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習近平の「愛される国」外交指示を解剖する
2021年6月4日
習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)
習近平国家主席(提供:新華社/アフロ)

5月31日、習近平は中共中央政治局の学習会で「愛される国」になる外交を展開せよと強調した。これを中国が外交方針を変えるシグナルかと受け止める向きもあるが、そのような甘い夢は抱かない方がいい。 

◆習近平、「信頼され、愛され、尊敬される中国の印象」を形成せよ!

習近平が中国を「愛される国になるために」外交方針を展開せよと言ったということが注目されているが、いかなる文脈の中で言ったのかを詳細に把握しないと、その意図を正確に分析することは出来ない。そこで、何を言ったのかを詳細に見てみよう。

5月31日午後、習近平総書記は中共中央政治局・第30回集団学習会を開催し以下のような骨子の講話を行った。

 ●中国の故事をうまく伝えて、中国の声を広め、真の、立体的で包括的な中国を提示することは、中国の国際的な伝播能力を強化するための重要な任務だ。

 ●わが党は建党以来、対外的伝播工作を重要視してきた。第18回党大会以来、わが党は国際的な世論誘導と世論闘争を効果的に行い、対外的大宣伝体制を構築することに務め、中国の国際的な言論と影響力を大幅に高めてきた。しかし同時に新たな状況と課題にも直面している。わが国の発言権と影響力を高め、国際世論への誘導力を高める努力が必要である。

 ●中国共産党が真に中国人民の幸福のために努力していることを外国人に理解してもらい、なぜ中国共産党が有能なのか、なぜマルクス主義が機能するのか、なぜ中国の特色ある社会主義が良いのかを理解してもらうために、中国共産党の宣伝能力を強化しなければならない。

 ●中国文化や中国文学を用いて世界に中国共産党の良さを浸透させ、中国に対して友好的な人々を増やしていかなければならない。

 ●開放的で自信に満ち、控えめで謙虚で、「可信、可愛、可敬」な(信頼され、愛され、敬愛される)中国の心象を創り上げていかなければならない。

 ●わが国が日々、世界の舞台の中心に躍り出ていること、世界の業務の中で大きな役割を果たし全人類の問題解決のために大きく貢献していることを全世界に知らしめなければならない。

 ●人類運命共同体の御旗を高く掲げ、多国間主義を唱え、一国主義・覇権主義に反対し、国際新秩序を形成すべく国際社会を導いていく。中国の発展そのものが世界に最大の貢献を果たし、人類の問題解決に知恵を与えることを宣伝していかなければならない。

 ●その目的を果たすために「専門的人材隊伍(チーム)」を形成せよ。対外的な発言力システムを構築し、芸術を用いた宣伝活動を強化せよ。

 ●各レベルの中国共産党組織は、意識形態工作の責任体制を構築し、経費を投入せよ。

◆習近平の指示は毛沢東戦略の延長

上述のように、習近平の講話をじっくり読んでみると、これは「毛沢東の戦略」以外の何ものでもないことが見えてくる。「中国共産党がいかに人民の幸福を優先しており、いかに友好的であるか」を示していかなければならないという方針は、毛沢東が延安時代に編み出した戦法であって、これは決して目新しいものではない。

あの頃は、中国共産党は貧乏だったので、「宣伝活動こそが最大の武器」だった。

しかし、その宣伝工作活動により圧倒的多数であった農民を中国共産党側に引き寄せることによって当時の執政党である国民党との戦いである国共内戦に勝利したのだから、「宣伝活動こそが最大の武器である」という戦略は党の中心となり、今も変わっていない。

だからこそ、「文化の衣を着た」孔子学院を全世界に設置したのであり、世界中に「友好の衣を着た」中国人を潜り込ませ、主要国の政権与党の指導的役割をしている人物を懐柔しているのである。

今年は7月1日に中国共産党建党100年記念を迎えるので、それに向けた中国共産党の存在意義を一層強化していこうというのが主たる目的だ。

◆天安門事件の日を前に発言した狙いは?

