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岸田首相訪印、5兆円でモディ首相の心を買えるとでも思っているのか?
岸田首相が訪印、モディ首相と会談(写真:ロイター/アフロ)
岸田首相が訪印、モディ首相と会談(写真:ロイター/アフロ)

岸田首相は19日、インドを訪問しモディ首相に5兆円の提供を約束したようだが、そんなことでインドの心を買えると思う前時代的発想が浅ましい。モディはプーチンとだけでなく、習近平とも仲が良いことを知らないのか。

◆実態があまりない日印首脳共同声明

岸田首相は3月19日から3日間の日程でインドとカンボジアを訪れ、モディ首相、フン・セン首相との首脳会談を行った。

主たる目的はウクライナに軍事侵攻したロシアの横暴に対して「ロシアに戦闘の即時停止や、対話による事態打開などを働きかけていくこと」であり、もう一つは日米豪印(クワッド)の枠組みによる対中包囲網の強化であったはずだ。

しかし3月19日に発表された日印首脳共同声明では、ロシアの「ロ」の字も出てこないし、共同記者会見でもモディ首相は「ロシア」という言葉を口にしなかった。

日米豪印の枠組みに関しても、共同声明では「日米豪印の前向きで建設的なアジェンダ、特に新型コロナワクチン、重要・新興技術、気候変動分野における取組、インフラ協調、サイバーセキュリティ、宇宙及び教育において、具体的な成果を挙げることへのコミットメントを新たにした」という、当たり障りのない文言があるだけで、対中包囲網的な意味合いは全くない。

もともと、「自由で開かれたインド太平洋」という言葉は、「自由で開かれたインド太平洋戦略」であったものを、「戦略」を「構想」に置き換えて「自由で開かれたインド太平洋構想」に改め、遂には「構想」の文字まで削除して「自由で開かれたインド太平洋」という単なる「地域名」にまで格下げしたのは、習近平の顔色を窺(うかが)ったためだという経緯がある。

そのような経緯の腰の引けたフレーズを共通概念として、「日米豪印枠組み」と言ったところで、中国には痛くも痒くもないだろう。

◆インドの「一方的な力の行使」を守ってくれたのが旧ソ連

一連の日程を終えた岸田首相は、記者団に対し「国によってそれぞれの立場がある中で、力による一方的な現状変更を認めないという基本的な方向性や考え方を確認できたことは大変大きなことだ」と述べ、成果を強調したとのこと

しかし、そもそも、なぜインドが今般のロシアによるウクライナ軍事侵攻に対して「ロシア軍の即時撤退」を求める国連安保理の決議案に棄権したり、国連総会緊急特別会議における対露非難決議に棄権したりしたかというと、1971年のインド・パキスタン戦争の時に、パキスタンに侵攻しているインド軍に対して国連安保理が「パキスタンからの即時撤退」を求めたのだが、旧ソ連が安保理の常任理事国として拒否権を発動し、インドを守ってくれたからだ。

だから1991年末に旧ソ連が崩壊し、ロシアになってからも露印の仲は良く、武器はずっとロシアから買い続けた(詳細は3月4日のコラム<ウクライナを巡る「中露米印パ」相関図――際立つ露印の軍事的緊密さ>の図表2など)。

それに対してトランプ政権時代のボルトン国家安全保障問題補佐官が、2019年2月15日にインドのカウンターパートに電話して、「アメリカはインドの集団的自衛権を支持する」と伝え、インドにアメリカから武器を購入する方向に持っていったからだということを岸田首相はご存じないわけではあるまい。

「集団的自衛権を支持する」ということは、国連決議を経ずに、「一方的にパキスタンに侵攻しても国際法違反にならないように国連安保理でアメリカが拒否権を使ってあげる」ということを意味する。すなわち、今般ロシアが利用した手法と同じ理屈だ。

あのときボルトンは「ロシアが拒否権を使わなくても、アメリカが拒否権を使ってあげるから、武器はロシアから買わずにアメリカから買おうね」というシグナルをインドに発したのである。

そのようなアメリカを含めた日米豪印の枠組みでしかないインドと、「力による一方的な現状変更を認めないという基本的な方向性や考え方を確認できたことは大変大きなことだ」と述べて喜んでいる岸田首相は、「平和」というのか、「世界を俯瞰する視点に欠けている」というのか、言葉を探すのに苦労する。

