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嗤(わら)う習近平――ハンガリー首相訪中が象徴する、したたかな中露陣営と弱体化するG7
カザフスタンで上海協力機構サミットに臨む習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
カザフスタンで上海協力機構サミットに臨む習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

6月25日、月の裏側からサンプルを回収するという人類未踏の成功を成し遂げ、宇宙開発でアメリカを超えた習近平国家主席は、7月4日にカザフスタンのアスタナで開催された上海協力機構サミットに出席した。「一帯一路」構想の意義を再強調し、ロシアとともに推し進めている「国際月面研究ステーション」への参加を呼びかけた。国連事務総長をはじめとする計8ヵ国の首脳と会談したあと、タジキスタンを訪問して尋常ではない熱狂的な歓迎を受け、6日に帰国。

8日になると、1日にEU議長国に就任したばかりのハンガリーのオルバン首相が訪中した。習近平提唱のウクライナ戦争平和案を基準にした停戦案や中央アジアを介した「一帯一路」の復活を話し合っただけでなく、EUの中国製EVに対する追加関税に関しても交渉できたのは大きい。

オルバン首相は欧州議会でフランスの極右政党と組み「欧州の愛国者」という会派を結成し、欧州の対米追従一辺倒に反旗を翻している。米側陣営だった欧州には亀裂が入り、G7首脳は右派のメローニ首相率いるイタリア以外は壊滅的だった。

一方、インドのモディ首相は9日にモスクワでプーチン大統領と会い、ワシントンで開催するNATOサミットに抵抗を示した。そのNATOサミットには、オーストラリア首相が出席を拒否。前代未聞だ。

◆中央アジアで習近平が熱烈歓迎を受けたわけ

7月2日、習近平は上海協力機構サミットに参加するため、カザフスタンのアスタナに着き、3日午前にはカザフスタンのトカエフ大統領と会談し、午後記者会見を行なった。

カザフスタンは習近平が2013年に初めて「一帯一路」構想を公開した国。それだけでも習近平にとってカザフスタンは重要な土地の一つだ。しかしそれ以上に、ウクライナ戦争における西側諸国の対露制裁が厳しくなる中、中国はひたすら経済的にロシアを支援してきたため、中露の力関係は完全に中国に有利になっている。すると習近平は、プーチンへの「永遠の友情」を誓いながらも、実はプーチンの足元を見て、これまで長いこと解決できなかった中央アジアにおける中露間の問題に関して、一つずつ中国に有利な方向で解決することを積み重ねてきた。

たとえば、今年1月25日に中国は「新時代における全方位包括的戦略パートナーシップに関する中華人民共和国とウズベキスタン共和国の共同声明」を発布したが、その中で「双方は、中国・キルギスタン・ウズベキスタン鉄道プロジェクトが、中国とウズベキスタンおよび地域の連結性を強化する上で歴史的および戦略的に重要である」とか「双方は、中国・中央アジア交通回廊の建設を加速し、中国・中央アジア貨物列車の運行を促進し、中国・キルギスタン・ウズベキスタン高速道路の円滑な運行を確保する」などが謳われている。

平たく言えば、これまで中国・中央アジアを結ぶ鉄道の線路幅に関して旧ソ連型を主張するプーチンに対して、習近平は何とか中国型に統一して欲しいと交渉してきたがプーチンが譲らなかったが、ウクライナ戦争が始まってから、プーチンが突然譲歩してきたということだ。

今年2月26日には、カザフスタンの政府系ファンドSamruk-Kazynaは、中国の中国中車(CRRCコーポレーション)と協力協定を締結した。中国中車は中国の中央国有企業で、世界最大の鉄道車両メーカーである。

これにより中国側のCRRCは、カザフスタンを通してユーラシア経済連合および欧州市場に参入することができる。

さらにトルクメニスタンに関しては、10年以上にわたって価格交渉や技術的障害に関して揉めてきた「中国・中央アジア天然ガスパイプライン」のⅮラインが昨年8月に落着し建設が加速している。というのも、ウクライナ戦争により中露間で天然ガスパイプライン「シベリアの力2」建設が加速したために、中国が中央アジア間とのパイプラインを中断する可能性があると心配して、中東アジア側が突然譲歩したからだ。

