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台湾地方選で与党敗退 APECで習近平がTSMCに挨拶が影響か
民進党党首の辞任表明をする台湾の蔡英文総統(写真:ロイター/アフロ)
民進党党首の辞任表明をする台湾の蔡英文総統(写真:ロイター/アフロ)

台湾の統一地方選挙で与党・民進党が敗退した。地方選挙は総統選とは異なるものの、対中融和傾向は否定しがたい。APECにおいて習近平は台湾経済界を惹きつけようと自らTSMC創業者に挨拶に行ったことと無関係ではない。

◆台湾統一地方選挙で対中融和派の国民党や民衆党などが圧勝

11月26日、台湾で21の県や市の首長、地方議員などが改選の対象となる統一地方選挙が行われた(本来22の県や市の首長だったが、11月2日の嘉義市の候補者死亡を受け21となった。嘉義市の選挙は12月18日まで延期)。その結果、親中派の野党・国民党が躍進し、対中融和派の野党・台湾民衆党も大きな成果を収めた。対中強硬の与党・民進党の蔡英文総統は責任を取って民進党党首を辞任した。

衝撃的な動きが台湾で展開している。

もちろん、2024年に行われる総統選挙と統一地方選挙は性格を異にしており、総統選は「中華民国」として大陸(中華人民共和国)に対して如何なる立場を選ぶのかということに重きが置かれ、地方選は台湾国民自身の経済とかコロナ政策とか、内政問題に焦点が置かれるものの、首都・台北市やハイテクシティ・新竹市における民進党の大敗は決定的だ。

今般、21の県や市の首長選挙のうち、与党・民進党の候補者が当選を決めたのは5議席だけで、大方の台湾メディアが報道する通り、「与党が大敗した」という感は否めない。野党・国民党が13議席、無所属・2議席、野党・台湾民衆党が1議席という結果になっている。

首都・台北市で勝利したのは中華民国の初代総統・蒋介石の曾孫(ひまご)と言われている蔣萬安だ。

蔣萬安は1978年12月26日生まれの43歳。なかなかの「イケメン」であるだけでなく、アメリカのペンシルバニア大学で法律博士を取得し、アメリカの弁護士資格も持っている。一国二制度には反対しているものの、親米であるとともに「親中」を否定していない。

それはそうだろう。

なんと言っても「親中」として知られる国民党の中央常務委員会委員や国民党のシンクタンク「国家政策研究基金会」董事などを歴任しているのだから。

元総統の馬英九(国民党)にやや経歴が似ている。2024年1月の総統選で、ひょっとしたら総統に当選する可能性は小さくない。

工業重鎮都市である桃園市や港運重要拠点である基隆市も野党・国民党が勝利した。

もう一人注目したいのはハイテクシティ・新竹市の市長選だ。

当選したのは、野党・台湾民衆党の高虹安(女性)で、1984年生まれの38歳。 台湾民衆党は、民進党と国民党の二大政党に代わる第三勢力となることを目指し、2019年に柯文哲・前台北市長が建党した政党だ。親中とは言わないが、決して民進党のような台湾独立を標榜し、対中強硬を主張しているわけではない。

◆APECで習近平が唯一自ら挨拶に行ったTSMC創業者

11月20日のコラム<すでに負けている:習近平を前に焦る岸田首相>で示したように、習近平は20カ国から成る国の首脳と会っており、すべて自分が宿泊しているホテルに呼びつけて対談している。「あなたが私に会いたいと言ったんでしょう?」という姿勢だった。

ところが、APECにおける台湾代表に対してだけは違っていた。

なんと、習近平自らがわざわざ休憩室に出向いて、ご挨拶に行ったのだ。

挨拶した相手は世界最大手の半導体受託製造業(ファウンドリ)であるTSMC(台湾積体電路製造股份有限公司)の創業者・張忠謀である。張忠謀は習近平の三期目を祝し、習近平は張忠謀の体をいたわって、「お元気そうで、何よりです」とお愛想まで言っている。

新竹市は、まさにTSMC本社などを中心としたサイエンス・パークがあるハイテクシティで、習近平が世界で唯一、自ら頭を下げに行ったのがTSMC創業者であるという事実は、新竹市の選挙に大いなる影響を与えたものと判断される。

