第20回党大会では、中共中央委員会委員だけでなく政治局委員にまでなっている地方政府書記が6人もいるが、その内の4人は博士でテクノクラートだ。しかも東北三省出身者が多い?そこには思いもかけない事実が!
◆中共中央政治局委員になった地方政府書記の横顔
1月10日のコラム<習近平のアキレス腱 力を持つ地方政府>で述べたように、中国の全ての地方政府の書記は中共中央委員会委員だが、その内の6人が中共中央政治局委員になっている。
さらにその内の4人が正真正銘の医学博士や工学博士で、生粋のテクノクラートである。つまり、見せかけの「博士学位」ではないという意味だ。博士たちを黄色でハイライトして、以下の図表を作成してみた。
図表:中共中央政治局委員になっている地方政府書記
この図表から何を読み取ることができるのか解析したい。
◆習近平はテクノクラートを重視している――アドバイスしたのは丁薛祥
まず見えてくるのは、習近平はテクノクラートを重視しているということだ。
これら黄色でハイライトした方政府の書記たちは、お飾りの「博士学位」を取得した人たちではない。第一級の学者から政界に引き抜かれていった人たちだ。
北京市に医学博士を置いたのは、やはりコロナ感染のような病毒を再び中国にまき散らさないように、医科学的視点から行政を行ってほしいという、逼迫したニーズからだろう。尹力(いんりょく)はソ連時代にロシア医科学院で医学博士を取得し、1993年医帰国して国務院研究室に入国し、中国衛生部・国家食品薬品監督管理などを経たものの、党務に引き込んだのは習近平だ。2015年以降は四川省副書記や福建省書記などを歴任している。
上海市の陳吉寧(ちんきつねい)は清華大学の土木環境領域を学んだあと、1988年にイギリスに留学しBrunel(ブルーネル) University Londonで生物化学を学び、その後 Imperial(帝国) College Londonで土木工学を学んで工学博士を取得。1998年に帰国したあとは清華大学で教鞭を執り2012年から清華大学学長になっている。その彼を政界に引っ張り出したのは習近平だった。中央行政の一つである環境保護部部長に抜擢し、北京市副書記を経て上海市書記になっている。
重慶市の袁家軍(えんかぐん)は拙著『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』の【第四章 決戦場は宇宙に】の中の【恐るべき「軍民融合」の実態】(p.168)で特記したように、もともと航空宇宙領域の超一級のプロだった。日本学術会議と協定したことで注目された「中国科学技術協会」の副主席を務めていたことがあり、同書のp.176-177に掲載した巨大組織【図表4-3 宇宙開発に関係する組織図】(本邦初公開)における「軍民融合」の部分を担ってきた。習近平政権になってからは浙江省副書記などを経て書記に就任し、重慶市書記に至る。
新疆ウイグル自治区の馬興瑞(ばこうずい)は、拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』の【第四章 習近平のウイグル「太陽光パネル基地」戦略とイーロン・マスク効果】で書いたように、もともと航空宇宙領域における第一級のプロだった。ところがハイテク国家戦略「中国製造2025」(詳細は『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』)を推し進めるために、習近平は2013年3月に馬興瑞を中国国家宇宙局局長に任命したあと広東省に赴任させ、広東省副書記や深圳市書記に任命している。2021年12月、陳全国に代わって新疆ウイグル自治区の書記に任命した。
かくも多くのテクノクラートを党務行政に就かせているのは、ほかならぬ丁薛祥の進言があったからだ。拙著『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』の第一章に書いた通り、丁薛祥自身は学術的な専門家ではなかったが、何としても科学技術を国家行政の中心に持って行かなければならないと主張したテクノクラートだった。
そして2007年に習近平が上海市の書記をしていた僅か7ヵ月の間に習近平に影響を与え、2012年に中央に来るよう呼びかけた習近平の誘いを断った。地元上海市で政法関係に関して問題が生じ、その任務を重んじたからだ。
この拒絶こそが逆に、習近平の心を鷲づかみにして離さなかった。