すべてウクライナ戦争がもたらした副作用的「効果」で、戦争当事者でもなく戦争に関しては中立を保っているだけで、習近平のもとには計り知れない利点が転がり込んでくる。詳細は『嗤う習近平の白い牙』の【第五章 ウクライナ戦争と「嗤う習近平」】の【四 中央アジアでもチャッカリ】で書いた。

拙著で出てこなかったのはタジキスタンで、習近平は2019年以来タジキスタンには行っていないので、カザフスタンでの上海協力機構サミットが終わると、4日夜、タジキスタンのドゥシャンベ空港に到着した。

夜遅い時間だというのに、タジキスタンのラフモン大統領がじきじきに空港まで迎えに来ていて、空港ではまるで皇帝でも迎えるかのような熱狂的な歓迎が展開していた。ぜひともリンク先をクリックしてご覧いただきたいと思うが、念のためその中の一枚を図表1に貼り付ける。

図表1:習近平を迎えるタジキスタンの空港の一場面

 

出典:CCTV

出典:CCTV

 

ここから見えてくるのは、「あの習近平がわが国にわざわざ来てくれたんだよ!タジキスタンは習近平に大事にされており、決して軽んじられていない」ということを、大統領が国民に見せようとしているという思惑だ。

すなわち中央アジアでは、習近平はもはや、ここまでの位置づけになってしまっているということになろうか。

上海協力機構の現時点での正式メンバーは「中国、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、インド、パキスタン、イラン、ベラルーシ」で、このたびベラルーシが新たに加盟した。

カザフスタンはBRICSに加盟したいという申請があり、次期BRICS総会で正式に承引されることになる。

全体の動きが見やすいように、念のため習近平の行程とともにハンガリーのオルバン首相(青色文字)やインドのモディ首相(緑色文字)あるいはNATOサミット(紫色文字)などを含めた一覧表を図表2として示す。

図表2:習近平国家主席とその周辺の日程

 

筆者作成

筆者作成

 

◆ハンガリーのオルバン首相訪中が意味するもの

7月8日、ハンガリーのオルバン首相が北京入りし、習近平と釣魚台賓館で会談した。今年5月9日に習近平がハンガリーを訪問し両国首脳会談をしているので、わずか2ヶ月ほどしか経っていない再会だ。

図表2に示した通り、ハンガリーが7月1日に輪番制の欧州連合(EU)議長国に就任するとすぐ、オルバン首相は翌日の7月2日にはウクライナに飛び、キーウでゼレンスキー大統領と会見した。会見では「停戦」に関して話し合ったものの、ゼレンスキーはオルバン首相には資格がないと反論している(ちなみに、7月8日になるとゼレンスキーは、「効果的な調停には米国、中国、EU全体など、最も強力な国や同盟が必要だ」と述べている)。

オルバン首相は7月5日には前触れなしに突然モスクワに飛びプーチン大統領と会談した。オルバン首相はロシア寄りで習近平が出した「和平案」に賛同しており、プーチンももちろん習近平の「和平案」に賛同だ。

習近平の「和平案」の特徴は、「停戦ラインを事前に示さない」ところにある。これならプーチンも話に乗ってくるだろうし、ともかく戦争をしている国同士が同じテーブルに着かない限り、停戦交渉は始まらないというのが習近平の立場であり、オルバン首相の立場でもある。

この意思確認をプーチンにした後に北京入りしたオルバン首相の動線は注目すべきだろう。

冒頭に書いたように、オルバン首相はウクライナ戦争の停戦に関して習近平と話し合っただけでなく、中国製EVに関するEUの対中追加関税に関して話し合い、長期的には中国・EU間の関係発展につながる習近平の要望をも是認している。そればかりか、中国がいつも反対しているバイデン政権による「オーカス」(AUKUS。オーストラリア、イギリス、アメリカから成る軍事同盟)などの、いわゆる「小さなサークル」づくりや陣営間の対立に反対すると、オルバン首相は表明したのだ。

6月25日のコラム<EU、対中EV追加関税で中国と協議に合意 そのゆくえは?>に書いた追加関税に関してEUは7月5日から、中国製EVへの「暫定関税」を最大37.6%上乗せすると発表した。それが「正式関税」になるのは今年の11月からで、それまでに中国・EU間の駆け引きが続く。

