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台湾有事は誰のためのものか?
中国国旗とアメリカ国旗(写真:ロイター/アフロ)
中国国旗とアメリカ国旗(写真:ロイター/アフロ)

米国の戦略国際問題研究所のウォーゲームの結果に関して、日本では中国への抑制効果があるという肯定的論調が多いが、それはあまりに中国共産党の正体を知らない者の言説だ。国共内戦を経験した者として警鐘を鳴らしたい。

◆「中国が負ける」というウォーゲームの結果は中国の武力攻撃を抑制するという言説

今年1月9日、米国のシンクタンク「戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International Studies=CSIS)」は<中国が2026年に台湾を武力攻撃した際のウォーゲーム(机上演習)の結果>を発表した。それによれば、「中国が台湾を武力攻撃したら中国が負けるという結果になる」とのこと。

これに関して筆者は1月18日のコラム<米シンクタンク「中国が台湾武力攻撃したら中国が負ける」に潜む罠>で、台湾側有識者の見解を書いた。 

ところが、筆者のこのコラムを読んでくださったらしい奥山真司という方と和田憲治という方が1月24日、<『台湾有事シミュレーション』に参加!実感したのは、安倍元首相の功績。|奥山真司の地政学「アメリカ通信」>というユーチューブの中で、筆者のコラムを取り上げて批判しておられる。

批判すること自体は大切なことで、むしろストレートに筆者の名前とコラムの内容を指摘しているので、爽やかな思いで歓迎する。大変申し訳ないが、このお二人のお名前も初めて拝見する次第で、筆者には予めの情報はない。

ただ気になったのは、和田憲治という方が、「遠藤はときどき中国側の代弁者のようなことを言う」という趣旨のことを言っておられることだ。

互いに主張している内容、あるいは分析の視点に関して「そこは違うのではないか」ということを指摘するのは、非常に有意義なことで学問的であり、そこからは進歩が生まれる。

しかし「○○側の代弁者」のような誹謗を挟んだ瞬間、それはアカデミックではなくなるので非建設的だ。もっとも日本ではいま「親中か反中か」という感情的視点でしか中国問題を扱わないという傾向にあることも事実で、「中国側の代弁者」という言葉を使ったことも、実は議論を展開する上で役に立つので、奥山・和田対談における筆者への批判を肯定的にとらえて、どこが間違っているのかを指摘したい。

◆中国共産党最強の武器はプロパガンダとスパイ

毛沢東がかつて「政権は銃口から生まれる」と言ったのは有名だが、それを単純に中国共産党の神髄だと勘違いしてはいけない。

日中戦争の時代、毛沢東が藩漢年を日本の外務省系列の岩井公館にスパイとして潜らせて、蒋介石率いる国民党軍の軍事情報を「売った」ことは今では少なからぬ人が知っている。詳細は拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』に書いた。この本は中国語にも翻訳されてニューヨークにあるミラー・グループから出版された。

つい先日、香港からイギリスに亡命している著名な華人作家から電話があり、毛沢東のスパイ工作とプロパガンダ手法は、今も変わらないことを話し合ったばっかりだ。

毛沢東は藩漢年が岩井英一からせしめた大金を何に使ったかというと、武器ではない。

印刷費だ。

中国共産党がいかに人民の味方であるか、いかに日本帝国主義と勇敢に戦っているかを書きまくって、巨大な民衆の波を共産党側に引き寄せたことは誰でも知っている。

筆者が1946年4月から吉林省長春市で始まった国民党と共産党との内戦である国共内戦で、共産党軍によって餓死体の上で野宿させられるところまで追いやられたことは『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』で詳述した。数十万の一般庶民を餓死に追いやり、人間が人間を喰らう地獄まで現出させながら、このとき共産党軍は何をやっていたか?

共産党軍が包囲する長春市を守る国民党軍のうちの「第六十軍」にこっそり食糧を渡して懐柔していたのだ。

結果、第六十軍が共産党側に寝返って、長春は陥落し、共産党軍によって「解放」された。その後共産党軍は一気に南下して、全中国を解放するに至ったのである。

日中戦争においても、国共内戦にあっても、その勝敗を決めたのは共産党軍の「プロパガンダとスパイ工作と懐柔」だ。

長春を食糧封鎖する封鎖網「チャーズ」を出た後に、お粥が振る舞われた。

こんなことをするくらいなら、なぜ目の前のチャーズの中で展開されていた、この世のものとは思えぬ惨劇を「見て見ぬふり」をしたのか?

