した時に、ゼレンスキーは国民に最も人気の高いザルジニー(軍最高司令官)を更迭して駐イギリスのウクライナ大使館などに「左遷」させたのは、選挙を実施すれば97%の支持率を誇っていたザルジニーが大統領になることが分かっていたからだ。トランプがゼレンスキーを「選挙のない独裁者」と決めつけたのも、あながち現実からそう乖離しているわけではなかったのかもしれない。

 NEDが残した「戦争へと誘(いざな)う爪痕」は、2月20日のコラム<「習近平に助けを求める」ゼレンスキー ウクライナを外した米露会談を受け>に列挙してある全てのウクライナ関係のコラムで述べた。

 それを一切認めずトランプに歯向かっていったゼレンスキー。

 「民主の衣」をまといながら紛争を煽り戦争ビジネスで国家を運営していく手先としてのNEDの正体を認識するか否かによって、トランプの言動が理解できるか否かが決まっていく。世界秩序は否応なくその方向に転換しようとしていることに注目したい。

 この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。『米中新産業WAR』(仮)3月3日発売予定(ビジネス社)。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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