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中国に勝てず破産した欧州のEV用電池企業ノースボルト トランプ2.0で世界に与える影響
ノースボルト(写真:ロイター/アフロ)
ノースボルト(写真:ロイター/アフロ)

現地時間11月21日、EUの希望の星であったEV(電気自動車)の車載電池製造会社ノースボルト(northvolt)が破産保護申請をアメリカに申し出た。ノースボルトは中国からの「EVの津波」を回避するために、欧州でEV用電池を製造しようという目的で2016年にスウェーデンに設立された企業だ。EUやアメリカの支援協力も得たが、中国には勝てなかった。

 これによりEUのEVに関する対中追加関税の継続的実行は難しくなり、特にトランプ2.0の誕生によりEUは中国に譲歩せざるを得なくなるのではないだろうか。

 それにしても、あれだけ「大山鳴動」して創立されたノースボルトがなぜ破綻したのか?そこから見えてくる日本のあり方も含めて考察する。

 

◆なぜノースボルトは破綻したのか?

 EUの希望の星だったノースボルトが破綻して、アメリカで連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を申請した。何といっても中国EVの車載電池製造の勢いに対抗しようとして誕生した企業だっただけに、中国における関心度は非常に高い。

 まず11月22日に中国の中央テレビ局CCTVの財経チャンネルCCTV2の番組「天下財経」は<スウェーデンの車載電池メーカー・ノースボルトがアメリカに破産保護を申請>というタイトルで報道し、11月23日には同じくCCTV2で<現金は一週間分しか残っていなかった!この巨人は、破産保護を申請した>を報道した。債務は58億米ドル(8700億円)だが、手元に残っているのはわずか3000万米ドル(45億円)だとのこと。

 CCTVが報道するたびに中国のほとんどの主要ニュースサイトが同じ情報を転載し、他の民間の財経関係のウェブサイトも異なる視点から報道するなどして、中国のネット全体が共鳴しているようだった。

 ノースボルトの主要投資家はBMWやフォルクスワーゲンに加え、ゴールドマン・サックス資産運用部門、デンマーク最大の年金基金ATP、英資産運用会社ベイリー・ギフォードのファンドおよび多数のスウェーデン企業で、総額は約150億ドル(2.2兆円)に上る。

 それがなぜ破綻したのか?

 破綻した理由に関してよく書かれている分析がいくつかある。

 一つ目はアメリカのニュースサイトThe Information(11月25日)の<ノースボルトがバッテリー・スタートアップの仲間に伝える率直なメッセージ ― 救済措置を期待するな>だ。まさにストレートに内部事情をさらけ出している。その概略を個条書きにすると、以下のようになる。

 ●ノースボルト社の電池産業への参入は、最初から「不純」なものであり、同社が自らの利点として位置づけていたのは、技術や価格ではなく、水力発電や風力発電などの環境に優しいエネルギーのみを使って生産するというポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)の取り組みだった。すなわち、「クリーンを目指せ」でしかなく、技術や価格はその次に置かれていた。

 ●ノースボルトの混乱した経営は、クリーンな水力エネルギーを求めた工場用地の選定から始まった。水力発電がある北極圏の小さな港町シェレフテオ(北緯64度、平均気温3.8度、最低気温-24度)に工場を開設したが、そこに移住した欧州労働者は酷寒に耐えられず仕事場に行きたがらなかった。最終的には、辛抱強い中国と韓国からの外注労働者が100名ほど残っただけになった。

 ●そもそも、ノースボルトの創立チームはテスラのサプライチェーン出身者であり、電池に関しては詳しくない。EV用電池製造工場をゼロから構築するにはどうすればよいかを知っている人はほとんどいない。だから中国や韓国から工場設備を提供してもらうしかなかった(中国からの脱却を目指して創立したのに、結局は中国の技術に頼るしかなくなっていた)。

 ●インタビューを受けたノースボルトの欧州側元従業員は、「私たちは技術も知識もない。私たちは中国人から段階的に教えてもらうしかなかった。中国人なしでは私たちは何もできなかった」と述べた。

 ●世界のリチウム電池は中国で生産されており、平均価格は西側のリチウム電池の1/3だ。

 ●CATL(世界一の車載電池メーカー、中国の「寧徳時代」)の創設者・曾毓群はノルウェー政府基金のポッドキャストにゲスト出演し、「なぜ欧州では良い電池を製造できないのか?」という問いに対して「設計も理念(ポリコレ)も間違っているからだ」と回答した。(以上はThe Informationからの引用)

 

 二つ目は中国の澎湃新聞(the paper)(11月28日)の<CATL(寧徳時代)欧州版が破産保護を申請 なぜ欧州ではよい電池を作り出すことができないのか?>である。The Informationと重なる部分があるので、そこには書かれていない要素だけを抜き出して以下に示す。

