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中国、イラン・サウジ関係修復を仲介 その先には台湾平和統一と石油人民元
イランとサウジが外交関係修復に合意 中国が仲介(写真:ロイター/アフロ)
イランとサウジが外交関係修復に合意 中国が仲介(写真:ロイター/アフロ)

3月10日、中国はイランとサウジの外交関係を修復させたが、習近平は2013年から中東への接近に挑戦。ウクライナ戦争が石油人民元化を促進し、今では台湾和平統一へのシグナルに。米国は阻止するだろう。

◆中国がイランとサウジアラビアの外交関係修復を仲介 3ヵ国共同声明

3月10日、中国(中華人民共和国)とイラン(イラン・イスラム共和国)、サウジ(サウジアラビア王国)3カ国による共同声明が出された。イランのシャムハニ最高安全保障委員会事務局長とサウジのアイバン国家安全保障顧問は3月6日から10日まで北京に滞在し、中国外交のトップである王毅・中共中央政治局委員と会談を行った。

イランとサウジは2016年1月3日から断交していた。

というのは、両国ともイスラム教国ではあるが、シーア派(イラン)とスンニ派(サウジ)に分かれて争い、特に2016年1月2日にサウジでイスラム教シーア派聖職者を処刑したことから、イランで激しい反サウジデモが展開され、以来、中東の近隣諸国を巻き込む形で争いが絶えなかったからだ。

その両国を和解させた意義は大きく、中東周辺諸国はみな礼賛の意を表した。

中国共産党傘下の中央テレビ局CCTVは「イランとサウジの和解に関して最も重要な文字は3文字ある。それは【在北京】(北京で)という3文字だ。西側諸国、特にアメリカには絶対に成し得なかったことを【北京】がやってのけたということだ。西側は世界各地で戦争を引き起こし、火に油を注ぎ続け、国際社会を分断させることに余念がないが、中国はその逆の方向に動いている。人類運命共同体を軸に、世界に和睦と平和をもたらそうとしているのは【中国だ】ということが、これで明らかになっただろう」と高らかに解説している

習近平がなぜこのタイミングでこのような挙に出たのかに関しては、「これまでの経緯」、「その狙いは?」、「なぜ全人代開催中なのか?」など、いくつかの視点から分析しなければならない。

◆最初の動機は「一帯一路」

習近平が中東に近づいた最初の動機は「一帯一路」だ。中国から陸を伝い、海を渡って巨大経済圏を形成していく。習近平が国家主席になった2013年から「一帯一路」構想は始まっていた。ヨーロッパへの出口にウクライナは重要だった。そしてさらに南西の方向の中東を押えるため、習近平は自ら中東産油国を訪問すべく、2015年4月の日程が組まれていた。ところがイエメン内戦が起きたため、中東訪問は延期された。

そこで、2015年後半になると、2016年1月にイランやサウジを含む中東主要産油国訪問が再び日程にのぼった。

ところが、2016年1月2日に、上述のようなシーア派聖職者処刑事件がサウジで起きたので、本来ならば1月に予定されていた中東訪問はまたしても中断するしかなかったはずだ。

しかし習近平は逆に出た。

あえてイランやサウジなどを訪問し、当該国と単独に戦略的パートナーシップ協定を結んだのである。

実はサウジは習近平に「イラン訪問を取り消してサウジだけを訪問してほしい」と頼んできた。しかしそのとき習近平はその要求を断っている。「中東で敵を作りたくない。みな運命共同体だ。もし私がイランだけを訪問して貴国(サウジ)を訪問しなかったら、我々両国は敵対国になってしまうだろう。わが国にはイランも大切だが、サウジはそれ以上に大切だ」という趣旨の回答をして、サウジを先に訪問した。

そのようにしても、イランは中国を敵対視しないのを知っているからだ。

習近平は2016年1月19日にサウジを訪問して中国・サウジ間の「包括的戦略パートナーシップ協定」に署名し、1月22-23日にイランを訪問して同じくイランとの間で23日に「包括的戦略パートナーシップ協定」を結んだ

別の見方をすれば、中国はイスラム圏紛争により「漁夫の利」を得たとも言えよう。

◆ウクライナ戦争が目的を変えさせた――「石油人民元」勢力圏

その「漁夫の利」はウクライナ戦争が起きると、突如「石油人民元」勢力圏拡大へと、習近平の中東戦略を変えさせていった。

拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』の【第二章 習近平が描くタイト『軍冷経熱』の恐るべきシナリオ】の中の【 対露SWIFT制裁は脱ドルとデジタル人民元を促進する】で詳述したように、中国は当時の王毅外相を遣わせて猛然たる勢いで中東産油国を駆け巡らせ、「石油人民元」を中心とした「非ドル経済圏」形勢に突進している。

決定打になったのは昨年12月7日の習近平によるサウジ訪問だ。

2022年12月13日のコラム<習近平、アラブとも蜜月  石油取引に「人民元決済」>に書いたように、サウジの激烈なまでの熱い歓迎ぶりは尋常ではなく、昨年7月にアメリカのバイデン大統領がサウジを訪問した時の冷遇とは、比較にならないほどの雲泥の差があった。サルマン国王やムハンマド皇太子の習近平への熱いまなざしとともに、習近平は9日には湾岸協力アラブ諸国会議首脳らとも会談し、中東への中国の食い込みを鮮明にした。

