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米大統領就任前夜に寄せて
英財務相が訪中(写真:ロイター/アフロ)
英財務相が訪中(写真:ロイター/アフロ)

英国の現状

世界のニュースがトランプ氏の復帰一色に染まる前に、英国の対中政策の混乱ぶりを振り返っておく価値はあるだろう。先月のこのコラムでは、中央統一戦線の工作員がアンドリュー王子のイベント「pitch@palace」を通して王子と直接接触していたことが明らかになったという、英国の対中政策の惨状を取り上げた。労働党政権が対中政策に真剣に取り組む必要があることは明らかだったが、以降も状況は悪化する一方であり、習近平政権の現状を受けてスターマー首相が対中政策の有意義な見直しを図る可能性は、1カ月前よりもさらに低くなっている。

レイチェル・リーブス財務相は年明け早々、多数のビジネスパーソンを引き連れて中国を訪問した。しかし、その訪中の成果は乏しく、事実上何も得られなかったに等しい。共同声明には、まるでかつての英中関係の「黄金時代」を思い起こさせるような、協力や金融市場関連の合意、公平な競争条件、市場開放といった謳い文句が並ぶ。しかし、それらはこれまでも何度も中国との文書に盛り込まれ、実質的な成果が得られた例がほとんどないものだ。今回の合意の総額は、口にするのもためらわれるほど少ない。発表された金額はわずか6億ポンド、将来的に10億ポンドに達する可能性があるというものだ。しかし、英国経済が約2.5兆ポンド、中国経済がその6倍に達する規模であることを考えれば、これでは両国経済に何ら影響を及ぼすことはできない。

ある著名な評論家は、中国との関係を完全に断つことは不可能であり、中国と対話し取引をすることが不可欠だというお決まりの説を持ち出していた。まず、誰も中国との協力を完全に断ち切るべきだとは言っていないし、グローバル経済における中国の経済規模を無視できるとも考えていない。だが、財務相が訪中し、世界第2位の経済大国である中国との関係についてお決まりの説を繰り返す姿勢は、20年も時代遅れであり、スターマー氏が約束した英中関係の本質的な見直しを損なうことにもなる。もっとも、その見直しが実際に意義ある変化をもたらす可能性は限りなく低いだろう。とはいえ、英国国内の事情は二の次だ。トランプ氏が再び大統領になれば、英国の政策は米国の意向に従わざるを得なくなるだろう。英米関係に悪影響を及ぼすとなれば、リーブス氏の訪中が実質的成果をもたらすことはあり得ない。

 

就任前夜

トランプ政権二期目の幕が間もなく上がろうとしているが、今がその頂点なのかもしれない。実際に大統領に就任し、ホワイトハウスに復帰したとたんに、すべてが下り坂になる可能性が高いからだ。

第47代米国大統領としてのトランプ氏の返り咲きは、驚くべき政治的復活劇である。4年前、支持率のあまりの低さで不本意ながら退任し、支持者による連邦議会議事堂襲撃を煽ったことで共和党幹部からも見放された。本人は国民の支持を得て地滑り的勝利を収めたと言うだろうが、そうではない。得票率は50%を下回り、共和党も議会でかろうじて過半数を維持しているにすぎない。彼は聴衆が望むことを何でも言うことで幅広い支持を集めたが、揚げた公約はまったく矛盾しており、全てを実現することは不可能である。彼の支持基盤の中心となる有権者たちは、数多くの大統領や政党を政権の座から追い落とす理由となった昔ながらの「経済最優先」への支持を表明したことになる。多くの有権者は庶民で、バイデン政権下の高インフレが家計を著しく圧迫していることを実感し、トランプ時代には暮らしが楽だったことを記憶していたのだ。トランプ氏の道徳的・人格的な欠陥は確かに存在するが、多くのアメリカ人有権者にとって、それは彼を退けるほどの理由とはならなかったのである。