 ●ノースボルトは、あまりに欲張り過ぎた。あまりに非現実的な理想を掲げ過ぎて、その夢の大きさと現実とのギャップで、自分自身を押し潰してしまった。(非現実的なクリーンを目指した以外に)たとえば、電池のギガファクトリーを建設するだけでなく、カソード材料の製造、電池のリサイクル、電池パックの組み立てなど、電池バリューチェーンの上から下まで全ての自給自足を達成し、リチウム金属アノードやナトリウムイオン電池などの未来志向のイノベーションにも関与したいと考えていた(筆者注:これは拙著『嗤う習近平の白い牙 イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』のp.243にある図表7-7の中国国内で完結しているサプライチェーンモデルを模倣しようとしたということになる)。

 ●フィナンシャル・タイムズ紙によると、ヨーロッパの30のギガファクトリー・プロジェクトの多くは、中国と韓国の企業の協力を得て設計・建設されたという。

 ●CATLの曾毓群CEOは「電池業界にとって化学物質は重要だが、欧州では金融や半導体に行く若者が多く、材料科学や電気化学は軽視されている。教育改革から始めないとならない」と述べた。(以上は澎湃新聞からの引用)

 

 ほかにも中国のネットには「潰れた原因」に関する分析が溢れているが、その中の一つ、リストラを待つノースボルトの中国サプライヤー社員の不満に関して触れておこう。この社員は「自分の本社は無錫にある」と書いているので、The Informationの情報と一致しており、だとするとおそらく無錫先導智能公司だろう。

 この不満は、専門的な技術に関するノースボルト工場現場における「あまりの無知にあきれ果てた」というトーンで書かれている。非常に専門的内容なので省略して、一つだけわかりやすい事例を書くと、粉塵爆発に関して「電池を切った時の金属粉が入っているダストボックスにある粉塵を、欧州従業員は、なんと、普通の掃除機で吸ったのだ!こんな基礎知識もないことが起こるのがノースボルトの現場だ。考えられるだろうか?当然のことながら粉塵爆発が起こり、死亡者が出た」とある。経営管理が全くなってないと憤りを隠さない。

 さらに、この社員は中国のトップクラスの大学群である中国の「211工程大学」の工学系卒業者だ。その上で無錫のEV用電池メーカーでトレーニングを積んだハイレベルのエンジニアのようだ。だというのに、ノースボルトでは現場のブルーカラーとして安月給で日夜働かせられ、経営管理層は週4日ほどしか勤務しないような悠々自適の優雅な生活を、高給を貰いながら送っている。「これで破産しなかったらおかしい!」と中国から派遣された社員は激しい憤りをぶつけている。

 

 最後にご紹介したいのは、コンサルティング会社パーマー・オートモーティブの創設者アンディ・パーマー氏が「中国は技術的に欧米より10年進んでいる。それが事実だ」と指摘したことだ。

 

◆EV用電池に関する中国の圧倒的生産力

 では、その中国の現状はどうなっているのだろうか。

 国際エネルギー機関(IEA)によると、中国は世界の電池生産の85%を支配しており、EV用電池はEV完成車のコストの約40%を占めているとのこと。そのEV用車載電池に関して、企業別および国別の世界シェアを見てみよう。エネルギー市場を専門的に調査する韓国のSNEリサーチによると、2024年1月~9月のシェアは図表1のようになっている。

 

図表1:EV用電池メーカートップ10の企業別・国別シェア

SNEリサーチに基づき筆者作成

SNEリサーチに基づき筆者作成


 

 トップ10のうち6社が中国で3社が韓国、1社が日本だ。

 中国はEV用電池で世界の65%を占めており、特にCATLが群を抜いている。それを追うのはBYDだ。日本はパナソニックだけが何とか頑張っているが、わずか4%。

 いつごろからこのようなことになったのかを知りたくて、EV用電池メーカーのうち、CATL、BYD、パナソニック、ノースボルトの4社に絞って、それぞれの生産量推移を図表2にプロットしてみた。

 

図表2:CATL、BYD、パナソニック、ノースボルトの生産量推移

主としてSNEリサーチに基づき筆者作成

主としてSNEリサーチに基づき筆者作成


 

 ノースボルトに関してはデータらしいデータがないので、2024年7月のNorthvolt increases production after challenges | Montel News – Englishを参考にした。

 日本はパナソニックが微増ながらも頑張っているのは見て取れる。

 しかし、とても中国2社の激増とは比較のしようもないほどのギャップがある。

 念のため、図表1で際立っている「中国、韓国、日本」3ヵ国の国別生産量推移を、ノースボルトと比較しながら、図表3にプロットしてみた。

 

図表3:EV用電池の国別生産量推移

SNEリサーチに基づき筆者作成

SNEリサーチに基づき筆者作成



 

 図表3が明示しているのは、中国が2020年辺りから急激に成長しはじめ、韓国も中国に及ばないものの、やはり同じころから伸び始めていることだ。

 中国が急成長した原因は『嗤う習近平の白い牙 イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』に書いたように、習近平とイーロン・マスクが組んだことに最大の原因があるが、「韓国がなぜ?」を追究しているうちに、「日本のなぜ?」具体的には「パナソニックのなぜ?」に突き当たり、そこにもイーロン・マスクがいたことを知った。

 

◆なぜ中国が驚異的に成長し、日本は衰退していくのか?