◆ロシアの石油を「ルピーとルーブル」で買い続けるインド

このような中、今年3月14日のロイター電(ニューデリー)はインドのIOC(インディアン・オイル・コーポレーション)が300万バレルの原油を、制裁を受けているロシアから20~25ドル割引で購入したと報じた。

続けて3月17日には、インドは制裁を受けているロシアから1500万バレルの原油を輸入する可能性があると、ビジネス・スタンダードが報じている。

それによれば、取引はロシア通貨ルーブルまたはインド通貨ルピーで行われる可能性が高いとのこと。ドル以外での石油取引を、制裁を受けているロシアと行うという、凄まじいことをインドはやってのけようとしているのである。

そうでなくとも、中国もロシアと「人民元」あるいは「人民元とルーブル」で取引しようとしている。

ドルを使えなくなったことは、「ロシア‐中国‐インド」というアジア・ユーラシア大陸の縦続きの巨大なブロックを「脱ドル」経済圏形成に持っていくことに貢献していることを、岸田首相は認識してモディ首相と会談したのだろうか。

以下に示すのはスウェーデンのV-DEMが調査した、世界の民主化度に関するマップだ。赤が濃い方が非民主的で、青が濃い方が民主的である傾向を示す。

明らかに「ロシア+中国+インド」はアジア・大陸の「非民主的=専制主義的」傾向の強い国の内の三大国家である。

図1:民主化度の程度を表す世界マップ

出典:V-DEM

◆インドは上海協力機構のメンバー

加えてインドは2017年に中国がイニシアティブを執っている上海協力機構の正式メンバーとなった。これは習近平政権誕生以来、シャトル首脳会談をはじめ、15回にも及ぶ「習近平‐モディ」の対面会談がもたらした結果だ。

上海協力機構は旧ソ連崩壊後に中央アジア周辺国を積極的に走り回った中国が言い始めて創立した組織で、第一回目の会談を上海で開催したことから上海協力機構と称される「反NATO」的色彩の濃い組織である。

ロシアとともに牽引し、インドとパキスタンを同時加盟させるという離れ業を見せた。

ロシアのウクライナ軍事侵攻に対する国連における対露非難決議に関する投票行動を、上海協力機構とBRICSメンバー国に関して図2に示す。

図2:対露非難決議に関する投票行動

筆者作成

 

ブラジルを除いたBRICSメンバー国と、上海協力機構メンバー国は、みな棄権か欠席をしている。欠席したのは意思表示をしたくないからだ。

彼らは「軍事的」に結ばれているのである。

武器をロシアから購入している。

そのインドに、対中包囲網に加われと言って、加わるはずがない。

対露包囲網は論外だが、プーチンと習近平の親密度から言って、プーチンと蜜月であるモディが、岸田首相に「5兆円」で「心を売る」か、考えてみれば分かることだろう。

◆5兆円でモディの心を買おうという岸田首相の浅ましさ!

3月19日、ニューデリー共同は<日印首脳、声明で戦闘停止要求岸田首相、5兆円投資表明>という見出しで、岸田首相が「日本が今後5年間で官民合わせて5兆円をインドに投資する目標を掲げる」と表明したと報じた。

まさか、日本が長年にわたって培ってきた「政治と金」の世界という概念からの発想ではないだろうが、いまどき、ここまであからさまに「金で心を買う」行動があるのかと唖然としてしまう。

モディは漁夫の利を「ありがたく」頂くだけで、「5兆円」で1ミリたりとも心を日本に近づけたりはしない。どちら側にも適宜悪い顔は見せずに、バランスを取りながら「中露印」の提携を保っていく。

5兆円ものゆとりがあるのなら、困窮している日本国民に向けるべきだろう。

5兆円でインドはビクとも動かないが、多くの日本人が救済される道はいくらでもある。岸田首相の心がバイデンのご機嫌取りや選挙の票のゆくえよりも、真に日本国民の幸せを求めるところにあるのならば、このような無駄遣いはしないはずだ。

自民党国会議員の中で最も親中の林芳正氏を外相に選ぶ岸田首相の媚中ぶりには失望していたが、この「5兆円」の無駄遣いにより、首相の心は日本国民の幸福にあるのではないことが益々明らかになったと、失望の念を深くするばかりだ。

残念でならない。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。7月初旬に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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