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習近平はトランプ2.0に輸出報復措置を準備しているのか?
習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)
習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

今年1月2日、中国の商務部は輸出入管理に関して規制を強化すべく、その調整(=修改正)方法に関してネットでパブリックコメントを募った。リチウム電池製造などで世界のトップを行く民間企業などを含めたネット民の意向を聞いてから輸出入管理修改正を決めるというプロセスも興味深いが、何をどうしようとしているのかを詳細に見ることによって、習近平政権の対米報復措置の一端が見えてくる。

 

◆新華網通知:「中国の輸出禁止・輸出制限技術目録」修改正に関しパブリックコメントを募る

 1月2日、中国政府の通信社である新華社の電子版「新華網」は、<「中国の輸出禁止・輸出制限技術目録」修改正に関しパブリックコメントを募る>という通知を出した。

 通知では、技術輸出入の管理を強化するために、「中華人民共和国対外貿易法」および「中華人民共和国技術輸出入管理条例」の関連規定に基づき、商務部は、科学技術部など各部門と連携し、「中国の輸出禁止・制限技術目録」を修改正し、調整を行う予定とのこと。今回の目録調整では、「技術項目を 1 つ追加し、技術項目を 1 つ修正し、技術項目を 3 つ削除する予定であり、国際的な技術交流と協力を強化するための積極的な条件を創り出す」とある。「目録調整の具体的な内容と意見の提出方法は、商務部の公式ウェブサイトで確認できる。意見提出の締め切りは2025年2月1日」と書いてある。

 報復措置をするはずなのに、調整目的は「国際的な技術交流と協力を強化するための積極的な条件を創り出す」と書いてあることに非常な違和感を覚えた。

 

◆商務部:具体的な修改正目録と意見提出方法

 その違和感を解消すべく、まずは商務部の関連ウェブサイトを見ると、なんとそこには意見提出方法として、以下のような商務部の担当部局のメールアドレスやFAXあるいは宛先住所などが書いてあることに目を奪われた。

  1. メールアドレス:xiaqian@mofcom.gov.cn

  2. FAX:010-65197352

  3. 書信宛先:北京市东长安街2号商务部服贸司,郵便番号:100731。

とあるではないか。取り上げるか否かは別として、ネット民なら誰でも意見を自由に書いて中央行政省庁の一つである商務部に提出することができるシステムになっている。

 中国では条件を満たした全ての公民による人民代表大会(全国レベルの場合は全人代)と政治協商会議の二つの会議(両会)の選挙があるが、立候補者に関して中国共産党による「調整」があるので、民主主義国家の「普通選挙」とは選挙形式が異なる。したがって、その分だけ逆に、「民意の了解を得た」というプロセスが必要となってくるのだろう。

 さて、その修改正内容に関しては付属文書を見ると、新華網に書いてあった「技術項目を 1 つ追加し、技術項目を1 つ修正し、技術項目を 3 つ削除する予定」の各項目は以下のようになっていることがわかった。

 

 ●技術項目を1つ追加:電池【正極材料】の製造技術(電池用リン酸鉄リチウムの製造技術/電池用リン酸マンガン鉄リチウムの製造技術/リン酸塩系正極原材料の製造技術)

 ●技術項目を1つ修改正:非鉄金属の精錬技術(「酸化アルミニウムの生産において、種分母液から原液中のガリウムを回収する溶解法プロセス」を「酸化アルミニウム母液からイオン交換法や樹脂法を用いて金属ガリウムを抽出する技術およびプロセス」に修正/リシア輝石からリチウムを抽出し炭酸リチウムを製造する技術を追加/リシア輝石からリチウムを抽出し水酸化リチウムを製造する技術 を追加/金属リチウム(合金)およびリチウム材料の製造技術を追加/にがり(濃い塩水)から直接リチウムを抽出する技術を追加/リチウム含有精製液の製造技術を追加)

 ●技術項目を3つ削除:中国伝統建築技術の輸出禁止/中国伝統建築技術の内の(他の分類による)一部の輸出制限/建築環境コントロール技術の輸出制限

 

 このように「1つの追加、1つの修改正、3つの削除」と言っても、その「1つ」の中に多くの項目が入っており、感触としては「技術項目制限を3つも削除した」と大きく書いて「国際的技術協力を中国は強化しようとしている」と謳っているだけのように思う。実際はアメリカの対中制裁あるいはトランプ2.0における対中関税に対する「報復措置」であることが図表を作成してみると明らかになってくる。

 

図表:パブリックコメントを募っている「輸出制限をする技術」

商務部のデータを基に筆者作成

商務部のデータを基に筆者作成


 

