中国人民解放軍高官の腐敗摘発が止まらない。しかもなぜか「ロケット軍」に集中している。注目すべきは習近平の側近も摘発されていることだ。これは日本が大合唱をしてきた「習近平は政敵を倒すために反腐敗運動をしている」という主張が、いかに間違っていたかを証拠づけるものとして注意を喚起したい。
本稿では、なぜ腐敗が「ロケット軍」に集中しているのかを考察する。
◆腐敗摘発された中国人民解放軍高官のカテゴリー
まずは、2023年から立て続けに断行されている中国人民解放軍高官たちの腐敗による摘発に関して、「腐敗分布図」を図表1に描いてみた。あまり馴染みのない人名に関して文章で説明するよりも、いかなる軍種、いかなる部局から腐敗が湧き出ているかを視覚的に見やすいようにした方が頭に入りやすいと思ったからだ。
図表1:中国軍高官の腐敗分布図
図表1をご覧になると一目瞭然、圧倒的に「ロケット軍」と「装備発展部」が多い。
「装備発展部」というのは、胡錦涛時代の「総装備部」で、「総後勤(後方勤務)部」ともとに「腐敗の巣窟」だったところだ。銀行に預けると発覚するので家一軒の中に札束を詰め込むという札束御殿があったりして、あまりに何年にもわたって大量に詰め込みすぎたために、習近平政権の反腐敗運動で摘発された時には札束がかびていたという有名な話がある。もちろん腐敗分子はアメリカなどの銀行を大いに活用したものだ。江沢民時代に全盛を極めた「底なしの腐敗」は、実際上は江沢民が仕切っていた胡錦涛政権時代も続き、国家予算の半分近くが個人のポケットか「外流」したというデータもある。その詳細は拙著『中国人が選んだワースト中国人番付 ― やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』(2014年)で書いた。2014年1月1日には中国のネットに「中国人渣排行(中国人くずランキング)」という言葉が現れるという言論の自由があったが、それくらい腐敗が、我慢のならない程度まで蔓延していたという証拠でもある。
胡錦涛時代までの「総装備部」を「装備発展部」という名称に変えたところで、「腐敗の巣窟」という、中国何千年の歴史が培ってきた「腐敗文化」が消えるわけではない。
一方、「ロケット軍」は習近平時代に入って「軍民融合」を始めたときと同時期に創設されたものである。この事実を認識できるか否かで、現在の中国人民解放軍高官たちの腐敗問題の原因を分析できるか否かが決まってくる。
◆習近平による軍事大改革と「軍民融合」
2016年1月2日のコラム<中国、軍の大規模改革――即戦力向上と効率化>に書いたように、習近平は2015年12月31日に建国後初めての軍事大改革を行った。
何が初めてかというと、それまで「総参謀部」の指揮下にあった軍を中央軍事員会の直轄下に置いたという点が大きな変化だ。加えて、当該コラムに書いたように、海軍と空軍は陸軍に貼り付けたような形だったのを独立させたということ、また第二砲隊として、これも陸軍の付録でしかなかったものを独立させて「ロケット軍」にしたということが大きい。
改革前の胡錦涛政権時代の軍組織を図表2に示したので、ご覧いただきたい。
図表2:胡錦涛政権時代までの軍事体制図
まるで「軍とは腐敗を主たる業務とする」と言っても過言ではないほど、軍は「腐敗の巣窟」となっていた。戦争は起きないのに、戦闘の準備ばかりしているから、莫大な国家予算が軍事費に充てられる。汚職をしようと思えば何でもできる状況だった。江沢民は北京に人脈のネットワークを持っていなかったので、「銭(ぜに)」によってネットワークを形成し、誰もが「江沢民閥」に列(つら)なるために汚職や賄賂に励んだ。そうしないと隊列から外されるからだ。
「総参謀部」は絶対的な権力を持っているので「権力の乱用」と「汚職蔓延」で目も当てられず、「総政治部」も党の権限だけを持っているような組織で、汚職は「総参謀部」に倣(なら)った。
「総後勤部」と「総装備部」は「物資」を扱うので、底知れぬ「腐敗の巣窟」になり果てていった。
このままでは、もし仮に台湾をめぐり戦争があったときには中国は絶対に勝てない。
そこで習近平はこの「腐敗の巣窟」にメスを入れるべく2013年から反腐敗運動を断行し始めたのだ。と同時に、2015年3月12日に「軍民融合」体制に入ることを宣言。同年12月31日に「ロケット軍」を創設するなどの軍事大改革を行ったのである。
改革後の軍事体制を図表3に示す。
図表3:2015年末に行われた軍事大改革後の軍事体制図
図表3をご覧になると、「総参謀部」が消えて「総装備部」が「装備発展部」に名称変更し格下げされていることがわかる。
