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「香港 抗議の街」
2019年8月4日、香港・コーズウェイベイで起こった抗議デモの様子(提供:フレイザー・ハウイー氏)

フレイザー・ハウイー

Red Capitalism,The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise(「赤い資本主義、中国の目覚ましい発展を支える脆弱な金融システム」) 共著者

世界有数の高層ビルが立ち並ぶ香港は、アジア屈指の金融の中心地であると同時に観光のメッカでもあるが、ここ数か月は抗議の街と化している。6月9日には、推定100万人がデモに参加して、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官率いる香港政府に対して、香港から中国本土への容疑者引き渡しを認める法案、すなわち逃亡犯条例改正案を撤回するよう要求した。この改正案は、通常のパブリック・コンサルテーション(市民協議)や見直しを経ずに急遽議会を通過したため、香港社会や経済のあらゆる分野で懸念が広まった。親中派の実業界でさえ、改正案の条項では香港の銀行役職員が本土で実行または捏造された汚職事件の従犯者(犯罪行為を幇助した者)として逮捕されるおそれがあるとして、大いなる懸念を示した。基本的な保護策も幾つか規定されていたが、香港社会における本土の中国政府への信頼感の欠如や、香港政府が本土からの要求に応じて積極的に民意に逆らおうとする姿勢を示したことが要因となって、中国政府は香港社会への影響力を拡大するためにこの改正案を利用することができるし実際に利用するであろうという見方が普及した。

100万人の市民がデモに繰り出した時点でもラム行政長官は動じなかったが、一週間後にはその倍近い人数がデモに参加した。デモの参加者は、最初のデモには白い服を着用したが、2回目からは黒い服の着用へと変わった。ついにラム行政長官は、事実上「改正案は死んだ」と発言したものの、廃案は拒否したことから少なくとも理論上はまだ法制化を進めることが可能な状態だ。デモ隊は、4つの主要な要求に加えて改正案の完全撤回も要求したが、ラム行政長官はそのいずれも受け入れなかった。行政長官は香港市民の声に耳を傾けると言っているものの、香港は度々制御不能に陥っており、ここ数か月ほとんど務めを果たしていない。

今回の抗議行動は、1967年に共産主義者が支援した暴動で51人が死亡、5,000人近くが逮捕されて以来、香港で最も深刻な騒乱となっている。しかし今回の抗議運動は、1997年の中国への返還を下支えした「一国二制度」に基づいていることから、長期にわたる抗議活動の一環と見なすことができよう。四半世紀前、クリス・パッテン氏が最後の香港総督に就任して香港に民主主義を根付かせようとした当時、香港市民は政治への関心が薄く気にかけているのは金儲けだけという反論をよく耳にした。今やそうした考えを貫ける者はそうそういないであろう。返還以降、政治と経済の両方が今日の香港を形成した。返還後の変化は劇的で、アジア金融危機やSARSにより憂き目に遭っただけでなく、120万人の本土人の流入が人口構成を変え、また、不動産価格が高騰して、香港は世界で最も割高で最も手を出しにくい不動産市場になった。多数の億万長者と途方もない富が存在する香港だが、人口の15%から20%程度が貧困ライン以下の暮らしを強いられている。

このような経済的ストレスの積み重ねが増幅している上に、中国政府の好ましくない干渉も受けている。一国二制度の協定に基づき、香港は独自の行政を遂行するための高度な自治権を有しているが、それでも中国政府の干渉を食い止められない。中国政府が最初に香港に対する影響力を強化した例として有名なのが、国家安全保障を巡る香港基本法第23条であった。そして2003年7月1日、50万人が反対デモに参加して抗議した。それ以来、香港政府は一連の取り組みを行ってきたが、香港市民の頭越しに直接中国政府に迎合している様子である。返還以来、4人の香港特別行政区行政長官が就任したが、いずれも香港市民の失望を買った。普通選挙で選ばれた者はおらず、事実上、中国政府の承認を受けた上で任命された者ばかりである。ここに、香港政府の根本的な問題があろう。行政長官は決して香港市民の代表ではなく、その役割自体が矛盾している。つまり、香港市民に奉仕し、彼らを代表して中国政府に対応するのではなく、香港の生活様式を抑圧しようとする中国政府の手先と見なされている。

