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台湾メディアが豪胆に斬る「劉鶴・イエレン会談」 米ドル離れと日米中の米国債
中国の劉鶴国務院副総理と米国のイエレン財務長官(写真:ロイター/アフロ)
中国の劉鶴国務院副総理と米国のイエレン財務長官(写真:ロイター/アフロ)

台湾のテレビは中国の劉鶴国務院副総理とイエレン米財務長官の会談に関するトークを披露しているが、その豪胆な深読みが興味深い。米中の駆け引きと今後の世界動向の一側面を浮き彫りにしている。自由闊達な議論は、台湾の投票率の高さにも影響している。

◆通り一遍な日本の報道

イエレン米財務長官と中国の鶴国務院副総理が1月18日に、スイスのチューリヒで会談した。劉鶴はダボス会議に参加するため15日からスイスにいたが、イエレンはアフリカ会議に参加する途中でスイスに立ち寄っただけで、ダボス会議に参加する予定はない。それでもわざわざスイスに寄ったのは、イエレンの方が何としても劉鶴に会いたかったからだということがうかがえる。

日本では通り一遍な報道しかしていない中、日経新聞の<イエレン米財務長官、中国副首相と会談 対話強化で一致>やJETROの<イエレン米財務長官が中国の劉副首相と会談、マクロ経済と金融を巡る課題に関して対話強化で合意>などが比較的良い報道をしてはいる。

しかしタイトル通り、両者は「経済や金融面での対話強化や、気候変動対応を巡る途上国への金融支援で協力することで一致した」ということと、イエレンが「率直な意見交換を通じて、懸念している問題も提起した」と感想を述べたということが主たる内容だ。イエレンが会談後に「今後、相互の国への訪問を検討する」と言ったことも明らかにしてはいる。

◆台湾のトーク番組の豪胆さと鋭さ

ところが日本の報道と違って、台湾メディアの一つである「新聞大白話」というテレビ番組の豪胆さと深掘りは斬新だ。女性キャスターの豪快な斬り込みと、コメンテーターの鋭い指摘も注目に値する。

そこで、それぞれが何を質問し、どう答えたかなどをご紹介したい。

1月20日に報道された「新聞大白話」のタイトルは<イエレンは劉鶴を 3 時間も巻き込み、危うく飛行機に乗り遅れるところだった。大陸は30 トンの金(ゴールド)を購入したが、米国の石油ドル覇権を弱めたか?>と、やや長い。タイトルも長いが、キャスターの「勢いよく喋りまくった質問」も相当に長いので、新たに項目を立てて、何を言ったかを見てみよう。

但し、すべてを文字化するのではなく、要点だけど抜き取って、キャスターの面白さを損なわない程度に概略だけをご紹介することにする

◆キャスターの説明と質問 

【米国の国債に関して】

米国のイエレン財務長官は最近、非常に前向きであるとメディアは評しています。彼女は中国大陸と交渉したがっているのです。なぜでしょう? 彼女には何か普通ではないような理由があるのでしょうか?2日前の 1 月 18 日に、彼女はわざわざスイスに行って劉鶴に会いました。劉鶴は中国大陸の国務院副総理で、実際にはもうすぐ引退することになっています。しかし2人は3時間にもわたって話し合いました。イエレンの飛行機が離陸しようとしていたため、危うく乗り遅れるところでした。

ところでいま米国は非常に深刻な財政問題に直面しています。国の債務上限が、すでに天井板にまで達してしまっていて、もう、どうにもならないのです。

しかし、世界に目を向けると、日本は現在、世界で最も深刻な国債を抱えている国です。この図を見てください。中央の赤い円は日本で、この国の債務は 257% に達しています。米国は2 番目の円で、国債は 133% です。エコノミストは、「世界は前例のない債務危機に向かっている」と警鐘を鳴らし続けています。

筆者注:番組では<Visualizing the State of Global Debt, by Country>にあるデータを図表1のような形で紹介していた。

図表1:世界各国の国債のGDP比

出典:新聞大白話

【中国大陸はどうするつもりか?】

このように2023 年の経済見通しは楽観的ではないようですが、いわゆる大国、中国大陸を見てみましょうか。多くの国がいま、中国経済がどうなるのか注目していますよね。コロナの影響がありましたが、今ではゼロコロナの封鎖を解除しています。その中国は3カ月連続で米国債の保有を減らし続けており、日本も減らしましたが米国の説得でここのところ売却を停止しています。