トランプ氏は、汚点を残してきたにもかかわらず大統領に復帰する。だが、一期しか在任しない今期限りの大統領として任期をスタートさせることになる。今日の米国では何でもありのように思えるが、彼が憲法を改正して三期目も務めたり、クーデターを起こして権力を維持したりできると考える人はほとんどいないだろう。何より、就任時の年齢がバイデン氏を超えて史上最高齢の大統領となる。永遠に生きられる者はいない。そのため4年間でその座を去らなければならない。さらに2年後の中間選挙の影響も考えれば、トランプ氏が結果を出すために使える時間は限られている。彼は前回と同様、拠り所とする真の信条や理念を持たずに就任する。関税や移民政策はおそらく彼の政治哲学に最も近いものであろうが、どんな状況でも極めて「取引的な」姿勢を崩さない。国内外を問わずいかなる課題や問題も、彼にとっては目の前の結果を得るための駆け引きに過ぎず、長期的な影響を考慮することはほとんどない。

トランプ2.0の幕が上がるなか、米国ではTikTokの幕が下ろされた。議会両院での可決後、最高裁で9対0の全会一致で承認されたことを受けてTikTok 禁止法案が発効し、米国ではこのアプリを利用できなくなった。とはいえ、トランプ氏はサービス再開を主張しており、彼が再び権力の座につけばそれが実現する可能性がある。だが思い出してほしい。2020年に大統領令で最初にTikTokを禁止しようとしたのは、ほかならぬトランプ氏である。非合法なアプリとみなして議会を通過させる必要があるとした。当時は「反中国」のトランプ氏が、米国のデータを中国政府による悪用から守ると主張していた。それから4年後の今、TikTokが若い有権者を投票所に向かわせ、自らの勝利に貢献したとトランプ氏は考えている。TikTokのデータセキュリティやプライバシーは何も変わっておらず、中国政府も西側諸国に対する敵対姿勢を少しも弱めていない。それでもトランプ氏にとって重要なのは、自身の地位と利益だけである。TikTokのアルゴリズムが勝利に貢献したのであれば、それを良しとする。そんなトランプ政権二期目がついに始まろうとしている。

 

現実的な課題

トランプ氏の「大統領劇場」は視聴率を稼ぐのに効果的だ。熱狂を煽り、反対派を苛立たせ、思いつくままの発言をする底知れぬ能力によって、常に注目の的となっている。しかし、そうした軽薄で攻撃的な発言やキャッチフレーズは、統治の舞台向きではないだろう。彼が現実の統治を退屈だと思っていることは間違いなく、一期目の大半の期間、細かい政策にうんざりしていたことは明らかだ。一期目には非常に有能な人材が周囲に何人かいたが、今回は茶番劇になりそうだ。起用した高官らは、ことによると史上で最も不適任な人材である。この貧弱な陣容で、難しい問題に対処する政権の能力が試されることになる。国防長官に指名されているピート・ヘグセス氏は、先日開かれた上院の公聴会で分かるように明らかに適格性を欠く。フォックステレビの司会者だけあってカメラ映えするが、タミー・ダックワース上院議員が明かしたところによれば、ASEAN加盟国を1つも挙げることができず、代わりに米国が韓国と日本、オーストラリアと同盟関係にあることなら知っていると答える始末だ。今後は南シナ海と東シナ海が地政学上の火種になる可能性が高く、幸先の良いスタートとは言い難い。

ただし、アメリカ第一主義を掲げるトランプ氏の支持基盤は、外交政策を期待して彼に投票したわけではない。外国の戦争に米国は関与しないという彼の公約が多くの有権者の意見に合致している(バイデン氏もウクライナに国産兵器を供与してきたとはいえ軍隊を派遣しているわけではない)とはいえ、彼らが投票したのは、南部国境を中心とする移民対策と、食料インフレをはじめとする生活費問題への対処を期待してのことである。 

