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EU、対中EV追加関税で中国と協議に合意 そのゆくえは?
中国製EV低価格モデル(写真:ロイター/アフロ)
中国製EV低価格モデル(写真:ロイター/アフロ)

6月22日、あれだけ居丈高に中国製EVに追加関税を課すと叫んでいたEUが、結局、中国と協議するということで合意した。追加関税に反対するドイツはEUの決定を覆せるか?習近平と大の仲良しのマクロンが大統領を務めるフランスが、追加関税を最も強く叫んでいるのはなぜか?予断を許さない駆け引きが続く。

◆欧州委員会の上級副委員長が中国に話し合いを要請

6月12日にEUが発表した中国製EVに対する追加関税に関して、6月22日、中国商務部の王文濤部長は、欧州委員会のドムブロフスキス上級副委員長(通商担当)の要請に応じてビデオ会談した。その結果、中国製EVに対する追加関税に関して協議を開始することで合意した

今年4月22日のコラム<欧米が恐れる「中国製造業の津波」>で書いたように、4月4日、フランスのメディアRFI(Radio France Internation)は中国の安価なEVや太陽光パネルが欧州に押し寄せてきて、欧州の関連企業を圧迫しているという悲鳴を報道している。

欧州はその原因を、「中国政府による関連企業への補助金」にあるとして、実態調査をすると息巻いていた。その結果、遂に6月12日に、「中国から輸入されるEVに最高48%の関税を課す計画」を発表するに至ったのである。

これに対し中国は直ちに、たとえばEUからの豚肉輸入で反ダンピング調査に入るなどの対抗措置に出ていた。それはやがてEVの原材料部品の一つであるリチウムイオン電池などへの輸出規制やEUのガソリン車に対する高関税に発展していく可能性もあった。

そこでドイツのハーベック経済相が中国を訪問し、22日に王文濤商務部長と会談して「追加関税に関してEUは中国と協議する用意がある」と伝えていた。王文濤商務部長と欧州委員会のドムブロフスキス上級副委員長とのテレビ会談は、このような背景の下で行われたのである。

◆ドイツは対中追加関税に反対

ドイツにとって中国はガソリン車の最大の輸出先だ。たとえばドイツの「ベンツ(Benz)、BMW、アウディ(Audi)」の3つの高級車ブランドは、中国では「BBA」と称されるほど、長いこと憧れの的で、金持ちの象徴でもあった。ネットでは「自転車に乗って楽しく笑っているより、BMWに乗って泣いてる方がいい」という言葉が流行したくらい、若い女性が「夢の王子様」に求める切なる願いにまでなり、中国では人気のある3大高級車ブランドとして位置づけられている。

事実、2023年現在でも、「ベンツ、BMW、アウディ」の中国における販売台数は各社の公式発表によれば、それぞれ「73.72万台、82.49万台、72.0万台」で、これはドイツにとって世界販売の「36.07%、32.28%、38.37%」を占めている。このようにドイツの自動車メーカーにとって、中国は欠かすことができない大事なお客様なのである。

それなのに、もしEUが中国製EVに関して追加関税などを持ち出してきたら、その報復措置として中国がドイツ車の輸入に関して25%の暫定関税をかけてくる可能性がある。このことは5月21日、在中国欧州連合商工会議所が明らかにしている

そのようなことをされたら、そうでなくともウクライナ戦争が始まって以来、ロシアからの天然ガスを輸入できなくなったために経済的不況に陥っているドイツは、さらなる不況に見舞われることになり、ショルツ政権は持たない。長期にわたって建設してきたノルドストリーム2を、バイデン政権によって爆破されても、そのことを口に出すことさえできないような対米従属的なEUの雰囲気があるので、ドイツは口をつぐんでいる。しかしこれ以上、アメリカに気に入られるために、対中強硬策を継続するわけにはいかないのだ。自国の経済が破壊してしまうからだ。

だからドイツは絶対にEUによる中国製EVへの追加関税に反対なのである。

◆ドイツはEUの決定を覆せるか?

どうやらEUのルールによって、EUの決定を覆すには、EU人口の35%の賛同を得ていないとならないらしい。おまけに「少なくとも4人の評議会メンバーを含める必要がある」と書いてあるので、いまドイツは「少なくとも他の3つの加盟国」を味方に付け、EUの対中追加関税に拒否権を使おうと必死だ。

実は既にドイツ以外にも「スウェーデン、ハンガリー、チェコ共和国、スロバキア」などが反対しているのでドイツのショルツ首相は今、ハンガリーのオルバン首相やスウェーデンのクリステルソン首相と打ち合わせたりしている。しかし、EUの人口に関する情報によれば、「ドイツ:18.8%/ハンガリー:2.1%/スウェーデン:2.3%/チェコ:2.4%/スロバキア:1.2%」なので、今のところ合計26.8%となり、加盟国数は「4ヵ国以上」を満たしているが、人口数において足りないので、どこか人口数の多い国を見つけて味方にしなければならない。

