昨年12月25日、新疆ウイグル自治区の書記に広東省の馬興瑞省長の就任が決まった。深圳をハイテク都市にした馬興瑞の辣腕を、今度は新疆で発揮させ、アメリカから制裁を受けている分野を逆手に取っていく戦略だ。
◆馬興瑞が新疆ウイグル自治区の新書記に
中国政府の通信社である新華社は12月25日、中共中央が「新疆ウイグル自治区の党委員会のトップに関して職務調整を行った」と発表した。それによれば、これまで新疆ウイグル自治区の書記を務めていた陳全国に代わって、馬興瑞が新しい書記になるとのこと。同日、中共中央組織部副部長が出席する形で新疆ウイグル自治区は幹部会を開催し、陳全国や馬興瑞などがスピーチを行っている。
馬興瑞のスピーチで注目すべきは「私は習近平総書記の熱意を込めた依頼をしっかり心に留め」という言葉と、「苦労して勝ち取った新疆の安定を決して逆転させないことを誓う」および「そのために人民を中心として質の高い経済発展を促進する」という決意だ。
◆馬興瑞が持っている特殊な才能
馬興瑞(62歳)は工学博士で教授、国際宇航(宇宙航行)科学院の院士でもあり、「若き航空元帥」という綽名さえ持っていた。そのため2007年から2013年3月まで中国航天科技集団公司の総経理を務めていただけでなく、中国有人航天工程副総指揮や中国月探査工程副総指揮(2008年11月から2013年3月)をも兼任していた。
2013年には目まぐるしい変化があり、3月に突然、中央行政省庁の一つである「工業と信息(情報)化部」の副部長(副大臣)や国家航天局(宇宙局)局長など、行政方面への職位を与えられた。だというのに11月になると習近平は突如、馬興瑞を広東省(中国共産党委員会)副書記に任命したのだ。
異常な人事異動だ。
2015年から2016年までは深圳市の書記なども兼任しながら、2017年には広東省(人民政府)の省長に任命されている。途中はあまりに細かく複雑で兼任が多すぎるので省略する。
広東省にいる間に最も注目しなければならないのは、馬興瑞は広東省の凄まじい経済発展に貢献しただけでなく、中国のシリコンバレーといわれるほどの深圳を、さらにハイテク化に向けて磨きをかけ、アメリカに脅威を与えるレベルにまで成長させたことだ。
広東省が如何にすさまじい発展を遂げたかに関して、おもしろいYouTube「中国各省区市 歴年GDP変化」がある。1978年から2020年までの中国の省や自治区および直轄市などの各行政地区におけるGDPのランキングを追っている。最後は広東省が中国一になっていく様子をご覧いただきたい(出典は「史図書」、個人の動画投稿者が作成)。
◆「中国製造2025」発布時期と一致
一方、2012年11月15日に中共中央総書記に就任した習近平は、翌12月に最初の視察先として深圳を選んだ。そこは父・習仲勲が「経済特区」と命名して開拓した地。鄧小平の陰謀によって16年間に及ぶ監獄・軟禁生活を強いられたあとの習仲勲の仕事への奮闘ぶりはすさまじかった(詳細は拙著『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』)。
その深圳で誓いを立てたかのように、習近平は北京に戻るとすぐにハイテク国家戦略「中国製造2025」に手を付け始めた(詳細は拙著『「中国製造2025」の衝撃 習近平は何を狙っているのか』)。
思うに、おそらくこの線上で、突如、馬興瑞を広東省に派遣することを習近平は決めたのだろう。だから異動のさせ方が尋常でない。
そしてこのたびの新疆行きで、馬興瑞は「質の高い経済発展を促進する」と言っている。これはいったい何を意味しているのだろうか?