筆者注:ちなみに米財務省の各国国債保有高に関するデータに基づいて米国債保有高の推移の日中比較図を作成すると図表2のようになる。

図表2:米国債保有高の推移の日中比較図

米財務省データに基づいて筆者作成

【米ドルから離れてゴールドを購入する動き】

そこで、黄金(ゴールド)は危険を回避するためのツールとして非常に重要な役割を果たすようになり、ゴールドの価格が高騰しています。

これに関してはプーチンの動きにも注目しなければなりません。プーチンはウクライナと戦争をしていますが、彼は同時にイランと協力して「ゴールド安定通貨」を発行することによって米国から受ける制裁を突破しようとしています。中国の中央銀行もゴールドを購入しています。昨年12 月までに中国のゴールド準備高は 2010トンに増加し、10月と比べると30トン増加しています。中国は絶え間なく、しかも高速でゴールドを購入し続けています。中央銀行はゴールドを購入するために狂奔しています。世界最大のヘッジファンドであるブリッジウォーターの創設者レイ・ダリオは、「米国の国債が債務限度に達したため、世界経済は絶えず変化しており、東昇西降の傾向にある」と言っています。だから米国の信用は破損し、米国の覇権も揺らぎ、ドルも傷つき、世界秩序は瓦解しようとしているというのです。これが、経済学者たちが、経済と通貨の観点から見ている未来の世界です。

【米中の経済戦争と技術戦争】

米中は経済戦争と技術戦争で常に対立していますが、本当に貿易においてディカップリングがなされているかというと、必ずしもそうとは限りません。たしかにハイテクで言えば半導体チップのようなものは、中国は米国からの制裁を受け滞っていますが、家具や衣料品、家電などの消費財は実際には切断されていません。それどころか、昨年11月、米国は中国に1400億ドルを輸出し、4990億ドル以上、5000億ドル近くを中国から輸入して、貿易総額は6395億ドルと過去最高を記録しているのです。むしろ米中貿易戦争の両国間の依存度は非常に高く、前代未聞の新たな高さを創出しているのです(筆者注:『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』の図表3-4~図表3-7で詳述)。

習近平は米国と交渉することを望んでいません。全世界が米中貿易戦争の行方を注視していますが、エコノミスト北京支局長の任大偉は、「米中は両国ともに戦争を回避するための行動を取っているように見えますが、イエレンが劉鶴に会いに行くと同時に、一方では、彼らは互いに相手が戦争を仕掛けてくるだろうと思っているのです」と語っている。したがって、このたびの金融戦争とか世界通貨戦など、さまざまな経済戦争がすぐに勃発するわけではありませんが、不安定な要因があるため、将来の状況は非常に危険を孕んでいると思います。そこで、ならばどうすればいいのか、ぜひ、蔡正元委員(元台湾政府の立法委員)にお話を伺いたいと思います。

◆蔡正元(元立法委員)のコメント:米国債を買わせるため

まず、イエレンの役割は何かに関して説明させていただきます。世界の財務大臣には国債を発行するという共通点があり、国債を売る人であり、国債を売るということは借金をするということです。世界中のすべての中央銀行は、おおむね国債を購入する、つまり財務省にお金を貸す人々であり、米国の連邦準備銀行もこのように財務省にお金を貸しています。しかし、額が大きすぎて連邦準備銀行が吸収できず、その約 40% を海外の他の中央銀行に買ってもらっています。台湾や日本あるいは中国大陸の中央銀行などが買っています。中でも、中国人民銀行と日本銀行が最も多く買っています。

一昨年のことでしたか、中国人民銀行は約1兆1000億ドルの米国債を保有していましたが、昨年全体で2000億ドル以上を売却し、現在は9000億ドル以上にまで落ち込んでいる。そこで、昨年のG20の会議中に、イエレンは中国人民銀行の総裁である易綱に会いに行ったのです。多くの人は、この 2 人の会談を奇々怪々だと思いました。なぜならイエレンは財務長官で、なぜ財務省が中央銀行総裁に会いに行く必要があるのでしょうか? その理由はとても簡単です。売り手は買い手を見つけたいのです。「新しい借金を買い続けてください。古い借金を売らないでください。あなたが買わなければ、私はそれを非常に低い価格で売り、金利はさらに激しく上昇してしまいます。だから、お願いです…」と頼みに行ったのでしょう。しかし、結局のところ、昨年12月に中国大陸は引き続き米国債を売却し続けたので、イエレンが易綱に会ったのは無駄だったことになります。