前回普通選挙が強く要求されたのは2014年で、真の民主主義的改革が実施されなかったため、「占拠せよ」運動と呼ばれる反政府運動が起こり、官庁街のアドミラルティ(金鐘)地区で数万人が抗議して座り込み、2か月以上にわたって通りを封鎖した。香港市民による前例のない政治的道義心の表明は結局失敗に終わったが、その失敗が、直近の2か月間に見受けられる全社会的な怒りへと結実した。毎日のように突発的に暴力行為が発生している7月や8月のかなり前から、「我々は5年前に失敗したが、今回は失敗できない」という実感があった。そのため、デモ隊のごく一部が重大な破壊行為、公共財産の破損、深刻な騒乱に手を染める事態になったが、それでも香港社会の多くの層からの強い支持を保っている。

大規模な平和的抗議グループから一派が離脱して、警察本部と地元の警察署を包囲したり、反政府のスローガンを掲げて香港特別行政区立法会(立法機関)の議場に乱入し、建物を破壊するなど、ここ2か月間、率直に言って信じがたい光景が出現している。彼らは、香港の事実上の中国大使館として活動している中央政府駐香港連絡弁公室さえ攻撃した。

抗議運動には、逃亡犯条例改正案の完全撤廃、警察の残虐行為に対する独立した調査、初期の抗議行動を「暴動」と決めつけた件の撤回、逮捕者の速やかな釈放と起訴の取り下げ、普通選挙という、5つの幅広い目的がある。だが、香港政府は一切応じていない。逃亡犯条例改正案は無期限に延期され、ラム行政長官によって「死んだ」と宣言されたものの、まだ立法予定に残っている。

参加者は非常に行儀よく行動し、ゴミを回収するために居残ったり翌日戻って来たりしていた100万人の香港行進としてスタートした運動が、届け出済みの集会とデモ行進の混成に概ね取って代わり、その背後でデモ隊の一部が分裂して未届けの集会を敢行して、交通を混乱させて警察による攻撃を誘発しようと試みている。これらの参加者において指導者はほぼ不在で、催涙ガスやゴム弾といった手荒な警察の戦術に対処するために、チャットルームやソーシャル・メディアを通じた効果的だがシンプルな通信と組織体制を開発している。14年の「占拠せよ」運動で催涙ガスが使用されたことで、多くの香港市民が同胞支持を表明するようになった。本稿執筆時現在、催涙ガスは毎日のように使用されており、6月以降2,000発近くが発射されている。

騒乱が始まって以来、中国政府は、香港政府を全面的に支持していること、および香港警察には暴力を鎮圧できる能力があることを示唆している。これは、ラム行政長官がデモ隊の要求に応じていないことを意味しており、警察の対応に呼応してデモ隊も暴力の度合いをエスカレートさせている。黒い服を着てマスクをしたデモ隊は、香港中で警察とのいたちごっこを繰り広げている。「Be water(水になれ)」すなわち流動的、機動的、かつ変化するというデモ隊の戦術は、無秩序と混乱を広めるのに成功したとはいえ、戦略上はプラスに働いていない。デモ隊の要求を支持する香港市民にとって心配な点は、そうした状態が長引くほど、これらの戦術の効果が薄れることである。

香港の状況は複雑で混沌としている。街のいつもの喧騒と、デモ隊の一部が通り全体をほぼ封鎖して警察の到着を待っている時の水を打ったような静けさと、一方からレンガと火炎瓶が、他方からゴム弾と催涙ガス弾が飛んでくる完全な暴動とが奇妙に入り混じった状態にある。開通してからまだ1分しか経っていない道路や鉄道が数分のうちに通行止めになって、通勤が悪夢になることもある。月曜日には、黒シャツを着た平和的なデモ参加者が数千人押し寄せたため、空港が閉鎖された。彼らは、空港を閉鎖した後、インターネット上のフォーラムで、解散して翌日再び集まることを圧倒的多数で可決した。香港はカオスに陥っているように見える。しかし問題は、香港がこれからどのように前に進むか、という点である。