◆新疆デジタル経済の急成長
2021年1月21日、新華網は<新疆デジタル経済は去年の10%増で、新疆GDPの26%を占める>と発表している。そこには以下のようなことが書いてある。
- 5GやAIあるいはビッグデータなどの次世代情報技術と実体経済を融合発展させたことが奏功した。
- 新疆では昨年(2020年)、長城(科技)集団(中国最大の国有IT企業グループ。深圳)や中科曙光(中国スーパーコンピュータ大手)が投資してウルムチ工場が稼働し、(新疆)ウルムチの情報技術イノベーション産業基地の構築を加速させた。
- (新疆)コルガス市の半導体チップ・パッケージング・テストプロジェクトの大規模生産が実現した。
- 新疆ソフトウエア・パーク第1期に230企業がパーク入りした。
- 新疆における5G基地局数はこれまでに6272カ所となり、5Gユーザー数は275万世帯に達した。新疆における産業インターネットの活用は新エネルギー、石油・天然ガス採掘、電力、設備製造など20余りの重点産業に広がり、デジタル化設計やスマート製造、ネットワーク連携などの新モデルが急速に普及している。
- デジタル経済大発展を推進することは、新疆の経済社会デジタル化を全面的に転換させる重要な転換点であり、エネルギーと化学、繊維と衣服、機械と設備、採掘産業などの主要産業で両者の深い統合を促進する(概略引用はここまで)。
このように新疆ウイグル自治区は、実はデジタル経済に関して意外なほど力を注ぎ、急成長しているのである。
◆アメリカが制裁対象とした新疆の太陽光パネル企業
それだけではない。
2021年6月24日、アメリカ商務部は太陽光パネルの材料などを生産する新疆ウイグル自治区の企業5社について、「強制労働や監視活動など、人権侵害に関わった疑いがある」という理由で、制裁リストに入れた。これら5社は今後、アメリカ企業との取り引きができなくなる。
中国は太陽光パネルの世界最大の生産地だが、パネルの材料の1つであるポリシリコンの多くが新疆ウイグル自治区で生産されていることがアメリカ議会で問題視された。つまり「新疆の太陽光パネルが廉価なのは、強制労働をさせているからだ」ということが問題になったのだ。
世界のシリコン生産量は中国が最大で、世界の67.9%を生産している。
工業用シリコンは、中国の中でも水資源などが豊富で水力発電が進んでいる四川省や雲南省が半分ほどを占め、20%を新疆ウイグル自治区が占めている。
なぜなら工業用シリコンは莫大な電気量を消耗するので、埋蔵量以外に、電力供給が豊潤な地域でないとコストが高すぎて採算が合わない(雲南:数百本の川がある。四川省:長江など水資源が豊富。新疆:もともと石炭埋蔵量が多く、イリ川などを利用。加えて中国最大の石油・天然ガス中継点)。
工業用シリコン生産過程の総コストの30~40%は電力である。
新疆産の太陽光パネルが安価なのは電力が安価だからだ。
新疆・四川・雲南の電気代は1kWh当たり(日本円に換算すると)「5.44円」であるのに対し広東省は「10.8円」、上海は「17.58円」だ。中国国内でも差がある。それが太陽光パネルの価格に反映している。ちなみに東京電力の業務用電力は1kWh当たり「 17円前後」だ。上海と変わらない。
新疆では特にポリシリコン製造に特化し、太陽光パネルを大量に生産している。
となると、その太陽光パネルによる電力をポリシリコン製造に使えるので、まるで自己増殖的な生産サイクルが出来上がり、安価な太陽光パネルを生産できるのである。
アメリカのウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は「アメリカで販売されている太陽光パネルの約85%は輸入品で、その多くは中国企業が製造している」とした上で、「2035年までに電力網をカーボンフリーにしたいと考えているバイデン政権にとって、中国の太陽光パネル産業を制裁ターゲットにするのは難しいのではないか」と報道している。
さらに業界団体や関係者は「世界で販売されている太陽光パネルの大半は、中国の技術に依存している。中国はサプライチェーンのすべての部分、特に太陽光パネルの原料となるシリコンウエハーの生産において、リーダー的存在だ」と言っていると、WSJは懸念を伝えている。つまり、中国の太陽光パネル関連企業を制裁リストに入れることによって最も困るのはアメリカではないかという疑念を呈しているのだ。