その長年の問いに対しては、毛沢東の「誰がご飯を食べさせてくれるかを群衆に知らしめよ!そうすれば、群集はご飯を食べさせてくれる側に付く」という言葉が回答を示してくれた。

◆台湾に対する習近平の手段

毛沢東のこの言葉に、中国共産党の正体の全てが現れている。

習近平はいま、いかにして台湾人を懐柔すればいいかに全ての力を注いでいる。

江沢民・胡錦涛・習近平と、三代の「紅い皇帝」に知恵袋として仕えてきた王滬寧は、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』で予測した通り、全国政治協商会議主席になることがほぼ決まった(参照:1月19日のコラム<予測通り全国政協主席になる王滬寧と4人の妻の物語>)。

全国政治協商会議の最も大きな業務内容は「統一戦線」だ。

中国共産党は誕生以来、一貫して強化してきたのは、この「統一戦線」で、これは「中国国内だけでなく、全世界へのプロパガンダ、スパイ行為、思想的懐柔&経済的懐柔」といった領域を網羅する。

習近平はこれから、統一戦線を駆使して、台湾への懐柔に力を入れていくことだろう。

◆台湾で国民党への支持者が急増

くり返して申し訳ないが、台湾民意基金会は2016年から政党支持率に関する世論調査を行ってきたため、その推移図は年々横に長くなっていって、一枚の図表に収めるのは困難だ。そこで2022年12月の最終調査を網羅した政党支持率の結果を再度、以下に示す(2019年2月からのみを日本語に訳した)。

台湾民意基金会のデータの一部を筆者が和訳して作成

緑が民進党、藍が国民党で、灰色は無党派だ。

昨年11月26日に統一地方選挙で民進党が大敗したことからうかがえるように、民進党支持率が激減し、国民党支持率が激増している。無党派層が同じ値で拮抗している。

この状況であるなら、習近平にとってはなおさら「統一戦線の出番だ」ということになろう。

いま習近平が台湾を武力攻撃などして、いかなるメリットがあるのかを推測することは、多くの日本人にも可能なことだと思う。

◆台湾の民進党主席になった頼清徳の発言に反発する台湾世論

特に蔡英文総統ならば一定程度のカリスマ性があったので、民進党が次期総裁選でも勝てたかもしれないが、彼女は統一地方選挙大敗の責任を取って民進党主席を辞任した。

代わりに主席の座に就いたのは頼清徳副総統だ(今年1月15日)。

彼はもともと独立傾向が強く、「自分は台湾独立工作者だ」と発言し、2017年9月には<台湾は独立した主権国家で、国名は中華民国>と表明したこともある。

このたびも、民進党主席就任挨拶で、<台湾はすでに主権独立国家で、再び独立を宣言する必要はない>と述べ、それに対して台湾では激しい批判が沸き起こっている。

1月24日、Youtubeチャンネルの《桃園孫先生》がネット投票を行ったところ、「94%の人が頼青徳の発言は間違っていると考えており、彼の見解に同意する人はわずか4%だった」という結果が出ている。

台湾独立を主張している人たちからすれば、現在の政党支持率を見て頼清徳は来年の総統選のために「日和(ヒヨ)ッた」と失望し、すでに中国大陸と戦うことを半分放棄したに等しいという批判を浴びせている。台湾独立を叫んでいたのは選挙に勝つためだったのかと、台湾世論は厳しい。

少し説明を加えると、中国大陸は2005年に反国家分裂法を制定した。それによれば台湾が「中華民国」政府として独立を宣言するようなことがあったら、直ちに台湾を武力攻撃するとなっている。したがって「新たに独立を宣言することはない」と頼清徳が言ったということは、「したがって武力攻撃はしないでね」と中国大陸側にシグナルを送ったということを意味するのである。

◆台湾の民意と日本人論客との乖離

ここから見える台湾の民意は、「誰もが台湾有事」を避けようとしているという現実だ。

だというのに日本の論客たちはそれを無視して、「台湾有事」を大前提として論議している。

戦略国際問題研究所のウォーゲームの結果は「中国の武力攻撃を抑止する効果がある」という結論に持って行かないと気が済まないという危険な期待感に満ちている。

あのような欠陥だらけのウォーゲームで武力攻撃を思いとどまるような中国だと甘く見ない方がいい。もし意味があるとしても、むしろ中国は「そうですか?でしたらその弱点を補いましょう」と軍事力の補強に利用するだけで、「だったら、いま武力攻撃するのはやめておきましょう」などと単純思考をするような国ではない。

日本が気を付けるべきは、むしろ統一戦線の動きで、日本は経済においてもメディアにおいても、あるいは習近平の軍民融合戦略においても、中国に搦(から)め取られていることの方を心配した方がいい。

台湾有事で得をするのはアメリカだけだ。

かつて中華民国・台湾と国交断絶してまで中国共産党が支配する中国(中華人民共和国)と国交を正常化して、国連に中華人民共和国を加盟させ、中華民国を国連脱退に追いやったのはアメリカだ。それに慌てて便乗したのは日本だが、アメリカは、たかだか大統領再選のために共産党が支配する中国に接近しただけなのである。

そして今は、その中国がアメリカを凌駕しそうなので、今度は何としても中国の経済発展を潰すために台湾有事を創り上げて、中国が威嚇的な軍事演習をするように、米政府高官を訪台させたりしている。そこにまた日本が慌てて追随しているのが現状だ。

日本は独立国家として軍事力を強化すべきであることに関しては筆者は賛成だ。しかし、その事とは別に、台湾有事という論理が、いったい誰のためにあるのかをリセットして考えなければならない。

奥山氏はウォーゲームが面白くてならないと仰っているが、実際の戦争はゲームではない。

おまけに台湾有事で命を落とすのは日本人であることを見落とさないでほしいと切望する。

注意を喚起したい。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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