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池上彰さん、間違えていませんか? 中国共産党「党主席」制度に関して
中国共産党(写真:新華社/アフロ)
中国共産党(写真:新華社/アフロ)

まるで日本の教科書のようになっている池上彰氏が習近平に関して「(党)主席になると圧倒的に強い立場になります」と書いているのを発見した。「えっ?違うでしょ?」と驚いたので、党主席制度に関して説明したい。

◆池上彰氏の文章

たまたまメールに<「終身皇帝」を狙う習近平が、中国で「芸能人のファンクラブ」を潰しているワケ>という記事が飛び込んできた。見れば、あの池上彰氏の文章ではないか。この手のタイトルの文章はデタラメが多いのでいつもはスルーするのだが、まるで日本の教科書のようにもてはやされ尊敬されている池上先生のお書きになったことなら、たまには読んでみても悪くないと思って目を通した。

すると、そこには、信じがたいほどの「間違い」が書いてあるのを発見し、非常に驚いた。昔、NHKのラジオ放送だったかでご一緒になり、準備してこられた台本以外のことに話が行くと、相当に間違ったことを仰ったので、「いや、それは違うと思うのですが・・・」と言ってしまって、気まずい雰囲気になったことがある。

スタジオの帰りに、ご一緒した他のゲストの先生が「よくぞ、あの池上先生に反論なんてできますねぇ。あの人に反論できるなんて、日本中で遠藤先生くらいしかおられないんじゃないんでしょうか・・・」と言われたのを覚えている。

相手が誰かによって態度を変えるのは好きではない。

誰であろうと、正しいことは正しく、間違っていることは間違っていると言えなくてはならない。それが世の中のためでもある。今般の「間違い」は複数個所に及ぶが、本稿では一個所だけ取り上げて、お話ししたい。

池上先生と言えば、小学生までが信じてしまい、それが「日本人の基礎知識」のようになってしまうのだから、こんな間違いを放っておくのは「世のため」にならないと思われるのだ。

さて、<「終身皇帝」を狙う習近平が、中国で「芸能人のファンクラブ」を潰しているワケ>の1頁目の最後から2頁目にかけて以下のような文章がある。

――かつて建国の父・毛沢東が務めた「党主席」のポスト(1982年以降、廃止されていた)を復活させるとの見方もあります。党主席のポストは、毛沢東の死後、しばらくして廃止されました。毛沢東は文化大革命で多くの混乱を引き起こしました。それは彼を個人崇拝したのがまずかったのだという反省から、共産党の「党主席」というポストをなくし「総書記」としたのに、それをまた元に戻すかもしれません。総書記というのは、中国共産党中央政治局常務委員の7人のうちのひとりという位置づけですが、主席になると圧倒的に強い立場になります。(引用ここまで)

この中で、太字で示した部分が間違っている。

最も間違っているのは「主席になると圧倒的に強い立場になります」という言葉だ。これは全く正反対なので、もしかしたら池上氏は中国共産党の基礎をご存じなく、また「総書記とは何か」そして「党主席(あるいは主席制度)とは何か」、その基本をご存じないので、このようなことをお書きになったのではないかと推測されるのである。

◆「間違い」その1_「総書記」とは何か?

まず、中国共産党のイロハの「イ」からお話ししよう。

仮に筆者が中学生くらいの生徒に講義していたとする。

筆者:みなさん、習近平は「総書記」という肩書を持っていますよね。この「総書記」のフルネームは何か分かりますか?

生徒:え~~~ガヤガヤガヤ・・・

筆者:「中共中央総書記」なんですよ。聞いたことがあるでしょ?

生徒:あー、なんとなく聞いたことがある気がするけど、でも「中共中央」って・・・?

筆者:良い質問ですね。「中共中央」というのは「中国共産党中央委員会」の略で、習近平は中国共産党の中の「中央委員会」の総書記なんですよ。だから「中共中央総書記」という肩書で呼ばれています。

・・・・

と概ね、こうなるだろう。これに関しては5月30日のコラム<「習近平失脚」というデマの正体と真相>に詳述した。結果的に中共中央総書記は、中央委員会政治局委員でなければならないし、中央委員会政治局常務委員会委員の一人でもなければならない。しかし、それはあくまでも結果であって、「総書記」とは「中共中央総書記」のことであり、決して「中共中央政治局常務委員会総書記」ではないのである。

そのような肩書は中国共産党内に存在しない。

したがって池上氏の「総書記というのは、中国共産党中央政治局常務委員の7人のうちのひとりという位置づけです」も微妙にまちがっている。一見正しそうに見えてしまうが微妙に事実と異なる表現をつなぎ合わせていくと、非常に違う概念を生んでいく危険性を孕んでいる。

◆「間違い」その2_「主席になると圧倒的に強い立場になる」?