6月4日は天安門事件の記念日に当たる。民主化運動が武力により弾圧されてから32年になる。香港では長年にわたり追悼会を行ってきたが、昨年の香港国家安全維持法(国安法)の施行後、初めて迎える6月4日を直前に控え、今年はついに香港の「六四記念館」を閉鎖に追い込んだ。

まさに習近平が中央政治局集団学習会を開催した前日の5月30日には、香港の民主派団体の一つである「香港市民愛国民主運動支援連合会」の主導でリニューアルオープンしたばかりだ。しかし中央政治局学習会が終わった翌日の6月1日に、香港政府当局は「六四記念館」に対して「公衆娯楽場所としての営業許可証がない」などを理由に同館を閉鎖に追い込んだのである。

同館が2014年に開館した時、私は中国語に翻訳された『チャーズ 出口なき大地』を同館に数十冊献本し、民主活動家らに自由に持って行くようにお願いしたことがある。当時はまだ大陸から同館への参観者がいて、それを手にした何名かの大陸の民主化活動家からメールを貰ったりしていたが、習近平政権の言論弾圧が厳しくなってから、メールの往復は完全に遮断されてしまった。

習近平の指示が、6月4日という敏感な日を前に出されたということは、香港への完全な押さえつけと骨抜きを完遂するためにあると考えていい。

◆希望的観測をするな

一部のチャイナ・ウォッチャーは、習近平のことたびの「愛される国」発言を、対中包囲網に苦しみ、新しく外交方針を変えるのかもしれないなどと分析しているようだが、そのような希望的観測はしない方が良いだろう。

これまでよりも、もっと世界中に潜り込んで、それと分らぬうちに中国共産党へのシンパを増やそうという狙い以外の何ものでもないのである。

拙著『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史  習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』で詳述したように、習近平の父・習仲勲は生涯を懸けて「言論の自由」を主張してきた。それ故に鄧小平により1990年になってからもなお、二度目の失脚を強いられたが、その復讐をしているはずの習近平は、父の仇討よりも「一党支配体制の維持を優先」して、言論の弾圧を強化している。

この優先的選択こそが、中国共産党の統治の正体であり、「言論弾圧」なしに中国共産党による統治は成立しないことを、私たちは中国共産党の党史から学ばなければならない。これだけは絶対に変えないことを知らなければならないのである。

◆堕としやすい日本

その中国共産党にとって最も堕としやすいのは日本だ。

たとえば孔子学院に対してはアメリカが警戒警報を鳴らし続け取り締まりに出ているため、西側諸国では閉鎖が相次いでいるが、日本は習近平の顔色を窺い、野放しに近い。

また、日本で「市民権」を得ている「友好の衣を着た」中国の知識人に至っては、日本のメディアの方から積極的に近づき、大切に扱って情報を発信させているのだから、手の施しようがない。

政権与党である自民党と公明党の中で指導力を持っている人物に対しては、中国はターゲットを絞って懐柔していることは繰り返すまでもないだろう。ここさえ押さえておけば、たとえ菅政権が言葉の上でアメリカ追随を行っても、中国は本気では怖がっていない。

自民党の二階幹事長が指導力を失った時には、中国共産党としては多少の痛手は負うだろうが、経済界にも、そして何よりもマスコミ界にしっかり根を下ろしているので、中国にとって日本は最も扱いやすい「友好の国」であり続けるだろう。

国民の意思などは無視して突き進んでいくのがわが国の政府であることは、今般の東京オリンピック・パラリンピック開催に対する政府の姿勢から見ても明らかだろう。

楽観的観測などは捨てて、日本が置かれている危機を直視してほしいと切望する。

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、北京大学アジア・アフリカ研究所特約研究員、上海交通大学客員教授などを歴任。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗 1月末出版、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文版・英文版もあり)、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Chinese Issue Global Research Institute, Professor Emeritus, Doctor of Science at the University of Tsukuba. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Chazu Chugoku Kenkoku no Zanka (Japanese Girl at the Siege of Changchun) (including Chinese and English versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chaina jajji — Motakuto ni narenakatta otoko (China Judge: The Man Who Couldn’t Become Mao Zedong),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.