11日中共六中全会が閉幕し「歴史決議」が採択された。建党百年の節目であることと、「これまで解決できなかった難題を解決した」ことが決議を出す主たる理由となっている。では、その「難題」とは何か?
◆六中全会で「歴史決議」が採択された
第19回党大会以降の5年間内において開催される中国共産党中央委員会全体会議の第六回目会議(六中全会=中共中央第六回全体会議)が11月8日から11日にかけて北京で開催された。
冒頭の開幕式において習近平(中共中央総書記)が講演したと思われる内容を中心とした「六中全会公報(コミュニケ)」が11月11日に発表された。このリンク先をご覧いただくと、習近平が六中全会で講演している姿が動画で映し出されている。一般に会議の様子は非公開となっているので、この映像により実際の雰囲気を窺(うかが)い知ることができる。
六中全会では「歴史決議」が採択され、その内容に関して11月12日に中共中央が記者会見を開き、「党の百年奮闘における重大な成果と歴史経験に関する中共中央の決議」という決議名で採決されたと公表した。決議文の全文は未だ公開されていない。
それでも公報と記者会見の内容から、習近平による「歴史決議」がおおむね如何なる内容であるかは考察することができる。
◆「歴史決議」とは
記者会見で中共中央党史文献研究院の曲青山院長も認めているように、このたびの「歴史決議」は中国共産党の歴史において、3回目の決議である。
1回目は、1945年4月に(第6回党大会七中全会で)毛沢東が提唱した「若干の歴史問題に関する決議」で、これは1921年の建党以来、主として(旧)ソ連のコミンテルン系列を中心として展開されてきた中国共産党を、完全に毛沢東の下で発展させていくことを認めた大きな歴史的転換を示すものだった。
2回目は、1981年6月(第11回党大会六中全会)において鄧小平が提唱した『建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議』である。これは文化大革命(1966~76年)への批判を中心としたもので、1回目も2回目も、いずれも「若干の歴史問題」という言葉があるのが特徴だ。
「歴史の過ちを繰り返してはならない」という「党内抗争」を戒めているという、「問題点」を中心にしたという共通点を持つ。
ところが今般の習近平による「歴史決議」はには「問題」という文字はなく、あくまでも「党の百年奮闘における重大な成果と歴史経験に関する中共中央の決議」と、非常に肯定的だ。
今年「歴史決議」が出されたのは当然のことで、建党100周年記念の年に、中国共産党の歴史的総括をしなかったら、むしろ不思議でさえある。よくぞここまで中国共産党による一党支配体制を維持できたという感慨が中共中央にはあるだろう。
もう一つ特徴的なのは、六中全会が始まる前の中国における溢れ出る情報や、今般発表された公報にも書いてある「長きにわたって解決したいと思ってきたが解決できなかった難題を解決したこと」という文言だ。
◆「長きにわたって解決できなかった難題」とは何か?
至るところに書いてある、この「長きにわたって解決したいと思ってきたが解決できなかった難題」とは何を指しているのだろうか?
どこにも具体的な内容が書いてない。そのうち公表されるだろう「歴史決議全文」を見れば書いてあるかもしれないが(あるいは書かないかもしれないが)、今この段階で推測が付く「長きにわたって解決したいと思ってきたが解決できなかった難題」がある。
それは反腐敗運動だ。
この謎を解くカギは、同じ中国語の表現が、2017年10月25日に開催された第19回党大会一中全会における習近平の講和の中に出てくることにある。
中国語の簡体字なので、このページに文字表記すると文字化けしてしまうので、当該部分を以下の図表で示したい。但し12月31日に雑誌『求是』に掲載された文章を中国政府の通信社「新華社」の電子版「新華網」が公開したものである。
図表1:第19回党大会一中全会(2017年10月25日)における習近平の講話の当該部分
図表1の黄色で示したのと、ほぼ同じ表現が今般の六中全会公報の中に出てくる。その当該部分を図表2で示す。
図表2:2021年11月11日に公表された六中全会公報の当該部分
両者とも黄色部分を見て頂くと、同じ中国語が並んでいることが分かる。
図表2の方は黄色が2カ所途切れているが、それは2017年の文章にはなかった言葉なので、黄色のハイライトを付けていない。
今年の六中全会で新たに加わった言葉は「風険」(リスク)と「取得歴史性成就」である。前者の「風険」は「アメリカとの覇権競争」を表し、後者の「取得歴史性成就」は「建党100年の歴史的成果を得たこと」を表しているとみなすべきだろう。
