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ゼレンスキー大統領はなぜ訪日前にアラブ連盟首脳会議に参加したのか
アラブ連盟首脳会議に参加したゼレンスキー大統領(提供:Saudi Press Agency/ロイター/アフロ)
アラブ連盟首脳会議に参加したゼレンスキー大統領(提供:Saudi Press Agency/ロイター/アフロ)

ゼレンスキー大統領は訪日前にロシア制裁を行っていないアラブ連盟首脳会議で講演した。日本ではアラブ諸国をまで説得したと絶賛しているが、そうだろうか?その背後で周到に動いていた習近平の狙いを考察する。

◆「見て見ぬふりをするな」とゼレンスキーがアラブ連盟に

訪日する前の5月19日、ウクライナのゼレンスキー大統領はサウジアラビア(以後、サウジ)で開催されていたアラブ連盟首脳会談に招待され、首脳たちを前に演説した。要点は以下の通り。

  • ウクライナの苦しみを「見て見ぬふりをしている」者がいる。事態を率直な目で見てほしい。
  • 長期の戦争がリビアやシリア、イエメンにどれだけの苦しみをもたらしたかを見てほしい。
  • スーダンやソマリア、イラク、アフガニスタンでの長年の戦闘でどれだけの命が失われたかを直視てほしい。
  • たとえウクライナでの戦争について異なる見解を持つ人がこの会議にいても、ロシアの収容所から人々を救うために団結できると確信している。
  • クリミアはロシアによる占領の苦しみを味わっている。しかし、クリミアの被占領地域で抑圧を受けている人の大半は(あなたたちアラブ諸国の人々と同じ)イスラム教徒だ。(要点は以上)

これに対して同調する首脳はいなかった。それどころか、そこには完璧にプーチン側に付いているシリアなどがいたのだから。

しかもアラブ諸国が習近平やプーチンの周りに集まり始めたのは、正にゼレンスキーが列挙したようなスーダン、アフガニスタン、イラク、シリアなど、どの国をとっても、すべてアメリカのCIAか「第二のCIA」と呼ばれるNED(全米民主主義基金)が仕掛けた戦争だということを、重なり合っているアラブや中東諸国が知っているからである。アメリカの軍事ビジネスや、アメリカが既存の当該諸国の政府を転覆させるために民主化運動(カラー革命)を起こしてアラブに混乱と災禍をもたらしたことに嫌気がさして、アラブや中東諸国は中露のまわりに集まり始めたのだ。

それこそが習近平が仕掛けた「中東和解外交雪崩現象」で、同時にシリアのアサド大統領はモスクワに行きプーチンに会ったあと、アラブ連盟への復帰を果たしたばかりだ。

ならばなぜ、ゼレンスキーはアラブ連盟首脳会議に招待されたりなどしたのだろうか?

それを順追って、一つ一つ紐解いていきたい。

◆習近平のウクライナ「和平案」発表と同時にサウジ外相がウクライナを訪問

今年2月24日に、中国は「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」(和平案)を発表した。その2日後の2月26日、サウジのファイサル・サウド外相がウクライナを訪問した。これは両国が1993年に国交を樹立して以来、初めての訪問だった。サウド外相一行は、ゼレンスキーやクレバ外相とも会い、4億米ドルの人道資金援助を約束し、署名した。

国交樹立後初めて訪問したということは、国交は樹立しながら、30年間も訪問したことがないということだ。したがって、よほどの事情がない限り、一般には訪問などあり得ないということにもなる。

そこで何があるのかを考えてみると、まず、習近平が2022年12月7日にサウジを訪問し、熱烈歓迎を受けている。イランのライシ大統領は今年2月14日に訪中して習近平と会い、3月10日には中国の仲介でイランとサウジの和解を成し遂げた。それというのも、習近平が2月24日に発布した「和平案」があるからだ。

「アメリカは他国の政治に干渉して、他国の既存政権を転覆させ、アメリカの言いなりになる政権を作っては、当該国に混乱と災禍を招いてきた。しかし、中国は相手国の政権がどのような形態であろうと、相手国政府を転覆させるようなことをせず、長年にわたって断絶していた外交関係をつぎつぎに和解させた」という共通認識がアラブ諸国の間にはある。

