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停戦を望む中印が、プーチンに弱体化して欲しくない切実な理由
利害を共有する中露印首脳(写真:ロイター/アフロ)
利害を共有する中露印首脳(写真:ロイター/アフロ)

中印とも早くからプーチンに「話し合いによる解決を」と言ってきたが、それは中印ともにプーチンに弱体化して欲しくないからだ。「話し合いを」と呼びかけてきた経緯と、弱体化して欲しくない切実な理由を考察する。

◆「話し合いによる解決を」と言い続けてきた中国側の経緯

9月21日、プーチン大統領は「部分動員令」を発布すると同時に演説で「領土に危険性があれば、持っているすべての武器を使用する予定だ。これは、はったりではない」と話した。すなわち、戦術的核兵器の使用も辞さないと表明したことになる。

一連の動きを受け、中国外交部の汪文斌報道官は同日の記者会見で、早期停戦を呼びかけると表明するとともに、「われわれは各国の主権や領土の一体性は尊重されるべきだと終始主張している」と強調した。その一方で、プーチンの行動を「合理的な安全への懸念」(=NATOの東方拡大)であると擁護もしている。

これはいつも通りの中国の主張で、拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』に書いた「軍冷経熱」という姿勢と少しも変わっていない。軍事的に賛成できないのは、中国国内にもウィグルやチベットなど、多くの少数民族地区を抱えているからだ。

ウクライナへの侵攻が始まった2月24日の翌日、習近平はプーチンに電話して、「話し合いによる問題解決」を要求し、プーチンもそれを肯定して2月28日から停戦交渉に入りはした。

ところが、4月24日のコラム<「いくつかのNATO国がウクライナ戦争継続を望んでいる」と、停戦仲介国トルコ外相>に書いたように、トルコの外相が「停戦させたくない国(=アメリカ)がある」と述べ、事実5月10日のコラム<米CIA長官「習近平はウクライナ戦争で動揺」発言は正しいのか?>に書いたように、アメリカのオースティン国防長官が「ロシアが二度と再び立ち上がれないようになるまでウクライナを軍事支援する」という趣旨のことを述べている。今ではウクライナ戦争はNATOを含めたアメリカとロシア一国の戦いの形となっており、戦争はやむ気配がないどころか、ますますエスカレートするばかりだ。

そこで、習近平あるいは中国側が、こんにちまで、どのような形で早期停戦と「話し合いによる解決」をプーチンあるいはロシア側に訴えてきたか、時にはアメリカやウクライナなど第三者に表明した場合も含めて、列挙したい。もっとも、あまりに多すぎるので、拾い漏れがあるかもしれない。

【習近平】

  • 2022-02-25習近平がプーチンに電話して、「中国側はロシアがウクライナと話し合いによって問題を解決することを支持する」、「すべての国の主権と領土保全を尊重し、国連憲章の目的と原則を遵守するという中国の基本的な立場は一貫している」と述べた。
  • 2022-03-18習近平はバイデン(大統領)とのオンライン会談で、「ウクライナの現状は中国が見たいものではない。中国は平和を主張し戦争に反対する」と述べた上で、「関係国はロシアとウクライナの対話を支持すべきだ。アメリカとNATOはロシアとの対話を進めていくべきだ。ウクライナ危機の背後に何があるかを解明し、その問題を解決すべきだ」と主張している。
  • 2022-06-15習近平とプーチンの電話会談で、習近平はプーチンに「中国はウクライナ問題に関して歴史的経緯と是非曲直(物事の善悪)から出発して自主的に判断している。世界平和を促進し、全世界の経済安定を重要視している。関係者は責任を以てウクライナ危機が妥当な解決を得るよう推し進めなければならない。中国はその役割を果たしたい」と述べた。

【楊潔篪(ようけっち)や王毅など】

【中国外交部】

あまりに多いので省略。冒頭にある発言を繰り返している。

このように中国は「話し合いによる解決を」と言い続けているのである。

◆「話し合いによる解決を」と言い続けてきたインド側の経緯

では、インドはどうなのだろうか。中国同様に拾ってみるが、漏れがあると思われるので、その点はお許しいただきたい。

この最後の会談に関して、日本メディアは盛んに「モディ首相が初めてプーチンを批判した」というトーンで報道しているが、モディは習近平同様、最初から「話し合いによる解決を」と繰り返している。「突然、中印首脳がプーチンに冷淡になり、プーチンの孤立を招いた」というトーンで報道したくてならない日本メディアは、今後の世界動向を読み誤らせる「世論誘導」をしていると言っても過言ではないだろう。

◆中印とも、プーチンには弱体化して欲しくないと切に望んでいる

なぜなら、習近平もモディも、プーチン政権が弱体化すれば手痛い打撃を受けるので、戦争には反対だが、なんとしてもプーチン政権には弱体化して欲しくないと思っているからだ。これを正確に把握していないと、今後の世界動向を完全に読み誤り、日本は外交政策に失敗するだろうことが目に見えているのである。

まず、なぜ習近平がプーチンに弱体化して欲しくないと思っているかを見てみよう。

いまアメリカは中国の強大化を抑え込もうと、経済的な制裁を強化し、対中包囲網の形成に余念がない。習近平はアメリカに対抗するために、同じくアメリカが主導している激しい制裁を受けているプーチンと手を組んでアメリカの制裁を撥(は)ね退(の)けようとしている。

だから軍事的には冷淡(軍冷)でも、経済的には熱狂的な連携(経熱)を強化して、ロシア経済を支えている。今年8月に出されたデータによれば、ロシアのエネルギー製品に対する中国の支出は、83億ドルという最高記録を打ち出している

しかしもし、プーチンのロシア国内における支持率が低下し、万一にもリベラルな政権が誕生したら、「第二のゴルバチョフ」となってアメリカ側に取り込まれ、中央アジア諸国も欧米になびくので、習近平は共に対米対抗をしていく仲間を失い、完全に孤立する。となるとアメリカは中国を潰しやすくなる。

このような状況だけは絶対に避けたいので、習近平はロシア経済を支え、ロシア国民がプーチンに不満を抱かないように密やかに、しかし必死でプーチンを支援しているのだ。

この事情は、インドにおいても同様だ。

インドの総選挙は2024年に行われるので、モディは再選を狙っている。

しかし、もしプーチンが弱体化すれば、プーチンと仲が良いモディは再選されない可能性が大きくなる。

現在のところ、5月の世論調査ではあるが、インド国民の62%が「現在のインドとロシアの関係を維持して欲しい」と回答し、77%が「軍事行動は状況を悪化させるだけだ(=だから反対)」と回答している。

この状況下でモディの支持率は74%なので、プーチン政権が弱体化しなければモディの再選の可能性は大きいが、プーチンが弱体化すれば、モディ再選の可能性はなくなるかもしれない。

したがって、中印ともウクライナ戦争には反対だが、プーチンには何としても弱体化して欲しくないという切なる願望を持っている。

「プーチンが孤立した」という心地よい報道に傾いていると、日本は今「ロシア‐中国‐インド」と、大陸を北から南に貫く「巨大なアジア版コンチネンタル勢力圏」が形成されていこうとしている世界動向を見失うことになるだろう。

そのことに警鐘を鳴らしたい。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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