移民をめぐる問題は、トランプ氏の就任後すぐにも大きな山場を迎えるかもしれない。選挙戦中、就任初日から移民を国外退去させると豪語していたため、どのような展開になるかすぐに明らかになるだろう。だが、現在トランプ氏の周辺にいる億万長者のエリートはみな人材を移民に頼っており、移民問題は今後も論争の的となり続けるはずだ。不動産業界でビル建設に安価な労働力を必要とするトランプ氏であれ、H1-Bビザで働く IT技術者を必要とするマスク氏であれ、矛盾が生じることは明らかだ。

今後は、食料インフレも大きな課題になる。トランプ氏が関税というツールに頼れば、多くの商品の価格上昇を招き、低所得者層とアメリカ第一主義の彼の支持基盤に特に打撃を与えることになる。トランプ氏やマスク氏、ザッカーバーグ氏は卵の価格にほとんど関心を払っていないが、今後は卵が大きな問題になるかもしれない。卵をはじめとする食品価格高騰の一因は、米国の家禽に広がる鳥インフルエンザだ。この致命的な感染病の対策としてすでに何百万羽ものニワトリが殺処分された。ニワトリの数が減れば卵の数も減り、それが価格の上昇につながっている。ニワトリの個体数への損害はすでに詳細な報告がされているが、さらに警戒すべきリスクは、鳥インフルエンザが人間に感染し、さらには人から人への感染が拡大する可能性だ。鳥インフルエンザによる人間の死亡例はすでに記録されているが、大抵は鳥類と直接接する機会が多い人たちである。人から人への感染の拡大は大きな被害をもたらしかねない。コロナとは異なり、インフルエンザでは若者と高齢者の両方がターゲットとなる。医療関係者の間では人畜共通感染の危険性が長年にわたり強く懸念されてきた。トランプ氏の二期目の間にこうしたアウトブレイクが起きた場合、米国では最悪の人材が保健衛生を担当することになる。ロバート・F・ケネディ・ジュニア氏は数十年にわたってワクチン接種に反対し、怪しげな療法を広めてきた。いち早くコロナワクチンに反対した一人であり、仮に鳥インフルエンザが人間にも感染するようになれば、科学的根拠に基づく対策を著しく妨げる可能性が高い。皮肉なことに、ケネディ氏は多くの米国人が日常的に摂取している超加工食品に異議を唱える点では、かなり理になかったことを言うため、「アメリカを再び健康に」という彼の政策の一部には真実味がある。しかし、だからといって彼の反ワクチン活動によるダメージが帳消しになることはない。

 

問われる真価

今後数カ月間でトランプ氏の実力が試されることになる。現在の情勢は、実績のある強力なチームにとってさえ厳しいものだ。ウクライナ戦争やカリフォルニア州の山火事、中国との間で続く貿易摩擦、台湾侵攻の可能性、いまだ解決には程遠い中東情勢。これらは、トランプ氏の単純な投稿や発言では解決できない問題を多発させるだろう。だが少なくとも、彼がホワイトハウスにいる限り他の人に責任を転嫁することは難しくなる。その責任はトランプ氏、ひいては共和党が負うことになる。この最も予測不可能な人物を支持したことを、共和党が後悔する可能性も十分にあるだろう。

今後数カ月や数年の見通しについて楽観的な要因があるとすれば、トランプ氏が型破りな人物であり、他者がしない発言や行動をする覚悟がある点だ。世界は数々の難しい課題に直面しており、世界各国の有権者が現状と、自分たちを一向に顧みない従来型の政治家に不満を抱いていることは明らかである。ここで思い出してほしい。トランプ氏は2017年の大統領就任時には習近平氏や中国と友好的な関係を築こうとしていた。しかし、彼が貿易戦争を開始し、中国と敵対し始めたことで、中国が米国だけでなく世界にもたらしているリスクについてオープンな議論が行われるようになり、これに対する注目も高まった。習氏による改革開放からの転換は警戒されつつも長年放置されてきたが、トランプ氏の対応は対中関係のあり方を完全に変えた。果たして今回も予想外の展開があるのだろうか。その可能性は極めて高いだろう。しかし、その結果が吉と出るか凶と出るかは分からない。唯一確かなのは不確実だということである。

フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.