したがって、ウクライナ戦争をこれ以上加速させるのではなく、どのような形であれ、ともかく「停戦」に持って行くという習近平の「和平案」を実現すべく、アラブ関係国が動いたという側面を見落とすことはできないだろう。

その証拠に、実は今年3月28日にも、習近平はサウジのムハンマド・サルマン皇太子兼首相と電話会談をし、サウジ側は習近平に「中国は地域および国際情勢においてますます重要かつ建設的な役割を果たしている」ことを強調しているからだ。

◆「和平案」実現のためのロードマップ

「和平案」を発布したあとの習近平は、3月20日から22日にかけてモスクワを訪問し、プーチン大統領と会談した。本来なら、その後すぐにゼレンスキーとオンライン会談をするはずだったが、岸田首相が同じ日に合わせて3月21日にウクライナを電撃訪問し、日ウ共同声明において、対中批判を盛り込ませた。

本来、ウクライナと中国はものすごく仲が良く、ウクライナが中国を非難したことなど、今までに一度もない。しかし日ウ共同声明における対中批判は、まさにアメリカが言わせたい内容そのものだったので、習近平・ゼレンスキー対談は頓挫してしまった。

しかし、4月5日から7日にかけて訪中したフランスのマクロン大統領が、習近平の「和平案」を絶賛した上で、「ぜひともゼレンスキーとの対談を」と表明したこともあり、習近平は4月26日にゼレンスキーと電話会談を行っている。マクロンが帰国の機内取材で「アメリカに追従すべきでない」と答えるなどしたことも功を奏しているだろう。

中国は習近平・ゼレンスキーの会談後、「和平案」を具体化させていくためのユーラシア事務特別代表に李輝氏を選び、ウクライナをはじめ、ロシア、ポーランド、フランス、ドイツを歴訪すると発表。5月16日から17日にかけて、李輝はウクライナを訪問しクレバ外相などと会談している

その上、5月19日には習近平がアラブ連盟首脳会議に祝電を送っているので、おそらく、中国とサウジの間では、事前に了解が取れていて、習近平の「和平案」を実現させるためのステップとして、アラブ連盟首脳会議にゼレンスキーを招待したものと解釈することができる。

◆サウジがゼレンスキーの参加を誘ったのか

5月19日付けのニューヨークタイムズ は、このたびのゼレンスキーのアラブ連盟首脳会議参加は、サウジが誘ったものだと書いている。さらにムハンマド皇太子が「サウジは平和に焦点を当て、ウクライナの人道危機の緩和に尽力しており、ロシアとウクライナの間での仲介努力を継続する用意がある」と述べたと報道している。

一方、中国の観察者網は、ウォールストリート・ジャーナルなどの記事を紹介する形で、以下のような報道をしている。

  • ゼレンスキーはアラブ連盟首脳会議に参加するため、フランス政府が手配した飛行機でサウジのジェッダに到着した。
  • 主要なアラブ諸国はロシアとウクライナの紛争に関してバランスのとれた中立的な態度を維持しており、自分たちを調停者として位置付けようとし、いかなる側も支持していない。
  • サウジがゼレンスキーを招待することに関して事前に他のアラブ諸国に相談していなかったため、一部のアラブ指導者たちを怒らせた。これらの指導者たちはロシアを苛立たせることを恐れた。
  • しかし、アラブ連盟首脳会議でのゼレンスキーの演説は、アラブ諸国とロシアとの強い関係の変化をもたらさない。(観察者網からの引用はここまで)

以上から結論されるのは、訪日前にゼレンスキーがアラブ連盟首脳会議に参加したのは、けっして日本で発せられている絶賛コメント「何と言ってもアラブ諸国まで説得に行ったのですから、凄いものですよねぇ!」というようなものではなく、あくまでも非米陣営が、いかにして習近平の「和平案」を着地させるかに関する相当に計算されたロードマップの一コマに過ぎない側面が見えてくる。

ゼレンスキー訪日に関しても、中国で特別に大きな反発がなかったところを見ると、中国はすでに織り込み済みであったにちがいない。

問題はG7に招待された一部のグローバルサウスの国とゼレンスキーとの関係だが、これに関しては別途、稿を改めるつもりだ。

 

この論考はYahooから転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。7月初旬に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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