さて、この黄色部分から、なぜ「難題」が「反腐敗運動だ」と分かるかというと、2012年の第18回党大会から2017年の第19回党大会までの間に起きた大きな出来事は「虎も蠅も同時に叩く」という反腐敗運動だからだ。
しかも中国の有史以来、延々と続いてきた賄賂文化に、江沢民による激しい腐敗醸成が招いた中国共産党幹部らの底知れぬ腐敗文化が筆舌に尽くしがたいほどだ。
胡錦涛政権になって、胡錦涛がどんなに腐敗と闘おうとしても、チャイナ・ナイン(当時の中共中央政治局常務委員会委員9人)の中に6人も江沢民派が送り込まれていたので、チャイナ・ナインにおける多数決議決の時に、その6人に阻まれて、胡錦涛は反腐敗運動を実行することができなかった。
だから図表1と図表2に共通している言葉の内、赤線を引いた言葉「長い間解決したいと思ってきたが解決できなかった難題を解決し、過去に何とかしようとしたが出来なかった大きな事を成し遂げた」が、「反腐敗運動」を指していると推測できるのである。
これは正に中国5000年の歴史以来の難題で、どの指導者も解決したいと思いながら、多くの王朝が腐敗で滅んでいった実例からも十分に推測できる。
新中国(中華人民共和国)が誕生して間もない1951年末、毛沢東も「大虎も小虎も同時に叩く」というスローガンの下に、反腐敗運動を展開した。
そのとき天津の小学校に上がっていた私は、毎日のように「虎を何匹捕まえた」という話を授業中に聞かされたものである。
まだ国民党が統治する「中華民国」の時代だった1946年から48年にかけて、生まれ育った長春市で目の前に国民党兵士がいる環境で日々を過ごしたが、八路軍(当時の共産党軍の一般的呼称)により食糧封鎖されている中でも、国民党軍と一部の金持ち(中国人)の間では腐敗が蔓延して怠惰が広がっていた。
こういう経験からも「難題」が「腐敗」であるということを実感することができる。
◆腐敗撲滅によりハイテク軍事力が先鋭化
1989年に天安門事件が起きた際、鄧小平は鶴の一声で江沢民を中共中央総書記に指名するのだが、北京に政治基盤のない江沢民は「金」で結ばれた関係によりに自らの権力基盤を強化し、中国の政財界を底なしの腐敗地獄へと陥れていった。
それが最も顕著に表れたのは軍部である。特に陸軍を中心とした参謀が管轄していた昔ながらの「軍区」は、どうにも動かしがたいほどの、巨大にして強固な腐敗の巣窟と化し、ここにメスを入れなければ胡錦涛が第18回党大会の初日(11月8日)に悲痛な叫び声のような、総書記としての最後の講演をしたように「腐敗を撲滅しなければ党が滅び、国が亡ぶ」状況にあった。
しかし、相手は軍隊だ。
ストレートにメスを入れればクーデターが起きる。
その危険を避けて、軍から腐敗の巣窟を一掃するには、軍や公安(当時は武装警察)で異様なまでの力を握っているトップの幹部を「腐敗」により逮捕する以外に道はなかった。この手法は胡錦涛と習近平の間で綿密に打ち合わせて実行に移されたのだと、今は亡き高齢の元党幹部が耳打ちしてくれたことがある。
これにより軍のハイテク化を妨げていた重石のような軍部の腐敗の巣窟を切り崩し、ようやく2015年12月31日に「軍事大改革」を成し遂げたのである(その一部は2016年1月2日のコラム<中国、軍の大規模改革――即戦力向上と効率化>で述べた)。
同時並行で拙著『「中国製造2025」の衝撃』に書いたハイテク国家戦略の実行が可能になり、軍事力のハイテク化と先鋭化が実現した。
その結果、2021年4月21日のコラム<「米軍は中国軍より弱い」とアメリカが主張する狙いは?>に書いたように、中国のミサイル力がアメリカを凌ぐようになったとペンタゴンが認めるようになり、また最近になってアメリカの統合参謀本部議長をして、「中国の極超音速ミサイル、『スプートニク』に匹敵」と言わしめるほどに至ったのである。
これが図表1,2の赤線の後にある言葉(黄色部分)「党と国家の事業を推し進め、歴史的な変革をもたらしたのである」に現れている。
日本では「反腐敗運動は習近平が政敵を倒すための権力闘争だ」という解説が研究者やメディアによって成され、真実を見る目を曇らせている。政敵を倒したので「ようやく権力基盤が安定した」という間違った認識が深く染みわたり、修正にしようもなくなっているほどだ。
不都合な事実を正視する勇気を持たなかった日本人は、やがてさらに「不愉快な現実」を目の当たりにすることになるだろう。日本の国益のために警告を発したい。
なお、このたびの「歴史決議」から読み取れる情報は膨大で、特に拙著『習近平父を破滅させた鄧小平への復讐』との兼ね合いを読み解いていきたいのだが、文字数の制限上、今回は「これまで解決できなかった難題とは何か?」に焦点を絞るに留めた。
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