そこでイエレンは、今度は何としても劉鶴に会う必要があったのです。

劉鶴は中国人民銀行を管轄する国務院副総理なので、彼女は走り寄って言いました:「現在の連邦政府債を売却しないでください。 私は日本に売らないように言いました。日本は少し前に非常に激しく売りました。米国国債を売却して米ドルに交換し、日本の通貨を買い戻して、日本の通貨の外国為替レートを支えようとしたのです。でも、中国には、その必要はないでしょ?」と、イエレンは劉鶴に、こう言いたかったわけです。

劉鶴はまちがいなく習近平に伝えるでしょうけど、最終決定はどうなりますやら。

これこそが、現在の中米間のターニングポイントの一つになるのです。

でも、何だか変ではないですか?

中国は米国のために9000億米ドル以上も借金を買ってあげているのです。だというのに米国は年中ファーウェイを叩きのめしたり、中国の半導体産業を破壊しようとしているではないですか?

このような債権者がいますか?これは道理が通らない話ですよね。だからイエレンが劉鶴に会いに行くというのは、虫が良すぎる話なんですよ。

◆栗正傑(元戦争学院教官)のコメント:多くの米長官が訪中を狙う

実はイエレン以外にも、米国のオースティン国防長官が中国の国防部長である魏鳳和(ぎ・ほうわ)に会いたがっています。しかし(1月14日)魏鳳和はオースティンの申し出を断りました。魏鳳和はオースティンの電話にさえ応じませんでした。(昨年12月)米国のRC135 が中国大陸のJ-11 と衝突したりなどしたからです。そのためイエレンは劉鶴に会いたがったのです。2月5日頃には、ブリンケン米国務長官が秦剛外交部長に会うため中国を訪問する予定です。

◆鄭村棋(労働運動関係者)のコメント:米国が支援した所は血がしたたる

米ドルに対するシステム全体が揺らぎ始めているように思います。

最近、サウジアラビアもダボス会議で「米ドル以外の通貨の取引システムを確立したい」と言いましたね。 BRICS5ヵ国の南アフリカも、「BRICS5ヵ国内でドル以外の貿易体制を確立するつもりだ」と表明しました。

非ドルシステムを確立したいと考えているのです。

だからこそ、米国は中国と談判しようとしている。

しかし話し合う前に、まず南シナ海に軍艦を派遣して威嚇し、「米国債を買わないと、どういう目に遭うか分かっているな!」と威嚇するのは、カツアゲのようなものです。

米国が支援した国や地域は、必ず血がしたたる残虐な状況に追い込まれます。

だから台湾は台湾人を守るために疑米(米国を疑う)というよりも、むしろ反米になるべきです。そうしないと、台湾は穏死(知らない内に、じわじわと殺されていく)に追い込まれます。米国がやっつけたい相手の駒として弄(もてあそ)ばれるだけで、後は捨てられるのです。台湾人は、米国は自分の利益しか考えていないことに気づくべきです。

◆自由闊達な民意表現は投票率の高さにつながる

以上が「新聞大白話」の動画の概要である。番組コメンテーターのコメントは個人の意見なのだから、これが台湾全体の意見と受け止めることは、もちろんできない。しかし、よくここまで自由に意見表明ができるということは注目すべきだろう。台湾での選挙が燃え上がるはずだ。台湾では投票率が実に高い。

1月20日のコラム<台湾民意調査「アメリカの対中対抗のために利用されたくない」>の図表でも示したように、国民党系列と民進党系列および無党派層が拮抗していることを考えると、こういった意見も、まちがいなく「台湾の民意の一つ」であることは確かだろう。そのことを謙虚に受け止め、なぜ日本の投票率が低いのかを考えるヒントの一つにしたいと思う。

なお、台湾人は誰も中国大陸に吸収されたいとは思っていない。国民党でさえ「日米中」と等距離でいたいと思っており、この状態で現状維持を望んでいる者が大多数であることを付言したい。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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