高虹安氏は台湾大学で情報工学を学び、鴻海(ホンハイ)グループで副総裁などを務めた経験を持つ。2020年には立法委員(国会議員)に初当選している。

このたびの新竹市における地方選挙では民進党も善戦しているものの、親中でもなく、かといって対中強硬派でもない、国民党と民進党の中間のような台湾民衆党の高虹安が当選したのは、「中国大陸と戦争はしたくない」という民意の表れと見ていいだろう。

一般的には地方選挙と総統選挙は別物と位置付けられており、これが次期総統選に直結するわけではないが、影響がないと判断するわけにもいかない。

◆台湾一般市民の声

筆者は台湾で何度か若者の意識調査などをしたことがあるが、成人の意識に関しては、北部は国民党系列に、南部は民進党系列に傾いている傾向にある。

香港における民主化運動と国安法制定以降は、政治に関しては突如反中派が多くなり、ビジネスに関してのみ親中派が残っているという傾向にあったが、ウクライナ戦争以降は複雑で微妙な心理変化が生じている。

実際に台湾にいる大学教授や企業の幹部など、北部から南部にかけて散在している昔からの知人に取材したところ、概ね以下のような感想を漏らす者が多かった。

  • 大陸は軍事演習ばかりして威嚇しているけど、実際に武力攻撃してくるとは思えない。武力攻撃をしたら、双方ともに犠牲が大きすぎる。
  • ウクライナ戦争を見ていると、あんなに多くの犠牲を払って自国を守るというのは耐えられない。大陸の言論弾圧は許せないが、かと言って、武力で台湾が大陸に抵抗するという事態は考えにくい。
  • アメリカは確かに台湾に武器を売ってはくれるだろうが、アメリカ軍が実際に戦ってくれるのか否かは保証の限りでなく、結局命を犠牲にするのは、ウクライナと同じく台湾人ではないのか。死ぬのはごめんだ。
  • それよりも、現状を維持したまま大陸とは経済交流を盛んにして、台湾人も豊かになり、平和に暮らした方がいい。国民党政権のときには、大陸は軍事演習を仕掛けてこなかった。独立を叫んだり、アメリカの国会議員が来たりすると軍事演習が激しくなるので、台湾は台湾で静かに現状維持がいい。そのうち大陸の共産党一党支配だって、どうなるかわからないし。長く現状維持をしたまま年月が過ぎていくのが一番平和でいい。
  • 実際、APECで習近平はTSMC創業者の張忠謀氏に挨拶に行っている。これは経済交流を盛んにして平和的関係でありたいことの表れだと、少なからぬ台湾人は解釈している。TSMCがある新竹市が民進党ではなく民衆党の高虹安を選んだのは、その何よりの証拠だ。(取材はここまで。)

◆中国大陸の姿勢

一方、中国大陸にしてみれば、これまで何度も書いてきたように、台湾を武力攻撃などしたら、反中反共の台湾人が急増するので、統一後に中国共産党による一党支配体制を崩壊させる危険性が増す。したがって、できるだけ武力統一ではなく平和統一をしたいと思っている。事実、親中的な国民党の馬英九政権のときは台湾周辺での軍事演習などしたことはなく、むしろ習近平は2015年に当時の馬英九総統と約70年ぶりの国共両党首脳の対談を実現しているくらいだ。

大陸の台湾武力攻撃を最も望んでいるのは実はアメリカで、「武力攻撃を許さない」として中国を非難できるように、中国が軍事演習を増やす原因を一生懸命作っていると言っても過言ではないだろう。台湾武力攻撃でもなければ、このまま行くと、中国経済がアメリカ経済を追い抜いてしまうという懸念がアメリカを支配しているからだ。アメリカは何としても、それだけは避けたい。

中国が言うところの「平和統一」の「平和」という言葉に騙されてはならないが、この事実は直視した方がいい。

中国共産党管轄の中央テレビ局CCTVは11月27日の国際ニュースで、台湾の選挙結果を大きくは扱わず、ニュースの最後の方でチラッと触れただけだった。台湾の選挙結果に触れた時間よりも、日本の岸田内閣の支持率が落ち、大臣の辞任ドミノが起きて、次は4人目の大臣が辞任するかもしれないというニュースの方に多くの時間を使っていたのは興味深い。

なお、11月15日から19日にわたって開催されたG20 やAPEC会議における習近平の関連動向に関しては12月中旬に出版される『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』の第七章で詳述した。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(2022年12月中旬発売。PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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