◆習近平は馬興瑞に「新疆デジタル経済と太陽光パネル基地」建設を期待
アメリカからの制裁を受ける中、習近平は新疆ウイグル自治区を経済発展させることによってアメリカの対中非難に勝とうとしていると推測される。
それもハイテク国家戦略「中国製造2025」に沿ったもので、深圳が「中国のシリコンバレー」と呼ばれるまでに成長したのと同じように、馬興瑞の実力を頼りに、新疆ウイグル自治区を「デジタル経済」と「太陽光パネル生産」の基地として発展させようと狙っていると思われるのである。
そうでなくとも中国は国土面積が広く、1990年代から遠隔教育を推進させていた。雲南省にいても新疆ウイグル自治区にいても、北京や上海の大学で行っている講義をリモートで聞くことが出来るシステムを、世界銀行などの支援を得て構築していたし、時にはスタンフォード大学の講義を中国で聞くこともできるシステムさえ進めていた。
ネット通信が発達し、特にコロナによりリモート勤務が世界的に進んだ今、中国におけるデジタル経済のニーズは増している。
デジタル社会を可能ならしめるには、大量の電力が必要になる。
その電力もクリーンエネルギーが奨励される中で、太陽光パネルは願ってもない手段だ。
中国には「西気東輸」とか「西電東送」といった言葉があるが、これは西部大開発において1990年代から唱えられ、2000年前後に始まった、「西部にある石油や天然ガスなどのエネルギー源や電力を、経済発展著しい東沿海部の都市に運ぶ」という中国全土を覆ったネットワークである。これによって電力不足を補い、停電などによって生産ラインが止まるのを防いでいた。特に「西気東輸」の起点は新疆ウイグル自治区にあるタリム盆地だ。
クリーンエネルギーが叫ばれる今、新疆ではレアアースが埋蔵しているだけでなく、太陽光パネルが生み出す、有り余る電力を、「西気東輸」や「西電東送」の考え方と同じように中国全土の電力補給に使っていこうという戦略が、このたびの新疆ウイグル自治区トップ交代の意味である。
アメリカが新疆にある太陽光パネル企業に下した制裁は、「アメリカへの輸出を禁じる」という内容だ。習近平としては、アメリカに輸出できないというのは大きな痛手ではなく、むしろ中国国内における電力不足からくる社会不安を緩和する方向に電力を振り向けていこうというのが、馬興瑞を新疆に送った事実から見えてくる国家戦略なのである。
国内で使うのに、「それは強制労働による電力だろう」という批難をアメリカから受ける可能性はゼロで、むしろウイグル族の人々がクリーンエネルギー生産に従事してデジタル経済を推進していくことになれば、世界からの批難が少なくなるだけでなく、新疆に経済的繁栄をもたらすので、テロなどイスラム教徒が起こす傾向にある反乱を和らげる働きをするだろうと、同時に計算している側面がある。
◆「新疆‐アフガン列車」でイスラム圏アフガンの統治能力を世界に示す
というのも、2021年9月8日に王毅外相がアフガニスタンの外相と話し合い、「新疆―アフガニスタン専用貨物列車」の復活を提唱したのだが、11月20日には、実際に開通したと、中国共産党の機関紙「人民日報が報道した。アメリカはイスラム教圏であるアフガニスタンの統治に失敗したが、中国は同じくイスラム教を信じるウイグル族とアフガニスタンの経済を成長させることによって、中国の方がアメリカの統治能力を凌駕するというメッセージを発信したいものと位置付けることが出来る。
習近平は米中覇権競争を、経済で絡め取って、中国の勝利に持って行こうとしているのだ。
ただ、本来ならば2022年秋に開催される第20回党大会あたりで発表するはずの人事異動を前倒ししたのは、停電や不動産開発産業が招く社会不安を回避するだけでなく、西安政府の管理能力の欠如によるコロナ再感染を防ぐための不手際に対する中国政府への不信感を払拭する狙いもあるのではないか。
2022年に開ける新たな幕のゆくえを見逃さないようにしたい。
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