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史上最大のディール! ウクライナ停戦「米露交渉」案は習近平の「トランプへのビッグプレゼント」か?
北京を訪問した時のトランプ大統領と習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)
北京を訪問した時のトランプ大統領と習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

ウクライナ戦争の停戦交渉がウクライナ抜きで行なわれていることにゼレンスキー大統領が激怒し、習近平国家主席に助けを求めた話を2月20日のコラム<「習近平に助けを求める」ゼレンスキー ウクライナを外した米露会談を受け>で書いた。

 しかし、もし「ウクライナ抜きの米露のみによる交渉」を「こっそり」トランプに提案していたのが習近平だったとすると、どうなるだろうか?

 世界の認識はガラリと変わってくる。

 その奇想天外な「仮定」が、実は本当だったことが、2月12日のウォール・ストリート・ジャーナルに載っており、それを引用する形で2月13日にロイターが報道していた。

 中国はもちろん「沈黙」したままだ。

 それにしても、習近平はなぜこのようなことをしたのだろうか?

 それはトランプが選挙中から「中国からのすべての輸入品に、一律60%の完全を賦課する」と宣言していたからではないだろうか?

 まるでそのご褒美のように、トランプ2.0が始まると、関税「60%」実施に関しては事実上の延期になっている。

 これが本当だとするなら、史上最大のディールを習近平は賭けたことになる。

 おそらくトランプが最も欲しがっているのは「ノーベル平和賞」であることを、習近平は知っていたのではないかと推測する。

 

◆習近平の提案:ウクライナ抜きで「米露だけで」停戦交渉をしてはどうか

 2月12日のウォール・ストリート・ジャーナルはExclusive | China Tries to Play the Role of Peacemaker in Ukraine(中国はウクライナに和平をもたらす役割を果たそうとしている) – WSJというタイトルで、タイトルからは推測しにくい内容の報道をしている。これでは多くの人が見逃してしまうだろう。

 実際には何を報道しているか、要点をピックアップして下記に示す。

 ●中国当局はここ数週間、仲介者を通じてトランプ陣営と水面下の交渉をしている。

 ●北京とワシントンの関係者によると、中国の提案は、「ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の関与なしの米露首脳会談をしてはどうか」というものだ。

 ●この提案は、「ウクライナの将来を決めるいかなる協議にもウクライナを含めなければならない」という西側諸国の長年の約束に反する。

 ●ホワイトハウスは中国の提案を受け取ったか否かに関しては明確にしていない。

 ●ワシントンの中国大使館報道官は、この提案について尋ねられると、「知らない」と述べた。

 ●トランプは選挙中、「大統領就任後24時間以内にウクライナ・ロシア戦争を終わらせることを目指している」と述べていた。現在は「就任後100日以内にそうする」と述べている。

 ●米政府当局者は、この遅れの原因は「ロシアに対する中国の支援にある」としている。中国の支援により、モスクワは戦闘を継続し、停戦を求める国際社会の圧力に抵抗することができた。ロシアの戦争努力は、イランと北朝鮮からも支持されている。(以上)

 

 何やら曖昧模糊としていて、中国の提案は「ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の関与なしの米露首脳会談をしてはどうか」というものだと書きながら、一方では、それを揉み消すような書きっぷりだ。

 しかし2月13日になるとロイターは、もっと明確なタイトルChina proposes Putin-Trump summit to end Ukraine war, WSJ reports(中国、ウクライナ戦争を終わらせるためにプーチン・トランプ首脳会談を提案、WSJが報じる) | Reutersで報道した。

 ウクライナのkyiv independentも2月13日にChina proposes to host Trump-Putin talks without Ukraine’s Zelensky, WSJ reports(中国はウクライナのゼレンスキー抜きでトランプ・プーチン会談の開催を提案、WSJが報道)と、明確にウォール・ストリート・ジャーナルの意図がわかる形で報道している。

 これがあまり大きくは扱われていないのは、中国の戦略性の「強(したた)かさ」を十分には認識していないからかもしれない。

 拙著『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』に書いたように、習近平の哲理は「兵不血刃(ひょうふけつじん)」にある。「兵不血刃」とは中国に古くからある「荀子・議兵」にある言葉で、「刃(やいば)に血塗らずして勝つ」という意味だ。「戦わずして勝つ」と同じだが、習近平は「荀子」に基づいた国家戦略を練るのが好きだ。あの習近平なら、これぐらいのことはやりそうだと筆者には映る。

 

◆何が起きていたのか、時系列的に見てみよう

 いったい何が起きていたのかを明確にするために、時系列的な一覧表を作成してみた。それを図表1に示す。

 

図表1:水面下で進んでいたビッグディールにまつわる時系列

筆者作成

筆者作成


 

 前掲のウォール・ストリート・ジャーナルには「中国当局は数週間にわたって」と書いてある。ということは、トランプが昨年11月5日に大統領当選を果たしたその日あたりから、水面下のビッグディールが進んでいたものと考えられる。

 トランプが大統領に就任すると、あんなにまで選挙中に叫んでいた「中国からの全ての輸入品に一律60%の関税をかける」を、突然言わなくなった。それに関してはトランプ1.0時代の2020年に米中間で交わした「第一段階合意」の実績検討で代替することになった。「検討」ならどれだけ長い時間かかってもいいので、「ただいま検討中」で、ほぼ無期延期に近いことをやっても、場合によっては許される。

 これは習近平による「米露だけでやったらいかがですか?」という提案に対する「返礼」だとみなすべきだろう。すなわち、ご褒美だ。

 1月23日のダボス会議にオンライン参加したトランプが「私は習近平が大好きだ。ずっと好きだった」と公言したのは、1月20日の就任式までに、すでに水面下での米中間ビッグディールは確定していたと考えていい。