そして「ロケット軍」が創設されたが、宇宙開発とともにミサイルなどのロケット開発はハイテク化が不可欠なので、大学や研究所などとタイアップし、民間企業とも連携する「軍民融合」の中で発展していった。そこにはふんだんな予算も割り当てられる。
となると、当然のように芽生えてくるのは、やはり「腐敗」だ。
たとえば、図表1にあるロケット軍元司令員の魏鳳和は中央軍事委員会委員で国防部長にまで昇進していたが、胡錦涛時代には図表2にある「総参謀部」の副参謀長をしていた。「腐敗の芽」はそこで十分に醸成されており、それがロケット軍で蠢(うごめ)いていたのである。
これらを一人一人説明すると一冊の本を書くしかなくなるので省略するしかないが、国防部長から落馬した李尚福は装備発展部の「腐敗の巣窟」にはまったものと考えられる。
苗華などの場合は悲惨だ。彼は習近平が書記を務めていた福建省の部隊で政治部門トップを務め、習近平の側近中の側近として位置づけられていた。その苗華をも摘発せざるを得ないところまで追い込まれたのだから、習近平が軍事大改革に託した「強軍の夢」は遠ざかっていったと言っても過言ではないだろう。
政敵を倒すために習近平が反腐敗運動を始めたと毎日のように喧伝しまくった日本のメディアや、いわゆる中国問題専門家たちには釈明が付かない現実がここにはある。
2024年4月19日に、図表3で何やら曖昧模糊としていた「戦略支援部隊」がようやく図表4にある「直属兵種」に分割され、その任務が明確化されたものの、もはや図表1にあるような「腐敗摘発」の激的流れを止めることはできなかったのである。
図表4:2024年4月以降の中国の軍事体制図
◆腐敗で摘発された軍民融合関連の軍事企業と大学名
2024年1月10日のコラム<習近平に手痛い軍幹部大規模腐敗と中国全土の腐敗の実態>の図表1に描いたような軍民融合の全体像があり、そのコラムでは李尚福に焦点を当てて彼が関わってきた全ての機関を赤で囲んだ。
今回は本コラムの図表1で示した高官たちが摘発されているので、範囲が広範になるため、軍民融合の中のロケット軍や装備発展部と深く関係している部局に焦点を当てて腐敗と関係する軍民融合相関図を作成してみた。それが図表5である。
青色の点線で囲んだ部分が「軍民融合」系列の組織だ。
末端には数多くの軍事関連民間企業と大学や研究所などがあり、中央組織からの連携指導を受ける。
図表5:今般の腐敗に焦点を当てた軍民融合相関図
今般の腐敗は、この「連携指導」した「民間企業や大学・研究機関」などとの間に起きている。胡錦涛時代に中央と地方役人や業者との間で起きた腐敗と類似の構図だ。あれだけ摘発され投獄され、無期懲役や死刑判決まで受けているのに、それでも腐敗はやまない。救いようのない、地の底まで染み込んでいる「中国腐敗の文化」だ。
腐敗で摘発された軍事企業と大学名を図表6に示す。
図表6:「軍民融合」により腐敗で摘発された軍事企業と軍事工業関係大学
図表6に示したのは氷山の一角にすぎず、図表1とともに、今後も続々と姿を現してくる可能性がある。これで腐敗が止まったなどということは中国にはない。
習近平が自らの運命と国運をかけて挑んだ軍事大改革と軍民融合だったが、中国の底知れぬ腐敗文化の土壌に関する認識が、まだ甘かったのではないだろうか。
2015年に同時に進行したハイテク国家戦略「中国製造2025」に関しては、軍のような腐敗は蔓延(はびこ)っていない。その理由は、そこには国際社会と密接に関連した市場競争があり、現在進行形の「市場活動」があるからだ。
「軍」は、中国はいま戦争を起こしてないので、予算ばかりが大量に注がれて「実際の活動」がないからだと解釈される。その意味からも12月24日のコラム<米『中国軍事力報告書』の「汚職摘発で中国軍事力向上」指摘は国防費獲得のため>で指摘した米・国防総省の報告書の内容は正しくなく、あくまでも米議会で予算を獲得するための適当な「盛り」を入れた報告書であったことが、さらに明確になったと言えるだろう。
最後にもう一度、図表5の「中央軍事委員会」の欄をご覧いただきたい。
中国人民解放軍の最高峰である「中央軍事委員会」の委員に腐敗高官を任命してしまった習近平の無念さは、いかばかりかと、哀れをさえ誘う。ここを赤色の線で囲むときに、筆者は一瞬の逡巡さえ覚えた。しかし止むを得まい。これが現実なのだから。
中国の「終わりなき腐敗」に関しては今後も考察を継続していきたい。
この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。
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