オルバン首相の訪中は、そのど真ん中に決定的な影響をもたらすことになる。

◆EUに反旗を翻した「欧州の愛国者」会派

というのは7月8日、オルバン首相が結成したEU欧州議会の新たな右派会派「欧州の愛国者」がフランスのマリーヌ・ルペン氏が率いる極右「国民連合(RN)」を迎えて、第三会派として正式に誕生することになった。フランスのマクロン大統領が大敗を喫したRNの欧州議員30人がすべて「欧洲の愛国者」に入ったので、総勢84人となり、欧州議会で3番目に大きな会派となる。

マリーヌ・ルペンは「アメリカに対して比較的否定的な態度」で「バイデン政権は現在、中国に対してあまりにも攻撃的であり、アメリカは自国の同盟国がアメリカの統治下で団結できるようにするために敵を作りたいだけだ」と述べ、「アメリカが欧州を中国の敵に誘導している」と述べている。この言説からすれば、RNの対中姿勢はオルバン首相と近い。

すなわち、親中的と判断していいだろう。

このような会派が欧州に生まれたことは、習近平にとっては予期せぬ贈り物にちがいない。

◆インドのモディ首相が訪露してプーチンと熱烈なハグ

重ねるように、今度はインドのモディ首相が7月8日に訪露して、プーチン大統領と熱い抱擁を交わした。「熱度」があまりに「濃い」ので、図表3に、その写真を貼り付けたい。

図表3:モディとプーチン

 

出典:AFPBB News

出典:AFPBB News

 

モディ首相は7月4日の上海協力機構サミットには外務大臣を派遣し、自分自身は選挙が終わったばっかりで公務に忙殺されているとして欠席している。

一方、6月13~15日のことではあるが、G7の誘いには乗って、バイデン大統領にやや妥協的姿勢を見せているが、なんと、7月9~11日にかけてワシントンでNATOサミットが開催されるのに合わせて、こともあろうにプーチンに会いに行くというのは、「心は、本当はプーチン側にあり、G7はお愛想に過ぎない」ことを露骨に表しているとしか言いようがない。

習近平はモディ首相のモスクワ訪問に関して事前に知っていたはずだ。なぜなら6月24日には報道されているからだ。ということは、プーチンと習近平の間では、この情報は共有されていて、習近平としてもNATOの「東方拡大」の「東方」が東アジアにまで及び、対中包囲網に使われようとしているのを警戒しているので、モディ首相のアイディアに賛同したものと推測される。すなわち中露印3ヵ国首脳は「目的」を共有していたということになる

ここが重要だ。

一方、オーストラリアのアルバニージー首相はNATOサミットに招待されていたが、今回は参加しないと表明した。アルバニージー首相は2022年(スペイン)および2023年(リトアニア)ともにNATOサミットに出席しているが、今回は「われわれはNATO加盟国と一緒の部屋にはいない」と言明しているのだ。

なお、「一緒の部屋にはいない」はずの「ニュージーランド、韓国、日本」は3年連続で参加している。

中国の新華網は、オーストラリアのメディアが、「首相が参加しないのは前代未聞」と書いていると報道している。もっとも首相は欠席するが、その代わりに国防部長を派遣したらしい。

◆弱体化するG7

少しさかのぼるが、今年6月13日、アメリカのメディアPOLITICOは、<6人のレームダックとジョルジャ・メローニ:2024年のG7で会う>というタイトルで、G7の弱体化ぶりを表現している。健在なのはイタリアの右派ジョルジャ・メローニ首相だけで、2024年のG7は「最後の晩餐」となるだろうと報道しているのである。

たしかにその時点で危なかったイギリスのスナク政権は今では下野して労働党政権が誕生しているし、フランスは極右政党RNの台頭を許し、ドイツのショルツ政権も危なく、カナダのトルドー首相は「クレイジーな仕事を辞めたい」と公言している。POLITICOは岸田首相のことを「今年後半の党首選を前に、最低の個人評価に耐えている」と表現しているのが興味深い。

もちろんアメリカの混乱ぶりは言を俟(ま)たない。

習近平の「高嗤(たかわら)い」が聞こえてきそうだ。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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