 中国が急成長したのは、上述したように、習近平が国家運命をかけてイーロン・マスクを中国側に引き寄せたからだ。今年11月10日のコラム<トランプ2.0 イーロン・マスクが対中高関税の緩衝材になるか>でも触れたが、習近平は2015年にハイテク国家戦略「中国製造2025」を発布した。イーロン・マスクの登場は、その戦略にピタリと当てはまった。だから2018年4月、習近平はテスラの上海工場設立に対して、独資企業としてスタートしてもいいという特別の厚遇を与えたのだ。

 テスラの登場は、中国のEVメーカーおよびEV用電池メーカーを刺激し、製造の品質向上と大量生産に向かって突進させ、価格競争においても互いに競い合ったので、廉価で品質の高い中国のEVとEV用電池が全世界を席巻するに至った。

 韓国が2020年辺りから急成長し始めたのも、実はテスラのお陰だ。韓国のLGエナジーソリューションは2019年8月に、テスラと電池調達で合意している。

 ところが日本は異なる選択をした。

 その辺の事情を中国の「虎嗅網」が2022年8月3日に<トヨタからテスラへ:松下(パナソニック)電池衰退史>という見出しで非常に詳細に分析している。テスラとの関係部分だけを要約すれば「パナソニックはテスラがまだ無名のころからEV用電池を提供しており、2014年にはアメリカのネバダ州で最初のギガファクトリーへの投資に参加したが、常に株主から反対意見が出され、明確な姿勢を貫くことができなかった。そこでイーロン・マスクは韓国や中国に働きかけ、中国を根拠地に選んだ。そして2019年8月、イーロン・マスクはパナソニックとの独占契約を解消した」という流れである。

 この時点から、日本はもう這い上がれなくなったと、「虎嗅網」の分析は結んでいる。

 「株主」は「物を言って」、トップの判断をコントロールした。いわゆる「物言う株主」制度が日本のチャンスを奪ったのである。この制度は必ずしもマイナスに働くわけではないが、この場合は、又しても日本の製造業を衰退に追いやったことになる。

 中国は習近平の決意によって国家戦略が決まっていく。これが中国の強みだ。

 

◆「トランプ2.0世界」に与える影響

 2024年11月25日、中国のEE Times Chinaは<中欧EV関税が交渉されようとしているのか? 市場を技術と交換するのは表面上のことでしかない>という見出しで、ノースボルトの破綻により、EUが今年10月30日から実行している中国EVに対する追加関税を覆すか否かを論じている。

 結論は見いだせていないものの、EUは一枚岩ではなく、アメリカにはEUにも一律に関税をかけ環境問題などを無視するトランプ2.0政権が誕生するので、当然中欧貿易交渉にも大きな影響を与えるだろうと分析している。

 落としどころとしては、今年10月29日に決定した対中EV追加関税を覆すのではなく、中国がEUに輸出するEVやEV用電池の価格を引き上げることによって、EU諸国の関連企業へのダメージを小さくするという手段に出るのではないかと予測される。そうすれば中国も儲かるわけだし、悪い選択ではないかもしれない。

 中国はEUが決定した追加関税に対する報復措置として、EUからの乳製品、豚肉製品、化学品、ブランデーなどに対する関税引き上げを検討している。トランプ2.0政権の誕生を考えると、それはEUにとっては二重のダメージとなり、中国に対しては一定の譲歩を見せる以外になくなる可能性がある。

 ノースボルトの破綻はEUの技術力の限界を見せつけたものでもあり、成熟したEV用電池のサプライチェーンがEUでは育てられないことをEU諸国に思い知らせた結果でもあった。

 中欧が近づくしかない状況に追い込まれるとなると、世界全体のパワーバランスが違ってくる。習近平の場合はスクラムを組んでいるイーロン・マスクがトランプ2.0政権におり、イーロン・マスクは母親のメイ・マスクとともに中国をこよなく愛している。

 トランプは次の瞬間に何をやるかわからない要素があるものの、全体としては習近平にとっては悪くない方向に事態は動いているのではないだろうか。

 日本もうかうかしてはいられない。

 この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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