ここから見えてくるのは『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』の【第三章 習近平はなぜ三期目を狙ったのか その二:アメリカに潰されるな!】で書いた中国のハイテク国家戦略である。
◆政治局委員になった地方政府書記の源泉は元「満州国」にあり⁉
衝撃的なのは、もう一つの側面だ。
実は筆者は2000年初頭に清華大学にいた陳吉寧と会ったことがある。「吉」という文字から、ふと「吉林省の生まれですか?」と聞いたところ、「おお!よくわかりますね!実は遼寧省生まれですが、本籍は吉林省なんですよ」と答えたことがある。
中国は国土が広いので、「老郷(ラオ・シャン)だ」という事実が仲間意識を急上昇させる習慣があり、筆者は「私は長春生まれなんですよ。老郷じゃないですか!」と応じたものだ。
清華大学の著名な学者には東北三省出身者が多く、この「政治局委員になった地方政府書記」の一覧表を作成するに当たり、「出生地はどこだろう?」ということに強い関心を抱いた。
その視点で図表をご覧いただきたい。
黄色でハイライトしたテクノクラート4人の内、3人が東北三省(黒竜江省、遼寧省、吉林省)の出身だ。あまり言及したくはないが、ここはかつて日本が創った「満州国」の統治下にあった地域だ。
拙著『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』の【第一章 紅いガラス玉】で書いたように、日本敗戦直前に長春に攻め入ってきたソ連軍は終戦翌年の1946年2月に長春から引き揚げていったが、そのとき長春にあったあらゆる重機を軍用トラックに積んで北へと消えていった。その光景を5歳になったばかりの筆者は興安大路にある自宅の2階の窓から眺めていた。
このことに代表されるように、中国の東北三省は元「満州国」の存在によって重工業が発展し、新中国(中華人民共和国)建国時代も東北三省の重工業が中国経済を支えた。
拙著『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』の【第二章 五馬進京と高崗失脚――鄧小平の権勢欲と陰謀】で書いたように、毛沢東が後継者の一人に考えていた高崗は、建国当時吉林省にいて、「東北局」書記を担っていた。東北には元「満州国」が遺していった重工業のインフラが詰まっている。どんなにソ連軍が長春から重機を盗んでいっても、鉄路(満州鉄道=満鉄)や発電(豊満ダムなど)の産業インフラ、重工業を中心にした工業資産、あるいは「満州中央銀行(満銀)」が築き上げた金融機構などを崩すことはできない。ソ連の支援もあったので、毛沢東が上京せよ(進京)と呼びかけても高崗は東北局を去りたくなかったほどだ。
改革開放ですっかり後退してしまった東北三省だが、そこには伝統的に元「満州国」の科学技術に関する先進性が根付いている。
もう一つは教育だ。
拙著『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』に書いたように、日本敗戦に伴い「満州国」は消滅したが、そのような中でも長春の日本人社会は私塾のような教育機関「長春学園」を新たに建設して、1946年夏の日本人百万人遣送という引き揚げ事業が始まるまでの間、日本人の子供たちの教育に専念した。筆者自身も2、3ヵ月間ほど長春学園に通ったことがある。
この素地が図表にあるテクノクラートの源泉を形成していることを見逃してはならない。
「満州国」を肯定するわけではなく、日本人のその遺産が、習近平政権のハイテク国家戦略に貢献していることに注目してほしいのである。
日本は毛沢東が蒋介石と覇権を争っていた時代から中国共産党に貢献してきた(参照:拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』)。
歴史はあまりにも皮肉だと痛感するが、まだ記憶に新しい1989年6月4日の天安門事件に対する対中経済制裁を先頭に立って解除したのは日本の内閣だ。それによって中国はこんにちのような経済大国にのし上がった。日本は今頃になって中国を脅威に感じて安保体制を強化しようとしているが、長期的視点を持たない日本は、同じ過ちを繰り返す中で中国に貢献していくのではないかと危惧する。
習近平政権のテクノクラートと元「満州国」との衝撃的な関係を直視し、日本が何をしてきたのか、そして何をすべきかの参考になれば幸甚だ。
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