 

◆米中露の真相に関する相関図

 何が起きているのかを、もう一歩進んで視覚的に理解するために、米中露の真相に関する相関図を図表2に示した。「ウ停戦」と書いたのは「ウクライナ戦争の停戦」の意味で、あまりに長いと図表の中に書き込めないので「ウ停戦」と略記した。

 

図表2:米中露の真相に関する相関図

筆者作成

筆者作成


 

 トランプと習近平の関係で言えば、まず習近平がトランプに「米露和平交渉案」をプレゼントした。これはウォール・ストリート・ジャーナルにあるように、「ウクライナのゼレンスキー大統領の関与なしの米露首脳会談をしてはどうか」という提案だ。交渉案は、習近平が2023年2月24日に提起した「和平案」を軸にしており、おそらく習近平は秘密裏にプーチンとも相談しているものと推測される。この「和平案」はプーチンと相談して上で公開したものだ。

 もし、米露だけで停戦交渉をしていいのなら、停戦が成立した時の功労は「ドナルド・トランプ」一人のものとなる。

 そうすればトランプ1.0の時からトランプが欲しがっていた「ノーベル平和賞」を手にすることができる可能性が高まる。

 一期目では、ノーベル平和賞を獲得するために北朝鮮の金正恩と面会し、朝鮮半島問題を解決しようと、実際に断行していた。しかし、その野望はネオコンのボルトン大統領補佐官によって遮断された。トランプは直ちにボルトンを更迭しているものの、「夢よ、もう一度」という気持ちは消えていないだろう。

 トランプがノーベル平和賞を欲しがっていることに関しては、トランプ1.0のときのトランプの側近と緊密にしていたので、確かなことだと言っていいだろう。2017年8月に出版した本にも、そのように書いた。その後、安倍元首相にも、ノーベル平和賞受賞のための推薦文を書いてくれと頼んだくらいだ。

 事実、トランプ2.0の国家安全保障担当補佐官マイケル・ウォルツは、今年2月21日、「すべてがうまくいくだろう。戦争は終わり、ドナルド・J・トランプの名前の隣にノーベル平和賞が置かれることになる」と言っている。したがって図表2の「トランプ」の欄に書いた「ウ停戦功労でノーベル平和賞狙う」と書いたのは正しいことになろう。

 となると、「ウクライナ戦争停戦の功労はトランプ一人で独占したい」という気持ちが湧いているものと推測できる。

 習近平にとっては、ノーベル平和賞をトランプが欲しいと思っているのなら、それを叶えさせてあげるように動くのは、少しも苦痛でないし損失もない。だから、目いっぱいのサービスを水面下で提供しているだろう。

 プーチンにとっても、トランプがノーベル平和賞を受賞したいと思っていることは最高に利用価値のあることで、「だったら、この条件も満たすように」といった種類の要求を、いくらでもトランプに出すことができる。

 しかし譲歩のし過ぎだと言われないためなのか、「停戦後、もう一度ウクライナを侵略したら、その時にはウクライナを自動的にNATOに加盟させる」と最近では主張するようになった。

 中国に対しても同じだ。

 親子ともどもに「中国大好きな」イーロン・マスクを最側近に置くと同時に、中国が最も嫌いなマルコ・ルビオを国務長官に置き、対中強硬策をチラチラと見せながら、保身を図っている。

 

 日本では専ら、「トランプはまずウクライナ戦争を停戦させてから、そのあと集中的に中国を攻撃するつもりだ」という期待論が多いようだが、如何なものかと思う。

 たしかにウクライナ戦争が終われば、拙著『嗤(わら)う習近平の白い牙(きば)』で書いたような、習近平がこれまで堪能してきた「漁夫の利」は得られないことにはなるだろう。しかし、それ以上の利益を、今度はトランプから得ることができると計算した上での戦略的ディールだったのではないだろうか。

 トランプが、なぜダボス会議であそこまで習近平を褒めちぎったのかに関しても、この「ビッグプレゼント」があったのなら、納得もいく。

 ウォール・ストリート・ジャーナルの報道がどこまで真実かは、まだ徹底して断定することはできないが、しかしウォルツのノーベル平和賞に関する発言などから見ても、信ぴょう性は高い。そうであるならば、本稿で書いたような流れで世界は動いていることになる。ウォール・ストリート・ジャーナル報道は、一考に値する情報ではないかと思う。

 

 なお、本稿での考察と、冒頭に書いた2月20日のコラム<「習近平に助けを求める」ゼレンスキー ウクライナを外した米露会談を受け>の論理とは矛盾しない。なぜなら、トランプはもともとネオコンの管轄下にあるNED(全米民主主義基金)を嫌っており、そのためにNEDの資金的柱となっているUSAIDを解体したくらいだ。だからNEDとバイデンによって引き起こされたウクライナ戦争に対する本質と、習近平の提案とは、トランプの中では一致していたはずだ。

 言うまでもなく、トランプは政敵バイデンが副大統領だった時代からウクライナでNEDを使ってマイダン革命を起こさせたりしたのは、一つにはバイデンの息子のハンター・バイデンがウクライナの石油利権を貪っていたからだということも知っていた。だからこそ、トランプ1.0において、ハンター・バイデンに関する証拠を提出してほしいとゼレンスキーに要求したところ、ゼレンスキーは拒絶した。あの時からトランプはゼレンスキーが大嫌いなのである。

 この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。『米中新産業WAR』(仮)3月3日発売予定(ビジネス社)。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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