最も大きな間違いは「主席になると圧倒的に強い立場になります」という言葉だ。

池上氏にお聞きしたいのは、なぜ「主席になると圧倒的に強い立場になります」と判断なさったのかということである。これは、本気で知りたい。どうすれば、そういう考え方に至ることができるのか、その「論理」を知りたいと本気で思うのである。

では、なぜ「主席になっても圧倒的に強い立場にならないのか」に関してご説明したい。詳細な経緯は拙著『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』に書いてあるが、史実を知らなくても、誰にでも分かる例で、まずご説明しよう。

たとえば某大学にワンマンな(あるいは厄介な)「学長」がいたとする。その学長の力を削ぐには、「副学長」のポストを複数設けて、力を分散させるという方法がよく採用されている。表面上は「学長」の負担を減らすという理由を付けるのだが、実際は「学長一人の判断で大学運営が間違った方向に行かないようにする」というのが目的だ。

企業における副社長も類似の目的で存在するのもあるだろう。

これと同じで、かつて「党主席」制度の時代には、毛沢東の独走を阻むため(あるいは他の野心に燃えた人の出世コースのため)に「副主席」というポストが設けられた。

そうなるとトップの力を持つのは毛沢東主席一人ではなくなるので、「副主席」が多大なる力を持ったり、副主席同士で権力闘争をしたりする。

党主席だけでなく、国家主席に関しても同じだ。国家副主席が複数いたし、今もいる。事実毛沢東は、鄧小平の策略により、劉少奇・党副主席を「国家主席」に持っていかれてしまい、結果、毛沢東は下野して、劉少奇を打倒するために文化大革命を起こしたほどだ。

紆余曲折を経ながら最終的に1982年9月に「党主席制度」を撤廃したのは、毛沢東死後に「党主席と国家主席と国務院総理」すべての職を得ていた華国鋒を、鄧小平が打倒するために断行したためである。

毛沢東が自ら後継者と定めた華国鋒を鄧小平は打倒し、子飼いの胡耀邦をトップに持っていくために「副主席」のポストがある「党主席制度」を撤廃して、「副」のポストがない「一人だけの総書記制度」に持っていったのである。なぜなら鄧小平は華国鋒を下野させるために非常に狡賢く動いたが、華国鋒が最後に「党副主席」に残っていたので、「党主席制度」そのものを撤廃してしまわないと完全な華国鋒追い落としにつながらないので、鄧小平は最後の打撃を華国鋒に加えるために撤廃してしまったのである。

決して毛沢東の個人崇拝がまずかったから「党主席制度」を撤廃したのではない。

したがって「党主席制度」は「副主席がいるので力が弱く」、「中共中央総書記制度」は「副」がいないので、「一人」だけトップを占めることができるから、圧倒的に「総書記制度」の方が強く、権力が揺るがない。

もう一度繰り返すが、池上氏の“それは彼を個人崇拝したのがまずかったのだという反省から、共産党の「党主席」というポストをなくし「総書記」としたのに”という言葉も間違っている。

「華国鋒を倒し、子飼いの胡耀邦をトップにさせるために」、鄧小平が権力闘争として断行したのである

毛沢東の個人崇拝がまずかったので「党主席制度」を撤廃したのではない。華国鋒は、最後は「党副主席」の職位に落とされたが、華国鋒を完全に追い出すには「党主席制度そのものを撤廃する」しかなかったのである。

したがって、真逆だ。

◆なぜ「党副主席」というポストが生まれたのか?

これに関しては話が長くなるが、習近平の三期目を考察するには前掲の『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』を読んで頂くしかない。

ひとことで言うなら、鄧小平が野心を持ち、毛沢東が後継者と決めていた高崗(ガオガーン、こうこう)を陰謀によって自殺に追い込み、陳雲と二人で権力の座を奪取しようと画策した結果が生んだものだ。 

このいきさつを書くと長くなって一冊の本になる。実際それを本にしたのが『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』なので、真相を知りたい方は、そちらをお目通し頂きたい。1956年9月の第八回党大会の結果と推移が第二章に書いてある。このとき初めて「党副主席」というポストが新設され、鄧小平の陰謀を手助けして高崗を自殺に追いやった陳雲が党副主席(中国共産党中央委員会副主席)に就任し、鄧小平自身は、別途新設した中共中央書記処総書記の座を射止めた(『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』第二章 p.119 図表2-2 参照)。

その10年前の1946年4月、筆者がまだ5歳だったときに、長春市に攻め込んできた中国共産党軍の一人であった若い「趙兄さん」(のちに毛沢東の日本語通訳の一人となる趙安博という共産党員)と筆者は生活を共にし、父は当時の長春市の書記をしていた林楓(りんぷう)と信頼関係にあった。中国共産党軍は同年5月には長春から消えたが、1947年晩秋になると長春市は中国共産党軍によって食糧封鎖され、多くの餓死者を出していった。そういった原体験が「中国共産党とは何か」を追い詰めていく、筆者の原点になっている(詳細は『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』)。だから老体に鞭打ちながら「中国共産党の正体」を追い続けている。上述したのは、そういった原体験により積み重ねてきた知識だ。

さて、冒頭に話を戻そうか。

池上さん、教えてください。

あなたはなぜ「主席になると圧倒的に強い立場になります」とお考えになったのですか?私に見えていない要素があるかもしれませんので、本気で知りたく思っております。その昔、名刺を交換したことはありましたが、良かったらhttps://grici.or.jp/contactまでお知らせください。お待ちしています。

追記:池上氏から23日にお返事を頂いた。間違っていたことを詫び指摘を感謝した上で、日経新聞と朝日新聞の記述に準拠したと書いてあった。見ればその情報源が間違っている。改めてコラムを書きたいと思っているが、どうにも時間が取れない。まずは池上氏の良心的な対応への謝意を述べたい。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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