念のため、人口の大きい国は「フランス:15.2%、イタリア:13.1%、スペイン:10.7%、ポーランド:8.2%」なのだが、この内ポーランドのドゥダ大統領は国賓として訪中し、6月24日に習近平と会談している。会談では、中国の大手自動車会社である「吉利汽車」(汽車は自動車の意味)がポーランドに工場建設を検討しているとのこと。ドゥダ大統領は北京で盛大な歓迎を受けたあと、6月25日からは、遼寧省で開催されている世界経済フォーラム主催の夏季ダボス会議に参加している。欧州から参加するのはポーランドだけのようで、ドイツはポーランドを仲間に組み込むことに成功する可能性が高い。

ポーランドを含めると、まさに「35%」条件をも満たすことになるから、ドイツが拒否権を発動する条件は整うことになる。

しかし問題は、フランスだ。

◆ネックはフランス

実はフランスは中国にガソリン車をあまり輸出していない。2023年前半の中国市場におけるフランス車のシェアは前年比40.3%減の0.4%にまで低下し、総販売台数はわずか3万9295台にとどまっている。そのため中国市場からの撤退がほぼ決まっているくらいだ。フランスの車市場は欧州そのものなのである。

おまけにフランスのマクロン大統領は2020年05月26日に、80億ユーロを投じてフランス自動車産業を復興させると表明している。北フランスをEV生産の一大集積地とする計画が動いているのだ。

したがってフランスは安価な中国製EVが欧州に入って来られては困る。 

そのため皮肉なことに、習近平とは大の仲良しのはずのマクロンは、EU内で最も積極的に対中追加関税を支持していると言っていいだろう。

そこには大統領生命を懸けた勝負がある。

それはマリーヌ・ルペン氏率いる極右政党との闘いだ。

マクロンがフランスの自動車産業の復興やEV開発の促進を表明したのは2020年の5月で、その頃は中国のEV圧力はまだまだ限定的で、誰も中国がこんにちのようなEV大国になるとは思っていなかった。特に2020年5月だと、2019年のデータしか出ていない。無視していいような台数でしかない。

中国製EVが急激に伸び始めたのは2022年辺りからで、「津波」として欧米に脅威を与えるようになったのは2023年になってからのことだ。

おまけに2020年5月はまだマクロン政権1期目で、コロナで落ち込んだフランス経済を持ち直すために、自動車産業復活を宣言したわけだ。フランスではデモが激しく、ルペン率いる極右政党が何かにつけてマクロン政権を倒すべく活躍していた。

マクロンとしては、ひとたび宣言した自動車産業復興策を覆すわけにはいかない。すぐさまルペンに突っ込まれる。2022年には大統領選挙もあったし、たとえ習近平個人とはどれだけ仲が良くても、2023年の「中国EVの津波」に対して抵抗しないと、政権交代をしなければならない状態に追い込まれる可能性がある。

事実、6月6日から9日の欧州議会選挙では、ルペンの極右政党が圧倒的に多くの議席を獲得し、マクロン率いる政権与党は大敗を喫した。となると、なおさら、保護主義を唱える極右政党に国内政治で負けるわけにはいかない。

だから、たとえ習近平自身とは仲が良くとも、政権の運命を懸けてでも対中追加関税は大声で叫んでいなければ危ないのである。

その状況が可視化できるように以下に図表で示した。

図表:中国製EV輸出台数の推移と中仏関係

 

筆者作成

筆者作成

 

◆中国は欧州工場建設に移行している

5月9日のコラム<習近平欧州歴訪、真の狙いは?>にも書いたように、習近平はマクロンにフランスにもEV製造工場を建設する予定であると語っているが、中国は欧州に数多くのEV製造工場を建設することによって関税問題を回避しようとしている。現時点では予定を含めて以下のようなものがある。

   BYD(比亚迪):ハンガリー工場

   奇瑞汽車:スペイン工場

   吉利汽車:ポーランド工場

   中国の3社競合中:イタリア工場

   零跑(リープ)汽車:オランダ工場(ステランティス社と合併)

   上海汽車集団:欧州でMGを生産すると宣言(MGはもともとイギリスの

          スポーツカーのブランドだが、現在は上海汽車集団の傘下)

   広州汽車集団のAION:6月末に欧州6ヶ国を視察し選定中

冒頭に書いた合意は、この方向性に向かって動くのではないかと推測される。もっとも、ドイツのフォルクスワーゲン取締役は「EUのEVメーカーが必要なのは追加関税ではなく、中国に追いつくためのキャッチアップ期間だ」という趣旨のことを述べており、それには数年かかるだろうというのがおおかたの見方だ。

アメリカのシンクタンク・クインシー研究所東アジアプログラムのアクティング・ディレクターは「最善の解決策は、中国企業をアメリカに呼び込んで生産させ、その知的財産を盗むことだ」とまで言っている。

時代は完全に逆転し、「中国に追いつけ」という「中国へのキャッチアップ」時代に突入したと言っても過言ではない。

「中国経済大崩壊」と、井の中の日本人を騙し喜ばせている間に、世界は次の時代に向かって邁進していることに日本人は目を向けるべきだろう。

そうでないと日本の国益を損ねる。日本国民を不幸にするだけだ。

なお、「EVが欧州に押し寄せる津波」に関しては『嗤う習近平の白い牙 イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』の【第七章の三 欧米が恐れる「中国製造業が巻き起こす津波」】で詳述した。

この論考はYahooから転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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