 図表から、主たる対象は「バッテリー用のリン酸鉄リチウム系技術やリチウムの加工技術に輸出制限を加える」という提案だということが見えてくる。

 これらは中国が最も強い技術で、世界の70%~90%を中国が所有している。特に驚くべきことは、2022年の統計データにあるように、リチウム電池は世界の70%を中国が生産しているが、その主流の【正極材料】の一つである「リン酸鉄リチウム」は世界の99%を中国が生産しているという現実だ。拙著『嗤う習近平の白い牙 イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』の第七章に示したが、EV製造全過程の中にはアメリカの生産力が「ゼロ」であるものもあり、もしこの「報復」が実施されたら、ヨーロッパも困るだろう。

 なぜなら、たとえば2024年11月30日のコラム<中国に勝てず破産した欧州のEV用電池企業ノースボルト トランプ2.0で世界に与える影響>に書いたように、ヨーロッパにはEV用電池の独自生産能力がないことが判明したからだ。

 トランプ2.0があまりに過度の対中高関税を課してきた場合、中国のこの圧倒的生産量が「一種の報復武器」として火を噴く可能性を秘めている。

 

◆ロイターやブルームバーグなどが中国の報復措置を警戒

 今年1月3日、ロイターは<China proposes further export curbs on battery, critical minerals tech (中国は、バッテリーや重要鉱物技術のさらなる輸出抑制を提案)>という見出しの報道をしている。その中でコンサルティング会社ベンチマーク・ミネラル・インテリジェンスの電池原材料担当責任者アダム・ウェッブ氏は「この提案は中国がEV用電池の製造に必要なリチウムの加工で世界の70%シェアを維持するのに役立つ」と述べた上で、「中国の技術を使ってリチウム化学物質を生産したい西側のリチウム生産者にとっては課題となる可能性がある」と懸念しているとのこと。

 また1月3日、ブルームバーグは<China Flexes Lithium Dominance With Plans for Tech-Export Curbs>(中国は技術輸出抑制計画でリチウムの優位性を誇示)という報道で、「中国はバッテリーサプライチェーンのあらゆる段階をしっかりと把握している」として、「報復措置」が米欧側に与えるダメージに関して強い警戒感を示している。

 昨年10月のことだが、カーネギー国際平和財団はWinning the Battery Race: How the United States Can Leapfrog China to Dominate Next-Generation Battery Technologies | Carnegie Endowment for International Peace(バッテリー競争に勝つ: アメリカはどうすれば中国を追い抜いて次世代バッテリー技術を独占することができるのか)という見出しで、「過去10年間で、中国はこの重要な産業を支配するようになった。鉱物の採掘や加工から電池製造まで、現在のリチウムイオン電池技術のバリューチェーンのあらゆる段階において、世界市場における中国のシェアは70~90%である」と嘆いている。

 

◆これまでも実施してきた中国の対米報復措置

 トランプ次期大統領は大統領選挙中から「中国のすべての製品に60%の関税をかける」としてきたし、11月26日にはフェンタニル問題が解決するまで、さらに10%の追加関税を課すと宣言してきた(参照:2024年12月1日のコラム<フェンタニル理由にトランプ氏対中一律関税70%に ダメージはアメリカに跳ね返るか?>)。

 そうでなくともバイデン政権では、中国の半導体技術を何としても潰そうと最先端の半導体が製造できないように全方位的に対中制裁を行なってきたし、最近では中国の新産業を支えている線幅の広いレガシー半導体に対しても厳しい規制を加える政策を断行している。

 中国としてはじっと耐えているわけではなく、当然のことながら報復措置を講じているし、またトランプ2.0に備えて、さまざまな戦略を練っているというのが現状だ。

 たとえば2024年11月には、アルミや銅の輸出税還付(輸出製品に対する増値税の還付)を取り消し、太陽光発電、電池などの還付を削減している

 2024年12月3日には、アメリカ向けの軍民両用品目輸出管理強化を「商務部2024年第46号公告」として発表している

 さらに今年1月2日には、アメリカのいくつかの企業を信頼できないエンティティ・リストや、輸出制限リストに追加する告知を発表した。たとえば、<不可靠实体清单工作机制关于对洛克希德·马丁导弹与火控公司等10家美国企业采取不可靠实体清单措施的公告(ロッキード・マーティンミサイル・火器管制装置を含む米企業10社に対する信頼できない企業リスト措置の実施に関する公告)などがあり、これらは台湾に対する武器販売をしている軍事企業が対象だ。さらに<商务部公告2025年第1号 公布将28家美国实体列入出口管制管控名单>(商務部公告2025年第1号として28社の米企業のエンティティ・リストを公布)した。

 

 このように、中国は当然のことながら自国の産業を守るために、今後もさまざまな対抗措置を講じてくるだろう。1月20日にスタートするトランプ2.0では、中国だけが対象ではなく、ヨーロッパを含む世界の多くの国がさまざまなレベルの関税をかけられる対象となっているので、中国としてはバイデン政権時代よりも平等感があるのではないかと推測される。必ずしも「米陣営」対「非米陣営」という構図ではなくなり、その合間を縫った中国の活動が注目される。

 2025年はその分だけ地政学的パラメータが増し、より多次元の方程式を解くようで楽しみでもある。

 

 この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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