ラム行政長官は民意と完全に乖離していることを露呈しており、今でも忠誠を誓っている中国政府以外、おそらく全員の信頼を失っているようだ。彼女が行政長官として2期目を迎えることは、決してないだろう。健康上の理由で辞任するのは時間の問題にすぎないことは確かだが、暴力行為が収まってからになろう。

それよりも重要な点は、警察の残虐行為に関して真の意味で独立した調査を実施する必要があることだ。警察はとてつもなく大きな圧力を受けているとはいえ、大勢のデモ参加者に対する過剰な行為や暴力の一部については、弁解の余地がない。8月11日には、包囲した地区の地下鉄の駅構内で警察が催涙ガス弾を発射したことから、交戦規則を調査する必要もあろう。香港でこのようなスタイルの騒乱を目撃することは滅多にないので、警察側の経験不足が一因になったに相違ないが、信頼を回復する術は調査だけである。ユンロン(元朗)区で白シャツを着た暴徒が一般市民を襲撃した際、警察が出動せず通報にも対応しなかった件は、しばしばアジアで最も優れた警察と見なされる組織にとって、非常に不都合な告発事例である。開かれた誠実な調査が行われるならば、警察にとっても非常に有益であろう。

デモ隊側は、要求の一部を緩和する必要があるだろう。デモ参加者を起訴しない、すなわち、彼らのデモを暴動とみなさない、という包括的な要求は、特に数週間経った今、的外れに思える。しかし、抗議グループには明確な指導者がおらず、それが日々の警察とのいたちごっこで流動性をもたらしている反面、要求、妥協、今後の行方に関する協議に実際に関与する人が存在しないことを意味する。

警察官は法を執行するが、それ以上のものではないし、黄色のヘルメットをかぶって黒いTシャツを着ていても、起訴されることはない。どちらの側にとっても、このような説明が必要だ。

香港が前に進むには、2014年の「占拠せよ」運動の失敗が、平和的なものであれ暴力的なものであれ、今回の「逃亡犯条例改正案」に反対する抗議行動を支える怒りに如何にして繋がったかを、香港政府が傾聴し理解することが不可欠である。政府の譲歩に関しては何ら実質的なものが提示されておらず、香港市民の要求を進んで受け入れる姿勢も一切見せていないので、憤りと怒りが膨らむ一方になって、次はかなり極端な反応を示すおそれがあろう。

香港にとって潜在的な懸念は、「中国政府が戦車を送り込む」事態に発展することだろう。香港特別行政区立法会議事堂の隣に既に人民解放軍の駐屯地が設けられているが、あらゆる兆候が、軍隊がデモ鎮圧に配備される可能性は非常に低いと示している。それでも香港内外の観測筋は、直接的にせよ間接的にせよ、香港を支配するという中国政府の決意を疑うべきではなかろう。香港の独立が可能だと考えている人は思い違いをしていて、危険な一歩を踏み出していると言えよう。中国には問題や弱点があるかもしれないが、中央政府が崩壊寸前というわけではない。香港は小さく、中国政府にとって頭痛の種かもしれないが、香港の好きにさせることはあるまい。チベット、新疆ウイグル自治区、台湾、香港のいずれかを問わず、これまでも中国政府は周縁地域と常にもめてきた。

強い意志を持った歴代の行政長官が、中国政府に抵抗し香港市民を支持する体制を整え、かつ一国二制度の遵守を中国政府に徹底させる、今よりも強い国際的な圧力が以前からかかっていたならば、今日の香港は全く異なる様相を呈していた可能性もあるが、たられば話をしていても今やほとんど役に立たない。香港市民は、再び一つにまとまる方法を見つける必要があるだろう。それは、起きた事柄に目をつむるためではなく、起きた事柄に向き合って、香港をこれほどユニークな場所にしている要因を大事にしながら前に進む方法を見出すためである。今は中国社会が中国史上最も大きな成功を収めている時と言えるだろうが、未来はかなり不透明な模様だ。無論、今後の道のりは定かではないが、香港の崩壊を早めるのではなく、過去2か月間の抗議行動、混乱、暴力行為を背景に、香港政府が、市民との溝を埋めると同時に対中国政府関係の再調整を余儀なくされる可能性はまだ残っていよう。

 

(この評論は8月13日に執筆)

フレイザー・ハウイー
フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.