加えて今年2月14日にはイランのライシ大統領が訪中して習近平と会談し、ライシ統領に習近平は「中国は常に戦略的観点からイランとの関係を捉え、発展させており、国際・地域情勢がどう変化しようとも、いささかも揺らぐことなくイランとの友好的協力を発展させ、両国の包括的な戦略的パートナーシップが絶えず新たな発展を遂げる後押しをし、百年間なかった大きな変化の中で世界の平和と人類の進歩のために積極的な役割を果たしていく」と表明した。

サウジには習近平自らが訪問し、イランには大統領を訪中させるということでも、中国にとって「イラン・サウジ」を平等に扱っていると位置付けることができるのは、「イランはどのようなことがあっても中国から離れない」という確固たる自信があるからだ。友誼を誓い合ってさえいれば、イランなら中国に、サウジのように駄々をこねて、「サウジをひいきにしている」というようなことは言わない。

イランはアメリカから制裁を受けている国として「中国・ロシア・北朝鮮」とは友誼の手を揺るがせないというのを、中国は確固たる自信をもって知っているのである。

こうして3月10日に「中国・イラン・サウジ」3ヵ国共同声明が発表され、中国はアメリカにはできなかった「中東紛争国の和睦」の一つを成し遂げたのである。

◆台湾平和統一に込めたシグナル

これは同時に、台湾平和統一に対して発信したシグナルであるということも見逃してはならない。

今年2月24日に中国はウクライナ戦争「和平案」を発表した。

2月27日のコラム<習近平のウクライナ戦争「和平論」の狙いは「台湾平和統一」  目立つドイツの不自然な動き>で書いたように、ウクライナ戦争「和平案」は、あくまでも「台湾平和統一」へのシグナルであって、その「和平案」で停戦に持って行けるか否かは大きな問題ではない。

来年1月の台湾の「中華民国」総統選に向けて、台湾の人々の多くが「中国(大陸)は平和を重んじている」と判断して、親中派の国民党が台湾民衆党と連携して勝利してくれれば、それでいいのである。

そうすれば習近平は任期内に「台湾平和統一」を成し遂げることができる。

今般の「中東係争国和睦の仲介」は、「中国がいかに平和を重んじているか」が台湾の選挙民に伝われば、それでいいのである。それが最大の目的であると言っても過言ではない。

その証拠に王毅は<サウジ・イランの北京対話は和平の勝利である>と述べ、中国がいかに「平和」のために行動しているかを印象付けようとしている。

◆なぜ3月10日を選んだのか?

それにしても、全人代開催中の3月6日に訪中し、3月10日に「中国・イラン・サウジ」3ヵ国声明を発表したのはなぜなのだろうか?

実は何としても、この「3月10日」を選びたかった強烈な理由がある。

それは「3月10日は習近平が全人代で国家主席に選出された日」だからだ。そのことは、サウジアラビア外交部の公式Twitterで発表された共同声明の英語版にも如実に表れ、習近平を尋常でなく褒めまくっていることからも窺うことができる。

◆こっけいなアメリカの釈明

中東における力を激減させてしまったアメリカは、不愉快でならないだろう。

3月10日、アメリカの国家安全保障会議のジョン・カービー戦略広報調整官は「イランは信用できないので、本当に約束を守るか否かは分からない」とした上で、「今回の和睦は中国だけの力だけではなく、イランに対する内外の圧力があったからだ」と表明した。「アメリカの圧力のお陰だ(=アメリカがイランを制裁したお陰だ)」という、信じられないような「いじめっ子自慢」をしている。

すなわち、「アメリカの制裁によりイランが苦しんだからこそ、イランは中国に助けを求めたのであって、アメリカが制裁を加えていなかったら中国が力を発揮することもなかったので、今回の和睦はアメリカのお陰だ」という「いじめっ子論理」を持ち込んできたのである。

これには唖然とするばかりで、「開いた口がふさがらない」とは、こういうことを言うのかと、言葉が見つからない。

今後アメリカは、中国が「平和路線を貫けないように」、台湾への内政干渉を強化して、どうしても台湾を武力攻撃せずにはいられないような状況に持って行くか、あるいは台湾における親中の国民党系列が総統選で勝てないように、民進党を応援して台湾独立を叫ぶ方向に持って行こうとするだろう。

日本は自国の国家安全を守るために自らの力で自国の軍事力を強化するのは悪いことではないが、戦争に持って行きたくてしょうがない「アメリカの論理」には巻き込まれないようにして欲しいと望む。しかし、ここまで日本のメディアが「アメリカの思考」に洗脳されてしまっている以上、日本人が「自分たちは洗脳されているんだ」ということに気が付くことは望めないかもしれないと、暗澹たる気持ちだ。

これこそが戦争へと歩む精神的基盤となっていく。

中国の言論弾圧には断固反対するが、日本国民が再び戦争に巻き込まれて命を失うのは、それ以上に反対だ。筆者のこの立場は『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』で明示した。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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